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26 夢の中で

 ここは何処だろう? ふわふわと浮いているような感覚。それに周りを見回してみても(もや)がかかったように何も見えない。


 たしかシヴァと一緒に孤児院に帰って……それからどうしたんだっけ?


 顔を俯けると、なぜか腰まで伸びている髪と、色々と大きく成長している体が見えた。


 暗くて、寒いような場所に一人でいる。孤独感を覚えて私は無意識のうちに自分の体を抱きしめるようにしていた。


 急に辺りが燃えるように明るくなった。ううん、違う。燃えるように、じゃない。燃えてるんだ。


 見たことも無い町並みが目の前に現れて、悪魔たちが町の上空を飛び交って破壊の限りを尽くしてる。


 自然と思い起こされるのは昨夜のこと。


 足がすくんで動けないでいると、空から一筋の光が降ってきた。


 (きら)びやかな光を(まと)って、空から降臨したのは純白の翼を背に生やした一人の天使。


 長い金髪がさらさらと風になびいて、意志の強そうな碧眼(へきがん)の瞳は宝石のように輝いている。


 服の上からでも分かる大きな胸、きゅっと引き締まった腰から肉付きの良いお尻にかけての美しい曲線。


 女の私が見惚れるくらい綺麗な女性が目の前に立っていた。


「アルフレイヤ。どうしたのですか?」


 違う、私はアリス。アルフレイヤなんて名前じゃない。


 それなのに――アルフレイヤと呼ばれた私は目の前の女性に答えていた。


「怖いの、私のせいで多くの人たちが傷ついてる」

「あなたのせいじゃありません」

「でも!」

「安心して下さい。私が悪魔たちを倒してきますから」

()()()()、待って!」


 天使は翼をはためかせて町の上空へと飛んで行く。天使は幾筋もの光を放ち、あっという間に悪魔たちを次々と撃墜していった。


 全ての悪魔が消え去ると目の前の町が消えて、黒よりも深い闇が世界を覆う。


 悪魔たちを一方的に倒していた天使は、いつの間にか全身から血を流して目の前で膝をついていた。


「逃げて……今、あなたを失うわけにはいかないのです。ここは私が食い止めますから」


 天使が力なく立ち上がる。


 それでも私は動けなかった。


 暗い闇の中でも白金(プラチナ)に輝く長髪と血の様に赤い瞳、漆黒の翼を持つ何者かに恐怖して……


 見た目だけならフィオナと同じぐらい美しい女性。だけど、禍々しい殺気のせいでどんな凶悪な魔物よりも恐ろしく見える。


 邪悪な気配がゆっくりと私に近づいて来る。白金の髪の女性がフィオナに向かって手を掲げると、それだけでフィオナは光となって霧散した。


 一歩、また一歩と近づいて来る。


 全身が震え、何も考えられなくなる。


 伸びてきた手が頬に触れて、愛でる様に顎先までツゥーっと撫でる。


 心の奥底まで覗き込むような冷たい視線が見つめてくる。


 みんなの期待に答えたい、伝説の勇者みたいに強くなりたい、誰かを護れるようになりたい。


 そう願った。


 でも、その果てに……こんな化け物と戦わないといけないの?


 助けて……


 その願いに答えるように、優しい黄金の光が足元から立ち昇る。


 目の前の化け物はその光を嫌うようにして遠くへ後ずさった。


 突然背後に人の気配が現れて、後ろから抱きしめられてドキッとした。それに凄く安心する。


 振り返ると、化け物と同じ白金の髪と真紅の瞳をした男の人が優しく微笑んでいた。


 これってシヴァが大人になった姿なのかな? なんだか凄くかっこ良く見える。


「アリス、大丈夫?」


 名前を呼ばれた。


 アルフレイヤなんていう知らない名前じゃない。ちゃんと私のことをアリスって呼んでくれた。


 それだけで、なんだか涙が出そうなくらい嬉しくて。


 多くの言葉は要らない。


 側に居て欲しいときに、ちゃんと私の側に居てくれた。


 それだけで、救われたような気がして心が軽くなる。


 いつの間にか私も、彼も、十歳そこそこの見た目に戻っていた。


 闇が晴れた。化け物も、もういない。


「うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」


 そう言ってから、心配そうにしているシヴァに向かって微笑んだ。




 部屋に差し込んできた朝日で意識がほんの少しだけ目覚める。まどろみの中、いつもと違う不自然な体勢で寝ていたことを不思議に思う。


 そういえば……アリスの部屋で寝落ちしたんだっけ?


 左手が柔らかいものに上下から包まれている感触。昨夜はたしかアリスの手の上に自分の手を置いたから下はわかるんだけど、上は? 昨日の疲れが抜けずに覚醒しきらない頭では何もわからない。


 重い瞼を開けてぼやけた視界に映ったのは、ベットの上で横向きになってこっちをジーっと見ているアリスだった。


「おはよう。シヴァ」

「……おはよう。()()()


 俺が起きたことに気付いたアリスが朝の挨拶を投げてきたので、俺も寝ぼけた声で返事をする。


 するとなぜかアリスは上機嫌の笑顔を浮かべて、俺の左手を握る力が強くなった。


 腰を上げてベットに置いていた左手を見ると、俺の左手はアリスの両手に挟まれていた。ゆっくりと手を引き抜くとアリスが「あっ」と小さな声を上げた。


 少し罪悪感を覚えたが、いつまでもここに居座る訳にもいかない。


 変な体勢で寝たせいで体が凝っている感じがする。体を伸ばすように両手を組んで頭の上に持ち上げる。手を降ろし、首を回してやっと目が覚めた気分になる。


「部屋に戻って着替えてくるよ」

「うん。私は先に下に行ってるね」


 アリスの部屋を出て二つ隣の自分の部屋に入る。


 道着を脱いで普段着に着替えた。そういえばアクア姉もアリスも道着について何も言わなかったな?


 まあそんなどうでもいい事よりアリスだ。


 さっきの感じだと大分落ち着いてたみたい、というかなんか元気に見えたけど大丈夫だろうか? 昨日は今にも折れそうなほど弱っていた気がしたから逆に不安になる。


 真剣に考えている最中にぐーっと音が鳴って思考が遮られた。どうやら昨夜から何も食べてないから俺の胃が自己主張しているらしい。


 さっさと一階に降りてご飯を食べよう。考えるのはそれからだ。




 食事の場でアクア姉とレインに昨日のことを簡単に話すと、皆で町に行って手伝えることをしようという事になった。


 師匠は結局帰ってこなかったらしい。町の方で色々と飛び回っているんだろう。


 アクア姉とレインの用意した朝食を食べてから、みんなで孤児院を出た。


 昨日のことなど無かったかのような快晴に自然と目を細める。


 町に着いたらやることはいくらでもある。俺は昨夜みたいにマリーさんの手伝いをするべきかな?


 ふと、サーベラスにも手伝わせようと思いつく。あいつの存在はなんだかんだとこの町の人たちに知られている。怖がる人もいるだろうけど、俺かレインが一緒にいれば瓦礫(がれき)の撤去や物資の運搬をさせられるんじゃないか?


「レイン。ポチと一緒に瓦礫や荷物を運んだりできるか?」

「うん、頑張るよ!」


 私だって役に立つんだよといった感じで、レインは両手を胸の前でギュッとさせている。


「あんまりレインに危ないことはさせられないわよ。それに昨日は居たけど、基本的にポチってどこにいるかわからないじゃない?」

「そういえば今ポチってどこにいるの?」


 アクア姉とレインの疑問はもっともだ。


 俺はサーベラスと契約しているから魂の繋がりでなんとなくあいつがどこにいるか分かるし、念話で話すこともできる。でも二人はいつもふらっとやってくるのを見ているだけなんだよな。流石に今呼び出したらタイミングが良すぎるか。


「あぁ~、どこだろうな? でもそのうち来るだろうし、その時手伝ってもらえないかなって思って」

「そうね。あの子、シヴァとレインのお願いなら聞きそうだし、手伝ってもらうのもありかもしれないわね」


 明日にでもサーベラスを町に連れて行ってみようかな。


 そんな話をしながら俺たちは町へ向かって歩いて行く。


 その途中、町に着いて倒壊した家や怪我をした人たちを見たらまたアリスが自分を責めないかと不安になる。


 隣を歩くアリスを横目に見ていると、俺の視線に気づいたアリスがこっちを向いた。


「どうしたの?」

「いや、なんというか……」


 歯切れ悪くそう答えると、アリスがくすくすっと控えめに笑った。


「なんで笑ってるの?」

「ううん。今日見た夢の中のシヴァみたいな顔してたから」

「夢の中の俺?」

「私なら大丈夫だよ」

「アリスがそう言うならいいけど……」


 前に向き直って町を目指す。


 それにしても、夢の中の俺って一体?

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