42 祭りの前日(前編)
ライナーとサーベラスを見送った俺たちは、一つ残っていたAランクの討伐依頼を皮切りにしてBランク、Cランクのものを順に片付けていった。
元々はナナリーさんに王都と近隣の討伐依頼を手伝って欲しいと言われて来た俺たち。しかし、いざ依頼を受けてみるとそこまで緊急を要するものは無かった。確かに依頼は溜まっているけど、そのほとんどが商業ギルドから回された素材不足によるもの。
この間のSランクみたいなものはかなり特殊だったってことだな。
冒険者ギルドの受付嬢に話を聞くと、なんでも王都や近隣の町への被害が懸念されるもの、もしくは交易に影響がでるものは騎士団が率先して片付けているかららしい。
特にアリスが頑張ってるから今のところは魔物による被害も少なく済んでいるとか。受付嬢のお姉さんがアリスの事を誇らしげに語るのが随分と印象的だった。
ライナーとサーベラスの二人と別れてから九日目。
たまには休むのも大事とシャルに言われ、今日と明日は冒険者ギルドの依頼を受けずに休むことにした。
シャルとオリヴィアの二人は討伐依頼の報酬で買い物を楽しむと言って朝早くから出掛けた。
ライナーとサーベラスが王都を発ってからは一人部屋に移っていた俺は、部屋にこもって以前から行っている転生魔法の研究を進める事にした。別に今更悪魔に戻りたいとかは思っていないけど、あれを研究しておけば何かに使えるかもしれない……まぁ徒労に終わる可能性のほうが高いけど。
昼を過ぎる頃、腹から響く音が集中を乱した。
朝から何も食べずに転生魔法について思考実験を繰り返していたが、体が文字通り音を上げて食事の催促をしてきた。
「昼飯にするか」
床にあぐらをかいて座っていた俺は立ち上がって財布の入ったポーチを身に付け部屋を出る。
二階から一階に降り、店主と軽く挨拶を交わして宿の外へと出た。
空を見上げると雲ひとつ無い晴天。このままの天気が続けば明日の公演会という名の祭りも無事行われるだろう。
昼飯を求めて出歩くと、祭りが迫った王都は普段よりもさらに活気に溢れているように感じた。
どうやら祭り目当ての人たちが近場の町村から集まっているらしい。
辺りを見回すと至るところに出店が増えている。
中央広場までやって来た俺を大きな舞台が出迎えた。
祭りは明日だというのに、もう真昼間から飲み始めて騒いでいる連中もいる。
俺は適当に選んだ屋台で鶏肉と野菜を挟んだ大きなパンと、数種類の果汁を混ぜた飲み物を買った。
祭りのためにいくつも置かれたベンチの一つに腰をかけてパンに齧り付く。
腹を満たしながらなんとなく広場を見ると、やはり目に付くのは大きな舞台。
ベンチから少し離れた位置にある舞台近くでは、今も忙しなく作業をしている人たちが居る。
この舞台の上で明日、アリスは歌うのか。
そう言えば結局アリスと二人っきりで話せてないな。
Sランクの討伐依頼中は話せても誰かしら側に居たし、それが終わってからのアリスは祭りの準備で忙しそうだし。
パンを食べ終えた俺は広場全体を眺めていた。すると不意に一人の少女に視線を奪われる。
誰かと思い目を凝らすと、今まさに会って話せないかと考えていたアリスだ。
アリスも俺に気付いたのか少しばかり驚きの顔を見せた。驚きから笑顔に移り変わり、遠くからゆっくりと歩いてくる。
「今日は一人なの?」
「ああ、ライナーとサーベラスは近くの町に行っててシャルとオリヴィアは女二人で買い物だ」
「そうなんだ。ここ座ってもいい?」
俺は頷き、アリスが座れるように腰の位置を右側にずらした。
アリスは騎士服のスカートを後ろ手で押さえながら俺の左側に腰掛けた。
「アリスも今日は一人なんだな。こんな所で何してたんだ?」
「今日は明日の準備で朝からずっと色んな所に顔出してたんだよ。今は明日着る衣装の確認してきて詰め所に戻るところ」
「朝からずっとか。大変だな」
「大変だけど、でも王都に住んでる人だけじゃなくて近隣の人たちも楽しみにして来てくれてるから頑張らないと」
「この間は恥ずかしそうにしてたのに、楽しみにしてくれる人がいれば頑張れるんだな。すごいなアリスは」
少しからかうように、でもアリスの頑張りを認めるように、アリスの目を見つめて優しく言った。
「別に、これぐらい普通だと思うけど」
照れ臭さを誤魔化そうとしているのか視線を外して正面を向かれる。
「この後も忙しいのか?」
「うん、この後も打ち合わせとかしないといけなくって」
「そっか。なかなかアリスとゆっくり話す時間取れないなって思っててさ」
「えっと、それなら明日は歌った後好きにしていいってナナリー言ってたから時間取れると思うよ。私が歌うの夜の結構後のほうなんだけど……」
最後の方は尻すぼみになりながら、俺の様子を窺う様にちらりと視線を向けてくる。
「それまでは祭りを楽しむさ。アリスが歌い終わった声をかけに行くよ」
「うん、分かった。それじゃあ……私はそろそろ行かないと」
アリスは名残惜しそうにゆっくりと腰を上げて肩越しにこちらを向いた。
「その…………また明日ね」
「ああ、また明日」
手を振って去って行くアリスに俺も手を振り返す。
アリスが見えなくなり、この後どうしようかと思ったところにジャックが詰め所の方から歩いてくるのを見つけた。
あの件がどうなったか少し話を聞いてみるか。
ベンチから立ち上がり、パンの包み紙と飲み物の容器を屋台近くにあったゴミ箱に捨てた。
正門の方へと歩いて行くジャックを追いかけ、後ろから声をかける。
「すみません、少しいいですか?」
「んん? ああ君か。どうしたんだい」
「丁度そこの広場で見かけたので、召喚石の調査の件がどうなったのか教えて頂きたくて」
「なるほど。少し場所を変えようか」
ジャックは正門へと続く大通りの脇にある細い道へと入って行った。
俺はジャックに続いて日陰の中を進む。そのまま外壁の側まで行くと、中央広場や大通りの喧騒がまるで嘘のように静かだ。
ジャックが外壁に背を預けて腕を組み、話を聞く体勢になったのを見て俺は気持ち小さめの声で話しかけた。
「調査の状況はどのような感じでしょうか?」
「部下たち、それに集まった冒険者たちも優秀でね。祭りが終わる頃には近隣の調査は一通り終わりそうだよ。さっきはその報告をナナリーにしていたところだ」
「……何か見つかりましたか?」
「ああ。君たちから聞いていた結界に隠れた魔物の群れが二つ。西と南、それぞれの方角から若干ずれたところにな」
つまり、あの悪魔は単独犯じゃ無かったって事なんだろう。
「見つけた魔物の群れは暴れたりしていないんでしょうか?」
「そう……だな。見つけた者たちも不思議がっていた」
どこか憂いを帯びた顔で話すジャック。今後の討伐の事を考えているにしては切なさの色が強すぎる。
なぜそんな顔をするのか分からずにどう話を続けるべきか困っていると、ジャックが顔を左右に振って皺の刻まれた苦笑を見せた。
「すまない。少し思うことがあってな」
「いえ、かまいません」
「そうか。聞きたかったことは以上かな?」
詰め所でのナナリーさんとジャックのやり取り。
ジャックが元副団長という件が気になっていたけど直接本人に聞くのもな。
「……はい。ありがとうございました」
「では私は行くよ」
そう言ってジャックは外壁から背を離して大通りに向かって歩いて行った。
俺は日陰の中に消えていく背を見送る。
「祭りが終わる頃……か。明後日の朝に一度ナナリーさんを尋ねて聞いてみるか」
「ナナリーに何を聞くんだ?」
俺の呟きに答える声。
短髪を無造作に刈り上げた大柄な男が外壁沿いの道を歩いて近づいてくる。
先ほど話していたジャックと同じく騎士服を着ているが、騎士と言うよりも傭兵と呼ぶ方が相応しい雰囲気。
「あなたは?」
「俺を知らないとなると余所者か。それにしてはジャックと話していたのが気になるが……まぁいい。俺はアルカーノ騎士団の団長を務めているギルバードだ」
ギルバードと名乗った男が俺に鋭い視線を向け、低い声音で問いかけてくる。
「それで、ナナリーに何を聞くんだ? ついでにお前は誰だ?」