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18 ポチ

 巨大蜘蛛を倒した翌日、俺たちは早朝から冒険者ギルドに向かい、運搬係と呼ばれていた人たちを巨大蜘蛛の死骸がある場所まで連れて行った。ついでに死骸をウスロースクの町まで運ぶのを手伝ったらそれだけで一日が終わってしまった。


 ポイズンスパイダーの特殊個体の素材は高額で買い取って貰えたようで、依頼の報酬と細々した魔物の素材の買取と合わせてガイの懐はかなり暖かくなったようだ。今度アリスと一緒に何か買ってもらうか。戦ったのは俺たちなんだからその権利はあるはずだ。


 ただやっぱりというか、買取と魔物の解体を担当したギルドの職員は巨大蜘蛛の死骸に魔石が無かったことを残念がっていた。俺が先んじて抜き出していたことはどうにか隠し通したけど。


 特殊個体は通常の魔物よりも一、二ランク上の強さを持っていて、大抵の場合は体内に魔石を宿している。また、強い特殊個体ほど大きな魔石を持っているともいわれている。


 今回俺が手に入れた魔石は親指と人差し指で輪を作ったぐらいの大きさ。Bランク相当の魔物なら結構大きいほうだ。


 この大きさならいざという時魔力を回復したり、魔法を発動するときの威力の底上げでも役に立つだろう。事前に魔力を溜めておく必要があるけど、それは寝る前にでもあまった魔力を使えばいい。


 巨大蜘蛛を運搬した翌日からはまたウスロースクの森で魔物と戦う修行を再開した。


 スライム、ゴブリン、オークにホブゴブリンといった冒険者ギルドの区分分け表に載っているような魔物。初日に戦ったムカデや芋虫、蛾や蜂、そしてもはや顔馴染みのポイズンスパイダーなど。あの森に出てくる魔物とはほとんど戦ったのではないだろうか? 流石にあの巨大蜘蛛のようなランクの魔物とはあれ以降遭遇することは無かった。


 アリスも魔物にだいぶ慣れて気持ち悪いやつらを見ても悲鳴を上げることがなくなり――それでもたまに腰が引けていたが――魔物との戦闘経験も今の時点ではこれぐらいで十分だろうとガイが判断した。


 修行を再開してから五日経ち、俺たちはカムノゴルの町へと帰ることにした。




 朝食を食べてからウスロースクの町を出た。ウスロースクの町に来たときと同様に商人の馬車にお邪魔する。


 正午を過ぎる頃になってやっとカムノゴルの町に着いた。


 町についてからは孤児院まで徒歩だ。急ぐわけではないのでゆっくりと孤児院へと歩いて行く。


「あらみんな戻ってきたの? おかえりなさい」

「あ、お兄ちゃん。おかえりなさい! ガイさんとアリスさんもおかえりなさい」


 孤児院の入り口の扉を開けると、アクア姉とレインは俺たちに気づいて振り向いた。


 食堂でお茶を飲んでいたレインはコップを机の上に置いて椅子から降りると、トトトッと近寄ってくる。


「お兄ちゃんがいない間にポチが来てたよ」

「そうなのか?」

「うん。多分いつもみたいに裏山に居るんじゃないかなぁ」

「そっか。教えてくれてありがとな」

「えへへ」


 頭を撫でるとレインは嬉しそうに顔をほころばせた。


 俺とレインが話している間にガイは食堂に入り、荷物を適当に床に置いて椅子に腰掛ける。アクア姉はガイの分のお茶を用意するとガイの前の席に座った。


「ポチって……犬?」

「うん。こ~んなに大きくて銀色の毛並みがふわっふわで撫でると気持ち良いんだよ!」


 アリスの質問にレインが両腕を一生懸命に広げながら答える。


「アリスは会ったこと無かったな。せっかくだしこれから会いに行くか」

「いいの?」

「ああ。レインも行くよな?」

「うん。行く!」


 俺とレインは一度部屋に行って荷物を置いてきた。


 食堂に下りてきて、レインを連れて裏山に行く直前にガイから声がかかる。


「ポチに会うのはいいがあいつも魔物だ。大丈夫だとは思うが気をつけろ」

「大丈夫よ。今までポチがシヴァやレインを襲ったことなんて無いんだから。それに、そもそもシヴァのことをここに連れてきたのがポチなのよ。きっとシヴァのことを気にしてくれているのよ」

「そうだといいがな」


 気をつけろと注意するガイに対してアクア姉が大丈夫と言い切る。


 俺ならポチが襲ってこない理由を知っているから大丈夫だと言えるんだが、その理由をしらないアクア姉が大丈夫と言い切るのは保護者としてちょっとどうかと思うぞ。


 魔物だけどペットみたいに思ってるのかな? いや、ポチとか名前付けてるし完全にペット扱いだよな。名前付けたの小さい頃のレインだけど。


「大丈夫だと思うけど、一応気をつけるよ。じゃあ行って来ます」

「「行って来ます」」


 俺に続いてアリスとレインも孤児院を出た。


 裏山を登り始めるとレインが少しだけ遅れ出したので、左手で手を繋いでいつもよりゆっくり歩くことにした。


「ありがと、お兄ちゃん」

「アリスは大丈夫だよな」

「うん。大丈夫だよ。大丈夫だけど……」


 アリスが歯切れ悪そうに答えた後、すぐに右手に暖かなぬくもりを感じた。


「私も、だめ?」


 その質問に俺は答えず、右手に繋がった手をしっかりと握り返した。




 それから少し時間をかけてアリスと魔法の修行をした場所までやってきた。


 目の前には馬ほど大きな銀色の毛並みを持つ犬が寝そべっている。


 俺たちが近くにきたのを感じ取ったのか目を開けてチラリと俺、レイン、アリスと順に見てから閉じる。


 俺だけじゃなくてレインと初めてみる女の子がいるからこのままやり過ごそうということだろう。


「ポチ~!」


 超大型の犬、というか魔物を見ても怖がることなく、むしろ大喜びでレインは駆け寄りその銀色の草原に飛び込んだ。


「アリスさんも一緒にもふもふしよう!」


 まだ目の前の魔物に対して警戒しているアリスは俺の横にいる。


 レインの呼びかけにどうしようか迷っている様なので、文字通り背を押してレインのもとへと送った。


「大丈夫……だよね? うわっ、すごい!」

「ね、ふわっふわで気持ち良いでしょ」

「うん。くせになっちゃいそう」


 アリスがレインの横で恐る恐るポチの毛並みを撫でる。


 段々と撫で方が大胆になり、ついにはレインの様に毛並みに顔を埋めるようにしている。


 二人は魔犬の毛並みに夢中になっているが、俺はもふもふする気はないので別のことをする。


『サーベラス。悪いな』

『いえ、レイン様のことはシヴァ様から大切に見守るようにと命じられておりますので。この程度のことは問題にもなりません。こちらの初めて見る娘は?』


 念話魔法でポチと呼んでいた魔犬に話しかけると当然のように返事が返ってくる。


『アリスだ。ちなみに勇者の加護を持ってる』

『アリス様ですね。しかし、勇者ですか。先ほどの様子を見るに、ずいぶんと仲が良いみたいですね』

『うっ……まぁ、な。アリスの事もレインやアクア姉みたいに何かあれば守ってくれ』

『了解致しました。シヴァ様がお望みとあれば』


 アリスとの仲をこれ以上探られる前に話題を変える。別に聞かれて困ることではないんだけど。


『そんなことより、悪魔たちの動向に何か変化はあったか?』

『大きくは変わっておりません。しかし、活動範囲を徐々に広げており、三つほど隣の町付近に下級悪魔が出没したという情報があります。情報を頼りに探しましたが残念ながら見つけることはできませんでした』

『三つ隣の町か』

『はい。もしかしたら近々この町にも悪魔がやってくるかもしれません。そうなればここも安全とは言えないでしょう』

『わかった。サーベラスはこのままカムノゴルの町の近くで警戒していてくれ』

『了解致しました』

『いつもすまないな』

『いえ。シヴァ様は私の主。お気遣いなどなさいませんよう』


 ポチことサーベラスは俺直属の魔物だ。


 魔王になるよりも前に、ヘルハウンドの群れと戦ったことがある。その群れの中に一匹、特殊個体として力をつけていたやつがいた。まあこれが後のサーベラスというわけだ。かなり凶暴だったんだが勝ったのはもちろん俺。


 勝者である俺は契約をして魔犬にサーベラスと名付け、さらに力を与えて従者にした。そのときにサーベラスは悪魔のような姿に変身できるようになり、俺との間に互いにのみ分かる魂の繋がりができた。このことは他の悪魔たちに言ったことが無いので知られていないだろう。


 ヘルハウンドは冒険者ギルドでいうところのCランクの強さがあり、その特殊個体だからB~Aランクぐらいには強かったのだろう。俺と契約して力を与えたことによりAランクオーバーの強さになった。


 従者にしてからはずっと側近として側に置いていた。それこそ天使たちに封印されるその時まで。


 きっとサーベラスがいなかったら俺は既に死んでいただろうな。


 俺が転生してからカムノゴルの孤児院にやってくるまでの経緯はサーベラスから聞いた。


 魔王城で天使にやられて倒れていたサーベラスはすぐに意識を取り戻したらしい。


 水晶の様なものに封印されている俺を見て、サーベラスは俺が転生していることに気づいた。他の天使や悪魔たちは気づかなかったようだが、サーベラスは俺と魂で繋がっているから分かったのだろう。


 実は魔王城の近く、北の帝国付近にある町に俺は転生していたらしい。


 サーベラスは魂の繋がりを手がかりに俺がどこにいるかを特定した。そこまでは良かった。


 俺が封印されて、思う存分に暴れられるようになった悪魔たちは、魔王城近場の町から襲い始めた。


 つまり、俺が生まれた町はすぐに悪魔たちのせいで火の海になったということだ。


 俺を守ろうとしてサーベラスは悪魔たちと戦った。幸いに上級悪魔がいなかったおかげで戦い自体は問題なかった。


 しかし、サーベラス一人では俺を守りきることは難しい、そう判断するのに時間はかからなかっただろう。どうするべきかサーベラスが悩んでいると、俺の両親がこの子だけでも助けて欲しいとサーベラスに赤子を託したそうだ。悪魔化していたサーベラスの見た目は人の老執事とあまり変わらないから、サーベラスのことを魔物だとは思わなかったんだろうな。赤子を託されたサーベラスはその町からできるだけ遠くへと逃げた。


 魔犬に戻り、音速に迫る速さで走り続けたサーベラスは一夜でカムノゴルの町にたどり着いた。


 魔法で保護していたため移動中の衝撃などは問題にならなかったが、そもそも赤子にとっては母乳も飲めず、満足に眠ることのできない魔犬の背中での旅はそれだけで地獄のようなものだ。


 俺が衰弱しているのを感じとったサーベラスは焦って魔犬状態のまま町の入り口に向かってしまったらしい。ここで事前に執事姿になっていればその後色々と楽だったんだろうけど、まあ仕方ない。


 今まで魔犬など見たことも無いカムノゴルの人たちは驚き、警備兵をすぐに呼び出した。呼ばれた警備兵も見慣れぬ魔物に警戒の色を強めた。


 サーベラスは警備兵たちの近くにゆっくりと近づき、警備兵たちの見える位置に赤子の俺を置いて町から離れた。


 魔犬が連れてきた赤子ということで悪魔の子じゃないかと危惧する人もいたが――実際に悪魔が転生した子だから当たっているんだが――衰弱している赤子をそのままにするのも問題だという事になり、俺のことは孤児院へと預けることになったらしい。


 俺が孤児院に預けられてからはちょくちょくサーベラスが様子を見に来てくれていたようだ。ただし魔犬状態で。そんな訳で赤子を連れてきた人を襲わない魔犬が孤児院の近くで縄張りを作っているという噂までできた。


 俺が魔王としての意識を取り戻したとき、噂になっている魔犬はサーベラスだろうと当たりを付けていた。実際に様子見に来ていた魔犬を見て確信すると、念話で呼びかけて確かめた。


 念話で話しかけられたサーベラスは俺が魔王としての意識を取り戻したことに喜び、これまでの経緯などを色々と話してくれた。




「お兄ちゃん」

「ん?」


 サーベラスに教えてもらった話を思い出していたらレインたちのもふもふタイムが終わっていたようだ。


 いつの間にかレインとアリスが俺の近くまで来ていた。


「もういいのか?」

「うん。いっぱいもふもふしたから!」


 レインとアリスは顔を見合わせて満足そうに頷く。


「ポチ。騒がしくして悪かったな」

「またね!」

「触らせてくれてありがとう」


 俺がサーベラスに向かって手を振ると、レインとアリスも手を振った。


 サーベラスはのっそりと起き上がると山の頂上に向かって走って行った。その姿が見えなくなるまで見届けてから、俺たちは孤児院へと引き返す。


 山を下りながら、以前にサーベラスから聞いた話を思い出す。


 北の帝国は上級悪魔たちとも互角に戦い、侵攻を防いでいるらしい。


 しかし、北の帝国ほど力の無い国や町はどんどん悪魔たちにやられているようだ。そこまで力の無い国や町で、まだ悪魔たちの侵攻を防げているところは単純に上級悪魔や強い魔物が侵攻時に居合わせなかったり、たまたま天使が助けてくれたりと運が良かったに過ぎない。


 三つ隣の町に下級とはいえ悪魔が出た可能性がある。


 もし、今すぐにでもカムノゴルの町に悪魔たちが攻めて来たら?


「お兄ちゃんどうしたの?」

「シヴァ?」

「ごめん、ちょっと考え事してた。何でもないよ」


 足を止めていた俺の顔をレインとアリスが横から覗き込んできていたのでとっさに作った笑顔で答える。


 俺はもっともっと強くならなくちゃいけない。


 拳をぎゅっと握りしめ、止めていた足を一歩踏み出した。

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