39 召喚石
途中グリフォンのほかにオーガも襲ってきたけど、グリフォン同様一刀の元に切り伏せる。
サーベラスがデビルグリフォンを倒して広間に戻ってきた頃に、ライナーもオーガキングを倒したみたいだ。
アリスたちのほうもオーガとホブゴブリンを倒し終わったみたいだな。
こっちにオーガがやってきたのと同じ様に、何体かはアリスたちのほうに行ったらしく、グリフォンの死体が転がって見える。
丁度アリスに飛び掛った最後の一体――グリフォンが翼ごと一刀両断されて血飛沫と羽根を撒き散らす。
これで全ての魔物を討伐し終えた。
「二人ともお疲れ」
「ふん、これぐらい大したこと無いわよ」
シャルが薄い胸を張って精一杯強がる。
しかし、魔法の連発で魔力を消耗したせいだろう、肩で息をしているところまでは隠せない。
「あまり強がらないの。シヴァ先生がいなかったら、二人だったら流石に対処しきれなかったでしょう?」
「うっ。まぁそうかもしれないけどぉ」
オリヴィアはそう言いつつ手拭いを使って短剣についた血を丁寧に拭い、腰にある鞘に短剣を収めた。
シャルよりもオリヴィアのほうが動いて疲れているはずなのにあまりそうは見えない。この違いは普段からライナーやサーベラスとガッツリ稽古してるからだろうな。
二人から離れてアリスがいる方へと足を向ける。
「アリスたちもお疲れ」
「シヴァたちもね。ライナーとサーベラス、凄いね。あんなに強かったんだ。それにあっちの二人も上級騎士に匹敵するぐらい強いみたいだし」
オリヴィアとシャルを見ながらどこか感心した様にアリスは呟いた。
そんなアリスの頭と肩を見やり、
「アリスちょっと待って」
「なに?」
俺の方に向き直ったアリスの頭の上にゆっくりと手を伸ばし、ぽつんと乗っかっているグリフォンの羽根を取り除く。そのまま流れる様に手を肩に移して二枚目の羽根も取る。
文字通り手の届く距離まで近づき、手を伸ばした俺に対してアリスは緊張した様に身を固くしていた。
「ほら、これ乗ってたよ」
二枚の羽根を軽く振って見せると、一瞬キョトンとしてからアリスは少し頬を赤らめてはにかんだ。
「えっと……ありがとう」
そんなアリスの恥ずかしそうな態度に、わざわざ俺が取らなくても言葉で伝えるだけで良かったなと思ったけどもう遅い。
ただ、こんな近くでアリスの恥ずかしがる可愛い顔を見れたから俺としてはやって後悔はしてないけど。
すると、小さく舌打ちが聞こえてきた。音のした方を向くと、エドモンドが顔を背けて足元を見ていた。
アリスは気付いてないみたいだけど、あいつどうしたんだ?
そんなエドモンドの肩をユリがポンと叩いて何やら励ましているようだ。
「シーヴァせーんせ、アリスさん。この後どうします?」
シャルがこちらに近づきつつ声をかけてくる。
笑顔の奥に隠れた気迫に思わず一歩下がってしまった。
「依頼にあった魔物の群れはこれで全部だろうけど、念のためもう少しこの辺りを確認しようかな」
「そ、そうだね。それとこの死体の山は後でギルドに頼んで片付けないといけないから、オリヴィアさんにこの場所を地図に書いて貰わないと」
「それならお姉ちゃんが戦い終わってすぐにやってたから大丈夫ですよ」
「流石だな」
シャルがやって来てすっかりいつも通りの態度に戻ったアリスは、ふと思いついたように疑問を口にする。
「そう言えばシャルちゃんが使っていた魔法って自分で覚えたの?」
「どっちの魔法の事かわかりませんけど、魔法に関しては全部シヴァ先生に教わりましたよ。何か気になる事でもありましたか?」
「グリフォンに止めを刺すときに使ってた光の魔法なんだけど、あれって天使が使う”断罪の光”って魔法にすごく似ていたから」
「シヴァ先生あれって天使の魔法なんですか?」
「ん? ……いや、それは知らなかったな。そんなに”断罪の光”って魔法に似てたのか?」
人間として生まれ変わってから天使には会ってないからこう言うしかない。
そして素知らぬ顔で問い返したけど似ていて当たり前。”ホーリーアロー”は俺が封印されるときにあの女天使から受けた魔法を再現しようとしたものなんだから。
それにしてもあれ”断罪の光”って名前だったのか。
実情を知ってるサーべラスに視線をやると特に口を挟む気は無いようで、口を閉ざして静かに佇んでいる。
「ぱっと見た感じだと同じに見えたかな。でも威力は”断罪の光”ほど無いし、そもそも連続して放てる魔法じゃないはずだからちょっと気になっただけだよ」
「あたしはそこまで連発できないけど、シヴァ先生ならもっと数も威力もすごいですよ!」
シャルが誇らしげに主張すると、
「ふ~ん、そうなんだ」
アリスは何かを探るように視線を向けてくる。というか何でアリスは天使が使う魔法を知ってるんだ?
正直この話はどこかでボロが出そうだからもう止めたい。
そんな俺の思いが届いたのか、戦いの後も一人で魔物の群れが集まっていた所を確認していたライナーが戻ってきた。
「アニキ、あっちに何か変なのあるッスよ」
ライナーが親指で背後を示す。
俺たちは顔を見合わせて頷くと、ライナーが言う何か変なのを確認する事にした。
地面に半ば埋まっている黒光りする水晶みたいな物体。
膝をついてそれを掘り起こして手に持つと、両手からこぼれるぐらいの大きさがあった。
「なんだろうな、これ?」
「魔物たちはこれを護っていたのかな?」
「魔力を感じ取れるので魔石でしょうか? それにしては大きいですけど」
「魔物たちとこれの関連性がわかりませんね」
俺が黒水晶を持って皆に見せるとアリス、ユリ、エドモンドが順に思い思いの意見を述べる。
持って帰って解析しようにも、持って帰っていい安全なものかも分からない。
どうしたものか、魔物の群れを倒すだけの依頼だと思ったら厄介な問題が出てきた。
対応に困っているとサーベラスがあっさりと答えを示す。
「いえ、これはおそらく召喚石でしょう」
「召喚石……これが?」
思わずサーベラスに聞き返した。
俺の知識だと召喚石はもっと小さいはずなんだけど。
「一体、二体といった少数の魔物を呼び出す召喚石は小型ですが、魔物の群れを呼び出すような物であればこれぐらい大きくても不思議ではありません」
『シヴァ様はこの手の魔道具を好まないですから、知らなくても仕方ありません』
『いや、その通りなんだけど……』
後半は俺に念話で語りかけてきた。
俺以外の悪魔たちは手下の魔物を呼ぶための召喚石を持っている奴もいたけど、俺はそもそも手下と呼べる魔物なんてそれこそサーベラスぐらいしか居なかったから呼び出す必要が無かった。
「これが召喚石なら誰が使ったんでしょうか?」
オリヴィアのおっとりとした声に皆の表情が強張る。
そう、召喚石は契約した魔物を空間を越えて呼び出すもの。つまりは誰かが魔物の群れと契約してこの地に呼び出したという事になる。
本来なら一緒に群れを作ることなど無いグリフォンとオーガ、ホブゴブリン。そいつらを呼び出して隠蔽魔法をかけた結界で隠すという手間をかけて、それでも近くの町を襲わせるでもなくただこの地に留めるだけ。
一体何が目的なのか。
「分からないことは多いッスけど、取り合えずその召喚石壊しません? 使う人がいなければ召喚されないにしても、他にも契約してる魔物がいるかもしれないんスよね?」
「そうね。まずは王都に帰ってからナナリーに相談して調査をしましょう。シヴァ、それ壊せる?」
「あぁ」
召喚石を地面において腰に下げた剣を引き抜く。
皆が俺から離れたのを確認して頭上に持ち上げた剣を振り下ろす、その直前――
殺気と禍々しい魔力を頭上に感じ取った俺は空に向けて左腕を伸ばし結界を張る。
「きゃぁ」
大きな爆発の後にシャルが叫び声を上げた。
アリスとライナー、サーベラスは当然のように臨戦態勢を取っている。一拍遅れてユリとエドモンド、オリヴィアも空に意識を向けた。
「今度は何よ! って……え、悪魔?」
緊迫した空気の中、シャルの声だけが響き渡る。
空には召喚石を破壊しようとしていた俺を睨む悪魔が浮かんでいた。