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21 下級悪魔との戦い(前編)

「アリス」


 小声で呼びかけてもアリスは相変わらず立ち尽くしたままだ。


 かつてダリウスとジルベールが魔人化したときは毅然(きぜん)として立ち向かっていたというのに。目の前にいる悪魔とあいつらで何が違う?


 見た目は確かにこっちのほうが化け物じみているし、威圧感もこっちのほうがきつい。だがそれだけでここまで呆然とするだろうか?


 アリスの目線を辿って、やっと気付いた――アリスは、最初から悪魔なんて気にしていない。


 悪魔を見て立ち尽くしたんじゃない。その足元に転がっている、さっきまで生きていた()()を見て立ち尽くしているんだ。


 そこまで思い至り、俺とアリスの違いを認識させられた。


 俺は最初からそれを気にしていなかった。いや、違う。俺は最初から悪魔が侵攻して来たら誰かが死ぬと分かってた。


 その死ぬ誰かがアリスやレイン、アクア姉といった身近な誰かじゃなければ良いと割り切っていた。


 だから警備兵が倒れていようが、今まさに死のうとしていようが問題じゃない。


 だけど、アリスはきっと人の死を見ることすら初めてで……


 そこまで考えて思考を振り払った。


 目の前には下級とはいえ悪魔がいる。まだ手元の玩具(おもちゃ)に夢中でこっちを気にしていないがそれも時間の問題だろう。


 悪魔から離れた場所に落ちている剣を見つけて姿勢を低く、可能な限り力を込めて――踏み込んだ。


 地を這うように飛び出し、途中で片手剣を拾う。


 普段使っているバスタードソードは片手半剣、さらにガイの手によって子供用に調整されたものだ。重心もサイズも異なる剣に違和感を覚えたが、直ぐに慣らせばいい。どのような剣だろうが変わらず扱えなくて、どうして剣神流を名乗れる。


 相手の背後に回り込んで一息に距離を詰める。


「――!」


 俺の顔を刺すように一直線に伸びてきた悪魔の尻尾を紙一重で避け、左下からの切り上げで尻尾を中程から切断した。


「はあぁぁぁ!」


 頭上に持ち上げた剣を、玩具を捨ててこちらに体ごと向いた悪魔の顔目掛けて振り下ろす。


 俺の攻撃は当然のように悪魔の左腕に防がれ、勢いを殺された。切り傷は浅い、これじゃあ大してダメージにはなっていないだろう。


「ふん。ただの子供かと思って無視しようとしたが、俺の尻尾を避けてそのうえ切り飛ばすとはな。案外こいつらよりも楽しめるか?」


 バリトンの低い声で無駄口を叩いている相手には付き合わず、すぐに剣を引いて突き返す。


 首を捻って躱され、カウンターの右ボディーブローが打ち込まれた。


 突きの姿勢からバックステップと同時に両腕を体の前で閉じて――勢い良く吹き飛ばされる。


 魔力で腕を強化していても骨が砕けたんじゃないかと錯覚するような痛みが走る。


 空中で一回転して着地しても勢いを殺しきれず、ズザザザッと後ろに滑った。


 顔を前に向けると既に右足を踏み込んで左拳を打ち下ろしている悪魔が視界を埋める。


 左や後ろに避ければまた右拳の餌食(えじき)に、右に避ければ左足の餌食に。


 悩んでる時間は無い。俺は悪魔の左拳を右前方に跳んで避け、短めの柄を無理やり両手で握って水平に振り抜く。


 なぎ払いは相手の腹部に浅くない切り傷を残したが、代わりに俺の腹部にも強烈な蹴りが決まる。


 一瞬の浮遊感――俺は町の外周にある家屋(かおく)に向かって軽々と、一直線に蹴り飛ばされた。


 アリスの視線を横切るようにして吹き飛んだ俺は、家屋を突き破って家具を壊しながら床を転がる。


「シヴァ!」


 張り詰めたアリスの声が聞こえる。


 どうやら俺が家屋に突っ込んだ時に正気に戻ったらしい。


「ごほ、ごほっ」


 咳き込み、手の甲で口元を拭い、胃液だか唾液だか口を切って出た血だか分からない汚れを取る。


 気休めにもならない治癒魔法を腹部にかけてから、ガラガラと音を響かせて穴の開いた壁から外に出た。


 頭から頬にかけて血を流している俺に、アリスが心配そうな眼差しを向けてくる。


「……俺は大丈夫だ。アリスは」


 大丈夫か? 最後まで言い切る前に、


「ごめんね。でも、大丈夫。私も戦うよ」


 俺の目を見て、そう言った。胸の前で体に引き付ける様にして握っている両手はまだかすかに震えている。


 完全に振り切ったわけじゃないだろう。それでも戦う意思を見せた。それなら俺が言うことは無い。


 アリスの隣に立って悪魔を見据える。


「小僧。貴様、子供と侮ったとはいえ今ので死なないとは何事だ?」

「さぁて、ね。ただの子供と侮ってくれてもいいんだけど?」

「ほざけ。そもそもただの子供が自ら悪魔に挑む訳があるか」

「一人ぐらいいてもいいだろ?」

「ううん、一人じゃない。二人、だよ」


 そう言うアリスの瞳を見つめて、頷く。


 今度は二人で駆けた。俺は悪魔に向かって、アリスは先ほどの俺と同じように警備兵が落とした剣の落ちている場所へ。


「らぁ!」


 浅く、軽く、それでも本気で打ち込むように。斬り、払い、突く、たとえ悪魔に届かないとしても。


 この連撃はアリスが剣を拾ってくるまでの時間稼ぎ。最初から当てようとは思っていない。


 俺は悪魔の意識をなるだけアリスに向かないように手数を増やす。


 とはいえ悪魔もアリスが何をしているかは気付いているだろう。


 いくら手数を増やしても限度がある。


 そこで俺はアリスが剣を拾ってこっちに向かって来るのを視界の端に捕らえたところで勝負に出た。


 数多(あまた)の攻撃を避け、防ぎ、受け流している悪魔に向かって剣を持っていない左腕を突き出した。


 (いぶか)しむ悪魔に向かって()()()魔法を放つ。


「貴様、魔法を使えるのか!?」


 悪魔は広範囲に放たれた灼熱の炎に焼かれ、咄嗟(とっさ)に顔や体に(まと)わり付いた炎を振り払う。


 一瞬の隙。


 背負う様にして上段に構えた両手剣を疾走の勢いのままアリスは振り下ろし、俺は左腕を体に引き寄せて体を回転させる要領で右から左へ大きく振り払う。


「ぐうぅ、貴様ら!?」


 前後からの十字切り。


 悪魔は左腕に俺の剣を食い込ませて受け止め、体を捻ることでアリスの剣を避けて背中の両翼を犠牲にするだけに止めた。


 声にならない呻き声を上げて怒りの形相(ぎょうそう)を浮かべる悪魔に、更なる追撃が襲い掛かる。


 アリスは振り下ろした剣の勢いを殺さずに、独楽(こま)のように跳ねて回転切りを放つが、悪魔は仰け反ってそれを躱した。


 俺は悪魔の左腕に食い込んだ剣を手放して屈みながら回し蹴りの要領で足払いを決める。


 翼を断ち切られ、地面から浮き上がった悪魔を待っていたのは――ギロチンのごとく死を彷彿とさせる刃だった。


「うおぉぉぉ!」


 悪魔は叫びながら両腕で首を守る体勢に入った。


 アリスは体を捻り、更なる回転を加えて威力を増した死の刃を振り下ろす。


 地に落ちた悪魔は両腕ごとその命を散らせた。




「はぁ、はぁ……あ、れ?」


 悪魔との戦いが終わり、剣を手放したアリスは緊張の糸が切れたのか膝をつき、そのまま前のめりに倒れそうになっている。


 俺は慌てて片膝をついてアリスを正面から抱き止めた。


「あり、がと」

「大丈夫か?」

「うん。ちょっと……ふらっとしちゃっただけ。怪我はしてないし、大丈夫だよ。それに、倒れてる人たちを助けないと」


 俺の肩に手を置いてゆっくりとアリスが立ち上がる。


 周りを見やるとまだ助かりそうな人たちもいる。


 俺の治癒魔法じゃ大して助けにはならないだろうがかける意味はあるだろう。


 倒れている人たちに治癒魔法をかけるため俺も立ち上がり――そいつを見つけた。


 さっきまで戦っていた奴とは別の悪魔。


 この町にやって来たのは全部で七体。俺とアリスが必死に倒したのは、そのうちの一体に過ぎないんだ。


 まだ遠くに見えるそいつは、楽しそうに口元を歪めて俺たちに向かって歩いてくる。面白そうな玩具を見つけたとばかりに。

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