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19 マリーさんと聖女様は仲良し?

 孤児院に帰った翌日からは今まで通りの生活に戻った。


 早朝は走り込みと素振り、その後は剣術の型の確認と手合わせ。午後はガイの手加減無用のしごき、ときどき魔法の修行。


 それをアリスと二人……ではなく、最近はライナーも一緒だ。


 道場での事件があってから何か思うことでもあるんだろう。以前よりも真剣に修行に打ち込んでいる。


「あの時オイラ、何もできなくて……オイラだってレインを守れるように、アニキみたいに強くなりたいんッス!」


 それとなくライナーに聞いてみたらこう言っていた。


 やっぱりあのとき何も出来なかった事を悔やんでいるらしい。


 道場の修復がある程度終わったことで稽古が再開されるようになったんだが、ライナーが一般生として道場に通うことはなくなった。


 以前は俺が少しずつ教えていたんだけど、今では俺たちと一緒になってガイのもとで修行をしている。その分授業料は高くなるはずなんだが親を説得したのか、あるいはガイに頭を下げて出世払いにしてもらったのか。


 いずれにしても、サーベラスから悪魔たちの動向について話を聞いていた俺は、アリスとライナーと一緒に修行に明け暮れていた。




 季節は移り、過ごしやすい春の気候から照りつける日差しが続く夏になった。


 苛烈な修行は変わらず毎日続けている。


 今日も師匠の剣技は冴え渡り、今回はライナーの右手が餌食となった。


「――っ! うあぁぁぁ!」


 ライナーはほとんど反射的に膝を折り、右手首を左手で強く握り込んだ。そうしなければ体中の血があっという間に流れ出してしまうからだ。


 木陰の下で待機していたマリーさんは慌てず、地面に落ちていたライナーの右手を拾って傷口に合わせて、


「落ち着いて。大丈夫よ――”ヒーリング”」


 マリーさんが魔法名を唱えると、光がライナーの右手を包み込むようにして輝いた。


「はい、終わり。繋がってるか確認してみて」

「え? あ、はい……大丈夫ッス。ちゃんと動いてるッス。ありがとうございます!」


 ライナーは右手を開いて閉じてと何度か動かし、離れてしまった右手がしっかりとくっついていることを確認してからマリーさんに向かって頭を下げた。


「ライナーは一度休憩だ。俺が戻ってきたら次はアリスだ」

「了解ッス」

「わかりました」


 ガイはライナーの傷が治るのを見届けると、剣に着いていた血を拭ってから鞘に仕舞い、孤児院の中へと入って行った。


「いやー、いつ見てもマリーさんの治癒魔法はすごいッス!」

「そうかしら? ガイさんの腕がいいからすっぱり切れてて繋ぎ易いってのもあると思うわよ。それに私よりもすごい人なんていくらでもいるわ。特に聖女様はすごいわね。私は切り口を繋げるぐらいまでなら出来るけど、聖女様は部位欠損ですら治せるって自分で言っていたから」


 ライナーの腕を繋ぎ終えたマリーさんはそう話しながら木陰に戻り、アリスの左隣に足を崩して座り直した。


 ちなみにアリスの右隣には俺がいる。お互いの体温が伝わるんじゃないかってぐらいの距離間で、二人して膝を抱えるようにして座っていた。


「聖女様ですか?」

「聖教会アレクサハリンの聖女様よ。聞いたこと無い?」

「噂ぐらいならナナリーから聞いてます」

「ナナリーって……たしか王都に居る騎士様だったわよね? どんな噂を聞いたのかしら?」

「えっと、治癒魔法は部位欠損ですら治して、結界魔法は悪魔の猛攻を防ぎ、魔法使い顔負けの攻撃魔法の使い手……だった気がします」


 アリスとマリーさんの話だけ聞いてると、聖女様ってものすごく強く感じるんだけど本当かな?


「あはは。流石にそんな凄くは無いわよ。治癒魔法の腕は本当だけど、結界魔法だったら私のほうが得意だったし、攻撃魔法はそもそも教会じゃあ教えてないからね」

「あ、でもそれならシヴァのほうが凄いかも? 治癒魔法は少しだけど使えるし、攻撃と結界の魔法は凄い上手だもんね」


 マリーさんと話していたアリスはこっちを向いて俺に同意を求めてくる。


 聖女様が実は治癒魔法の一点豪華主義で他は普通だと判明したのはいいんだけど、そこでなんでアリスは俺のほうが凄いとか張り合おうとしてるんだ。


「そんなことないよ」

「そんなことあるよ。だってシヴァは私の魔法の先生だもん」

「そうッスね。アニキは剣も魔法も出来てまるで騎士みたいに凄いッス」

「へぇ~、シヴァ君が色々出来るのはガイさんから聞いてるけどそんなに凄いんだ。他にはどんなことできるの?」


 無難に答えて話を流そうとしたら、アリスとこっちに近づいてきていたライナーのせいでマリーさんが興味を持ってしまった。


 他にはどんなことができるのかって?


 攻撃、結界、治癒魔法以外だと性魔法とかも使えるはずなんだけどこれは言えないし、どう考えても子供の俺がその魔法を使えるのはおかしい。


 魔王時代に覚えた魔法なら魔力さえあれば大体使えるだろうけど、馬鹿正直にそう答えるわけにもいかない。そうなると……


「院長が使ってた部屋にあった魔法書のやつで、簡単なものなら」

「院長の部屋にそんな本あったんだ。シヴァ君はその本を読んで独学で魔法の勉強したってことね」

「はい。それよりも、もしかしてマリーさんって聖女様と知り合いなんですか?」


 話の流れを変えるためにマリーさんと聖女様とやらの関係について聞いてみる。


「ええ、私と聖女様はアレクサハリンで一緒に修行した仲よ」

「え、マリーさんってアレクサハリンに居たんスか? それなのにどうしてこんな遠くの……オンボロ教会に?」

「え~と、君たちにはちょっと早い内容かもだけど……まぁいいか。実は聖女様に手を出したのがばれちゃったのよね」

「手を出したって――っは! もしかして、暗殺ッスか!?」


 俺の前にあぐらをかいて座っていたライナーが、身を乗り出すようにしてマリーさんに問いかける。


「どうしてそうなるのよ、まったく、違うわよ。手を出したっていうのは……まぁ、そうね。私と聖女様が女の子同士で恋人みたいに仲良くなったってことよ」

「女の子同士で?」

「恋人みたいに仲良くッスか?」


 アリスとライナーはいまいち分かっていないみたいだが、なるほど。


 マリーさんは女の人が好きらしい。


「そうよ。シスターは神様にその身その心を捧げているから異性との恋愛は禁止されているの。でもね、禁止されているのは異性との恋愛だけなのよ。だから聖女様と恋人同士になっても問題無いと思ったんだけど――お偉いさんにばれちゃったのよね。そしたら私だけが遠いこの地に飛ばされちゃって。はぁ」


 軽い気持ちで話を振ったらまさかの展開。こんな話になるとは思ってなかった。


 それに異性との恋愛だけなのよって、マリーさん。それは大多数の人は異性としか恋愛しないからだろ。


 それにしても、マリーさんはアクア姉と違って年相応の大人びた色気があるし顔も整っていて美人だ。そんな人が女の人同士で仲良くやっている場面は興味があるというかむしろ見てみたい。


 聖女様もマリーさんぐらい大人っぽくて色っぽかったら……ってこっちに来る前だからマリーさんももう少し若い、十代後半ぐらいか。きっと聖女様も同じぐらいの年齢だろう。年頃の二人が夜な夜なベットの上で互いの想いをぶつけ合う姿はきっと――


「シヴァ」


 なぜかアリスが囁くように俺のことを呼んで隣から軽く睨んでくる。


 まさか俺が邪な想像をしているのを察知したのか? 内心冷や汗を流していると、マリーさんも自分の発言がまずいと思ったのかあからさまに話題を逸らしてきた。


「えーっと、そういえば! 私がこっちに来る前、アレクサハリンに集まる次期聖女候補の中に天使の加護持ちの子がいたのよ。アリスちゃんも勇者の加護を持っているし、興味ない?」

「勇者の加護とか天使の加護ってなんなんスか?」

「勇者の加護は神話に出てくるアルフレドが後世に力を伝えるために残した魂の力。天使の加護も似た感じで古い天使が人間に与えた力って云われてるわ。他にも精霊の加護、竜の加護と呼ばれているのもあるわよ」


 アリスではなくライナーが食い付いたがこれ幸いとマリーさんが話を続ける。


「天使の加護は悪魔に対抗する力を、精霊の加護は大いなる魔法の力を、竜の加護は強靭な肉体の力を得ると言われているわ。そしてアリスちゃんが持っている勇者の加護は、天使・精霊・竜の加護を少しずつ合わせたような力が得られるって話よ」

「竜の加護ってめっちゃ強そうッスね! どうやったら加護って手に入るんスか?」

「ごめんね、私も加護を手に入れる方法は聞いたことないわ」

「私は生まれたときには加護を持っていたって聞いたから、生まれたときに決まるのかなって思ってたけど。違うのかな?」

「……そうッスか。生まれ直さないとダメッスか」


 ライナーは加護を持っていないから憧れるんだろう。肩を落として残念がっている。


 それにしても聖女候補に天使の加護持ちがいるのか。悪魔たちと戦うための戦力は少しでも多いほうがいい。直接会って一緒に戦うように交渉できないかな?


 ただアレクサハリンってかなり遠かった気がする。会ってみたいけどいつ会えるだろうか。


 まだ見ぬ加護持ちについて考えていると、孤児院からガイが出てくるのが見えた。


 休憩時間はここで終わり。みんなが口を閉じるとガイから声がかかる。


「アリス、準備しろ」

「はい」


 アリスが立ち上がり、ガイの前に向かって足を進める。


 二人が向き合い、剣を構えた。


「いつでもいいぞ」

「すぅ。はあぁ!」


 アリスは大きく息を吸って真剣を両手で大きく振りかぶり、自らを鼓舞するように叫び、ガイへ向かって飛び出した。


 連続して響く剣戟の音と、踊るような足捌き。初めて俺と手合わせした頃のようなただ速くて重いだけの剣ではない。


 アリスもずいぶんと腕を上げている。今のアリスならAランクの下級悪魔と戦ってもいい勝負ができるんじゃないかと思えるほどに。


『三つほど隣の町付近に下級悪魔が出没したという情報があります』


 サーベラスからその話を聞いたのが今から二ヶ月前。


 近隣の町で悪魔に襲われたところは今のところ無い。だが、悪魔たちも全ての町を襲っているわけではないだろう。


 きっと二ヶ月前よりも確実に悪魔たちは近くに来ているはずだ。


 ライナーはまだ戦力としては見れないし、マリーさんも回復役として一緒に戦って欲しいけど火力としては期待できない。


 この町で悪魔と戦えるのは俺、アリス、ガイ、そしてサーベラスの四人だろう。


 俺とアリスはまだ不安が残るけど、ガイとサーベラスなら下級悪魔を相手にしても問題無いだろう。上級悪魔が出てきたら厳しいかもしれないが。


 サーベラスから話を聞いてから準備は進めてきている。いや、サーベラスに話を聞く以前、それこそ魔王としての意識が戻ってからずっと、戦うための準備は進めてきていた。


 悪魔との戦いは、すぐそこにまで迫ってきている。

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