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25 今出来ること

 二人で雨を降らせる魔法を発動させてから少し経ち、俺の肩に乗っていた重みと胸元を握る手が離れた。


 アリスが落とした魔石を拾い上げてポーチに仕舞う。


 (うつむ)いたままのアリスの右手を取り、俺たちは孤児院へと歩き始めた。


 互いに話しかけることなく、弱くなり始めた雨だけが僅かばかりの音を立てている。


 雨に濡れて寒さに震える中、アリスと繋いだ左手だけがやけに熱く感じた。


 帰り道を歩き終え、孤児院が視界に映る。


 アリスと二人、並んで玄関を抜けるとアクア姉が慌てて駆け寄ってきた。


「二人とも大丈夫? 怪我は無い?」

「うん、大丈夫。怪我は……あったけど、マリーさんに治してもらったから」

「本当に? 無理しちゃダメよ。あとそんな濡れて、拭くもの取ってくるからちょっと待ってなさい」


 アクア姉が奥に向かうと、今度はレインとライナーが心配そうに近づいてくる。


「お兄ちゃん、アリスさん。町で何があったの?」

「アニキ。悪魔たちはどうなったんッスか!?」

「ごめん、二人とも待って。先にアリスを休ませ――」


 そこまで言って、左手に握っていた手から力が抜けるのを感じた。


 視線の端にはずっと俯いていたアリスが前かがみに倒れそうになっている姿が映る。


 疲弊した体では咄嗟に反応できず、アリスは目の前に立っていたレインに対して倒れ込んだ。


「わわっ、アリスさん大丈夫?」


 意識を失ったアリスを抱き止めたレインがバランスを崩しそうになる。それを隣にいたライナーが肩を抱くようにして支えた。


「ありがと、ライナー」

「べ、別にこれぐらい大したことじゃ……」


 ライナーは照れているのか、顔を赤くしてそっぽを向いた。


「あら? アリスちゃんどうしちゃったの?」

「きっと家に着いて安心して気が抜けたんだと思う。アクア姉、アリスのことお願い」

「えぇ、任せなさい」


 戻ってきたアクア姉にアリスのことを頼み、俺は(きびす)を返す。


「シヴァ……どこ行くの?」

「悪魔たちのせいで町が大変なことになってるから、師匠やマリーさんたちの手伝いしてくる」

「ちょっとシヴァ、待ちなさい」


 アクア姉の制止の声を無視して外に出た。


 町に向かって走り出そうと思ったところでライナーからも声がかかる。


「アニキ! オイラも行くッス!」


 首だけを後ろに向けるとライナーも外に出てきていた。


「走るぞ、遅れたら置いて行くからな」

「わかったッス。父ちゃんたち……無事ッスよね?」


 ライナーの家は町の外周から離れているから大丈夫だとは思うけど、それでも絶対じゃない。誰が無事かなんて正直わからない。


 俺はライナーに答えることなく走り出す。いつの間にか雨は完全に止んでいた。




 町に着くと、暗がりの中あちこちに松明の灯りが浮かんで見える。


 悪魔の攻撃で被害を受けた人たちを助けるため、町の人たちが明かりを持って(せわ)しなく動いていた。


「アニキ。オイラ、家に行ってくるッス」

「あぁ、わかった」


 短いやり取りを済ませ、隣に居たライナーは自分の家に向かって走って行った。


 さて、俺はどうするかな。


 師匠かマリーさんを探して手伝う前に、取りあえず服を着替えて髪を拭きたい。雨が止んだとはいえ濡れた服と髪は体温を容赦なく奪っている。炎を消すためには仕方なかったが、このままでは風邪をひいてしまいそうだ。


 まずは道場に行って着替えたりしてから二人を探すことにした。


 道場に向かって走っていると、町の人たちも俺と同じように道場の方向へ駆けて行く人が多い。中には怪我人を担いでいる人もいた。


 道場に着くと直ぐにその理由が分かった。どうやら広い空間を利用して治療所として使っているらしい。広間の奥、いつも師匠が立って指導をしている場所にはマリーさんが座っていた。


 魔法による治療を次から次へと行っている様で、遠くからでも疲れている様子が見て取れる。


 マリーさんの対応を待つ人たちが大勢並んでいるのを見ると、まだまだマリーさんは休めなさそうだ。


 俺は隣の部屋に入り、水を吸って重くなった服を適当に脱いだ。髪と体を拭き、道着に着替えて広間に戻る。


「マリーさん」


 周りの人たちを避けながらマリーさんへと声をかける。


「……え、シヴァ君? どうしてここにいるの?」


 治療に集中していたマリーさんは俺が道場に来たことに気付いていなかったようだ。


「手伝いに来ました。マリーさんには敵いませんけど、少しぐらいの怪我なら治せますから」

「それは助かるし、嬉しいけど……さっき悪魔たちと戦ってたのに、疲れてない? 大丈夫?」

「普段から師匠に鍛えられてますから、大丈夫ですよ」

「そっか、ありがと。じゃあ軽症の人たちをお願いしてもいい?」

「はい、わかりました」


 雨を降らせるために使った魔石にはまだ少しだけ魔力が残っていた。魔石を握り締め、残っていた分を使って魔力を回復する。


 これで今まで溜めた分の魔力を使い切った。また一から溜め直しだな。


 俺はマリーさんの隣に並んで座り、一緒に治療を開始する。


 どれぐらい時間が経っただろうか。


 直ぐに治療が必要なほどの重症者はマリーさんが全て対応し終えた。ただし、そこまで対応したら流石のマリーさんも魔力が尽きてふらふら状態。まだ治療を受けてない人たちもいたが、申し訳ないが明日に持ち越しとなった。


 俺も魔石を使って回復した分の魔力を使いきり、限界に達したところでマリーさんに声をかけて孤児院へと帰ることにした。




 二度目となる帰宅もアクア姉に迎えられた。


「おかえりなさい。やっと帰ってきたわね」

「……ただいま。さっきは止めるの無視してごめんなさい」

「それはもういいわ」

「アリスは?」

「アリスちゃんなら部屋で寝かせてるわよ。レインは夜遅いから寝ちゃった」

「そっか」

「シヴァ、こっち来なさい」


 言われるがままアクア姉の前まで歩いて行くと、アクア姉は俺と目線を合わせる様に腰を屈めて俺の顔を両手で包んだ。


「アリスちゃんは随分とうなされてたけど、シヴァは大丈夫?」


 視線を重ねる。


 アクア姉の顔には俺のことを心配する様子が色濃く出ていた。


「俺は大丈夫だよ。心配しないで」

「……何かあったらちゃんと言うのよ」

「うん、わかった」


 俺がそう答えると、アクア姉は見る人に安堵を与える優しい笑顔を浮かべた。俺の顔から両手を離し、背筋を伸ばす。


「シヴァはまだ夕飯食べてないわよね。どうする、食べれそう?」

「ありがと。でも今日は疲れたから直ぐ寝るよ」

「そう。私はガイが帰ってくるのをもう少しだけここで待ってるわ」

「うん。おやすみ、アクア姉」

「おやすみなさい」


 軽く手を振ってアクア姉と別れた俺は二階へと上がる。階段を上がって直ぐ側にある自分の部屋の扉に手をかけて、立ち止った。


 扉は開けずに手を引き戻し、体を右に回して二つ隣の部屋を目指して静かに歩く。


 アリスの部屋の前に着くと、今度は扉を開けて中へ入った。


 暗い部屋の中、ベットに近づくとうっすらとアリスの寝顔が浮かび上がる。その顔は苦しそうに歪んで見えた。


 毛布からはみ出しているアリスの左手に自分の左手を重ねて、俺はベットの側で膝立ちになる。


 アリスは弱弱しく俺の手を握り返し、苦しそうにしていた顔がゆっくりと落ち着きを見せ始める。


 その反応に少しばかり安心すると、今までの疲れと眠気が一気に押し寄せてきた。


 眠気に(あらが)えず、腰を下ろして右腕を枕にし、アリスの顔の方を向いてベットに突っ伏した。


 長かった夜が終わる。


 俺の意識が闇に沈み込む中、アリスの寝顔に微かな笑みが浮かんだ様な気がした。

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