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44 希望の歌

 翌日、太陽が真上に昇り、盛大なファンファーレと共に公演会が始まった。


 中央広場にある大きな舞台だけでなく、他にもいくつか舞台が用意されており、様々な演者(えんじゃ)たちがこの日のために練習してきた歌や踊りを披露している。


 昨日よりも増えた人波を掻き分けて、ギルバード団長から教えてもらったバーを目指した。


 何度か道行く人に話を聞いて辿り着いたのは、目立った看板も出さずにひっそりと佇む二階建ての店だった。


 どうやら一階を喫茶店、二階をバーとして経営しているらしい。二階へ上る階段には(くさり)が張られていて入れなかった。


 仕方なく喫茶店に入ってカウンターの奥に居るお(しと)やかな女性に話を聞くと、二階のバーは彼女の旦那(だんな)さんが担当しているらしい。


 騎士団の団長に紹介してもらったと伝えると、渋い見た目の旦那さんが現れて二階のテラス席を見せてくれた。


 こじんまりとしたテラスに出ると、テーブルと二人用の椅子が一つずつ置かれ、中央広場の方に顔を向けると演奏している人たちが小さく目に映る。


「昼は元気な曲や派手な曲が多いが、夜になると静かな曲だけになって雰囲気も良くなるぞ」

「今からでもこの席を予約できますか?」

「本当なら事前予約なんてしてないんだが……団長さんからの紹介ならまぁいいだろう。あの人は上客だからな」

「ありがとうございます」

「良いって事よ」


 テラスから部屋の中に戻り、そう言えばと(ひげ)を撫でながら旦那さんが振り向く。


「夜ってことは勇者が歌うのをここで聞いていくのかい?」

「いえ、その歌を聞いた後に来ます」

「そうかい。どんな歌かは知ってるかい?」

「知りませんけど、どんな歌なんですか?」


 その後アリスが歌う曲の逸話(いつわ)について少しだけ話を聞いてから、俺は旦那さんに席料を大目に渡して店を出た。




 バーから宿屋に戻ると店先でみんなが俺を待っていた。


 シャルとオリヴィアは見慣れない長いコートを羽織っている。


「もー、シヴァ先生どこ行ってたんですか?」

「悪い。ちょっとな」

「それよりも! 見て下さい、ほら!」


 少し恥じらいながらも、シャルはコートを脱いでくるりと一回転。


 長い髪をまとめた二本の尻尾と、腰周りから垂れる布がふわりと踊る。


 最後にパチンと音がしそうなウィンクを決めて着飾った姿を見せてくれた。


「その格好……どうしたんだ?」

「どうしたって、見て分かりませんか? 踊り子の服ですよ」

「いやそれは分かるんだけどさ。昨日買ったの?」

「違いますよ。服の貸し出しをしているお店があったんです。そこに入ってみたら、お祭り前だからかこんな服も置いてあって、せっかくだしって。ね、お姉ちゃん」

「ええ、どうですかシヴァ先生? シャルとお揃いにして見たんですけど……」


 オリヴィアもコートを脱いで、シャルを真似て一回転して見せる。


 後頭部から垂れる長い一本の尾と腰布がシャルの時と同じようにふわりと踊るが、それよりも目に付くのは豊満な二つの山脈。


 大きいのは知っていたけど、布地の少ない踊り子の服を着ているオリヴィアの破壊力と言ったら……


 まぁそれはともかくとして。


「二人とも良く似合っているよ」

「ありがと、せんせー」

「ありがとうございます」


 可愛らしいシャルと妖艶(ようえん)なオリヴィア、異なる魅力を放つ二人に道行く男たちの視線が釘付けになる。


 視線に気付いた二人がコートで身を隠すと、男たちは残念そうに視線をそらして通り過ぎて行った。


「演奏に合わせて自由に踊れるところがあるみたいなんで行きません?」

「シヴァ先生と師範代が剣での演舞を披露したらきっと皆さん驚きますよ?」

「見世物じゃないんッスけどね」

「たまにはいいんじゃないか?」

「まぁ……アニキがそう言うなら」

「サーベラス。お前も多少は剣使えるだろ、行くぞ」

「いえ、私は……」


 どうやらアリスの出番まで退屈せずに済みそうだ。




 日が暮れ始め、中央広場に向かうと人で溢れていた。


 昼間と違いだんだんと落ち着いた曲調のものが多くなり、広場に集まっている人たちも食べて飲んで騒ぐ人よりも、お酒を飲みながら静かに演奏を楽しむ人たちの方が多いように見える。


 騒ぎたい人たちはどこに行ったのかと言うと、シャルたちと一緒に演舞を披露していた場所など、こことは別の場所に移ったらしい。


 俺たちは舞台の正面に回って空いている席を探したが見つからず、仕方なく広場の端に寄って立ち見をする事に。


 数回演者たちが入れ替わり、夜の(とばり)が落ちきった頃、やっとアリスの番がきた。


 舞台裏から現れたアリスは華やかな真紅の衣装に包まれていた。


 アリスが舞台中央に立つと、夜でも篝火(かがりび)に照らされ明るかった広場が急に暗くなった。


 小さなざわめきの中、舞台が魔法による照明に照らされてアリスと演奏者たちが闇に浮かび上がる。


 横笛の静かな旋律(せんりつ)が流れ出し、高く()んだ響きに弦楽器と管楽器の音色が加わり、打楽器がリズムを刻んでいく。


 曲に悲しみの色が増していく中、アリスの可憐な歌声が広場にいる観客たちの耳に届いた。


 悪意に満ちた この世界


 悲哀(ひあい)の声が 木霊(こだま)する


 暗闇に差す 勇気の光


 期待を背負い 歩き出す


 旅立つあなた 優しい眼差し


 二度と会えない そんなもしもが 心を縛る


 胸に溢れる 気持ち閉ざして


 わたしは歌う あなたが望む 平和の歌を


「勇者アルフレドを見送る少女を見た駆け出しの吟遊詩人が、その時の少女の気持ちと勇者が凱旋(がいせん)する姿を想像して作った希望の歌って伝えられているんだよ」


 そう言っていたのは昼に会ったバーの店主。


 邪神との戦いに向かう勇者。それを見送る少女の切ない思いが、アリスの歌声から嫌というほど伝わってくる。


 悲しみと不安に(しず)む中、希望の花が咲き誇るように一転して明るい雰囲気に変わった。


 曲に合わせて広場全体に真昼の明るさが(おとず)れる。


 青い大空 眩しい()


 明るい声が 風に乗る


 暗闇払う 勇気の光


 約束の地へ 帰り着く


 夢見たあなた 傷付いた体


 そっと重ねた 手のぬくもりが 心を奪う


 胸に溢れる 気持ち伝えて


 わたしは歌う あなたに会えた 歓喜の歌を


 実際の歴史がこの歌通りになったかは分からない。


 子供の頃に見た『アルフレド伝説』にも勇者が生まれ故郷に帰ったという記述は無かったと思う。


 まぁ『アルフレド伝説』自体が史実(しじつ)通りかっていう話もあるけど。


 再び勇者と出会えた少女。その日を夢見ていた彼女の喜びはどれ程だろうか。


 まるでアリスに少女が乗り移ったかのように歌に熱が入る。


 柔和(にゅうわ)な笑顔 胸を撃つ


 夢見たあなた 穏やかな声


 そっと(こぼ)れた 熱いしずくが 心を溶かす


 終盤に向けて加速していく熱量。


 アリスは体全体を大きく使って少女の気持ちを表現して最後のフレーズを駆け抜けた。


 胸に溢れる 気持ち伝えて


 わたしは歌う あなたと歩む 未来の歌を


 最後まで聞き終えた今ならバーの店主が言っていた意味も分かる。


 だけど、どうしてだろう…………


 今のアリスを見ていると、どこか遠くへと消えてしまいそうな、そんな(はかな)さを感じる。


 アリスの両の(ひとみ)から溢れ出た涙が、遠目にきらりと落ちていくのが見えた。




 篝火に火が付けられ、魔法で明るくなっていた広場に再び夜が訪れる。


 歌い終わったアリスが観客に手を振って舞台裏の方へ退場するのが見えた。


 さてと、アリスを迎えに行くか。


「ちょっと行ってくる。俺のことは気にせず祭りを楽しむか宿に戻るかしててくれ」

「ちょっとってどこに行くんですか? 昼間もどこか行っていたみたいですし」

「あー、それは……」


 付いて来ようとするシャルをオリヴィアが後ろから抱き止めた。


「シヴァ先生。シャルの事は気にせず行って下さい。私たちは少し早いですけど宿に戻っていますね」

「助かる」

「いえいえ」

「あ、シヴァせんせー…………」


 シャルの段々と小さくなっていく声を背に受けてアリスを迎えに行くと、たくさんの住民たちから声をかけられ、少しだけ困った表情を浮かべながら対応しているアリスが見えた。


 近くの壁に背を預けて遠巻きに眺めていても、一向に収まる気配がしない。


 無理やりアリスを連れて行くのも悪いしな。


 少し待っていると、アリスと目が合った。


 アリスが頭を下げて周りの人たちの間を()う様にして小走りに駆けてくる。


「ごめんね。まさかこんなに沢山の人が待ってると思わなくて」

「待ってるのは別に良いんだけど、それよりも……良いのか?」


 アリスの後ろに居る人たちが興味深そうにこちらの様子を(うかが)っている。


「うん。大丈夫だよ」

「それなら良いけど。じゃあ行くか」


 壁から背を離すとアリスが左隣に並んだ。


 少し強引にアリスの手を取り優しく握ると、小さな驚きの声が聞こえた。


 顔を横に向けてアリスを見ると、ふいっと視線をそらされてしまった。


 その代わりに強く握り返される手の平。


 ゆっくりと、俺たちはバーへ向かって歩き出した。

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