28 シヴァの選択
「いきなりの事で驚くのも無理はありません」
「えっと、ナナリー。騎士になるのって難しいんじゃないの?」
ナナリーさんがいきなり俺を勧誘し始めてアリスも不思議に思ったのか、疑いの目を向けている。
「ナナリーさん、騎士になるには何か条件があるんですか?」
「はい、騎士になるためにはある程度条件があります。まずは剣技、もしくは何かしらの武術に秀でていること。武術の心得が無くても魔法が使えれば問題ありません。具体的には冒険者ギルド規定のCランク以上の実力があれば良いです。次に貴族であること。ただし、これについては現騎士団長がそもそも貴族ではないため形式的な条件となっています。最後に、私たちの君主である国王様に認められて任命して頂くこと。これらを満たす必要があります」
「つまり、強くて国王様に認めてもらえれば騎士になれるってことですか?」
「簡単にまとめるとそういうことになります。あと、条件と言うよりも慣習的に国王様からの任命は成人してから行われるため、正式に騎士になれるのはまだまだ先の話ではあります。しかし、今すぐにでも王都に来て頂いて、騎士見習いとして私の元で働いて欲しいですね」
ナナリーさんの回答を聞くに、一つ目は下級悪魔を倒したことで実力があると判断して問題無し。二つ目はそもそも条件として無視してもいい。三つ目は……これはどうなんだろう?
取りあえず思ったことをそのままぶつけてみよう。
「ナナリーさん、国王様に認めてもらうのって大変なんじゃないですか?」
「そうですね。ですが、国王様はお師匠様の事をとても信頼しています。そのお師匠様の弟子として剣技を磨いているというのは評価が高いです。また、悪魔たちの襲撃をいち早く察知してお師匠様に伝えるだけでなく、自ら悪魔と戦い、襲撃後は傷付いた人々の治療まで行っています。シヴァ君の活躍がなければカムノゴルの町はもっと甚大な被害が出ていた事でしょう。君の活躍は国王様にも評価して頂けると私は考えています。それに、私からも君の事を推薦して後押ししましょう」
ナナリーさんは言いたいことは言ったとばかりに満足げな表情を浮かべている。
なんだか色々言われたけど、師匠から俺の話を聞いて条件は大体満たしてるから騎士に誘ってきたと。
……どうするべきかな。
「今すぐ王都に来て騎士見習いになって欲しいと言われても……その話って直ぐに答えないと駄目ですか?」
「そうですね、私は明日の朝には帰るためそれまでに回答して頂けると助かります。ですが、仮に明日の朝の段階で答えが出なかったり騎士にならないと答えたとしても、後でやっぱり騎士になりたいと思ったら私に連絡して頂ければ対応します」
瞳を閉じて騎士見習いになった場合のことを考えてみる。
まず今回の話を受けた場合は王都に行かなければ行けない。
そうなると師匠から剣を学ぶ事が出来なくなり、修行を中途半端なところで終えることになる。それはやりたくない。
復興作業も落ち着いてきたけどまだやることは多い。それらを放っておいて王都に行ったら多分気になる。できれば納得するまでカムノゴルの町の復興は手伝いたい。
それに、レインがもう少し大人になるまでは側にいてやりたい。いや俺がいなくてもアクア姉がいれば問題はないんだろうけど、一応兄として心配というか何と言うか。
それと……アリス。剣術の修行がひと段落するまではここに居るはずだけど、それが終わればアリスは王都に戻る。
俺が騎士見習いになれば王都でアリスと会える可能性がある。騎士見習いになった後の生活がどんなものか分からないから実際には一度も会えないって事も考えられるけど。
騎士見習いになった場合、騎士としての仕事をしないといけないだろうな。そうなると今より自分の時間が少なくなることは確かだ。
魔人化の修行や、上級悪魔の動向調査。これから他にも色々とやることが増えそうだし、自分の時間を減らすようなことは避けたい。
「すみません、今はまだその話を受けれません」
ナナリーさんの目を見てはっきりと拒否する。
「ほらな? だから無駄だって言っただろう」
「……お師匠様にもシヴァ君にも振られてしまいましたね。ただ、私たちは優秀な人材をいつでも募集してます。まして悪魔を倒せるほどの実力を持っているならなおさら。もし気が変わったらいつでも連絡して下さい」
師匠も勧誘してたのか、ただ師匠はアクア姉とレインがいるし一人では王都に行かないだろうな。二人も一緒に住める家を用意するとか言ってきたらわからないけど。
俺との話が終わると、真剣味を増した表情でナナリーさんがアリスへと向き直る。
「アリス様。当初の予定よりも早いですが、国王様からの指示によりアリス様を迎えに参りました。明日の朝、私と共に王都へ戻って頂きます」
「え?」
アリスが驚きの声を上げる。俺も思わず声を出すところだった。師匠は……この話も既に聞いていたみたいだ、腕を組んで話の流れを見守っている。
「どうして、だって……最低でも一年は師匠の下で修行してもらうって、ナナリー言ってたじゃない!」
「はい、確かにそう言いました。しかし、アリス様に剣の修行をして頂いているのは剣術を極めるためではありません。あくまで剣術を知ってもらうためです。お師匠様からアリス様の上達具合を聞くに、もう十分その成果は出ていると考えられます。今の段階で剣の修行を終えても問題無いと判断しました」
「でも、それでも」
「それと、これはあくまで推測ですが……近隣の町が襲われていない事から今回の襲撃はアリス様を狙ったものである可能性もあります。そうなると防衛力の無いカムノゴルの町よりも、騎士団が護っている王都のほうが安全です」
「――っ」
その言葉に、アリスは何も言えなくなる。
ナナリーさんとしては推測で話しているけど、それが事実だと俺とアリスは知っている。何せカムノゴルの町を襲った本人から直接聞いたからな。
きっとアリスを思っての事なんだろうけど、それはアリスを責める言葉にも聞こえた。アリスがこの町に居なければ今回の被害は無かったと。
実際にその通りだとしても、アリスを傷つけるような言い方に少しだけ苛立ちを覚えた。
「それ……は」
「アリス様には急な話となってしまい申し訳ありませんが、これは決定事項です。たとえアリス様が王都に戻りたくないと意思を示しても覆すことは出来ません。私はこれから町で作業をしている騎士たちの状況を確認してきます。アリス様、明日の朝迎えに参ります。それでは失礼します」
言うだけ言ってナナリーさんは師匠とアリスに頭を下げてから俺たちを置いて町へと向かってしまった。
「俺としてはもっと教えたいこともあったんだが、流石に国王からの指示じゃあどうする事もできないな」
師匠が軽めの調子でアリスに声をかけると、隣で俯いていたアリスが顔を上げて下手な笑顔で明るく振舞う。
「私ももっと師匠に剣を教えてもらいたかったんですけど、仕方ないですよね。アクアさんとレインちゃんにも話してきますね」
そう言ってアリスは一直線に孤児院の中へと走って行った。
それを見送った俺はアリスを追うか迷い、ふと思いついた事を選んだ。
「師匠。お願いしたいことがあります」
「どうした?」
「この前悪魔の買取で貰ったお金の一部を使わして欲しいんですけど」
「……まぁ、いいか。ほら、持ってけ。悪魔一体分ぐらいは入ってる。元々お前たちが倒した分でもあるんだ、気にせず使え」
少しだけ悩む素振りを見せた師匠が懐から小ぶりの袋を取り出して投げてきた。弧を描いて飛んできたそれを受け取ってポーチに仕舞う。
「ありがとうございます。町に行ってきます」
「あまり時間かけるなよ」
「はい、でも結構時間かかるかもしれないので先に夕飯食べてて下さい」
俺は急いで町へと向かう。途中でナナリーさんとすれ違わないようにいつもより遠回りをして。
俺が孤児院に戻ったときには夜も深くなっており、食堂で俺の帰りを待っていたアクア姉に怒られた。
アリスちゃんが王都に帰る前日に何してたの! って感じで。
師匠も一緒にいたけどこっちは俺が怒られてるのを見て苦笑するだけで庇ってくれなかった。
まぁ俺もアリスが急に帰る事にならなければこんな事しなかったんだけど……
アクア姉の説教が済んで自分の部屋に入ると、ランプの淡い光に照らされたアリスがベットの縁に腰掛けていた。
俺に気付いたアリスがゆっくりとこっちに顔を向けてくる。
「あ、やっとアクアさんの話終わったんだ」
「聞こえてたんだ。こんな時間にアリスはどうしたの? もう寝ちゃったと思ってたんだけど」
「うん、少し……シヴァと話したいなって思って」
腰に下げたポーチをアリスから見えないようにして部屋の中に入り、ベットに歩み寄ってアリスの右隣に腰掛ける。すると直ぐにアリスが話し始めた。
「シヴァはさっきまでどこ行ってたの?」
「あ~それは、ちょっと……」
俺が言葉を濁して言い難そうにしていると、アリスは無理に聞いてくることはせずに次の話題へと話を移した。
「まぁいっか。そういえばシヴァは……騎士にならないの?」
「今はまだ騎士になる気は無いかな」
アリスが王都に帰ると聞いたときはやっぱり騎士見習いになるって思わず言いそうになったけど。
「どうしてか聞いてもいい?」
「まだ師匠の修行が途中だしね。それに、この町でやりたいことが出来たから」
「そう、だよね。私もちゃんと最後まで修行したかったな。やりたいことが出来たって何?」
「まだ誰にも言ってないんだけど」
そう前置きすると、アリスが俺の顔を覗き込むように少しだけ頭を前に倒す。
「俺が修行して強くなるだけじゃ駄目だと思ったんだ。師匠や俺たちが町から離れたら、今はまだこの町の周りに出てくる魔物は弱いけど、急に強い魔物……例えば悪魔や高ランクの魔物が攻めてきたときに町の人たちは何も出来ずにやられちゃう。せめて警備兵たちには町の人たちが逃げる時間を稼げるぐらい強くなってて欲しい。剣は師匠がいるから、魔法は俺が教えられないかなって」
「シヴァは凄いね。私は自分の事しか考えてなかった」
「俺だってつい最近までは自分の事しか考えてなかったよ」
周りを気にするようになったのはアリスの影響だ。
「この前の襲撃の後、アリスやレインたちだけじゃなくて、アリスたちが護りたいと思う人たちも護れるようになりたいって思ったんだ。でも、俺一人だと護るにしても限界がある。だから周りの人たちにも頑張ってもらわないとなって」
そこまで言うと、アリスはこっちを覗き込んでた顔を引っ込めて、少し悩む様にしてから立ち上がった。
会話中ずっと握られていた左手からアリスの手が離れる。
「うん。やっぱり話せて良かった。遅くにごめんね。おやすみ」
「……おやすみ」
立ち上がってからアリスは俺のことを見ずに直ぐ自分の部屋へと戻ってしまった。
最後の少し余所余所しい態度に、何か変なこと言っちゃったかなと自分の発言を振り返ってみるが、結局原因は分からず考えるのを止めた。
ポーチに仕舞ってある物は明日の朝、別れのタイミングで渡そう。少し恥ずかしい気もするけど、わざわざ用意したんだし。気に入ってくれるといいんだけどな。