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163 黄泉

 黄泉への門を通り過ぎるとそこは現実とは全く異なる世界だった。


 全方位に闇が広がっている。だけど完全な暗闇というわけではない。満天の星空の中に居るかのように、周囲には瞬く光が眩しいほど存在している。さらに空間を満たすように虹色に輝く煉獄が揺らめいていた。


「死後の世界ってぐらいだから、もっとじめじめしたところを想像してたけど……きれいなところだな」


 こぼれ出た感想はそんなありきたりな言葉だった。


 ノーブルは腕を組み、感心したように辺りを見回している。


 レイザーも最初は黄泉の景色に魅入っていたようだが、足下に視線を落としたところでふいに声を上げた。


「どうなってんだこれ? 急に落ちたりしないよな……」


 俺たちの足下には足場らしきものはなにもない。上や横だけじゃなく、下方向にも無限の空間が広がっていた。そんな不思議な空間で、飛行魔法を使っているわけでもないのにその場に留まり続けている。


 水の中を漂うような、ふわふわとした浮遊感が全身を包んでいる。いままで感じたことのない感覚だ。一番近いのはステラの魂に出会ったあの場所だろうか?


 他に気になるところがあるとすれば、ここが濃密な魔力に満ちているということ。たぶん俺たちの周囲だけじゃなく、この黄泉という世界全体が考えられないほどの魔力に満ちている。


「これほどの魔力、いったいどこから生まれたんだ?」

「見ていればわかる」

「見るってなにを?」

「あれだ」


 ケネスが指差す先には黒光りする火の玉のようなものがいくつもあった。それらは煉獄の中でさまざまな色彩を放つ光へと変わっていく。その過程で火の玉の周囲に淡い揺らぎが生まれ、すぐに空間と混ざり合うように消えていった。


 黄泉という場所、煉獄の効果。ケネスから聞いていた内容から察するに、俺たちの目の前で徳や穢れといった天照、深淵の素となるなにかが浄化されているのだろう。


「あれは魂が浄化されているのか?」

「そうだ。徳や穢れといった”想刻そうこく”は浄化され魔力へ還る」


 ケネスに確認すると、頷きとともに肯定の言葉が返ってきた。


 浄化の終わった魂は磁石のように引かれ合い、大きな魂に育つと、今度はいくつかに分かれた。それを何度も、何度も繰り返している。


「あれはなにをしているんだ?」

「生を終えた魂は黄泉で浄化される。その後は他の魂と溶け合い、混ざり合い、別の命として生まれる。あれはそのための準備みたいなものだな」

「ちょっと待てよ。死んだらそのまま生まれ変わるんじゃないのか!?」


 レイザーが問い詰めるように大きな声を上げた。


「それは魂によるとしかいえないな。天使や悪魔に生まれ変わる奴は他の魂と混ざることはない」

「じゃ、じゃあ普通のやつらは死んだらそれまでってことか?」

「正確なことは俺にもわからない。だが半々ってところじゃないか? 他の魂と混ざり合うのは、魂自体が疲弊しているからだと俺は考えている。何度も生まれ変わりを経験したとか、魂が消耗するほどのなにかをしたとかな。老いた魂ということだ。逆に若かったり力のある魂はそのまま生まれ変わるような気がしている」


 ケネスの話を聞いてもレイザーは納得できないような、険しい表情をしていた。


「なんだ、おまえは死んだ後にそのままの魂で生まれ変わりたいのか?」

「そりゃそうだろ」

「記憶はなくなるんだぞ」

「それでも構わない。だってそうじゃなきゃ死んでいったやつらが浮かばれないだろ……」


 きっとレイザーは一緒に戦ってきた仲間たちのことを思い浮かべているのだろう。悔しそうに顔をうつむかせていた。


 俺の脳裏にはサーベラスの姿が思い浮かんだ。だけどあいつの魂は俺の中にあるから生まれ変わることはないはずだ。


 もし俺がサーベラスの魂を取り込まなかったら、あいつはここに来ていたのだろうか?


「なあ、ここには人の魂だけがやってくるのか?」

「おまえは俺が何でも知ってると思っているのか」

「大抵のことは知ってると思ったんだが、知らないのか?」


 ケネスに聞くことが多くなってきたからだろうか、少し面倒くさそうな態度を見せ始める。


「……人以外の魂もここにくる。場合によっては犬や猫の魂が人として生まれ変わることもあるみたいだ」


 それを聞いてほんの少しだけサーベラスが人に生まれ変わったらなんてことを考えた。だけどそれはありえない未来だとかぶりを振って頭の外へと追いやった。


「あそこを見てみろ。穢れが残ったまま悪魔として生まれ変わる魂があるぞ」


 ケネスが指差す先には暗闇の広がる黄泉の中でさえ黒く目立つ魂があった。それは黄泉の世界から放り出されるように、突如現れた光り輝く穴の中へと吸い込まれていく。魂を吸い込んだ光の穴は役目を終えたのか、現れたときと同じように唐突に消え去った。


「……俺たちの世界に行ったのか?」

「ああ。あの感じだとそれなりの強さをもったやつが生まれるだろう。しかし生まれ変わるには少々早すぎるような……気のせいか?」


 初めて黄泉での転生を目の当たりにした俺たちには判断がつかないけれど、ケネスはなにか違和感を覚えたらしい。


 そのあとも続々と魂が転生していった。生を終えた魂が煉獄のもとで浄化される。七色に輝く光が魂の側で生まれては消えていく。その神秘的な光景を前に、ただただ言葉もなく見とれていた。


「ここに満ちている魔力はどうなるんだ?」

「さあな。煉獄の新たな燃料になるか。星に還元されるか。もしくは人が生まれ変わるときにおまけとしてプレゼントしてるんじゃないか」


 ケネスの表情を注意深く観察してみても、なにかを隠したりしている様子はなさそうだ。それにこれまでこちらが質問すればすんなりと答えてくれたことから、今回は本当に知らないのだろう。


「……よくわからないってことがわかったよ」


 黄泉という現世とは異なる世界の真実に手が届かず、少し残念に思う。


「この世すべてを理解するなんて、人には到底無理ということじゃな。かかかっ」

「まあたしかにすべてを理解する必要はないか。だけどここにきた目的を果たすためには黄泉の知識が必要だぞ」

「ふむ、それは否定せんよ」

「ノーブル、黄泉と元の世界をつなぐことはできそうか?」


 気分を切り替えて、黄泉にやってきた当初の目的に話を移す。


「さっきから試してはいるんじゃが、こりゃ既存の転移魔法じゃ無理っぽいぞ」

「……やっぱりそうか」


 俺の方でも何度か転移魔法を試しているが一向に成功しない。根本的な部分でやり方を変えないと厳しそうだ。


「こうなるとケネスが作った黄泉への門を解析するべきかな」

「とはいえとっかかりが一切ない状態だと、どこから手をつければいいのやら……」

「ケネス、黄泉への門を開くときに詠唱も魔法陣もなかったけど、あれは省略したわけじゃないよな」

「あれには最初から詠唱も魔法陣も存在しない」


 念のため確認してみたけれど、期待した答えは返ってこなかった。こうなると正直手も足も出ない。転生魔法と黄泉への門を複合させる以外のアプローチを考えた方がいいのかもしれない。


「なあ、わざわざ転生魔法に黄泉への門を組み込む必要ってあるのか? どっちも詳しくないから適当なこと言うけど、黄泉への門を開いた状態を維持して、転生させる魂をそこに誘導するだけでいいと思うんだけど?」

「たしかに難易度的にはレイザーが言うように、事前に黄泉への門を開いておいてそこに誘導させる方が楽だろうな」


 あくまでどちらが楽かという話で、黄泉への門に魂を誘導することが簡単というわけではないのだが。


「なにか問題があるのか?」

「転生魔法を発動させる前提条件として、事前に黄泉への門を開いておく必要がある。じゃあその前提を満たしていない状態で転生させたらどうなる?」

「あー……そういうことか」


 レイザーは俺が気にしている部分がわかったのだろう。


「答えはわからない。だが十中八九、ステラの魂が黄泉に行くことはないだろう。それじゃあ意味がない」


 現状ではケネスしか黄泉への門を開けないから、ケネスになにかあった場合に対応できなくなる。それでは困るのだ。


 まあこれは転生魔法を使う予定の俺が倒れても同じ事がいえる。ただし転生魔法なら俺以外でも使い手は用意できるはずだ。ノーブルだったり、フィオナだったり。


「より安全を考えるなら転生魔法に黄泉への門を開く機能を組み込みたい」

「まあそれを実現できるようになれば、必然的にケネス以外が黄泉への門を開ける状況になるともいえるがのぅ」

「それはノーブルの言うとおりだな。どちらにしろケネス以外が黄泉への門を開けるようになっておいた方がいいのは事実だ。もしそれが行き詰まるようであれば誘導する案でいくしかない」


 レイザーに説明しながら、自分の中でわずかに違和感をおぼえた。その違和感の正体がなにかわからなくてなんだかモヤモヤとする。


 なにか見落としているのか? 少し考えてもモヤモヤの正体は依然としてはっきりしない。


「ところでケネス。ここにステラを連れてくることはできないのか?」


 もしステラをここに連れてくることができれば、戦うことなく深淵を浄化することができるんじゃないかと思う。当然そんなことはとっくにケネスも考えていることだろうが、念のため確認しておく。


「無理とは言わないが、厳しいだろうな。黄泉への門をステラが素直に通ってくれるわけがない。無理やり通らせるにしても、ステラを動けなくするなり工夫が必要だ」

「それはそれで骨が折れそうだな」

「そういうことだ。まあこっちに連れてくるんじゃなくて、あっちに煉獄を呼び出す分にはやりようがある。実際ステラから深淵を引き剥がすために俺自身が特異点となって煉獄を呼び込む予定だ」

「そんなことができるのか?」

「まあな。だがそんなことよりもおまえたち、黄泉にきてなにか掴めたか?」


 俺とノーブルは顔を見合わせて力なく肩をすくめた。


「既存のやり方じゃダメだとわかったのが唯一の収穫かな」

「一度戻って思いつく限りを試すが、ダメだったときはまたここに連れてきてもらうことはできるのかのぉ」

「必要なら応じよう」


 ケネスは俺たちに文句のひとつも言わず、普段と変わらない態度で続けた。


「そう簡単にはいかないか。まあわかっていたことだ」


 こうして黄泉への訪問は大した成果もでないまま終わった。




 黄泉の門を通って庭に戻ってくると、慌ただしい気配を感じとった。


「ん? 誰か来るな」

「この感じはソフィアじゃな」


 ノーブルは落ち着いた様子でひげをなでている。その様子からソフィアが普段から騒がしいのだと察せられる。


 それからすぐにソフィアが裏庭に顔を出した。相当急いできたのだろう、荒い息を繰り返しながら、誰かを探すように視線を彷徨わせて――目が合った。


 他の人には目もくれず、一直線に俺の目の前まで詰めてくる。


「いつ意識戻ったんですか? 体はもう大丈夫なんですか?」

「え、ああ……もう大丈夫だぞ」


 その鬼気迫る勢いに、やや押されるように後ずさりながら答えた。これはそう簡単に離れてはくれなそうな感じがする。


「わしらは下で黄泉の分析をしてくる。おまえさんはもうしばらくソフィアの相手をするんじゃな」


 そういってノーブルはケネスとレイザーを連れて地下の私室に戻っていった。


「ここで話すのもなんだし、俺たちも家の中に行くか」

「はい!」


 リビングに移動して、大きめのテーブルに俺とソフィアが向かい合う形で座った。それからギルド長に説明した内容をソフィアにも伝えると、涙ながらに俺の無事を喜んでくれた。


「空島からこっちに戻ってくる間も寝たきりだったからずっと気になってたんですよ。本当に、ほんどうによがっだですぅ~」

「心配かけたみたいで悪いな。でももう大丈夫だ」


 湿っぽくなった空気を払拭ふっしょくするように、ソフィアに別の話題を振る。


「そういえば空島に行ってみてどうだった?」


 ソフィアは以前から空島に行くのが夢みたいなことを言っていた。本人の期待するものだったかどうかはわからないけれど、一応は夢が叶ったことになる。


「ほわぁって感じですごかったです!」


 続けてソフィアは興奮を抑えきれない様子で早口にまくしたてた。


「どうやって空に浮かんでるのかとか全然わからなくて、いろいろと観察したかったのにお兄ちゃんに危ないからやめろって止められて。でも空島の土や植物をたくさん採取できたので、いまはそれを研究してるところです!」


 空島に行くという夢を叶えた。俺はそこで終わりだと思っていたら、ソフィアはもう次を見据えていた。


「夢を叶えて、それで終わりじゃないのか?」

「なにを言ってるんですか。夢を叶えたら、次はもーっと大きな夢をみるんです! そうすればずっと夢を追いかけ続けられるでしょう。人は夢に向かって進んでいるときがいっちばんやる気に満ちて元気でいられるんです! たとえば……そうですね、飛翔船をたくさん造って空島を観光名所にするとか。空島の研究をして、人工の空島や全く新しい機械を造るとか。いくらでもやりたいことはあります。いくら時間があっても足りませんよ」


 饒舌じょうぜつに語って誇らしげに胸を張ってみせるソフィアが、俺の瞳には眩しく映った。


「お兄さんは叶えたい夢ってないんですか?」

「俺? 俺の夢は……」


 いま俺が一番したいのは、自己犠牲で世界を救おうとしてるアリスを止めたいということ。でもこれは夢とは違うだろう。魔王ステラを倒す? これもやるべきことであって夢じゃないな。


 こうして改めて問われると意外と難しい。


 すぐに答えられず言葉を詰まらせていると、リビングの入り口に人影が現れた。


「あら、ソフィアも一緒だったのね」

「セレンさん!」

「こんにちは」

「はい。こんにちはです! あ、お茶用意しますね」

「ありがとう。でも長居するつもりはないから大丈夫よ」

「そうですか?」

「ええ。ところでケネスたちはどうしたの?」


 セレンは軽く周囲に目をやってからそう聞いてきた。ギルドを出たときに一緒に行動していた二人の姿がないのが気になったのだろう。


「ノーブルの部屋で黄泉の研究してるよ」

「あなたはいいの?」

「俺はソフィアに目を覚ました経緯というか、もう体調も戻ってるから大丈夫だよって説明してたところ」

「なるほどね」


 そこでソフィアが待ってましたといわんばかりの勢いで立ち上がった。グッと握りこぶしを作って、気合いが入っている様子が伝わってくる。


「お兄さんからお話は聞かせてもらいましたよ。私も協力させてもらいます!」

「協力って……なにをするつもりなのよ?」


 セレンが怪訝なまなざしを向けると、ソフィアは自信ありげに親指を立てた。


「実はちょうど良い物を開発していたところなんですよ。遠見の魔法って知ってますか?」

「知ってるけど、あれがどうしたんだ?」

「あの魔法を応用して、遠くの景色をいろんな場所に投影できるようにしたんです!」

「すごいな」

「えへへ……まだ試作段階ですけど、でもでもお兄さんが活躍する姿を世界中に届けて見せます。期待して待っていてください!」


 そう言い残してソフィアは風のようにどこかへと去って行った。まあ十中八九工房に向かったんだろうけど。


「相変わらず騒がしい子ね」

「でも嫌いじゃないだろ」

「さあ、どうかしら」


 そう言いつつもソフィアの背中を見送ったセレンのまなざしからは、やんちゃな妹の面倒を見守る姉のような優しさを感じる。


 さっきまでソフィアが座っていた場所。つまり俺の前にセレンが腰を下ろした。


 長居をするつもりはないと言っていたのに座ったということは、俺に話があるんだろう。ソフィアがいると話せないようなやつが。


「なにかあったのか?」

「……ノアさんなんだけど、魔王ステラとの戦いが片付いたらギルド長を辞任するみたいよ」

「はぁ? というかそれ俺が聞いていい話なのか?」

「それは本人に確認したから大丈夫よ。一応非公開な情報だから他の人には言わないでね」

「ソフィアは知ってるのか?」

「そこまでは聞いてないわ。だから彼女がいなくなったタイミングで伝えたんじゃない」

「それもそうだな。それでどうして辞めることになったんだ?」


 ギルド長がその役職を辞すからにはなにか理由があるはずだ。それを確かめるためセレンに続きを促す。


「理由についてはっきりしたことを聞いたわけじゃないけれど、古参悪魔討伐計画の失敗と魔王ステラ復活の責任をとるかたちじゃないかしら」

「どっちもギルド長が悪いわけじゃないだろ」

「そうね。でもだからといってなにも責任をとらないって訳にもいかないのでしょう。ギルド主体で進めた作戦で、その最高責任者なんだから」


 ギルドだけで完結する作戦であればそこまで責任を問われることはなかったはずだ。しかし実行部隊としてアルカーノが、他にも支援という形でいくつもの国が関わっていた。


 そんな失敗のできない作戦で、想定外の事態が起きて魔王ステラが復活。さらにはヴィルダージュの世界中へ向けた宣戦布告と侵攻。


 どこの国も誰かに責任をとってもらいたい。そんな状況でちょうどいい存在がいたという、ただそれだけのことなのだろう。


「辞めるとしていつなんだ?」

「魔王ステラ、それにヴィルダージュの件が片付いてからみたいよ。さすがにいますぐ辞めるのは無責任だろうってことみたい」

「……そうか」


 上に立つ者としての責任を果たす。ただそれだけのことなんだろう。ギルド長のことを知ってる身としてはどうにかしたいけど、俺がどうにかできる問題でもないか。


 もしかしてレイザーが気に病んでいたのはこれか? だとすれば納得だ。それにあの感じだと次のギルド長がレイザーってこともありえそうだな。


「まあギルド長のことだから辞めたとしてもどうにかやっていくだろ。それよりも打ち合わせはどうだったんだ?」

「ある程度方針は固まったわ。戻ったらすぐにアンジェリカ様たちと打ち合わせしないと。それと何日かしたらあなたには聖教会で儀式をしてもらうことになるから」

「儀式?」

「儀式といってもやることはお披露目会みたいなものよ。そう難しく考える必要はないわ」

「それならいいけど」


 さっきソフィアが遠見の魔法を応用した機械をどうこうって言っていたのを思い出す。もしかしてその儀式、世界中の支部で見られるようにするんじゃないだろうな……? こういうときのイヤな予感はなぜか当たる。まあ覚悟だけはしておこう。


「それとさっきティナ様のところに使いを出すように頼んでいたでしょ」


 念のためアリスとフィオナがティナのところに行ってないか確認してもらうように、ギルド長に頼んでいた件だな。


「使いが戻ってきたのか。どうだった?」


 そう返しつつも答えはわかっている。もしなにか情報があるなら最初に話題にあげているだろう。そうじゃないということは、二人に関して特に進展はなかったということだ。


「あなたの想像通りよ。フィオナ様も、アリスもティナ様のところには顔をだしていないみたい。ティナ様の方でも探しているみたいなんだけど、もうしばらくかかるだろうって」

「まあそうだろうな」


 わかっていたことだ。それでも残念だという思いから、背もたれに体重を預けて天井を見上げてしまう。


 これに関してはギルドに頑張ってもらうしかないと自分に言い聞かせる。じゃないとアリスを探しに飛び出してしまいそうだから。


 姿勢を正して前を向くと、セレンが次の話題へ話を移した。


「それとさっきギルド長から情報をもらったばかりなんだけれど、ヴィルダージュと戦争をするための準備を始めた国がいくつかでてきたみたいよ」

「すべての国が無抵抗でヴィルダージュの支配を受け入れるわけもないか」

「ええ」

「ちょっと気になったんだけど、ヴィルダージュの下につくことを選んだ国にある教会やギルドって大丈夫なのか?」

「ギルドの方はわからないけれど、各地にある教会ではまだ問題はおきていないわ」


 気にし過ぎかもしれないが、どこか含みのある言い方に聞こえた。


「アレクサハリンでなにかあったのか?」


 そう聞くとセレンは一瞬、失敗したという感じで顔をしかめ、諦めたように口を開いた。


「……アンジェリカ様を暗殺しようとした不届き者が出たのよ」

「それ大丈夫だったのか?」

「大丈夫じゃなかったらこんなに落ち着いていないわよ」

「それもそうだな。その賊はどうしたんだ?」

「レッグ様が捕まえて、地下で締め上げたらヴィルダージュの手の者だと吐いたわ。念のため警戒を強めてシンディたちに巡回を頼んでいたのよ。シンディがフィオナ様とアリスに会ったのはそのときみたいね」

「そういうことだったのか。しかし、このタイミングで暗殺か。宣戦布告からあまりにも早すぎる。もっと以前、それこそ数年前から計画していただろうな」

「ええ。だから実行犯以外にも潜伏していないかしっかりと調査しないといけなくて、しばらくは忙しいことになりそう」


 聖教会に戻ってからのことを考えてか、セレンは疲れたようにため息をこぼした。


 気持ちとしてはセレンを手伝いたいところだけど、俺にもやるべきことがある。転生魔法の改造は俺とノーブルぐらいしかできないだろうから、他の作業に手を貸す余裕はない。


「長居するつもりはなかったのに、ちょっとしゃべりすぎたわね。そろそろ戻るわ」

「転移先は俺が目を覚ましたあの部屋でいいか?」

「ええ、それでお願い」


 俺とセレンはテーブルから離れて聖教会に戻る準備を始める。とはいってもやることは転移魔法でここと聖教会の屋敷をつなぐだけだ。


 俺は一瞬で聖教会へつながる空間の歪みを創った。


 セレンがそこを通る直前、なにかを思い出したように足を止めて体ごと振り返った。


「どうした?」

「あなたに教えてもらった”リカバリー”。あれを聖教会の人たちに教えてもいいかしら?」

「別に構わないぞ。治癒魔法が使えなくなったから、その代わりにってことだよな」

「それもあるけど、あなたの名声を高めるためって意味合いが強いわ」

「俺の?」

「治癒魔法が失われた世界に、根本から異なる新たな治癒魔法をもたらした人物として大々的に宣伝するのよ」

「ああ……うん、そうか……」


 ”ヒーリング”に比べると”リカバリー”は治癒効果が物足りないから微妙な魔法って認識だったんだけど、”ヒーリング”自体が使えなくなった。つまり相対的に”リカバリー”の価値が高まっているということだ。


 これまでも止血目的で使っていたから、まったく役に立たない魔法というわけじゃない。だけどこれまで日の目を見ていなかったものが急に注目されることになって、どう反応したらいいのわからないというのが正直なところだ。


 それに自分の名前が広まることに、まだほんの少し抵抗があった。


「なんだか微妙な顔してるけど、あなたの名前は出さない方がいいかしら?」

「いや、それは天照を得るために必要なことだって理解してる」

「それならいいのだけれど」


 セレンの気遣いはありがたい。だけどもうすでに俺は英雄になると決めたのだ。多くの人たちに知れ渡ることが避けられないのであれば、あとはもう受け入れるしかない。


「それじゃあ行くわね。なにかあればギルド経由で連絡するわ」

「わかった。こっちもなにか進展があればすぐに連絡するよ」


 あとはセレンが転移の門をくぐるだけ。だというのにセレンの体は俺の方を向いたまま動かない。


「なにか話し忘れたことでもあるのか?」


 そう聞くと、セレンは俺を気遣うようにゆっくりと語る。


「きっとすぐに見つかるわ。だから焦ってむちゃなことはしないで。あなたは一人じゃないんだから」


 いまのやり方で本当にステラを倒せるのだろうか? 俺自身もアリスを探しに行くべきじゃないか? 少しずつではあるけれど確実に前には進んでいる実感はある。だけど、それでも無数に迷いは生まれるし、焦燥感は消えない。


 そんな心の奥を見透かされているような言葉にドキッとした。


 その声が、瞳があまりにも優しくて、思わず弱音を吐きそうになるのをどうにかこらえる。


「……ああ、わかってるよ」

「本当にわかってるの?」

「そんなに念を押さなくても大丈夫だ」

「それならいいのだけれど」

「心配してくれてありがとな」

「別にあなただけのためじゃないわ。あなたになにかあればアリスが悲しむでしょ」


 素直に感謝を伝えると、セレンは俺に背中を向けて転移の門に足を進め、どう考えても照れ隠しとしか思えないセリフを残して帰って行った。


 セレンを見送って一人、俺は思わず苦笑を浮かべる。


 心配してくれる仲間がいる。背中を押して応援してくれる仲間がいる。一緒に戦ってくれる仲間がいる。


 俺は一人じゃないんだと、そのことを強く胸に刻んだ。

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