33 王都への旅立ち
昼を過ぎたぐらいに道場へ行くと、広間では大勢の警備兵たちが稽古に勤しんでいた。
広間へ入って直ぐ右側に、シャルとオリヴィアを見つけたので俺はそちらへと足を向ける。二人とも袴姿で足を崩して休憩していた。
「シヴァ先生だ! やっほー」
「こんにちは」
「あぁ」
二人が挨拶してきたことで、それまで俺に気付いていなかった警備兵たちが動きを止めてこちらへ顔を向けてくる。
「「「シヴァ先生、お疲れ様です!」」」
男たちの太い声が道場内に木霊した。
「俺のことは気にしないで良いから稽古を続けて下さい」
「「「了解です!」」」
男たちが稽古を再開する中、広間の奥からライナーが歩いて来て俺たちの前で立ち止まる。
「アニキ、戻ってきてたんスね。道場まで来てどうしたんスか?」
「実はライナーとシャル、オリヴィアに少し話があるんだけど……まだ稽古中だろ。終わったら後で孤児院に来てくれないか?」
「それなら今話を聞くから大丈夫ッスよ。ここだとあれなんで奥の部屋で。シャルとオリヴィアもいいッスか?」
「いいですけど……師範代だけじゃなくて私たちもですか?」
シャルだけでなくオリヴィアもどんな用件か分からず不思議そうにしている。
質問には頷くだけで答えた。
「アニキ、ちょっと待って下さい」
ライナーが警備兵たちの方に振り向いて指示を出す。
「全員稽古を続けながら聞け! オイラは少しの間席を外す。稽古はいつも通りの順番で行うように。いいな!」
「「「了解です!」」」
警備兵たちの返事を聞いたライナーは、俺たちに視線を向けてから奥の部屋へと歩いて行った。
シャルとオリヴィアが立ち上がるのを待ってから、俺たちは奥の部屋へと向かった。
奥の部屋は皆が一斉に稽古を行う広間とは一転してこじんまりとしている。部屋の中で俺とライナーが向かい合うように床に座り、俺の右斜め前にシャル、左斜め前にオリヴィアが座った。
それぞれの前にはオリヴィアが入れてくれたお茶が用意されている。
俺は湯呑みを手に取り、一口飲んでから話し始めた。
「先日討伐した地竜の件で王都のナナリーさんに連絡してみたんだ。そうしたら王都の方に来てくれないかって頼まれて」
「シヴァ先生王都に行っちゃうの!?」
話してる途中でシャルが割り込んできた。
「行くと言っても住む訳じゃないからある程度したら戻ってくるよ。ただ場合によっては長くなるかもしれない」
「アニキ、長くなるってどれくらいかかりそうなんスか?」
「具体的にはなんとも言えないけど、ナナリーさんからは王都近辺の討伐依頼が溜まってるから手伝って欲しいって言われただけだからな。一応明日の朝には王都に向かおうと考えてる」
「つまり師範代やシャル、私たちはシヴァ先生と一緒にその討伐依頼を受ければいいということでしょうか?」
「そういうこと。俺一人で行ってもいいんだけど依頼が多いようなら人手があったほうが良いと思って。もちろん無理にとは言わないけど一緒に手伝ってもらえないかな?」
俺が三人に問いかけると、最初にシャルが答えた。
「あたしは行きますよ! お姉ちゃん、良いよね?」
「ええ。ただ……お母さんは問題無いとして、お父さんが反対しそうね」
「パパならあたしが説得するから大丈夫だよ。という事でシヴァ先生。あたしとお姉ちゃんは行きますよ!」
「そうか、ありがとう」
シャルがお父さんをどう説得するか考え込み始めたみたいだ。頬に手を当ててう~んと唸っている。
オリヴィアが「最後はお母さんに頼めば何とかしてくれるわよ」と小声で言うと、シャルが「それだ」と指を鳴らした。
「アニキ、オイラも行くッスよ。とは言っても最近はオイラが師匠の代わりに結構稽古をつけてるから、一度師匠と道場について話してからですけど。そう言えばアニキはもう師匠たちやマリーさんにこの話したんスか?」
「いや、まだ話してない。師匠たちにはライナーがいるときに話すよ。マリーさんにはこの後話しに行く」
「了解ッス。稽古が終わったら孤児院に行くんで待ってて下さい」
「悪いな」
話し終えた俺は残っていたお茶を飲み干して立ち上がる。
「じゃあシャルとオリヴィアは明日の朝、孤児院の前に来てくれ。ライナーは後でな」
「はーい」
「わかりました」
二人が返事をして、ライナーが頷いた。
部屋を出て次は教会へと向かう。マリーさんにはどう説明するかな。
「シヴァ君最近ずっといないじゃない。しかもシャルちゃんとオリヴィアちゃんも連れて行っちゃうんでしょ? 二人がいない間、私は誰に癒しを求めればいいのよ?」
マリーさんは祭壇の前に置いてある講演台の上に上半身を寝かせてやる気の無い声を上げている。
教会内を掃除していたマリーさんを捕まえて王都行きの経緯を話したらごらんの有様。
「アクア姉とかレインとか?」
「う~ん、その二人は抱きついても反応がつまんないからなぁ」
確かにアクア姉とレインにはシャルの猫が威嚇するような反応や、オリヴィアの困った様な恥ずかしがる様な反応は期待できない。
アクア姉は抱きついたマリーさんを無視して家事を続けたり、レインは昔からマリーさんに抱きつかれ過ぎて慣れてるからな。
「そういえばこの前新しくシスターが増えたって言ってた気がするんですけど、その子に抱きつけばいいんじゃないですか?」
「あはは。我慢しきれずに手を出したら……やめちゃった」
だめだこいつ。
「まぁそんな訳で俺の代わりに警備兵たちの魔法訓練をお願いします」
「は~い。でも私シヴァ君やシャルちゃんほど攻撃魔法上手くないからなぁ」
「大丈夫ですよ」
この八年の間にマリーさんも攻撃魔法を扱えるようになっていた。
元々治癒と結界魔法を使えていたおかげで警備兵たちよりもよっぽど上手い。
ただ、マリーさんの本分は治癒と結界にあるから戦闘ではほとんど使わないだろう。
マリーさんが講演台からゆっくりと体を離すと、何かを思い出したように祭壇の横にある扉から奥の部屋へと行ってしまう。
少し待ち、マリーさんが戻ってくると手に丸い何かを握っていた。
「はいこれ。この前頼まれてたやつ」
マリーさんの前に右手の平を上に向けて出すと、表面に複雑な術式が刻まれた魔石を置かれた。
「これって……ありがとうございます」
「いえいえ」
実は地竜討伐のため町を出る前、マリーさんに広範囲型の治癒魔法を魔石につめて欲しいと依頼していた。
魔石そのままだと魔力しか溜めれないから、魔石を手に持って魔法を発動するだけで魔法をつめられるように俺が細工して。
「それと注意なんだけど、その魔石につめた魔法は敵味方関係なく範囲内の生物を対象にするから使うなら敵を倒してからにしてね」
「わかりました」
用事を終えた俺はマリーさんに別れを告げて教会から出て、直ぐ近くの我が家へと帰った。
翌朝、ライナーとシャルとオリヴィアの三人が孤児院の前に集合した。そこに俺とサーベラスを加えた五人で王都へ向かう。
実は昨日ライナーと一緒に王都行きの件を師匠たちに話したらカイトが「俺も兄ちゃんたちに付いてく!」って言い出して、その後夜遅くまでカイトが騒ぐからアクア姉に怒られて拗ねちゃったんだよな。
王都から帰ってくるときに何かカイトとマリンにお土産買ってくるか。
ただそれは帰ってくるときに考えよう。
「まずは地竜を倒した密林まで転移して、そこから近くの村に行く。後は馬に乗って五日もすれば王都に着くはずだ」
そう切り出して転移魔法の準備を開始する。
「意外と近いんスね」
「シヴァ先生が転移魔法を使ってくれるからそう感じるだけじゃないですか?」
「馬だけだと半月ほどかかりますからね」
「シヴァ様だけであれば私が送るのですが……他の方々が一緒では仕方ありませんね」
皆が話している最中に転移魔法の準備を終わらせ、後は発動させるだけの状態。
歪んだ空間が全員を包むように広がっている。
「じゃあ転移するぞ。転移先は一応魔物が出るところだから転移直後は警戒するように」
そう言って俺は魔力を放出して魔法を発動させた。