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34 募る思い

 シヴァがナナリーへと連絡を入れる数日前。


 広い荒野の中、岩肌の見える高台がいくつも並んでいる。


 高台の合間に出来た街道に、白と深い青を基調にした騎士服を着た三人の男女が立っていた。


 その周囲では、大きな翼を背に持つ四速歩行の怪物の群れが息絶えている。


「二人とも、お疲れ様。怪我はない?」


 私が一緒に戦っていた仲間に声をかけると、私よりも少し背の高い女性騎士――ユリが先に答えた。


「アリス様が一緒に戦って下さったおかげで怪我はありません。ありがとうございます」


 短く切られた髪と、長身ですらりとした体つき、そして中性的な顔立ちから男性に見られることもあるけど、ユリはれっきとした女性だ。


「私もこれと言って怪我はありません。心配して下さり、ありがとうございます」


 気障(きざ)ったらしく髪をかきあげながら男性騎士――エドモンドも答えた。


 すると、何かに気付いたようにエドモンドが私に近づいてくる。


「アリス様、そのまま少し動かないで下さい」


 エドモンドがそう言って私の頭の方に手を伸ばしてきた。


 反射的に手を避けるため頭を仰け反らせ、一歩後ろに下がる。


 すると、エドモンドが気まずそうに手を引っ込めた。


「あ、ごめんね。もしかして頭に何か付いてる?」

「いえ、こちらこそすみません。頭の上にグリフォンの羽毛が付いていたので取って差し上げようと思いまして」

「教えてくれてありがとう」


 私は自分で頭の上を軽く払うと、ひらひらと羽毛が舞い落ちてきた。


「討伐対象になってたグリフォンの群れもこれで全部かな?」

「そうですね。これで王都アルカーノと聖教会アレクサハリンを行きかう商人たちも安心でしょう」

「討伐依頼もひとまず完了ですね。王都へ戻りましょう」


 私とユリはエドモンドに頷いて帰路の準備を始めた。




 数日振りに帰ってきた王都アルカーノは活気に溢れていた。ただし、それは表面的なものに過ぎない。


 この数年の間で王都の雰囲気も少し変わった。


 魔物が増えた道中は危険も多く、王都に来る人たちが減った。王都に来る人たちが減れば店の売り上げも必然的に減り、住民たちの生活が少しずつ苦しくなる。住民たちの生活が苦しくなれば王都全体の雰囲気も暗くなり、少しずつ騎士たちの士気にも影響が出始めた。


 このままでは良くない。そう思っても、どう対処すれば良いかアイデアが浮かばない。


 この前やった公演は評判良かったけど……あれ、恥ずかしいんだよね。でも皆が元気になるならまたやってもいいかな?


 どうしようかなと考えながら騎士団の詰め所に寄ると、通信室から出てきたナナリーとばっちり目が合った。


「アリス様、お帰りなさい。グリフォンの討伐は無事終えたようですね」

「ただいま。討伐依頼の報告しようと思って寄ったから丁度良かった。特に問題なかったよ。冒険者ギルドへの報告はユリとエドモンドが行ってる」

「二人はどうでしたか? 特にユリは上級騎士になったばかりですから」

「エドモンドはもう少ししたら一人でAランクの魔物とも戦えるかも。ユリはまだBランクのグリフォン相手に手間取ってる感じしたかな。空を飛ぶ相手が苦手なのかもね」

「そうですか。本来なら騎士の育成は、団長や私たちの仕事なのにアリス様に手伝わせてしまって申し訳ありません」

「ううん、これぐらい大丈夫だよ。ナナリーたちも大変なのは知ってるから。そう言えばナナリーが通信室に居るのって珍しいよね。いつも部下の人たちに任せてるのに」

「私の事を名指しで連絡が入りまして」

「ナナリーを名指し……あ、もしかして師匠?」


 ナナリーは少し意地悪そうな顔をしたかと思うと、すぐにいつも通りの表情に戻った。なんだろう?


「ええ、そんなところです」

「そっか。どんな話だったの?」

「簡単にまとめると、最近強力な魔物が増えてきたから何か対策を一緒に考えられないか? という感じですね」

「え~と、それだけ? 他には何か言ってなかった?」


 胸元まで伸びた髪の先を右の人差し指でくるくると巻きながら、聞きたいことをぼやかして話の続きを(うなが)す。


「そうですね、他には……シヴァ君が王都の南方にある密林で地竜を倒したとか」

「え、あそこにシヴァが来てたの!?」


 髪を弄っていた手を止めてナナリーに問い返すと、ナナリーは笑いを堪える様にして口元を引き締めている。


 もう、笑いたいなら笑えば良いのに。


「それに地竜って? そんな討伐依頼あったの?」

「私もさっき聞いたばかりなんで詳しくは分かってないですけど、出ていたみたいですよ」

「そうなんだ」

「アリス様が別の討伐依頼で密林の方へ行っていたら、もしかしてシヴァ君と会えていたかもしれませんよ?」


 ナナリーは私とシヴァが再会の約束をしてて、しかも私がずっとシヴァに会えるのを楽しみにしてる事も知ってるからたまにからかってくるんだよね。


「そうだけど……でも、密林でばったり再会とかは嫌かな。もうちょっと、こう……感動的な再会だといいなぁって」

「感動的ですか?」

「例えばなんだけど。私がピンチになったら颯爽(さっそう)と現れて助けてくれるとか……」

「相変わらずその手のお話が好きなんですね」

「いいでしょ、別に」

「今のアリス様がピンチになる状況なんて、上級悪魔を相手にする場合ぐらいですよね? それを颯爽と助けるなんて団長でも難しいでしょうし、フィオナさんならもしかしたらってレベルですよ?」

「分かってるわよ」


 理想の再会シーンを想像するぐらい良いじゃない。


 少し頬を膨らませるとナナリーは話を変えてきた。


「そう言えばアリス様、今度の公演には出れそうでしょうか? もしアリス様が出れるのであれば皆喜ぶと思うのですけど」

「う~ん、ちょっと考え中。この前出てみたけど、やっぱり皆の前で歌うの恥ずかしかったから」


 これ以上長居すると公演に出るようにと説得されそう。ナナリーとの話を打ち切って家に帰る事にした。




 家に帰ると、私が生まれる前から仕えているメイドが出迎えてくれた。彼女に話を聞くと、父も母も仕事で王都を離れているみたい。


 二階に上り、廊下を渡って私の部屋まで歩いて行く。


 扉を開けて部屋に入ると、窓辺から明るい日の光が差し込んでいる。


 腰に下げていた長剣とポーチを外して棚の上に置き、白と深い青を基調とした騎士団の制服から部屋着に着替える。


 棚に置いたポーチからペンダントを取り出して、少し大きめのベット中央に腰を下ろす。


 膝を立てて背中からベットに倒れ込み、両手でペンダントを掲げるように持ち上げた。


 こうしてシヴァから貰ったペンダントを眺めていると、自然に口元が緩む。


 修行中に紐の部分が切れて首から下げられなくなっちゃったけど、今でも大切に持ち歩いてる。装飾技師に頼んで直してもらったり、別の紐を用意すればいいってナナリーとかは言うけど手を加えたくなくて結局そのまま。


 両手をお腹の上まで下ろして瞼を閉じ、カムノゴルで過ごした日々を思い出す。


 孤児院での生活、剣や魔法の修行、魔物との戦い。


 その全ての中心にシヴァがいた。


 他にも巨大蜘蛛と戦った後にウスロースクの町でシヴァのほっぺにキスしたり、悪魔との戦いの後には泣きながら抱きついたりしちゃったんだよね……


 今思い返すとなんだか恥ずかしくなってきた。


 右手の甲を頬や額に当てると少し熱を持っている気がする。


 瞼を持ち上げて目を開けると白い天井が映った。


 シヴァの事を考えると、最後はいつもカムノゴルの町に悪魔たちが襲ってきたあの日、シヴァが魔人化を使って一体の悪魔を倒したあの時の事が頭を過ぎる。


 今でも鮮明に思い出せる。夕焼けの赤に染まる空に、白金に光り輝く髪をなびかせて現れた魔人。


 その幻影を天井に映して、私はシヴァに向かって手を伸ばす。


 届かない、今でも届いたのか分からない。それほどあの時のシヴァは圧倒的な存在感を放っていた。


 悪魔を歯牙にもかけないその姿はまるで――


「ねぇ、シヴァ。もしかして君は……ううん」


 伸ばした手を引き戻し、左手と共に胸元に寄せてペンダントを握り締める。


 ライナーから慕われて、なんだかんだとしっかり面倒を見ていたシヴァを思い出す。


 レインちゃんに甘えられ、兄として優しく接していたシヴァを思い出す。


 他にも師匠やアクアさん、マリーさんたちと一緒に過ごして笑ったり困ったりしていたシヴァを思い出す。


 そして、別れる前夜に見た真剣な表情をしたシヴァを思い出して――結論はいつも変わらない。


「例えそうだとしても……会いたいよ、シヴァ。いつになったら会いに来てくれるのかな?」

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