43 祭りの前日(後編)
師匠に匹敵する威圧感を放って尋ねてくるギルバード、確かにこれなら騎士団の団長というのも納得だ。
俺は相手を真正面から見据えて答えた。
「俺はシルヴァリオ。ナナリーさんには召喚石の調査の件について聞こうと思ったんですよ」
「シルヴァリオ、それに召喚石」
ギルバードは何かを思い出すように顎に手を当てた。
「ああ、そういやナナリーが言ってたな。アリスが気にしてるガイの弟子ってのはお前か」
「……ええ」
アリスが気にしてるって、多少は自覚あるけど初めて会う人に言われるのは流石に恥ずかしいな。
「なるほどな。それならジャックと話してたのもそれ関係か」
「そうです」
ギルバードが顎から手を離し、目元を若干和らげる。
それだけで空気が軽くなった気がした。
いや、さっきまで俺に向かって放たれていた威圧が収まったからか。
「あなたこそなぜこんなところへ?」
「俺か? 俺は祭りに乗じて羽目を外す輩がいないか見て回ってるんだよ」
「騎士団の団長が自ら?」
「たまに気晴らしをかねてやってるだけだ、普段は部下たちにやらせているさ。俺が巡回してるって噂が出回ればそうそう悪さを働くやつは出てこないからな。珍しく何か企んでる輩がいるなと思って近づいてみればジャックとお前が話していたってわけだ」
紛らわしい事しやがってと、小さく悪態をつかれる。
「お前ガイの弟子だろ。気晴らしついでだ。俺と手合わせしないか?」
「見回りはいいんですか?」
「いいんだよ。それよりどうする?」
この後は特にやる事無いけど、だからと言ってわざわざ面倒に付き合う事も無い。
断ろうと口を開いたところでギルバードが追加で条件を提示してきた。
「もし手合わせでお前が勝ったらどんな事でも答えてやるよ。どうだ?」
「どんな事でも……ですか。例えばジャックさんが副団長を辞めてるのにどうして騎士団に残ってるのか、とかでも?」
「何だ、そんな事が知りたいのか。まぁいい。俺に勝ったら答えてやるよ。着いて来い」
ギルバードが一人、俺を置いて外壁沿いを歩いて行く。
さっさと進んで行く大きな背を追いかけた。
騎士団の詰め所、その横にある訓練場の中央で俺とギルバードは対峙した。
宿を出るときに剣は置いてきていたので、訓練場に用意してある長剣を借りた。
俺たちが来たときに数名の騎士が訓練をしていたが、ギルバードに言われて訓練場の端に寄り、今は何が始まるんだとこちらの様子を窺っている。
「さて、あいつの弟子がどれぐらいのものか見させてもらおうか。ちゃんと寸止めするから安心しろよ」
寸止めじゃなかったら手合わせじゃなくて殺し合いになるだろと心の中で突っ込みを入れる。
師匠をあいつと呼ぶギルバード。二人はどんな関係なんだろうか。
「ギルバード団長は師匠と知り合いなんですか?」
「知り合いというかなんというか。俺が傭兵の頃に一緒に旅したことがあってな。それに一度団員たちに剣を教えてもらうために来てもらったが……それ以来だな。俺が戦神流、あいつが剣神流で何かと衝突したもんだ。そうだな一言で俺とあいつを表すなら……ライバルだな」
昔を懐かしむ様に語るギルバードからは、師匠に対する気安さが感じ取れた。
ギルバードが訓練場に置いてあった剣を両手で持ち、中段に構えた。
戦神流――師匠から話を聞いたことはあるけど、こうして手合わせするのは初めてだ。
俺も借りた剣を中段に構えると、ギルバードがにやりと口元に笑みを浮かべて踏み込んできた。
真っ直ぐ顔目掛けて放たれた突き。
それを首を捻って躱し、同じ様に突き返すが当然躱される。
最初の一撃は互いに突きの姿勢で交差した。
剣を引き戻して構え直すと俺の口元にも笑みが浮かぶ。
踏み込みからの切り下ろし、返しの切り上げ、右肩、腹、左腿への三連突き。
それらは巧みに捌かれ掠りもしない。
ギルバードは剣にしては少し遠い間合いからの突きを主体に攻めてくる。
俺もギルバードも徐々に速度を上げていき、最初の様子見から本格的な打ち合いへと移っていく。
激しさを増していく剣戟の響きに、二人の様子を見ていた騎士たちの顔色が変わる。
「おい見ろよあれ」
「ああ、あいつ団長とまともにやりあってるぜ」
「だめだ速過ぎて俺じゃ目で追うのも精一杯」
ポツリポツリと呟かれる騎士たちの言葉は、訓練場の中央で剣を交える二人に届く前に霧散する。
さらにリズムを上げていく二人に、彼らは圧倒され驚きの声を上げた。
「何者だあいつ」
「只者じゃないな」
騎士たちが観戦する中、二人の戦いは終局へと向かう。
シヴァとギルバードは顔を見合わせ、互いに強気な笑みを浮かべての鍔迫り合いを演じる。
タイミングを合わせたかの様に二人は互いを押し合い、距離を取った。
「戦神流が剣神流と剣でここまで渡り合えるとは思いませんでしたよ」
「はん、ガイ相手ならともかく、お前相手ならどうとでもなるわ」
次で最後、そんな予感と共に放った一撃は――互いの剣を砕いて終わりを迎えた。
「剣の方が耐えられなかったか。ま、仕方ないか」
「……そうですね。手合わせは引き分けでしょうか」
「そうだな。お互い本気じゃなかったにしては中々楽しめたし、ジャックの事話してやるよ」
途中から気付いてはいたが、間合いの取り方や体捌き、突きを主体とする攻撃のパターンからするとおそらくギルバードは槍使い。
しかも魔力の流れからして魔法使いでもあるんだろう。
そして俺は師匠やライナーのような純粋な剣士ではなく、魔法を絡めた戦いのほうが得意だ。多分、俺がギルバードの事に気付いたように、ギルバードも俺の本来の戦い方に気付いているだろう。
だからこそのお互い本気じゃなかったという台詞。
なんだかんだ俺も楽しめたし、騎士団の団長が師匠並みに強いって事が分かって良かった。
「さてと、ジャックの事……とは言ってもたいして話す事無いけどな。ジャックが副団長を努めているとき……十年ぐらい前か。王都から離れたところで上級悪魔が暴れたことがあってな。ジャックが騎士団を率いて討伐に向かったんだ」
「上級悪魔と騎士団が戦ったんですか?」
ギルバードは半ばから折れた剣を手元で遊ばせながら続ける。
「ああ、ただまぁ……結果は悲惨なものだ。ジャック以外の騎士が全員死んだ。生き残ったジャックも重症を負っていた。その時の怪我と責任を取ってあいつは副団長を降りたんだよ」
「その戦った上級悪魔はどうなったんですか?」
「倒すことは出来なかったが相手にも重症を負わせたとジャックは言っていたな。実際それからその悪魔が暴れることが無くなった」
「どんな相手だったかはわからないですか?」
「なんて言ってたかな……ああ、思い出した。確か四対の大きな翼を持っていたらしい」
「四対の翼……グレイルか」
「グレイル? そういやそんな名前だったな。知ってるのか?」
「ええ、ある程度悪魔について情報を集めているので」
グレイル――七体いた上級悪魔の一体。
何か隠し持ってる感じはあったけど、上級悪魔の中では三、四番手ぐらいの強さだったはず。
重症を負ってから十年ほど姿を見せていないのか。
今はどこに身を隠しているのか。
「そろそろ仕事に戻らないとナナリーのやつがうるさいだろうから俺はもう行くぞ」
「はい、話を聞かせて頂きありがとうございました」
「律儀な奴だな」
俺の態度にギルバードは感心と呆れが混ざったかの様な微妙な表情を浮かべた。
「師匠と姉に躾けられたので」
「そうか。お前アリスと仲が良いんだよな? 明日の祭りには誘ったのか?」
「明日アリスが歌った後に会う約束はしましたけど」
「それなら中央広場から少し離れたところにある『紅』って名前のバーに行って見ろ。あそこのテラス席を昼に行って予約しておけ」
「はぁ」
「ナナリーのやつがアリスの事を応援してるからな。お前とアリスが上手くいけばあいつも喜ぶだろうし、頑張れや」
そう言ってギルバードは訓練場から立ち去った。
ギルバードから折れた剣を手渡された騎士が片付けを始め、俺が持っていた剣も回収された。
「……俺も宿に戻るか」
成り行きで受けた手合わせだったけど、ジャックと悪魔について話を聞けたし、収穫はあったかな。