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29 再会の約束

 いつもと変わらない朝がやってきた。


 けれど、俺にとって大切な()()()が変わる日でもある。


 昨日の話通り、朝食を食べてから少し経った頃にナナリーさんが迎えに来た。


 孤児院の前で別れを済ます事はせず、町の入り口までみんなで見送る事になった。


 町の外周では、朝早くから町の人たちが復興作業を始めていた。少しずつだけど着実に悪魔の残した傷跡が小さくなっている。


 俺たちは作業者たちの横を通り過ぎる。すると、鎧を着た騎士と思わしき人が二頭の馬の手綱を握って直立不動の姿勢をとっていた。


 騎士がナナリーさんに気付くと右手を上げて肘を曲げ、手を額に添える敬礼を行った。


「ナナリー様、こちらをお使い下さい」

「ご苦労様」

「いえ、それでは私は調査に戻ります」


 手綱をナナリーさんに預けると、騎士は町の中へと行ってしまった。


「アリス様、こちらへ」

「はい」


 アリスは少し俯くようにして俺たちから離れ、ナナリーさんの側に歩いて行く。


 昨日用意した物を渡すタイミングがなかなか掴めずに結局今まで渡せなかったけど、タイミングを見計らってたらきっとこのまま渡せない。なら、タイミングとか周りの目とか気にしないで――今渡すしかない。


「アリス、待って!」


 俺の声を聞いたアリスは足を止めて、ゆっくりと俺に向かって振り返った。


 俺たちとナナリーさんの間で足を止めてるアリスの下へ足早に歩いて行く。


 アリスに触れられる距離まで近づいたところで俺は足を止めた。


「アリス、ちょっとだけ頭下げてくれる?」

「えっと……これでいい?」


 俺のいきなりの頼みに嫌な顔もせず、言われた通りアリスは少しだけ頭を下げてくれた。


 ポーチから昨日町に行って買ってきた物を取り出し――ペンダントをアリスの頭を通すようにしてかけた。


 後ろ髪がペンダントの内側に入ってしまったので外に出すべきか一瞬迷っていると、


「これって?」


 アリスは胸元にぶら下がるペンダントを手に取り、顔を上げて俺を見つめてきた。


「実は、昨日の夜慌てて用意したんだけど……」


 昨夜、いつか見た露店の店主を全力で探し回った。とある宿屋で見つけて話をしようとしたら、最初は子供扱いされて無視されたんだが――旅立つ女の子にプレゼントを贈りたいと、金をチラつかせながら話したら真摯に対応してくれた。


 さらに俺の持っている魔石を使いたいと相談したら、魔石と別の宝石を組み合わせてオリジナルのペンダントを作るのはどうかとアイデアも出してくれた。


 そうして出来上がったのが魔石と宝石を上下に繋げたペンダント。黒い紐を編んで二つの輪っかを作り、上の輪っかには魔石を、下の輪っかにはワインのような深みを感じさせる赤い宝石が入っている。


「お守り。上の石は魔石だから何かの役に立つと思う。アリスに持っててほしいんだ」

「うん」


 アリスは瞳を閉じて、ぎゅっと両手で握ったペンダントを胸元に抱き寄せた。


「…………ありがと」


 そっと(まぶた)が持ち上がる。(うる)んだ瞳を隠すことは出来ず、泣き笑いの表情でアリスは俺に感謝の気持ちを伝えてくれた。


 小さく(こぼ)れた(ささや)きは、きっと俺以外には聞こえなかっただろう。


 長いようで短い間、俺とアリスが見詰め合っていると、ナナリーさんが咳払いをしてから声をかけてきた。


「んん、アリス様。そろそろ出発したいのですが、よろしいでしょうか?」

「え、あ、はい。ごめんなさい」


 途端にアリスが慌てた。


 アリスがナナリーさんの下に駆け寄って手綱を受け取る。


「では、皆様。失礼致します」


 ナナリーさんが颯爽(さっそう)と馬に乗ると、アリスもそれに続いた。


 先にナナリーさんを乗せた馬が反転して俺たちに背を向ける。


 アリスは馬が反転し終わる直前に俺の事を肩越しに見て――


「また会おうね、絶対だよ!」

「あぁ、必ず会いに行く!」


 俺はアリスを乗せた馬が遥か彼方に消えるまでその場で見送った。


 胸の奥に、再会の約束を(きざ)み付けて。




 半月ほどの旅路を終え、私とナナリーは王都に帰ってきた。


 ナナリーが一緒だったから入場検査待ちの列は無視して王都を囲う外壁の中へとすんなり入れた。並んでる人たちが羨ましそうにこっちを見てくるから少し申し訳ない気持ちになったけど……


 大きな正門を通った先は、カムノゴルの町とは比べ物にならないぐらい活気に溢れていた。


 街道の両側には所狭しと様々な露店が並んでいる。新鮮な果物を山積みにしている店や豚一頭を丸焼きした物を切り売りしている店、他にも色鮮やかな宝石を扱う店など見ているだけでも楽しくなってくる。


「アリス様。お疲れのところ申し訳ありませんが、このまま騎士団の詰め所に向かわせて下さい」

「うん、大丈夫だよ」

「ありがとうございます。実は今後アリス様が行う修行の講師を務める方がお越しになっているみたいで、アリス様に会って頂きたいのです」

「どんな人なの?」

「すみません、私も会ったことが無い人だと団長に言われたので分かりません」

「ふぅ~ん」


 ナナリーの後を着いて行き、王城の近くに建っている騎士団の詰め所に向かった。


 詰め所に入ると中は静かに落ち着いていた。時々外から剣戟(けんげき)の響きが聞こえてくる。外にある訓練場で剣の打ち合いをしてるのかな。


 私も最近は剣の修行が出来てなかったから混ざりたいなぁ。


 そんな事を考えながら詰め所の中を歩いていると、すれ違う人たちが立ち止まってナナリーに敬礼をしてくる。


 ナナリーもそれが当然だとばかりに軽く返すだけ。


 いつもナナリーの事を呼び捨てにしているから忘れそうになるけど、確か騎士団の中でも結構偉いんだよね。


 いくつかの部屋を通り過ぎ、騎士団の詰め所、その一番奥までやってきた。


 扉を開いて中に入ると、大きな机の上に腰掛けて書類を確認している大男が居た。


 ナナリーが大男に向かって敬礼をする。


「団長。アリス様をお連れ致しました」

「やっと来たか」


 ここに来るまでに見かけた騎士の人たちと同じ制服を着てるけど、胸元がだらしなく開いている。短髪を無造作に刈り上げて、なんだか見た目怖い感じ……。ここに居るってことは騎士なんだろうけど、どちらかといえば傭兵って言われたほうが納得するというか。


 そんな事を考えてると大男が机の上から降りてナナリーに話しかけてきた。


「そんな小娘を様付けで呼ばないといけないなんてお前も大変だな」

「国王様からアリス様を勇者として敬うようにと、騎士団だけでなく王宮に仕える全員に対して指示があったはずです。もちろん団長も含まれているはずですが?」

「ふん、俺はその規律を守る必要は無いとお前は知ってるはずだが?」

「……はぁ、そうでしたね。まったくなんでそんな特例が許されてるんだか」

「単純にこの国で一番強いからだろ」


 初めて見る団長さんがどんな人か分からないので一度ナナリーに聞いてみる。


「ナナリー。この人は?」

「アリス様、こちらはギルバード・レクリシア様。私たち騎士団の団長です。団長は元々王都の冒険者ギルドで働く傭兵だったんですが、その強さを認められて騎士になられた方です。団長が騎士になったときに、貴族や王宮の規律をある程度免除すると国王様から許しを貰っています。そのため一部の人たちからはなんであいつだけ特別なんだと影口を叩かれることが多いですね」

「お前はいつも一言余計だな」


 団長さんがやれやれといった感じで肩を(すく)めた。


「それで、アリス様に戦い方を指導するのはどなたですか? 元々お師匠様の下で剣を学んだ後は魔法について学んで頂く予定だったので、王宮仕えの魔法使いを呼んでると思ったのですが……まさか団長自ら教えるわけじゃないですよね?」

「俺にそんな時間は無い。それに王宮仕えの魔法使いは好かん」

「好き嫌いは置いておいて、じゃあどなたが?」

「勇者を指導するのは私ですよ、ナナリーさん」


 突然後ろから声が聞こえて、私とナナリーが同時に振り返った。


 女の人が部屋の中にゆっくりと入ってくる。その人の事は初めて見るはずなのに、どこか懐かしいと感じた。


「少し、失礼しますね」


 そう断ってから女性が私に近づいて来ると、頬に手を添えた。


「え?」


 足元に魔法陣が現れる。同時に、私の体が淡い光に包まれた。


 この魔法って確か……


「ギルバードさんの言っていた通り、確かにアリスは勇者の加護を宿しているみたいですね」


 やっぱりそうだ、鑑定の魔法。昔教会で加護を持っているか確認してもらった時と同じ。


「急にすみません。話には聞いていたのですが、自分の目で見て確かめたかったのです。それでは改めまして、アリスの指導を任されましたフィオナと申します。よろしくお願いしますね」


 フィオナさんは頬から手を離して一歩下がると、私に向かって軽く礼をした。


 その後、顔を上げたフィオナさんとばっちり目が合うと、にこっと微笑を向けられる。


「今は背中の翼を隠しているが、フィオナは天使だ。しかも俺と同じぐらい強い、精々鍛えて貰え」

「天使? しかも、団長と同じぐらい強いんですか!?」


 ナナリーがすっごく驚いた顔してるけど、団長さんってそんなに強いのかな。もしかして師匠と同じぐらい?


 もしそうなら、フィオナさんも師匠と同じぐらい強いって事になるよね?


「ふふっ。アリス、これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします!」


 ねぇ、シヴァ。


 私、シヴァに追いつけるように頑張るよ。


 いつか再会したとき、胸を張れるように。




 そして、シヴァと私が再会の約束を交わしてから――八年の月日が流れた。

第1章 完

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