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22 下級悪魔との戦い(後編)

 俺が張り詰めた雰囲気を出して一点を見つめていると、アリスも再び緊張を取り戻す。


 倒した悪魔の腕に食い込んでいた剣を拾い直して次の戦いに備える。アリスも手放した剣を拾って俺に並んだ。


 遠くに見えていた悪魔が、互いの声が聞こえる距離で足を止めると俺たちの近くに落ちている悪魔だったものを指差した。


「貴様らがそいつを倒したのか?」


 悪魔からの問いかけ。


 自分の仲間が倒されたにもかかわらず、その声は楽しそうに弾んでいた。


「だったら何だって言うんだ?」

「何、もしかして貴様らのどちらかが勇者なんじゃないかと思ったんだが、違うか?」


 警戒したまま俺が答えると予想外の問いかけが続いた。


 なぜこのタイミングで勇者かどうかを確認するんだ?


「まぁ答えなくても構わん。俺たちはこの町に居るはずの勇者を殺すだけだ。強そうな奴を全員殺していけばそのうち勇者にたどり着くだろう」


 俺が黙って相手の様子を窺っていると、当事者であるアリスがピクリと反応した。


「勇者を、探しているの?」

「あぁ、そうだとも。この町に勇者が居ると聞いてな。強くなって面倒なことになる前に潰しておこうって話になったんだ」

「じゃあ、この町を襲ったのは……」

「勇者を殺すついでだな」

「そん、な……」


 悪魔の答えに、アリスが呆然としている。


 理由はおそらく二つ。


 一つはアリス自身が悪魔たちに狙われていることに。


 そしてもう一つは――アリスが狙われたことで、関係の無いカムノゴルの人々が犠牲になっているということに。


「さて、おしゃべりもここまでとしよう。俺はそいつとは違うぞ?」


 不敵な笑みを浮かべた悪魔は両手に魔力を溜め、足元に赤く輝く魔法陣を浮かび上がらせて魔法を放つ準備を終えた。


 魔力の流れと魔法陣から、発動されるだろう魔法とその規模を読み取り、俺は回避を諦めて最速で結界魔法を構築し始める。


 いつの間にか悪魔の頭上に巨大な火球が浮かび上がる。きっとカムノゴルの町を燃え上がらせたのはこの魔法だろう。


「貴様らにこれが耐えれるかな? ”エクスプロージョン”」


 悪魔が魔法名を唱えると同時、俺たちの目の前に落ちてきた火球が爆ぜた。


 次に訪れたのは閃光と衝撃を伴う轟音――そして破壊の嵐が吹き荒れる。


 周りが火の海に変わり、腕の中に()(いだ)いたアリスの悲鳴すら爆発の音にかき消えた。


 小さな、その代わりに強度を高めた結界が俺とアリスを護る。


 結界で熱と衝撃のほとんどを防いでいるが、このままでは俺の魔力がどんどん削られていく。


 俺の魔力が尽きる前にこの状況を脱するには……


「アリス」


 アリスの耳元で名前を呼ぶと、それだけで何をすべきか理解してくれた。


 アリスから凍える氷を連想させる薄水色の輝きが溢れ出して、


「”アイスフィールド”」


 小さく魔法名が唱えられた。


 俺たちを中心にして暴風が解き放たれる。


 爆発的に広がった冷気が、俺たちを囲う様にして燃え盛っていた炎を一瞬のうちに飲み込んだ。融解(ゆうかい)していた地面は固さを取り戻し、結界を解くと肌を刺すような寒さが訪れる。


 その光景を悪魔は驚いた表情で見ていた。


 俺とアリスは再びエクスプロージョンを放たれる前に悪魔と距離を詰めようと動き出した。挟撃するため二人で左右から走り込む。


 俺たちを近づかせないようにと悪魔が連続して爆破魔法を放ってきた。途切れることなく破壊の雨が横殴りに襲い掛かってくる。


 今度は威力ではなく手数で勝負をするつもりらしい。


 魔法を放ちながら後退して行く悪魔に追いつくため、そして(まば)らに飛来する爆破魔法を避けるため速度を上げていく。


 左右に動いて躱し、それでも避けきれないものは魔力を纏わせた剣で軌道をずらした。


 直撃は受けなくても周囲で小規模の爆発が起こり、衝撃が体を突き抜ける。


 駆け抜け、何度も剣で払い、悪魔に肉薄する。合わせたようにアリスも悪魔の向こう側にまで迫っていた。


 最後の距離を一息に詰めて俺とアリスが同時に斬りかかる。


 悪魔は大きく跳躍(ちょうやく)して俺たちの攻撃を回避すると、こうもりの羽に似た翼を広げて飛翔する構えを取った。


「くそっ」


 このまま空に逃げられると俺たちがとれる攻撃は限られてくる。


 だからと言って後先考えず後を追うわけには――


「はあぁぁ!」


 俺が足踏みしているとアリスが膝を曲げて力を溜め、剣を背負って躊躇(ためら)い無く空を目指した。


 制止の声をかける間も無く悪魔の後を追ったアリスは、悪魔に追いつくと跳躍の勢いを乗せて剣を振り抜いた。


 空を自由に飛びまわる悪魔は斬撃を危なげなく躱すと、ニヤリと笑みを浮かべて空中で身動きの取れないアリスに向かって突進し、拳を振るった。


 アリスは両手剣を使って悪魔の拳を防ごうとしたが、剣は硬質な音色を響かせて砕けた。そのまま腹部を打ち据えられたアリスは地面へと叩き落される。


 背中から落ち、苦悶の声を上げるアリスに向かって悪魔が追撃の魔法を次々と放った。


「アリス!」


 俺がアリスに駆け寄るよりも先に、アリスの足元に魔法陣が(きらめ)く。


「”ディバインバリア”」


 小さく聞こえた女性の声と共に結界魔法が発動する。


 アリスの周りに聖なる障壁が現れ、次々と飛来する悪魔の攻撃を全て防ぎきった。


 一体誰が? その疑問は直ぐに解消した。


「シヴァ君! アリスちゃん! 無事?」


 声の方へと視線を向けると、町の入り口からマリーさんが走ってくるのが見えた。


「マリーさん!?」


 なんでここにマリーさんが居るんだ? と、そう言えば結界魔法は聖女様よりも得意って言ってたっけ? の二つが頭の中を過ぎるが、それらを抑えてすぐさまアリスへ駆け寄った。


 腹部と背中にダメージを受けて目を閉じ、ぐったりとしているアリスを抱えてマリーさんの所へ連れて行く。


「アリスをお願いします」

「任せなさい。それと――”リジェネレート”」


 マリーさんが俺のほうへ手のひらを見せるように腕を伸ばして魔法を唱えた。


 そうすると俺の体全体を優しい光が包み込んだ。


「これは……ありがとうございます」


 少しずつ傷が塞がり、体力が回復していく。


 俺へ魔法をかけ終えたマリーさんは、今度はアリスの治癒を開始した。


「ふむ、なかなか腕の良いシスターがいるようだ。先にあの娘から仕留めるか」

「そうは――させるかぁ!」


 俺は悪魔の足元へと突進する。


 この悪魔はさっきアリスと一緒に倒した奴と同じぐらい強い。いや、さっきの奴と違って空を飛び、魔法を主体として戦う以上さっきの奴よりも面倒だ。


 空を駆けるための魔法は使えるが、どちらにしろ()()()()一人で戦っていては悪魔に致命傷を与えることは難しいだろう。


 ――やるか。


 俺は決断して、大きく跳躍する。空に浮かんでいる悪魔を飛び越えるほどに。


「わざわざ死にに来たか?」


 見上げる形で俺に嘲笑(ちょうしょう)を送る悪魔に向かって宣言する。


「いいや、死ぬのはお前だ」


 夕焼けの赤に、俺を中心とした黄金色の魔法陣が浮かび上がる。


 光に包まれた俺は髪を光り輝く白金に、瞳を深い真紅へと色づかせ、その身を悪魔のものへと変質させる。


 魔人化。研鑽を積み、ついに実戦レベルで使えるようになった俺の切り札。


「貴様、それは――! その髪、その瞳は、まさか!?」


 悪魔が驚きの声を上げているが構わず空を蹴る様にして急降下。


 落雷のそれと見間違うほどの速度で斬りかかり、俺の剣を避けようとした悪魔の片腕を切り落とす。


 地面にまで落ちた俺は再度空に飛び出そう上を向く。


 そこには残った右腕に全ての魔力を注ぎこんで俺を迎え撃つ気でいる悪魔がいた。


 放たれたのはエクスプロージョンにも匹敵するだろう破壊の閃光。


 俺はそれに飛び込むようにして空へと駆けた。


 あの魔法を躱すことは容易いが、そうすると破壊の影響がアリスやマリーさんに及ぶだろう。


 避ける選択肢は無し。


 魔力を纏わせた左手を突き出し、無理やり閃光の軌道を()らして空の彼方へと追いやった。


 完璧に逸らしきれずに左手にもダメージを負うが、マリーさんがかけてくれた継続治癒魔法のおかげで直ぐに回復する。


「なぜ、なぜ貴様が、封印された魔王の力を宿している!」


 目を見開き、驚愕に染まる顔で俺に罵声を浴びせてくる悪魔の心臓に狙いを定めて――右手の剣を突き刺した。


 悪魔の背中を突き破って出てきた剣先は血を滴らせ、一拍遅れて悪魔が吐血した。


 ゆっくりと墜落を開始する悪魔から剣を引き抜き、俺は悪魔の最後を空の上から見届ける。


 地面に降りて魔人化を解除するとどっと疲れが押し寄せてきた。


 マリーさんは俺の変化に驚いた様子で、何を言っていいのか分からないようだ。


 回復して今の戦闘を見ていたアリスは……悔しそうに唇を噛んでいた。


 今の魔人化でほとんど魔力を使い果たして今にも倒れそうになるがこれで二体目。


 まだあと五体の悪魔が残っているかもしれない。


 町の方は依然として炎に包まれているが、新たな破壊音は聞こえてこない。


 もしかして他の悪魔はガイかサーベラスに倒されたのか?


 俺の予想に反して今度は空から悪魔が飛んできた。


 さらに、悪魔を追ってくる様にして壮年の剣士も駆けてきた。


 普段は見ることの出来ない剣聖と呼ばれた男の真剣な眼差しに、俺はまだ始まってもいない戦いの終わりを見た気分になった。

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