41 公演会に出る? 出ない?
「そう……召喚石で呼び出された魔物の群れと、それを覆い隠す結界に悪魔。状況は分かったわ。報告してくれてありがとう。ただ……思ってたよりも厄介な問題ね」
ナナリーさんはため息と共に困った様に腕を組んで話を続けた。
「その悪魔が単独で動いていたのか、それとも誰かの命令で動いているのか。それによって問題のレベルが違うんだけど……誰かの命令で動いていると考えて対策を練った方が良さそうね」
「それって他にも召喚石を使って魔物が呼び出されている可能性があるって事?」
「ええ。樹海は王都の東北に位置してる。だから例えば西の方にも魔物の群れを呼び出して、二方面から挟み撃ちしようとしていたって事も考えられるわ。北と南も合わせて最低でも三方面は調査しないと駄目ね。調査しようにも結構な人数が必要だし……誰に任せようかしら」
アリスの問いに、やれやれと肩を竦めて見せるナナリーさん。
ナナリーさんは三方面って言ったけどそれは最低限の話で、もっと広範囲を調査するなら人が足りない。
騎士団の団員は当然協力するとして、冒険者ギルドを通して人を集めるとかしないと駄目なんじゃないかな。
「おや、君たちはこの間の……それにアリス様とエドモンドとユリか。扉が開いていたから勝手に入ってしまったが、皆してナナリーの部屋に集まってどうしたんだい?」
部屋の入り口から明るい声がかかった。
そこには正門を通るときに出会った騎士――ジャックが不思議そうな顔で俺たちの事を見ていた。
「丁度良いところに来たわねジャック。確かこの前公演会関係の仕事は面倒で飽きたって言ってたわよね?」
「確かに言った気もするが……いきなりどうしたんだ? 俺はその公演会の件で話しに来た訳なんだが」
ジャックは腰に手をあて、持っていた紙束をひらひらと振ってナナリーさんに見せた。
「それは後で見せてもらうわ。実はね……」
さっき俺たちが話した内容を今度はナナリーさんがジャックに話して聞かせる。
最初は陽気な表情を浮かべていたジャックも、話が進むにつれて表情に険しさが増していく。
「なるほど」
「どうかしら? ジャックがこの件を引き受けてくれると私としては助かるんだけど」
「どうかしらってお前な。副団長から頼まれて断れるわけ無いだろうが」
「なんだが棘のある言い方ね。まぁいいわ、それじゃあよろしくお願いね。元副団長さん」
「……はぁ、俺の部隊だけじゃ足りないから適当に団員借りるぞ。あと冒険者ギルドに話通して人数集めないとな」
ジャックは持っていた紙束を机の上に置いて部屋を出て行った――と思いきや、入り口から顔だけを覗かせる。
「それと、この件を引き受ける代わりに公演会のほうは任せたぞ」
「えぇ、分かったわ。最初からそのつもりよ」
「じゃあな」
今度こそジャックは部屋から遠ざかったみたいだ。
それにしても……ナナリーさんって副団長だったのか。いや、ある程度は上の立場だと思ってたけどさ。
そしてジャックは元副団長。年齢的には副団長でも可笑しくは無いけどなんで元なんだろう。ナナリーさんと一騎打ちでもして負けたとか? 騎士団の階級ってどう決まるんだろう?
それはともかく、今回の件どうするかな。
「さて、今後の調査に関してはジャックに任せるとして、シヴァ君たちには引き続き近辺の討伐依頼をお願いしたいのだけれどいいかしら?」
「……大丈夫ですよ」
調査を手伝おうか聞こうかとも思ったけど、まぁいいか。
「それじゃあ私たちも討伐依頼片付けちゃうね」
「お待ち下さいアリス様」
話はこれで終わりとばかりにアリスが急いで立ち上がり、部屋を出ようとしたところをナナリーさんが止めた。
ナナリーさんは机の上に置かれた紙束を持ち上げると、
「アリス様は討伐ではなくこちらの件について検討をお願いします」
そう言ってアリスから俺たちに視線を移してほくそ笑んだ。
これにはシャルが反応した。
「その紙……さっき公演会がどうのって話してたけど一体何なの?」
「公演会というのは夏と冬に行う昔からある行事の一つで、王都の中央広場に舞台を作ってそこで一日中様々な人たちが歌や音楽、踊りを披露する場です」
「へー、そうなんだ。もしかして堅苦しい感じ?」
ユリの説明を聞いたシャルは微妙な表情を浮かべていた。
「いいえ。以前は真面目な雰囲気だったのですけれど、嘆かわしい事に最近はそれらを肴に食べて飲んで騒ぐだけのお祭りに変わってしまいました」
残念そうに語るエドモンドとは対照的にシャルに笑顔が戻った。
さっきの逃げるような態度から、アリスはこの件に関わりたくなさそうに感じたんだけど、構わずシャルが笑顔で尋ねる。
「いいじゃないお祭り。楽しそう。でもなんでそれにアリスさんが関係してるの?」
「えーっと、それは……」
「今年の夏の公演会にアリス様が参加されたんですよ。そこでアリス様の歌を聞いた住人たちからぜひとも次回……つまりは十日後に控える公演会にまた出て歌って欲しいと強い要望が出たんです」
言葉を濁らせていたアリスに代わってナナリーさんが答えると、アリスは逃げられないと悟ったのか、とぼとぼと席に戻って来た。
「アリスさんはその公演会に出たくないの?」
「だって……恥ずかしいから」
シャルの追撃にアリスは俯いて少し子供っぽく拗ねて見せた。
ちらちらを俺の方を見てるのは気のせいじゃないよな?
「私、アリスさんの歌声聞いてみたいです」
すると今度はオリヴィアが悪意の無い笑顔で畳み掛け、
「シヴァ君だってアリス様の歌声聞いてみたいですよね?」
止めはお前が刺せとばかりに、ナナリーさんがニヤリとした笑みを浮かべて俺に話を振ってきた。
すがるような眼差しを向けてくるアリス。
その姿がなんだか無性に保護欲をそそられるというか、むしろ意地悪してみたくなるというか。
いやそうではなく、アリスの歌声を聞いてみたいか聞きたくないかで言えば……
「聞いてみたいかな」
アリスにはごめんと心の中で謝った。
「…………一曲だけだからね。あれ思ってた以上に恥ずかしかったんだから!」
アリスは顔を持ち上げて腕を組み、俺から目を逸らして答える。
「流石アリス様ですね。ではこの後は公演会について話しましょうか。当日の警備体制、歌の練習に衣装合わせと話すことは色々ありますよ」
「もう、分かったわよ」
楽しげに話すナナリーさんに対してアリスは仕方無さそうにしながらも口元を綻ばせた。
さて、話が完全に公演会に移ってるし俺たちはそろそろ出たほうがいいかな。
「じゃあ俺たちはギルドに向かいます。公演会は十日後でしたっけ?」
「十日後で合ってるわ。討伐依頼の方はよろしく頼むわね」
「はい、任せてください。十日後は皆で見に来ます。楽しみにしてますね」
それから騎士団の詰め所を出た俺たちは冒険者ギルドにやって来た。
掲示板の前に集まり、貼られた依頼の数々を見て一言。
「どうする?」
「どうするって何がッスか?」
「いや、皆でやるような依頼は無いなと思って」
アリスたちと一緒に受けたようなSランクの依頼が無いことは掲示板を見る前に確認済み。
「Aランクの依頼が一つあるけど、他はBとかCなんだよな」
そのAランクも俺かライナーかサーベラス一人で問題無いだろうし。
「オイラは近辺の町に行って適当に受けてきましょうか?」
「それなら私もライナーとは別の町に行ったほうが効率が良さそうですね」
「じゃあ私も一人で何か受けたい!」
「シャルは駄目よ。あなた一人だと危ないでしょ」
ライナーとサーベラスは良いとして。
シャルはなぁ……オリヴィアが言うように一人はまずいよな、いや実力的にはBランクぐらいまでなら問題無いと思ってるけど。
変な男が寄ってこないかって意味で心配なんだよな。そう言う意味だとオリヴィアも美人だから姉妹で行動させても微妙だ。
ただこの二人をどうにか出来る男なんてそれこそ上級騎士ぐらい強くないと無理ってのは分かってる。それでも一応な?
「シャルとオリヴィアは俺と一緒に王都を拠点にして討伐依頼を受けるぞ」
「えぇー」
「えぇーじゃない。オリヴィアもそれでいいか?」
「はい」
シャルは頬を膨らませて少しふて腐れて見せ、オリヴィアは安堵の表情を浮かべた。
「それじゃあライナーとサーベラスは近隣の町を頼む。十日後の公演会がある日までに戻ってきてくれ」
「了解ッス」
「承知致しました」
ライナーは元気良く親指を立て、サーベラスは執事がする様に軽く頭を下げた。