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32 八年の年月(後編)

 目を覚ました俺はアクア姉との約束通り、ちゃんと朝から食事を取った。普段の倍ぐらいは食べさせられた気がするけど。なんであんなに食べさせたがるのか……


 食事の後はいつもより張ったお腹をさすりながら冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドに到着し、受付嬢に話しかけて地竜討伐の報酬を受け取った。報酬が入った小袋を無造作にポーチへ入れる。師匠への出世払いはもう終えているから今のところお金の使い道がないんだよな。


 昨日から始めている地竜の解体はもう少し時間がかかるらしい。もし魔石が取れたら素材買取の対象外にしてくれと受付嬢に伝えて俺はギルドを出た。夕方頃にもう一度顔を出すことにしよう。


 次はナナリーさんに連絡するため町長宅へと向かう。




 町長宅で働いているメイドさんも最近は慣れたもので、俺の顔を見ただけで家の中へと招いてくれるようになった。


 待合室で少しだけ待つと町長が部屋へと入って来た。


「やぁシヴァ君。今日はどんな用かな?」


 力強い声が部屋に響いた。町長は今年で六十過ぎぐらいの年齢になるそうだがまだ若々しく、気力に満ちている様に見える。


 俺は椅子から腰を上げて町長に向かい会釈し(えしゃく)た。


「急にすみません。実は先日冒険者ギルドから出ていた討伐依頼に関する件を王都のナナリーさんに報告したく、魔法通信機を使わせて頂けないかと思いまして」

「ほう、珍しいじゃないか。ナナリー君への連絡はいつもガイ君がやっていた気がするが?」

「今回はたまたまですよ」

「そうかね、魔法通信機を使うのは構わんよ。だが、ナナリー君へ報告すると言う事は王都の騎士団へ報告すると言うことだ。結構な大事になるんじゃないかね?」

「場合によってはそうかもしれません。年々増える強力な魔物への対処をどうするかも含めて話をしようかと考えています」

「なるほど。この町はガイ君やマリー君、それにもちろんシヴァ君。君たちのおかげで警備兵たちの質が向上しているからほとんど問題になっていないが、隣町のウスロースクなどは近年被害が増えているようだしな……」


 町長は短く整えられた(ひげ)を指先でなぞりながら、何やら考えを巡らせているようだ。


「シヴァ君が王都へ行って直接ナナリー君と話してみると言うのはどうかね?」

「直接ですか?」

「そうだ。長期的な話になりそうだし、一度顔を合わせて話してみてはどうかね? まぁ事前に連絡を入れておく必要はあるだろうが。ところで、魔法通信機の使い方は分かるかね?」

「はい、師匠から聞いてます」

「そうか。では魔法通信機を持ってこさせる。もし使い方が分からなければメイドに聞いてくれ。では私はこれで失礼するよ」

「ありがとうございます」


 俺が軽く頭を下げると、町長は(きびす)を返して部屋を出て行った。


 町長が部屋を出終わったら椅子に腰を下ろしてメイドさんがやってくるのを待つ。


 少しするとメイドさんが小さな箱を持って部屋に入ってきた。メイドさんが小さな箱から上面に魔石をはめ込んだ台を取り出して、俺の前にある机に置いた。


 丁寧にお辞儀をしてメイドさんが部屋を退出する。


 俺は台の側面に付いている受話器と思わしき物を手に取って耳に添えた。


 すると魔石が淡く点灯する。


 少し待つと、


「はい、こちらアルカーノ騎士団。通信地点と名前をお願いします」


 事務的な男性の声が受話器から聞こえてきた。


「カムノゴル町長宅から通信しているシルヴァリオと言います」

「カムノゴルのシルヴァリオさんですね、どのようなご用件でしょうか?」

「騎士団に所属しているナナリーさんに話があるので変わってもらえないでしょうか?」

「……失礼ですが、シルヴァリオさんはナナリーとはどう言った関係でしょうか?」

「師匠……じゃわからないか。剣聖ガイの弟子です。ナナリーさんとは昔会ったことがあるぐらいなんですが、今日は剣聖ガイの代わりとして連絡をしています」

「剣聖の弟子でしたか。これは失礼しました。こちらから折り返し連絡を入れますので少々お待ち下さい」

「はい、わかりました」


 受話器の奥から少しだけガヤガヤとした雑音が聞こえたと思ったらプツっと切れた。


 耳から受話器を離して台にかける。


 この部屋に入ったときから手をつけていなかったお茶を飲みながらナナリーさんからの連絡を待つことにした。




 お茶を飲み終えて一体いつまで待てば良いのかと思案し始めた頃、通信機に付いている魔石がチカチカと点滅しだした。


 受話器を左手で取り、耳に添える。


「はい」

「え~と、シヴァ君よね? ナナリーです。随分と久しぶりね。お師匠様の代わりに連絡を入れたって聞いたけど」


 そうか、通信の初めに名乗らないと誰かわからないよな。


「はい、シヴァです。ナナリーさん急にすみません。ナナリーさんに報告したいことがありまして」

「もしかしてずっと前に話した騎士になる件? それなら大歓迎よ?」

「すみません。違います」

「あら残念。じゃあどんな話かしら?」


 受話器越しの声は記憶の中のナナリーさんよりも幾分(いくぶん)かやわらかい印象を受ける。


 昔は近くに師匠やアリスが居たから礼儀正しくと意識していたんだろうか?


「王都の南方にある密林で地竜が出たため、地竜の討伐依頼が出されていたんですけどご存知ですか?」

「いえ、初耳よ。地竜はAランク相当の魔物だから、上級騎士を数人派遣しないといけないわね。今すぐ動ける騎士がほとんどいないのよね。どうしようかしら……」


 気の早いナナリーさんが地竜への対応を考え出しているけど、それはもう解決してるから悩まなくていいんだけどな。


「まぁその地竜自体はもう討伐済みなんですけど」

「もしかしてシヴァ君が倒したの?」

「はい、それでですね。地竜レベルは稀ですけど、最近あちこちで強力な魔物が増えているので、何か一緒に対策を考えられないかと思いまして」

「そう……もしシヴァ君が良ければなんだけど、王都に来てくれないかしら?」


 町長からも王都に行ってみたらと言われたばかりだからちょっとびっくりした。


 まさかナナリーさんからも同じような事を言われるとは。


「王都にですか?」

「ええ、こうして通信機越しでもいいんだけど直接話したほうが色々と話せそうだからね。それにシヴァ君にちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」

「どんなことですか?」

「さっきも言ったんだけど。今動ける騎士が少なくて、王都と近隣の討伐依頼が溜まってるのよ」

「なるほど、討伐依頼ですか。人は多い方がいいですか?」

「昔は悪魔を倒して、最近は地竜を倒したシヴァ君が来てくれるなら十分……と言いたいところだけど、他にも手伝ってくれる人がいるならお願いしたいわ」


 そう言われて頭に浮かんだのはライナーとサーベラス、それにシャルとオリヴィアの四人。


「何人か心当たりがあるので声をかけてみます」

「助かるわ、ありがとう。王都の正門で私の名前を出せば直ぐに入れるように手配しておくわ」

「分かりました。近々王都に向かいます」

「ええ。それと……やっとアリス様との約束が果たせそうね?」


 唐突にナナリーさんがからかう様な声音を出してきた。


 ……そう言えばナナリーさんの目の前で再会の約束を交わしたんだったな。昔の事を思い出し、無性に恥ずかしくなってきた。


 右手で顔を隠す様にしながら、それでも気になったことを聞くことにした。


「そう言えば、アリスは元気にしてますか?」

「ふふっ、どうかしらね」

「ナナリーさん」


 顔から手を離して少し強めに声を張る。


「ごめんなさい。年甲斐(としがい)も無くからかってしまったわね。アリス様は元気よ。それに元々可愛らしかったけど、成長してすごく綺麗になったわ」

「そう、ですか」

「それと、シヴァ君からもらったペンダント。今でもとても大切にしてるわよ」


 不意にもたらされた情報に、俺は直ぐに反応できなかった。


「じゃあ会える日を楽しみにしてるわね」

「はい」


 そう答えると、いつの間にか通信が切れていた。


 手に持っていた受話器を台にかけてふぅと息を吐く。


 椅子にもたれ掛かりながら今後の事……よりもアリスに思いをはせる。


 アリスは一体どんな風に成長したんだろうか。


 今から王都に行くのが少し……いや、かなり楽しみになって来た。

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