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2 勇者との出会い

 朝日を浴びて意識が覚醒していく最中、寝ぼけた頭で先ほどまで見ていた夢に意識を向ける。懐かしい夢を見た。あれからもう十年が経つのかと感慨深くなる。


 あの日、天使と悪魔たちに封印された。だけど俺は一つの賭けに出て、どうにかそれに勝つことが出来た。まあ本当に勝ったと言えるのかは判断に困るところなんだけど……


 高位の悪魔の一握りだけが使える魔法の一つに、転生魔法というものがある。俺は封印される直前に、魂だけでも逃れられないかと転生魔法を発動した。転生自体は成功したんだけど、本来悪魔として転生するはずが――なぜか人間へと転生していたのだ。まあ、おそらく天使たちが使った封印魔法の影響だろう。


 眠気を振り払い、勢い良くベットから降りて修行用の動きやすい格好へと着替える。扉を押し開いて部屋の外へと出ると、隣の部屋からまだ幼さの残す少女があくびをしながら出てくるところだった。眠たそうな顔をしている少女へと声をかける。


「おはよう、レイン」


 声をかけた少女――レインは俺に気づくとはにかんだ笑顔を浮かべた。短めの黒髪が寝癖で跳ねているところもなんだか可愛らしく見える。


「おはよう、お兄ちゃん。これから日課のトレーニング?」

「あぁ、いつも通り軽く走りこみと素振りをしてくるよ」

「お兄ちゃん、朝食までには戻ってきてね」

「分かってる。レインも朝食の手伝いしに行く前に寝癖直しておけよ」


 慌てて手櫛で寝癖を直そうとしているレインを横目に外へと出る。


 朝日が昇った直後はまだまだ夜の寒さを引きずっていて、吐き出した息が白くなる。体を動かせば温かくなるかと考えながら、山の中へと駆け出した。




 走り込みが終わって家の近くまで戻ってきた。息を整えながらぼんやりと辺りを眺める。


 手前の方には古ぼけた教会がある。その裏手にはシスターが住む家と、俺たちが暮らしている孤児院が見える。


 どっちも建てられてから結構な年月が経っていて、外壁のひび割れなんかが目立つ。修繕を何度か繰り返しているらしいけど、そろそろ修繕ではなく立て替えたほうがいいんじゃないかとたまに思う。


 孤児院の壁まで近寄って、立てかけていた木剣を手に取った。長年繰り返し、すっかり体に染み付いた剣の型を一つずつ確かめながら素振りを開始する。


 鍛錬の素振りが終わる頃、孤児院の入り口から出てきた不精ひげを生やした壮年の男から声がかかった。


「よう、そろそろ朝食できるぞ」

「おはようございます、師匠。わざわざそれを伝えに来てくれたんですか?」

「アクアが早く呼んで来いって言うから仕方なくだ、俺はほっとけって言ったんだけどな」

「アクア(ねえ)を怒らせるのはまずいですね。直ぐに行きます」

「早くしろよ」


 俺の剣の師匠であるガイは、用件が済んだとばかりにさっさと孤児院へと戻っていった。


 すぐに木剣を壁に立てかけ直して、俺もガイの後を追うようにして孤児院の中に入る。


 アクア姉とレインが食事の準備をしているのを横目に二階へと上がる。自室に入り、急いで汗に濡れた服を着替えた。


 一階に降りるとすでにガイ、アクア姉、レインの三人は席に着いていた。


「ごめん、遅くなった」

「ううん、ちょうど並べ終わったところだから大丈夫だよお兄ちゃん」

「シヴァは呼ばれる前にトレーニングをちゃんと終わらせて席に着きなさい」

「次から気をつけるよアクア姉」

「まぁいいわ、それじゃあみんなそろったから食べ始めましょうか」


 一般的な家庭だと黒パンと野菜スープという朝食が多いなか、ここでは白パンに野菜のスープ、それと焼いた卵とベーコンが並んでいる。一般的な家庭よりも豪華なのはガイがしっかりと稼いでいるためだ。ガイは剣士として魔物を狩って素材を売ったり、町の道場で剣術を教えている。ほかにも趣味で鍛えた剣を売ったりしているのだ。


 不精ひげを生やしたおっさんだがしっかりと稼いでくる姿は素直に尊敬できる。働いて稼ぐ大人を見て尊敬するなんて魔王のときには考えもしなかったが、少しずつだが人間の感覚に近づいてきているのだろうか。そんなことを考えてから、まぁまずはご飯を食べるかと食事へと手をつけ始めた。




 食事も終わり、みんなで紅茶を飲んでいるとガイが思い出したようにそういえばと話し始める。


「シヴァ、今日から勇者が剣の修行をしにここに泊り込みに来る。一部屋空いているところがあっただろう、そこを掃除をしておいてくれ。荷物置き場になっていたから多少大変かもしれないが」

「勇者?」

「ああ、まだ十歳の女の子なんだがな。わざわざ王都から来るそうだ。お前はトレーニングで外に出ていたから聞いてないだろうが、アクアとレインにはさっき話していたんだ。昼頃には着くと聞いている、それまでに頼んだぞ」


 俺が無言で黙っているとガイが怪訝そうな目を向けてきた。


「どうした?」

「いえ、わかりました。昼までに掃除しておきます」


 そう答えてから席を立ち、食堂の入り口へと向かうとレインから声がかかった。


「あ、まってお兄ちゃん。私も手伝うよ」

「いいのか。ありがとう、レイン」


 後ろからトテトテと歩いてくるレインを待ってから、二階の荷物置き場になっている部屋に向かった。




 日の光が頂点に差し掛かるころ、ようやく部屋の掃除が終わった。


 換気のために開けていた外開きの窓を閉めるため、取っ手に腕を伸ばしながら外へと目を向ける。すると孤児院へと向かってくる二つの人影を見つけた。


 直ぐに窓を閉めて部屋を出る。そのまま早歩きぎみに孤児院の外へと向かった。レインも俺の後を追うように付いてきている。


「お兄ちゃんどうしたの?」

「多分勇者が来た。それと付き添いの人もいるみたい」

「あれ、お部屋一つで良かったのかな?」

「どうだろう、師匠はここを掃除しろとしか言ってなかったからな」


 孤児院の外に出ると、既にガイとアクア姉が二人を出迎えていた。ガイがこちらの気配に気づくと振り返りながら声をかけてくる。


「ちょうど良いところに来た。二人ともこっちに来い」


 ガイたちのもとへと近づきながら相手を見る。一人は年若いが歴戦の風格を漂わせる女剣士。付き添いというよりは勇者の護衛だろうか。ガイには及ばないだろうがなかなか強そうに見える。ぜひとも一度手合わせしたいものだ。


 そしてもう一人の女の子が、ガイの説明にあった俺と同い年の勇者だろう。


 強い意志を感じさせる琥珀色の瞳に、人形のように整った顔立ち。鎖骨よりも少し下ぐらいまで伸びた艶のある黒髪は、陽光に照らされて時折淡い青や緑の色味をおびている。


 俺とレインがガイの隣に並ぶと、黒髪の少女が一歩前に進み出た。


「はじめまして、私はアリス。アリス・ガーネット、あなたたちは?」


 レインの方を見ると少しモジモジとしている。人見知りというわけじゃないはずなんだが、まあここは俺が先に名乗るべきだろう。


 俺はアリスに合わせて一歩前に出て答えた。


「はじめまして、アリス。俺はシルヴァリオ、みんなからはシヴァって呼ばれてる」


 これが元魔王の俺と勇者アリスの出会い。


 この時はまだ想像もしていなかった、俺が彼女に強く惹かれることになるだなんて。

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