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16 冒険者ギルドの依頼(中編)

 ウスロースクの西にある森に着いたのは日が真上に昇る少し前。


 ここまでずっと歩き続けて来たので、森へ入る前に開けた場所で一度休憩することになった。


 椅子代わりの適当な大きさの石に腰掛けて、少し早めの昼食をとる。


「そういえばシヴァってギルドの依頼受けたことあるんだよね?」


 固めのパンと格闘しているとアリスからそんな質問が飛んできた。


 口の中に残っているパンを水で流し込む。


「アリスが来る前に何度かね。どうして?」

「うんとね。昨日泊まった宿屋に入るときはなんだか初めて来たみたいにお店を見てたから。でもギルドで受付のお姉さんにシヴァ君って呼ばれてたからあれ? って思って。前に依頼を受けたときはあのお店に泊まらなかったの?」

「ああそれか。俺と師匠だけじゃなくてアクア姉とレインも一緒にウスロースクの町に来ていたときに、師匠と一緒に依頼を受けたんだよ。そのときは『風見鶏亭』じゃなくて別の宿屋に泊まって。そこは孤児院みたいな食事も出たし、そういえば宿屋に湯浴みができる部屋があったな」


 アクア姉が一緒だからちゃんとした宿屋を選んでたんだろうな。


「……いいなぁ」


 俺の話を聞いたアリスがぽつりと呟き、どうして昨日はそこじゃなかったんだと抗議するような、ジトーとした眼差しをガイに向けている。


「それは……昨日は一人で来たときの癖であの店に入っちまったんだよ。今日はアクアたちと泊まった店に行くから……そんな目で見るな」

「やった!」


 ガイがやれやれと面倒臭そうに言うと、アリスは小さく両手でガッツポーズを作っていた。




 休憩が終わった後、俺とアリスはガイから真剣を手渡された。


 これはガイが趣味で作製したバスタードソードで、子供向けに少しばかり小さくなっているものだ。


 片手剣や両手剣ではなくて、片手半剣とも呼ばれているバスタードソードなのは俺たちが教わっている剣術に理由がある。


 剣神(けんしん)流。これはかつて勇者と共に旅をした戦士が開祖となった戦神(せんじん)流から枝分かれしたものだ。


 戦神流は剣だけではなく短剣や斧、槍などといった様々な武器へと応用が利くように考えられてる。これは戦神流の開祖が剣に命を捧げた剣士ではなく、どのような武器でも扱う戦士だったことに由来するらしい。この開祖は状況に応じて武器を使い分け、場合によっては戦場に落ちている物や、敵から奪った物ですら使ったと言い伝えられている。


 一方で剣神流は戦神流の思想を継承しているものの、剣に特化している。様々な武器から片手剣と両手剣の二つに絞った感じだな。この二つの剣術は今でも勿論残っているんだけど、時が流れた今では片手剣と両手剣のどちらとしても扱える片手半剣が剣神流の主軸になっている。


「よし、二人とも準備はいいな。行くぞ」

「はい」


 ガイの掛け声に俺とアリスが同時に答えた。


 鬱蒼(うっそう)とした森の中へと足を進める。


 木々の葉が重なり合い、日の光が遮られていて昼前だというのに薄暗い。


「ねえ、ポイズンスパイダーってどんな魔物なの?」

「どんなって……両手でも抱えきれないぐらい大きな蜘蛛で、牙と前足に毒があるから噛まれたり引っかかれたりしないように注意が必要ってぐらいかな」

「なんだか名前のまんまだね」


 邪魔な蔓や草を掻き分けながらアリスに答える。


 俺の答えを聞いてもいまいちどんな魔物か想像がつかないようだ。


 ある程度森の奥まで進んだところで、樹上に巣を張っている蜘蛛を見つけた。


 ガイは俺とほぼ同時に気づいたみたいだけど、アリスはまだ気づいていないっぽいな。


「アリス。あそこにポイズンスパイダーがいるよ」

「えっ、どこ?」


 俺が樹上を指差して教えると、アリスは足を止めて指先を目で追った。


「……やだ」

「やだ?」


 アリスの呟く声につられて隣に視線を向けると、さっきまでそこにいたはずのアリスがいない。


 シャツが後ろに引っ張られる感触に、首ごと視線を後ろへと回す。


「どうして俺の後ろに隠れてんの?」

「……だって、あの蜘蛛気持ち悪いんだもん」

「いやよく見ると実は可愛かったり……」


 視線をアリスから樹上にいるポイズンスパイダーへと移す。


 黒水晶の様なきれいで大きな単眼が二つ、クリッとこちらを見つめている。八つある足は女性が羨むほどすらりと細長く、しかし残念なことにとても毛深いそれはまるでおっさんの足のようだ。そして体中はふさふさと触り心地の良さそうな体毛で覆われていて、体表は毒々しい紫で彩られている。そして――


「うん、ごめん。俺でも気持ち悪いって思う」


 どう足掻いても蜘蛛は蜘蛛。無理に可愛く見ようとした結果、もっと気持ち悪く見えてきた。なんだあの見た目。


 でも意外だな。アリスってたまに男の子っぽいところもあるから、多少見た目が気持ち悪い系の魔物でも大丈夫だと思ってた。派手な魔法とかドラゴンとか冒険譚(ぼうけんたん)とか好きだし。


「あ、なんか狙われたかも」


 そんなしょうもない事を考えていたらポイズンスパイダーと目があったような気がする。


 あの澄んだ瞳で見つめられると――ってそれはもういい。


「アリス。ちょっと放して欲しいんだけど」

「……」


 無言の抗議、そしてシャツを握る力が強くなった。むしろ背中にぴたっとくっ付いているような。


「お前ら何してんだ」


 ガイが俺たちを呆れた眼差しで見ている。


 そうこうしている間にポイズンスパイダーがおしりの辺りから網状の糸を出して俺目掛けて飛びかかってきた。


「あーもう」


 アリスは俺の後ろに隠れたまま動きそうにないし、ガイはたぶん本当に危なくなるまでは手を出さないだろうから俺がやるしかない。


 目の前には網目状の糸が広がっていて、その奥には足を広げて腹を見せている蜘蛛がいる。


 俺は腰に下げていた鞘に左手を添えて、右手で柄を握りしめ、抜剣と同時に炎を纏わせる。


 まずは頭上への斬り上げで網目状の糸を焼き払い、次に上段からの斬り下しで蜘蛛を体の中心から真っ二つにした。


 焼けて半分以上が灰になった糸と、左右に別れた蜘蛛の死骸が俺たちを避けるようにして地面に落ちる。


「お前が倒したら意味無いんだけどな……」


 俺が一人で倒すところを見ていたガイが肩を竦めた。


「しかしアリスがこの手の魔物が駄目とは思わなかったな。ま、こういうのも経験か。よし、この森には他にも気持ち悪い魔物がいるからそいつらと戦って慣れてもらうぞ」

「師匠。私、もう帰りたいです……」

「だめだ。そのうち慣れる」

「……」


 二人のやりとりを聞いていた俺はもう一度背後を伺う。


 ガイの無慈悲な命令に、アリスはこの世の終わりを告げられたかの様な絶望の表情を浮かべていた。




 倒したポイズンスパイダーを袋に入れて、他の得物を探す。


 大きなムカデや芋虫、蛾や蜂、果てはわけの分からないアメーバ状の生物など。


 それらと遭遇するたびにアリスは悲鳴を上げながらも時には剣で斬りつけ、またある時には魔法を使って倒していた。


 新たに現れたムカデの魔物にアリスが狙いを定め、剣を突き出そうとしたその瞬間。


「うわぁ――」


 遠くの方から小さな叫び声が聞こえた。


 叫び声に気を取られたアリスは攻撃の手を止める。その隙に魔物は叫び声の方向から遠ざかる様に逃げ出した。


「行くぞ。二人は俺の後ろについてこい」


 ガイは叫び声の聞こえたほうへと迷わずに駆け出した。


 俺とアリスは無言で頷き、ガイの後を追う。


「やめろ! くるな!」

「うわあぁ!」

「なんでこんな奴がこの森にいるんだよ!」


 段々と鮮明に聞こえてくる男たちの声は驚愕と絶望に満ちていた。


 俺たちは木々の隙間を抜けて森の中にできた円形の空き地に飛び込む。


「わっ!?」


 視界に映るのは三人の男を追いかける十体以上のポイズンスパイダー。


 アリスの声からは目の前の蜘蛛たちを見たくないという思いが伝わってきた。


 いち早く状況を把握したガイは、蜘蛛たちを斬り飛ばしながら叫んで逃げ惑う男たちのもとへと駆ける。


「お前たち、怪我してる奴はいるか?」


 目の前にいた蜘蛛を全て斬り倒したガイは、男たちに声をかけた。


「あ、あんた。一体……」

「俺。あの蜘蛛に、腕噛まれて……」

「まだだ! まだあいつがいる!」


 一人は突然現れたガイに驚き、一人は負傷した腕を庇い、一人は背後を振り返り逃げてきた先を睨みつけている。


 俺は腕を噛まれたと言っている人のところに向かった。腰に巻いていたポーチから解毒薬を取り出す。それを傷口へとかけて、残りを飲むように手渡した。最後に軽く治癒魔法をかけて応急処置を終える。


「すまねぇ、助かった」


 怪我を負っていた男が多少顔色を回復させて俺に礼を言ってきた。


「いえ、一体何が――っ!」


 言いかけた言葉を飲み込んで、突き刺さるような殺気を放っている相手へと振り向く。


 男たちが逃げてきた先、そこには一体のポイズンスパイダー。


 だが、明らかに異質。


 大人の背丈を越えるほどの巨躯。死を想像させるような黒に近い紫のボディ。前足にはポイズンスパイダーの死体が刺さっている。他にも蜘蛛の足が飛び出ている繭が数個、背中の上に積まれている。


 おそらく先ほど男たちを追っていたポイズンスパイダーたちは、この魔物から逃げていたのだろう。


 通常の個体とは一線を画した、おそらくは特殊個体と呼ばれる魔物が、そこにいた。

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