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30 八年の年月(前編)

 激しい戦闘で火照(ほて)った体からは汗が浮き上がり、荒く吐く息は冬の寒さのせいで白に染まった。


 厚手のシャツとズボンのおかげで寒さは防げているはずなのに、汗が急激に冷えていくせいでどんどん体温が奪われていく。


 左肩から腰にかけて付いた爪跡からは血が(したた)り落ちて、このまま放って置くと出血死しかねない。取りあえず血を止めるため、右手を傷跡に添えて治癒魔法をかける。少しだけ傷跡が残ったけど俺の治癒魔法の腕じゃ仕方ない。町に帰ったらマリーさんにちゃんと治して貰おう。


 周りを見回すと、いつの間にか密林の中に荒れ果てた広間が出来上がっていた。


 目の前にはさっきまで戦っていた地竜の特殊個体が横たわっている。


 今回は魔人化無しという制限で戦ったみたけど、流石にAランクオーバーの魔物相手だとかなりぎりぎりだ。


 これなら変に(こだわ)らず魔人化しても良かったかなと思わなくも無い。


 とは言えこれでまた一歩師匠に近づいたと思えば、やっぱりチャレンジして良かったとも思う。


 戦闘前に置いておいた荷袋を、すっかり景色の変わった木々の中から探し出し、黒革のコートを取り出した。


 コートを羽織って前を閉めようとし、コートに血が付きそうだから取りあえずこのまま開けておく。


 荷袋の(ひも)を肩にかけ、倒した地竜の側まで戻った。


 さて、この地竜どうするかな。


 いきなりカムノゴルの冒険者ギルドに地竜ごと転移したら大騒ぎに……いや、そもそもギルドに地竜が収まらないだろうし。訓練所に転移するのが無難か。


 遠見の魔法使うと酔った感じになって頭痛くなるからあんまり使いたくないし、一度転移して場所空いてるか確認して戻ってくるのも面倒なんだよな。


 よし、サーベラスに確認してもらおう。


『サーベラス、今どこに居る?』


 ……あれ、反応が無い?


 いつもは直ぐに返事があるんだけど。


『――シヴァ様。すみません、少しばかり反応が遅れました』

『何かあったか?』

『いえ、今は訓練所でオリヴィアとシャルロットに稽古をつけていただけですので、特に問題ありません』

『訓練所に居るのか、丁度良い。今からそこに地竜の死体ごと転移したいんだけど、結構大きくてな。場所空いてるか?』

『私たち以外使っていないので問題ありません。今から私たちも端へと移動しますので少々お待ち下さい………………お待たせ致しました。もう転移しても大丈夫です』

『悪いな、じゃあ今からそっちに向かう』


 サーベラスとの念話を終え、荷袋を足元に置いて転移魔法を起動させる。


 まずは大量の魔力を両手の間に集め、空間を歪ませる。


 歪みを少しずつ外に外にと広げていき、それを地竜の巨体を飲み込むまで続けた。


 自分と地竜に集中しつつ、転移先のイメージを強く思い描いて魔力を一気に放出させると――見慣れた訓練所の光景が視界に映った。




 少し離れたところには老執事と二人の女性が並んで立っているのが見える。


 三人の方へ視線を向けると老執事が軽く礼をして、年若い方の少女が勢い良く駆け寄ってきた。


「シヴァ先生! おかえりなさい!」

「あぁ、ただいま。シャルはいつも元気だな……というか引っ付くな」

「いーじゃないですかー」


 駆け寄ってきた勢いのまま俺の左腕に自分の腕を絡ませてくるシャル。離れるよう言い聞かせても全然聞いてくれない。


 この辺の距離感は昔から変わらないな。ただ、シャルも今年で十六歳。体もだんだん成長してきているから、こうしてくっ付かれると色々……というか主に左腕に当たってる柔らかい部分とかが気になるから離れて欲しいいんだけど。


「シャル、あんまりシヴァ先生を困らせないの。それよりもシヴァ先生、大丈夫ですか? 服が真っ赤に血で染まってますけど……」


 今度はオリヴィアが心配そうに近づいてきた。


 この服見たらそういう反応にもなるか。シャルは気にしてないみたいだけど。


「別に困らせてないよお姉ちゃん。というより服はあれだけどシヴァ先生平気そうにしてるから大丈夫かなーって思ったんだけど、もしかして痛かったりします?」

「傷は取りあえず塞いだから大丈夫。服はまぁ、着替えるのめんどくさかったから取り替えてないだけだよ」

「取りあえずって、じゃあちゃんと治してないんですか?」

「まぁな」

「それならあたしが治しますよ! 服脱がしますね!」

「ちょっと待て」


 俺の制止の声も聞かずにシャルは絡ませていた腕を離して俺のシャツを強引に(まく)る。


 うっすらと残った傷跡が寒空の下に晒された。


「あー、結構深いですね。ちょっと待って下さい」


 シャルが俺の傷跡に右手を添えて念じると、手の平から光が溢れ出す。


 少し待って光が止むと、さっきまであった傷跡が綺麗さっぱり無くなっていた。


 シャルは治療を終えると両手を腰に当てて胸を張った。


「どうです? マリーさんほどじゃないですけど、これぐらいならあたしだって治せますよ」

「……ありがとな、シャル」


 礼を言うと、シャルはにんまりと口元をほころばせた。


 それまでやり取りを見ているだけだったサーベラスが、会話の隙間を突いて話しかけてきた。


「シヴァ様、その地竜はいかが致しますか?」

「冒険者ギルドに連絡して買取に来て貰うからこのまま置いておく。サーベラスたちには悪いけど、この後も稽古を続けるなら端のほうでやってくれ」

「いえ、稽古はこれまでにして今日は休むことにします。オリヴィアもシャルロットもいいな」

「はい、サーベラスさん」

「わかりました」

「ではシヴァ様、ギルドへの連絡は私がしておきます。お疲れでしょうから先にお帰り下さい」

「そうか、じゃあ任せた。ついでに俺の名前で討伐依頼の完了手続きもしておいてくれ」

「かしこまりました」

「オリヴィアとシャルもまた明日な」

「はい、お疲れ様です」

「またねー」


 サーベラスの提案を受けて、俺は先に帰る事にした。


 二人に手を振って別れを切り出すと、オリヴィアは軽く礼をして、シャルはブンブンと右手を振って送ってくれた。




 さっきのオリヴィアとシャルみたいに心配されそうなので、孤児院に着く前に血で濡れたシャツを脱いでおくことにした。素肌にコートを羽織る形になるけど仕方ない。帰り道ですれ違った何人かにもギョッとした目で見られたしな。


 一度足を止めてさっとコートとシャツを脱ぎ、荷袋に汚れたシャツを詰める。コートを羽織り直して再び歩き出す。


 程なくして孤児院に到着すると、二階の窓から外を眺めていた人物と目が合った。


「あ、兄ちゃん!」

「おう、帰ったぞ」


 窓辺から顔を覗かせていた少年に向かって手を振ると、顔を引っ込めてしまった。


 少しするとどたどたと音が響き、孤児院の入り口の扉が勢い良く開かれ、窓辺から顔を出していた少年が俺の腹目掛けて一直線に飛び込んできた。


 荷袋を手放し、少年が飛び込んできた勢いを受け流しながら抱き止めると、腕の中で少年が二ヒヒと笑ってる。


「こらカイト。いきなり飛び込んでくるなっていつも言ってるだろ」

「いーじゃん、けちー」


 なんだか転移直後にも似たようなやり取りをした気がするんだけど気のせいか?


「お兄ちゃん帰ってきたんだ、お帰りなさい」

「ただいま、レイン」


 カイトに遅れる形でレインたちも出迎えてくれた。


 一度カイトを地面に降ろし、レインの足に掴まる様にして立っている幼女に目線を合わせるため膝を折って屈む。


「それにマリンも、ただいま」

「……おかえりなさい」


 たどたどしく話すマリンの頭を撫でると目を細めて気持ち良さそうにしてる。


 マリンを見てると小さい頃のレインを思い出して無性に頭を撫でたくなるんだよな。もう撫でてるけど。


 さらさらっとした髪から手を離し、腰を上げて孤児院の入り口の方に顔を向けると、師匠が扉に寄りかかる様にして立っていた。


「今回の討伐依頼はどうだった? 確か王都の南方にある密林で地竜が出たって話だよな」

「はい、でも今回のはただの地竜じゃなくて特殊個体でした。まぁ倒せば魔石が手に入るからそれ自体は別にいいんですけどね」

「年々強力な魔物の討伐依頼が増えてきているな」

「そうですね、地竜の特殊個体みたいのは流石に稀ですけど」

「だが、このまま強力な魔物が増え続けたら問題だ。それに王都の方でも地竜が出たってなると、一度騎士団……というかナナリーに報告しておいたほうが良さそうだな」


 なんだか久しぶりにナナリーさんの名前を聞いた気がする。


 ナナリーさんといえば、アリスともずっと会ってないな。


 あれから八年。結局未だに会いに行けてないが、そろそろ再会の約束を果たす頃なのかも知れない。

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