3 初めての手合わせ
「は、はじめまして。レインです」
「シヴァとレインね。よろしく」
緊張して若干口ごもりながらも、レインは自ら名乗って挨拶を交わした。
アリスは俺とレインを交互に見比べてから返事をし、女剣士へと振り返った。
「ナナリー、あなたはもう王都へ帰るの?」
「ええ、ここまであなたを護衛するのが私の任務。それが終わった今、私は王都に戻ります。次に会うのは迎えにくるときですね。お師匠様、アリス様のことよろしくお願いします」
「任せておけ」
ガイが頷くと、ナナリーと呼ばれた女剣士は一礼して直ぐに踵を返し、王都へと帰っていった。
俺は先ほどの会話の中で気になることがあったのでガイへと疑問をぶつける。
「師匠、ナナリーさんって師匠の弟子なんですか?」
「まぁな、王都に居た頃に騎士団に剣術を教えていたことがあったんだよ、あいつはその内の一人だ。今回の件もそのときの伝手で依頼されたことなんだよ」
「そうだったんですね」
勇者がなぜ師匠のところへと修行に来るのか不思議だったが、そういうことだったのか。
「さて、アリス。ナナリーから事前に話は聞いているが、実際にお前がどれだけの腕を持っているのか確認したい。ここまでの移動で疲れているかもしれないが今から大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「よし。シヴァ、アリスと手合わせしろ。お互いに魔法は使わないこと」
「……師匠?」
「お前もたまには俺以外の奴と手合わせしたほうがいいと思ってな」
ガイと手合わせすると思っていたアリスが怪訝そうな顔でこちらを見る。俺も自分が相手をするとは思っていなかったのでアリスに苦笑を返した。
「ガイさん、私は勇者の加護を持っているんですよ。同じ年頃の男の子と手合わせしても意味が無いと思います」
「まぁそう言わずに手合わせしてみろ。あとガイさんじゃなくてこれからは師匠と呼ぶように」
「わたしとレインは先に戻っているわ」
「お兄ちゃん、がんばってね」
アクア姉とレインは話の流れから自分たちが居ても邪魔になると考えたのか、孤児院へと戻っていった。
ガイは孤児院の壁に立てかけられている木剣を二つ取ってきた。俺とアリスはそれを受け取り、ガイから離れて互いに剣を中段に構えた。
「よろしく」
「ええ、よろしく。でもすぐに終わると思うわよ」
「それはどうかな」
そう言って俺は挑戦的な眼差しを向けるが、アリスはそれを無視してガイが開始の合図をするのを静かに待っている。
「二人とも準備はいいか? それでは始め!」
ガイの合図と同時、アリスが一瞬の内に剣を上段へと振りかぶって間合いを詰めて来た。
――速い、眼前に迫ったアリスを見て賞賛の声を心の内で上げる。左へのサイドステップで上段からの打ち下ろしを紙一重でかわし、がら空きになった面へとお返しとばかりにカウンターを入れる。
しかしその一撃はアリスの木剣に防がれた。いつの間に剣を引き戻していたのか、鍔迫り合いとなり、押し合いをするがアリスの力が強くて押し負けそうになる。
十歳の女の子のどこにこんな力があるんだか。アリスとの押し合いを嫌った俺は勢い良く後ろへと下がる。
一息つく間も無く再びアリスが迫ってくる。今度は下段からの切り上げ。右下から迫ってくるアリスの剣に対して自身の剣先を潜り込ませ、同時に地面に膝立ちするぐらいまで屈みながらすくい上げるように受け流す。手首を左へと切り返して木剣を水平に寝かせ、アリスの左脇腹を狙う。
立ち上がる勢いのまま対峙するアリスの右側へと走り抜ける。だけど左脇腹を狙った一撃は倒れこむような前方宙返りで躱された。
お互いに距離をとって相手の出方を伺う。にらみ合いが続き、痺れを切らしたアリスが次々と切りかかってくる。アリスはこちらに攻撃を当てられなくて若干戸惑っている様にも見える。それに対して俺は淡々とかわし、受け流し、そしてカウンターを入れ続ける。
アリスの攻撃は速く、重い。でもそれだけだ。普段から師匠と手合わせをしている身としてはこれぐらいどうということはない。何度目かの鍔迫り合いの後、俺たちの距離が開いたところでガイから終わりの合図が出た。
「そこまで! 勇者の加護は持ち主に色々と恩恵を与えると聞くがここまで身体能力が高いとはな」
俺は構えを解いて息をつく。
アリスは悔しそうに足元を見つめていた。
自信満々にすぐに終わると言っていたが、結局互いに攻撃を当てられず引き分けだったのだ。この結果をどう考えているのか……
「大体の実力はわかった。アリス、明日から本格的に修行を始める。今日は適当に休んでいろ。ここでの生活で何かわからないことがあればシヴァやレインに聞け。歳も近いし話し易いだろう」
「わかりました」
「シヴァ、俺は町の方で用事がある。後は任せた」
「了解です、師匠」
ガイが町の方へと歩いて行くのを見送り、アリスへと声をかける。
「木剣をかたづけて家に入ろう。今日からアリスが使う部屋を教えるよ」
「うん……わかった」
アリスと一緒に孤児院の壁に木剣を立てかけた。このままアリスの部屋まで案内しようかと考えていると、隣からくぅ~という可愛らしい音が聞こえてきた。
「そういえばお昼ご飯まだ食べてなかったんだ。アリスもまだだったら一緒に食べない?」
「………………食べる」
長い沈黙の後、アリスは先ほどの悔しそうな顔から一転して、恥ずかしそうな顔を浮かべながらお腹を押さえている。その姿を見ない振りして孤児院の入り口へと歩き出すと、アリスは慌てたように付いてきた。