157 激闘
「その力、見た目の違いはあるが俺たちとお仲間ってところか。しかしそれをどうやって手に入れた?」
ウィリアムはなんてことない風を装ってはいるが、ベルから感じ取れる魔力が劇的に上昇しているため警戒を強めた。
「素直に答えるとでも」
「答えんだろうな。無理やりにでも吐かせたいところだが、捕らえたところでどうせしゃべるまい」
悪魔球を使って自身を強化する技術はヴィルダージュ内でも秘中の秘。完全に同じではないが類似する能力を使った敵を確実に始末しなければと、ウィリアムは剣を持つ手に力を込めた。
「斬り結ぶ前に一つ訂正してもらおうか」
ベルはどうしても我慢ならないとばかりに口を開いた。
「私は聖教会アレクサハリンの聖騎士ベル。セレン様の剣であり盾。たとえ同じ悪魔の力を使っていようとも、おまえたちの仲間などと言われる筋合いはない!」
「はっ、なにが違う。なにも違わないさ!」
嘲笑とともにウィリアムがベルへ斬りかかる。先ほどとは違い、ベルはその攻撃を難なく受け止めた。
ベルとウィリアムの強化は顕著で、二人の戦いは地面を離れ、空中戦へと移行していた。互いの飛行速度は亜音速の域へと突入し、一合剣を交わすだけで周囲へ衝撃波をまき散らす。
一方ウィリアムを除いたヴィルダージュの騎士二十二人は、倍近い人数差にものを言わせてアルバたちを取り囲んでいた。
そんな中でアルバとレイザーは背後からの攻撃を受けないようにと、互いに背中を預け合うようにしていた。二人は敵の猛攻をしのぎながら的確に反撃をしているため、一見すると互角に戦えているようにも見える。だが実際のところは傷が増えて体力も削られているため、このままでは数に押されて敗北する未来しかない。
「レイザー、古竜の秘薬は持っているな」
「それはまあ。え、もしかして使うんですか……」
レイザーは古竜の秘薬の試作品を試した冒険者の一人だ。ゆえにそれがどんな味をしているのか身をもって知っている。その筆舌に尽くし難い味を思い出して少し顔色が悪くなった。
「いま使わずしてどうする」
「ですが副作用の問題は?」
「そんなこと百も承知だ。応援がやってくるまでもてばいい。それともおまえは使わずして死ぬ道を選ぶのか」
アルバは現状のままでは応援が来るまで耐えることすら難しいと感じていた。そしてそれは一緒に戦っているレイザーも感じていたことだ。だからこそレイザーは秘薬を使うことに難色を示しても、使わないという選択はしなかった。
「できれば使いたくなかったんだけど」
レイザーは敵の攻撃の間隙を縫うように、二度と飲みたくないと思っていた秘薬を懐から取り出して一気に呷った。吐き出さないように気合で耐える。その隣ではアルバが平然とした顔で秘薬を飲み干していた。
古竜の秘薬を飲んだ二人の体から白い湯気のようなものが立ち昇る。呼吸は荒く、瞳が充血して血管が肌に浮かび上がった。
「「おおおぉぉっ!!!」」
二人は雄たけびを上げて理性を失った狂戦士のように暴れ回る。アルバの拳が敵の鎧を砕き、肉をえぐり、血をまき散らす。レイザーの槍が敵の剣と盾を破壊して首を刈り取った。
二人の変貌ぶりに怯んだのか、ヴィルダージュの騎士たちの攻勢が弱まる。
その様子を上空から見ていたウィリアムが舌打ちをした。
「ちっ、あいつらなに弱気になってんだ」
「よそ見をするとはずいぶんと余裕ですね」
ベルは黒翼を大きく広げ、ウィリアム目がけて墜落するように斬りかかった。その攻撃を防いだウィリアムだったが、勢いに負けて地に足を着けることになる。
「ベルっ!」
細かい指示などいらないとばかりにセレンはベルの名を叫んだ。
天使の加護を発動させてセレンが放った人間大の聖火が、地面に縫い付けられたウィリアム目がけて一直線に飛んでいく。ずっと機会を見計らっていたセレンの渾身の一撃。
ウィリアムは力任せに剣を振ってベルを追い払い、ギリギリのところで聖火を避けた。
「こざかしいまねを、先にてめぇを殺してやろうか!」
「いいえ、死ぬのはあなたよ」
セレンはウィリアムの背後を見つめ、勝利を確信した笑みを浮かべた。
ベルはウィリアムに払われたときに意図的に聖火の射線上に移動していた。そしてウィリアムが避けた聖火はベルの剣によって受け止められている。
それは以前、シヴァが使っているところを見たベルが自分には不可能だと悔しげに語ってみせた魔法剣に他ならない。
ウィリアムと高速戦闘を行えるベルだったが、ウィリアムの防御を突破することができずにいた。不足していたのは火力。それがいまセレンの協力を得て解消された。
ベルは一瞬でウィリアムへと距離を詰め、ありったけの力を込めて剣を横薙ぎに振った。
体勢を崩していたウィリアムだったが、さすがの反応速度で剣を眼前に掲げて防御の姿勢をとる。しかし、ベルの聖火をまとった一撃は容易く防御に用いた剣を焼き切り、その勢いのまま鎧ごとウィリアムを真っ二つに切り裂いた。
「バカなっ、どうしておまえのような無名の騎士に――」
魔王シヴァや勇者アリスといった名のある者に負けるのであれば納得ができる。そうでなくてもSランク冒険者のレイザーや剣聖の弟子であるライナーでも構わない。だというのに自分の命を奪ったのは名前すら覚えていない年下の女騎士。そんな相手に負けるなど認められる訳がないと、ウィリアムは死にゆくはざまで強く願った――全部消えてしまえと。
ウィリアムの上下に分かれた体が地面に落ちる寸前、悪魔球を使って一時的に得た”深淵”が、汚泥のような暗い感情に共鳴するかのように膨れ上がる。
「道連れにしてやる」
怨念のこもった声が呪詛となって相手を蝕む災禍を呼び寄せた。
ウィリアムの体から目が眩むほどの光が放たれ、そして――
灼熱の閃光がすべてを焼き払った。ウィリアムが引き起こした自爆はすぐ側にいたベルのみならず、周囲で戦っているすべての者を巻き込んだ。
自爆の直撃を受けたベルは魔人化による強化のおかげで即死は免れたが、それでも全身に重傷を負って膝を突いた。
ウィリアムとベルの戦いを注視していたセレンは自爆の兆候を察知してギリギリのところで結界を張るのに間に合った。治療中の仲間たちを覆うほどの巨大な結界を張り、大爆発の直撃を避けることに成功したのだ。
自分たちの戦いに意識が向いていたアルバとレイザー、ライナーとシンディ、合同部隊の四人、そしてヴィルダージュの騎士たちは防御が間に合わず、少なくない被害が出た。
特に古竜の秘薬や魔人化といった強化をしていないライナーとシンディ、合同部隊の四人は戦闘を続けることが困難なほどのダメージを受けていた。
四体の精霊はシヴァとアリスを守るために大量の魔力を消費したため肉体を維持することができず、アリスが持つ魔石の中へと帰ってしまった
ウィリアムに匹敵する強さを見せたベルは重傷で動けず、ライナーたちも虫の息。まともに戦えるのはアルバとレイザーの二人だけ。その二人も多くのけがをしており万全とはいえず、さらに時間がたてば古竜の秘薬の副作用で自滅する。セレンも無事ではあるが、直接的な戦力という意味ではあまり当てにならない。
対してヴィルダージュの騎士はアルバとレイザーが三人ずつ、ライナーとシンディが一人ずつ、精霊たちが合わせて二人を倒しはしたものの、未だ十二名が健在だ。騎士団をまとめる立場にあるウィリアムが戦死してヴィルダージュの騎士たちに多少の動揺は見られるものの、戦況は以前としてヴィルダージュが優勢だった。
「くそっ、さすがにこれ以上はもたねぇぞ……」
「なに諦めてんスか。まだ生きてる。体も動く。だったら戦える!」
秘薬の効果が切れかかり動きが鈍くなってきたレイザーが弱音を吐いた。そこへライナーが理屈を無視した気炎を上げる。
ライナーはボロボロになった体に鞭を打ち、いつ倒れてもおかしくない状況で、それでもヴィルダージュの騎士たちへ猛攻を仕掛けた。
死が間近に迫ったことで、ライナーの意識はかつてないほどに研ぎ澄まされていた。それこそ自らの限界を超えて遙かな高みへと一足飛びに飛翔するように。
あと一歩。手を伸ばした先に、光り輝く覚醒という栄光が見えた。しかしそれを掴み取る前にライナーの肉体が限界を迎える。
「くそっ、どうして……」
どれだけ強い意志があろうとも、意志の力だけで肉体の限界を突破することなどできるはずもない。
ライナーが地に倒れ伏したことで戦線は完全に崩れた。もはや立て直すことはできない。
ヴィルダージュの騎士の一人がライナーの命を断たんと剣を突き出す。
そこへ熱風が舞い込んだ。手足に烈火をまとわせた戦乙女が、出会い頭の一瞬でライナーを殺そうとしていたヴィルダージュの騎士を消し炭へと変える。
「ギリギリ間に合ったかしら?」
「ティナ様!」
セレンが歓喜の声を上げる。アルバとレイザーもようやく来てくれたかと安堵の息を漏らした。
それからすぐにアルバとレイザーの二人はティナが攻撃に専念できるように立ち回った。時に自身の身を盾にして敵の攻撃を防ぐ。
二人の献身のおかげでティナは防御を捨て攻撃に専念することができた。舞を踊るような優雅さと、戦場を駆ける死神のごとき恐ろしさで次々と敵の命を刈り取っていく。
ヴィルダージュの騎士の中でティナを上回る実力者はおらず、かといって数にものをいわせてティナを包囲しようにもアルバとレイザーが邪魔をする。
結果としてティナの手によってヴィルダージュの騎士たちは一人ずつ各個撃破されていった。
さらにティナに遅れるかたちにはなったが三人の天使が合流したことで勝敗は決した。
ヴィルダージュの騎士がすべて倒れたところで、アルバとレイザーが飲んだ秘薬の効果が切れて二人とも膝を突く。
「ありがとうございました。ティナ様」
「いいのよ。本当ならもっと早くあなたたちと合流するはずだったのに、それができなかったのはこっちの落ち度なんだから」
どこか申し訳なさそうにしているティナを見てアルバはあることに気づいた。
ヴィルダージュの騎士たちとの戦いではティナがけがを負うようなことはなかった。だというのにティナの体は傷だらけで、軽鎧も破損している。背中に広がる翼も純白ではなく、全体的に薄灰色へと変化していた。それはティナだけではなく、後からやって来た三人の天使も同様だった。
「そのけがは一体?」
「……仲間割れが起きたのよ。詳しい話は戻ってからにしましょう」
玉座の間の戦いは激しさを増していた。
ギルバードは剣を用いた接近戦と、手数を重視した無詠唱魔法の数々で絶え間なく攻撃を重ね続ける。しかしギルバードがどれほど苛烈に攻めようとも、いまだにアスラが張る結界を突破するには至っていない。
「守るのは大層上手みたいだが、そればかりでは芸がないぞ!」
結界という名の殻に閉じこもってばかりいるアスラを引っ張り出すように、ギルバードが挑発する。
アスラはこれに不敵な笑みで応じた。
「そうだな。十分にそなたの実力を見せてもらった。今度は余の番だ」
アスラは”天照”で強化した結界を解除して、初めて自ら攻撃の構えをとった。
「それじゃあお手並み拝見といかせてもらおうか」
ギルバードは変わらずに攻勢を貫いた。結界が消えたいま、ギルバードの攻撃を遮る物はなにもない。同時に十以上の突きが放たれ、さらに火、水、風、土、各種属性の魔法がアスラの全方位から降り注ぐ。
剣に貫かれるか、魔法の餌食となるか、どちらにしろアスラが無傷で済むはずがない。しかしギルバードが想像していた未来はあっさりと覆された。
アスラはギルバードが放った魔法のことごとくを同種の魔法で相殺してみせた。それだけに留まらず突きを自らの剣で防ぎきると、反撃として放った斬撃でギルバードの剣を破壊してみせた。
「――っ!?」
「なにを驚いている。これぐらいできて当たり前であろう」
相手の武器を破壊したアスラはそれを誇ることなく、淡々とした口調で語る。
ギルバードはすぐにアスラから距離をとり、視線を落として自らの剣の状態を確かめる。剣は半ばから折れていて、欠けた剣先はアスラの足元に転がっていた。
「武器がその状態ではまともに戦うこともできまい。おとなしく首を差し出せ」
だが武器を壊されてもギルバードは戦意を失っていなかった。むしろここからが本番だとばかりに強気に返す。
「武器が壊れた? だからどうした!」
ギルバードがそう言うのと同時、アスラの足元に転がっていた折れた剣先が鋭い針の様に姿を変えた。勢いよくアスラの顔面目がけて針が飛ぶ。
アスラはさすがの反応速度でそれを躱したが、頬に一筋の裂傷ができていた。針は空中で反転し、再びアスラへと襲いかかるが今度は極小の結界を展開して防いだ。
ギルバードは針を自身の下へ呼び戻すと、折れた剣と融合させて槍の形に作り替える。
アスラはその様子を興味深く観察していた。
「なんだ戦神流と戦うのは初めてか」
「ふざけたことを。戦神流は複数の武器を使い分けて戦う流派であろう」
「ずいぶんと古い知識だ。いまの戦神流はこうやって戦うんだよ!」
ギルバードは一瞬でアスラとの距離を詰めて神速の突きを放つ。
アスラは初撃を回避し、続く二撃目は剣で弾いたが、三撃目からは肉体が追い付かず結界での対応を余儀なくされる。アスラが前方に張った結界と槍先がぶつかり数多の火花が散った。
ギルバードは突きから薙ぎ払いへと攻撃を繋ぐ。アスラはこれを側面に展開した結界で防いだが、しかしギルバードの槍が鞭の様にしなり、槍先が結界を迂回してアスラの背後に迫った。アスラはこれを横に大きく飛んで回避する。
「厄介だな。しかしそれだけだ。対処仕切れぬほどでもなく、結界を破るほどの重さもない」
「だったらこれはどうだ」
ギルバードは武器を再び槍の形に戻してから攻撃の手を止め、腰を落として溜めをつくる。
あまりにも隙の大きな構え。
アスラがそれを見逃すはずもなく、魔法の乱舞がギルバードを襲った。
だがギルバードは結界で防ぐことも躱すこともしなかった。多くのダメージを受けながらも、ただ己の力を高めることだけに意識を集中させている。
次の瞬間、閃光が結界を突き破り、アスラの鎧を砕いて脇腹を小さく抉った。遅れて空気が破裂したような音と、ギルバードが地面を踏み抜いて砕いた音が響く。
未来予知にも似た直感に従い、アスラは体を横へとずらしていたためギリギリのところで致命傷を受けずに済んだが、もし回避行動をとっていなかったら腹部に大きな穴ができていたことだろう。
脇腹から流れる鮮血を一瞥して、アスラは自身の認識が誤っていたことを認めた。
「――前言を撤回しよう。そなたは強い。ゆえにここで確実に死んでもらう」
「いいや、死ぬのはおまえだ」
武器を槍に作り替えたギルバードがアスラに猛攻を仕掛ける一方で、ガイはミツルギの攻勢を必死に防いでいた。
同じ剣神流の使い手。しかし積み重ねてきた年月があまりにも違いすぎる。その差が当然の結果として戦いの趨勢を決めていた。
ガイは相手が必殺の一撃を放とうとする予兆を見抜いて、それを阻止するのがせいぜいだった。
「黒金に宿った剣聖たちから伝え聞いてはいたが、なるほどこれが剣神か」
ガイはミツルギと剣を交わしていくなかで、なぜ剣神流の二代目が自らを剣神ではなく剣聖と名乗ったのかを理解した。
二代目は剣神流を受け継ぐにふさわしい剣の腕前であったが、それでも開祖である剣神ミツルギには遠くおよばなかった。それゆえ自ら剣神と名乗ることができず、しかし弟子たちにそのような弱音を見せるわけにもいかない。そこで二代目は自らのことを剣聖という名で呼び始め、いつしかそれが黒金とともに受け継がれていった。
そして剣神ミツルギは超えることのできない存在として、黒金に宿る剣聖たちから畏れられていた。
黒金を受け継いで日の浅いライナーはそのことをまだ知らない。しかしガイは長い時の中で剣聖たちの記憶を共有し終えていた。
「しかしこれは――」
「剣神か、なつかしい響きだ。そう呼ばれなくなってずいぶんと経つ。まあそれはそれとして、剣聖ガイよ。そなたであればむかしの我のこともある程度知っていよう? そこで一つ聞かせてはくれないか。むかしの我といまの我、どちらの方が強いと感じる?」
ミツルギが戦いの手を止めて問う。
「……記憶の中のあなたより、いまのあなたの方がはるかに強いと感じる」
ガイは同じ剣の道を歩む者として、敵であるはずのミツルギに敬意をもって答えた。
「そうか、それを聞いて安心した。なかなか技を競い合える者と出会えずいたので、衰えてはいないかと心配だったのだよ。我もまた成長できているようだ」
黒金に刻まれたミツルギの記憶はおよそ五百年前のもの。それから長い年月を経てミツルギの技はより洗練されていた。
剣神流は五百年前にミツルギが広めたものだが、それはつまりミツルギと剣神流がはるかむかしに枝分かれしたともいえる。芯となる部分は同じだが、枝葉は異なる進化を辿り、似て非なるものとなっていた。
「しかしそうなるとそなたが”黒金”を手にしていないのが悔やまれる。我は当代の剣聖と全力の死合いをしたかった」
ミツルギは誰に聞かせるでもないといった様子で呟いた。そこには落胆の色がうかがえる。
剣を極めるために人の身を捨てたミツルギにとって、黒金を手にした剣聖との戦いは長年の悲願。なにせミツルギが自らの技を剣神流として広めたのは、自身を超えうる剣士を生み出すためなのだから。
もともとミツルギは戦神流の弟子として修業をしていたのだが、特に剣の才能に溢れた子どもだった。その腕前は十になったばかりのまだ幼いと呼べる頃にはすでに自らの師匠を超えていた。
それ以降ミツルギは師匠の下を離れ、他の武器には目もくれず、剣一本に生涯を捧げる道を選んだ。だがその道は孤独だった。技を競い合うライバルと呼ぶべき存在に出会うことなく、黙々と一人で修練を積むようになった。
しかしどれだけ一人で剣技の修練を積んだとしても、それだけでは究極の剣技足りえない。自身に匹敵しうる剣士と戦い、それを打ち倒すことで初めて次の領域に、剣の極みへと至ることができるとミツルギは考えた。
だがミツルギが老人と呼ばれるほどの年齢になっても、ついぞ剣技を競い合えるような相手は現れなかった。人の身であるミツルギも老いには勝てない。あと数年、長くとも十数年後には死ぬさだめ。そんなとき、ミツルギは期せずしてグレイルと出会う。
グレイルから提案された悪魔の力を人間の身に宿す実験。成功すれば死を超越した存在になることができ、失敗しても死ぬだけ。成功した暁にはグレイルの協力者になるという契約ではあったものの、寿命が近づいていたミツルギはこれに飛びついた。
常人であれば耐えることができずに発狂して死ぬような実験を、ミツルギは尋常ではない精神性をもって耐え抜いた。
さらに伝説に聞く”黒の隕鉄”を使った魂を刻む武器があれば、歴代の剣士の技術を受け継いだ最高の剣士を生み出すことができるのではないか。そう考えたミツルギは素材を集め、自ら剣を打ち、剣神流を受け継ぐ弟子に与えた。
すべては最高の好敵手を生み出すために。
だというのに現在の黒金の持ち主であるライナーは未だ未熟。それであれば当代の剣聖であるガイが黒金を持っていればと考えるのは仕方のないことだった。
そんなミツルギの背景を知らないガイは見当違いな解釈をした。
「武器の性能差で勝負が決まるとでも?」
「そういう話ではないのだが。しかしこちらは”神鉄”を使った剣、そちらは優れてはいてもただの名剣。差があることは確か。これでは公平な勝負とは言えんな」
「おかしなことを言う。戦場において公平な勝負になることの方が希だろう」
「たしかに、それもそうじゃのぉ」
戦いの手を止めていたミツルギが構えをとった。
ガイはこれまでの戦いから、ミツルギのペースで戦うとジリ貧になることがわかっていた。ゆえにここで勝負にでる。
ガイがミツルギの周囲を円を描くように疾走する。少しずつ速度が上がっていき、視認することが困難なほどの速さになるとガイの姿がブレて残像が現れた。
「いくぞ、剣聖奥義――”刃牢”」
ミツルギの前後左右に現れた四人の残像が同時に剣を振るう。幾重にも重ねられた剣閃は格子状を描き、抜け出す隙間のない牢獄を作り上げた。鉄格子の役目をかねている飛ぶ刃が、牢獄の中心に居るミツルギに向かって殺到する。
跳躍して上に逃げる道も残されてはいたが、それこそが罠。身動きの取れない空中を狙われた場合、いくらミツルギとて対処は難しい。瞬時に相殺する判断を下したミツルギの口元は楽し気に歪んでいた。
ミツルギは一瞬の間に、ガイが放った格子状の刃を正確になぞるように全方位に向けて数百の剣閃を描く。
両者の間で数多の斬撃がぶつかり合い、不協和音を奏でる。
「これしきで仕留められるとでも?」
「ああ、無理だろうな」
剣神流の開祖であればそれぐらいできて当然だろうと、ガイは冷静に返した。
先の”刃牢”はただの時間稼ぎ。その間にガイは次の一手を準備していた。つまり自らが放てる最強の技、剣神流の奥義たる”天地求道剣”を。
「自ら生み出した技で死ぬがいい」
出せば必ず相手を殺す。それゆえに必殺。例え相手が最強の剣士であろうともそれは変わらない。
すでに大上段に構えて”天地求道剣”を放つ寸前のガイと、”刃牢”の相殺をしたばかりで構えのとれていないミツルギ。
ガイが刹那の間に距離を詰めて剣を振り下ろし、ここに勝敗は決した。
「――ばかなっ!?」
そう、これが並の相手であればガイの勝利は揺るがない。
しかしガイが相手をしているのは五百年以上の年月をただ剣を極めるためだけに費やしてきた狂人。
後から動いたはずのミツルギが”天地求道剣”を放ち、真っ向からガイと打ち合った。
ミツルギが放った”天地求道剣”は本来の威力に届いてはいないが、それでも全力のガイの攻撃を九割ほど相殺することに成功した。
相殺しきれなかった分の威力がミツルギを襲い、左肩を抉って血しぶきが上がる。
「血を流すのはいつぶりかのぉ」
ダメージを受けたはずのミツルギが笑い、攻めていたガイが目を大きく見開いた。
「先に攻撃していたはずなのになぜか鏡写しのように相殺される。ゆえに名は”鏡撃”。我を仮想敵として鍛え上げた技はいかがかな」
「化け物め……」
ミツルギから距離をとってガイは小さく呟いた。そこには目の前の敵に勝つ未来がまったく思い描けないといった絶望がこめられている。
さらに追い打ちをかけるようにガイの持つ剣が半ばから折れた。
「やはりただの名剣程度では我らの打ち合いに耐えきれぬか」
その後も半ばから折れた剣を駆使して防御に集中していたガイだったが、ミツルギの猛攻を凌ぎきれずに傷が増え始める。
「ガイ!」
声に引かれてガイがそちらへ視線を向ける。するとギルバードは自分の武器を剣に作り替えて、あろうことかそれをガイに向かって投げ飛ばした。
ガイはとっさに飛んできた剣を空中で掴み取る。右手にギルバードが投げた長剣、左手に折れた剣を持ち、ガイはミツルギの苛烈な攻めを受け流す。
「守りに入った双剣使いを崩すのはなかなか骨が折れそうじゃのぉ」
ミツルギは敵が強いほど、倒すのが困難なほど燃え上がるたちのため、そう言いながらもどこか楽しげだ。
「仲間を助けるために自身の武器を渡す、その心意気は見事。だがそれは自分の首を絞める行為ではないか?」
「なに言ってんだ。武器ならそこら中にあるだろ」
ギルバードはアスラに軽口を返しながら、足元に魔力を流し込み、即席の武器を作り上げる。金属に似た素材でできた床が大量の矢に姿を変えてアスラに襲いかかった。
ギルバードの操る武器はどのように姿を変えるか予想が困難だ。そのためアスラは矢を打ち落としたり破壊したりといった不確実な方法は選ばず、全方位に展開した結界で大量の矢を防ぐ。
「先の一撃ならまだしも、このようなもので余をどうにかできると思っているのか」
「そんなこと考えちゃいないさ。だが次はどうかな?」
ギルバードは戦場に落ちていた武器、ライオットの戦斧を拾い上げて大きく跳躍した。体勢を入れ替えて天井に足をつけ、先ほどと同じように足元から魔力を流し込むと変化はすぐに訪れた。ギルバードの足元が大きく凹み、代わりに槍先だけで人間の倍の大きさはありそうな巨大な槍が生まれた。
その竜ですら串刺しにできそうな槍が、アスラ目がけて飛来する。
アスラの脳裏に先ほど脇腹に受けた一撃がよぎる。仮にこの攻撃が”天照”で強化した結界を打ち破るほど強力であった場合、ほぼ確実に死ぬであろうと判断してアスラは回避を選んだ。
しかし巨大な槍はただの目眩まし。その後を追ってきたギルバードがアスラに向かって一直線に迫る。
アスラもギルバードの直接攻撃を回避することは不可能と判断して迎撃体勢をとった。上空から稲光のような速度で迫るギルバードを、アスラは下段からの切り上げで迎え撃つ。
巨大な槍が轟音を響かせて床を破壊する。その威力は凄まじく、空島の底に届くほどの亀裂が生まれて玉座の間から海が見えるようになった。
その横ではアスラがギルバードの攻撃を受け止めていたが、その足元は大きく陥没して蜘蛛の巣状の深い亀裂が走っている。
「これほどまでに追い詰められたのはグレイルとミツルギ以来だ」
「そういう割には余裕そうじゃねーか」
二人は一度大きく距離をとったのち、真っ向からの激突を選択した。二人の攻撃の交差点。そこに転移魔法の歪みが生まれた。
「ちょ、ちょっといきなりなんですかぁ!?」
転移してきたグレイルは突然の挟撃に悲鳴を上げる。
アスラもギルバードもグレイルが現れたからといって攻撃を止めたりはしない。むしろ仕留められるのであれば儲けものとばかりに踏み込んだ。
アスラの攻撃でグレイルの首が飛び、ギルバードの攻撃で顔面が左右に分かれた。
「ちっ、逃げられたか」
ギルバードは舌打ちをしてアスラの背後を睨む。
先ほど二人が攻撃したものはグレイルの残像。本体はアスラの背後へと連続転移をしていた。
「わりと本気で殺しにきてませんでした?」
「気のせいだ。それに余がこれまで本気で仕留めようとしても殺せなかった男がなにをいっている」
「……まあいいですけど。それよりもまだ殺してなかったんですね。必要なら手を貸しますよ」
「いらん気遣いをするな。下がっていろ」
グレイルはやれやれと大げさに肩をすくめてみせ、アスラに言われたとおり距離をとる。
「ミツルギ、そなたも下がれ」
「せっかく興が乗ってきたところだというのに」
「続きはやつの弟子にしてもらえ」
「あまり期待はできんのだがのぉ。それより部下たちの回収はどうするんじゃ?」
「ウィリアムとは連絡がつかない」
部下が命を落としているかもしれないというのに、アスラは淡々とした口調で答える。
「なんだ、やつら負けたのか?」
「そういうことだろう。勇者と魔王は倒れたまま動けまい。そうなると副ギルド長が意地を見せたか、あるいは……」
アスラの脳裏に聖女候補を守っていた女騎士の顔が浮かんだ。予想外の伏兵というのはどこにでもいる。こういうとき、誰も注目していない人物が意外な活躍をするものだとアスラは経験則で知っていた。
「まあ誰が討ったかはどうでもよい。勇者たちに逃げられたのは事実」
ギルバードとガイが命がけで戦っていたのはシヴァたちを逃がすための時間を稼ぐため。だからこそアスラの発言を受けて、二人は安堵の息をこぼした。
「代わりと言ってはなんだが、戦神と剣聖にはここで確実に退場してもらう」
「そう簡単にやれると思うなよ」
ギルバードが強気に返すが、アスラは悠然とした態度を崩さない。
アスラは自身の周囲に大量の”天照”と”深淵”を生み出した。無色の光と漆黒の闇は螺旋を描きながら、天にかざしたアスラの手のひらに集まる。二つの力は反発し合い、白と黒の火花を散らす。だがその反応は徐々になりをひそめ、やがて黄金に輝く大きな球体へと姿を変えた。
「余ですら持て余す力ゆえ使用を控えていたが、冥土の土産に見せてやろう。神すら殺しうる力を――」
刹那、玉座の間に光が満ちた。