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156 黒翼

 シヴァとステラの二人が放った”アビス・ブレイク”の影響で、玉座の間はいつ崩壊してもおかしくない有り様となっていた。


 特にシヴァが”ブレイブ・グローリー”で壁面に開けた横穴は、空島の下に広がる大海が見えるほどの大穴へと姿を変えている。


 がれきが天井から落ちる中、ライナーとセレン、ベルの三人が倒れたシヴァの下へと駆け寄った。


 シヴァから流れ出た血は床に広がり、隣で意識を失っているアリスまでも汚していた。


 セレンは血で汚れるのも構わずにシヴァの側で膝を突いた。


「セレン、アニキは!」


 一目見てシヴァの状況を理解したセレンは息を飲んだ。ライナーに返事をする手間さえ惜しんで、シヴァのポーチから回復薬を取り出し、それを胸の傷口に振りかける。それで出血が止まり、多少なりとも肉体の再生が起きてはいるが、一度死んだ人間が回復薬をかけただけで生き返るはずもない。


「なに勝手に死んでんのよ。あんたが居なくなったらアリスが悲しむじゃない。それに――」


 セレンは言葉にならない気持ちを飲み込み、シヴァの胸元に両手を乗せた。理性ではもう助からないと、そんなことをしても無駄だとわかっているのに、それでもありったけの魔力を込めて”リカバリー”をかけ続ける。


 泣きそうになるのを堪えるようにしながら治療を続けるセレンの姿を見て、ライナーとベルはシヴァがもう助からないのだと悟り、ぼうぜんと立ち尽くした。


 ガイにとってシヴァは義弟であり、半ば息子のようにも思っていた存在だ。そんなシヴァの死を前にしてガイが冷静な判断などできるはずもなく、考えるより先に体が動いていた。


「貴様ぁぁぁ!」


 ガイが一瞬でステラとの距離を詰め、あらん限りの力を尽くして必殺の一撃を解き放つ。そこにはミツルギの”天地求道剣”に匹敵するほどの破壊力が込められていた。


 魔王ステラの体が紙くずのように左右に引き裂かれる。ガイが放った斬撃は刃から離れても威力を落とさず、離れた床や壁に巨大な爪痕を創り出した。


 だがしかし、それだけの攻撃をもってしても魔王ステラの不死性を打ち破ることは叶わない。


 ステラは瞬時に肉体を治して虫を払うようなしぐさで手を振った。追撃の体勢に入っていたガイは不可視の津波に飲み込まれて大きく吹き飛ばされる。


 空中で身動きのとれないガイに向けてステラが手を伸ばし、止めを刺さんとしたところで不自然に体を硬直させた。


 その隙にアリスに協力しているウンディーネが、不可視の津波を打ち消してガイを助け出した。


 床に降りて体勢を立て直したガイは放っておけば再び怨敵へと突撃しそうな勢いだ。そこへギルバードがガイの肩に手を乗せて待ったをかける。


「冷静になれ。無策であれに突っ込んでも死体が増えるだけだ」

「そんな事わかってる! だが――」

「わかってないから止めてんだろうが!」


 ギルバードはガイの言葉に被せるようにして怒鳴り、荒っぽい手つきでガイを後方へと突き飛ばした。


 そこまでされてようやくガイは冷静さを取り戻した。


 それらのやりとりを蚊帳の外から眺めていたグレイルは、ステラがガイへ追撃をしなかったことに違和感を覚えた。ステラの側に近づき、顔色をうかがうように声をかける。


「ステラ様、どうかなさいましたか?」


 ステラは伸ばしていた自分の手を忌々しげに睨み付ける。それからだらんと力を抜いて腕を下ろし、あろうことか敵に背を向けた。


「……きょうがれた。グレイルよ、私のために国を用意したと言ったな。案内せよ」

「それは構いませんが、あちらの人間たちはもうよいのですか?」

「興が削がれたと言ったであろう。あとはそなたの好きにせよ」


 グレイルは急に態度を変えた主に多少の戸惑いを覚えた。しかし、グレイルにとって優先すべきはステラのみ。それ以外のことはどうでもいいと、すぐに気持ちを切り替えた。


「かしこまりました。それでは残りはわたくしの協力者に対応させるとしましょう。二人とも後を頼めますか」

「いいだろう」


 アスラは短く答え、ミツルギは委細承知とばかりに頷きを返した。


「それではステラ様。あなた様を奉る国、ヴィルダージュへご案内いたします。こちらへどうぞ」


 グレイルはシヴァを逃がさぬようにと張っていた転移封じの結界を解除してから、転移魔法でヴィルダージュへつながる道を作り出した。


 ステラはグレイルのエスコートで転移魔法の渦へ入り、玉座の間から姿を消した。その後を追うようにグレイルが続く。


 転移魔法の渦が完全に消えたところで、アスラがおもむろに口を開いた。


「さて、それでは続きといこうか」


 転移魔法を使えないアスラとミツルギは、グレイルが迎えにくるまで空島からヴィルダージュへ帰ることができない。


 つまりグレイルが戻ってくるまでの間、アスラとミツルギの二人だけでガイたちを相手しなければいけない。人数差ではガイたちの方が有利な状況。しかし、アスラとミツルギはそんなことは問題ではないと泰然たいぜんとした態度を崩さない。


 両者が再び激突する前に訪れた痛いほどの静寂。


 そんな中、突如としてシヴァの肉体が青い光に包まれた。何事かと敵味方問わずシヴァに注目が集まる。


 シヴァの胸に開いた穴に青い光が集中すると傷口が一瞬でふさがった。一度体を仰け反らせるようにビクンと体が震えると、その直後に血を吐き出した。最初は荒い呼吸を繰り返していたが、だんだんと落ち着きを取り戻していく。


 シヴァの側で治療を続けていたセレンは、突然の出来事に訳も分からず混乱した。シヴァの胸に手を当てると心臓の鼓動を感じることができた。さらに胸が上下に動いて息をしていることも確認できた。


「……蘇った? もしやセレン様が?」

「違う、あたしじゃない。治癒魔法はさっきから使えないままだし、使えても死んだ人を蘇らせるなんて無理よ!」

「それならいったい誰が……」


 ベルの疑問に答える声はなかった。


 だがこの場に居る全員が同じ答えに辿り着いていた。肉体が無い状態から完全復活を果たしたステラであれば、死者を蘇らせることも可能なのではないかと。


 そして同時にそれはありえないと受け入れることができずにいた。なぜなら自ら殺した相手を蘇らせる必要性などどこにもないのだから。


 あえて理由を考えるなら殺して、蘇らせて、また殺してと、何度も苦痛や絶望を与えてたのしむような場合だけだろう。ステラが敵の苦しむ姿に悦を覚えるタイプであればあり得たが、ステラがこの場に居ない時点でその可能性は低いといえる。


 ミツルギはやれやれと肩をすくめて苦言を漏らした。


「どうしたものかのぉ」

「さてな。蘇ったというのであればまた殺せばいいだけの話。詳しいことはあとでステラに、いや……あやつに聞いても無駄か。となればグレイルに責任を取らせればいいだろう」


 アスラは目の前で起きた出来事に対してさして気に止めることなく、蘇ったシヴァの下へゆっくりと足を進める。


 細かいことは戦いが終わった後で考えればいいと、ミツルギも頭を切り替えてアスラの後を追った。


「……撤退するぞ。当初の目的が果たせない以上、ここに残る意味がない」


 静かに迫り来る敵を前にして、アルバは険しい表情を浮かべる。グレイルを倒すことも、ステラの復活を阻止することもできなかった自らの不手際に歯噛みしつつも、これ以上の被害を出してはならないと撤退の指示を出した。


 それを受けてギルバードがあえて明るい声で答える。


「ま、妥当な判断だな。やつらの相手は俺に任せろ。あんたはシヴァたちを連れて船まで戻ってくれ。分かってると思うが俺の帰りは待たなくていいぞ」

「しかしそれは――」


 自分の役目だと。そう続けようとしたアルバだったが、ギルバードの覚悟を決めた顔を見て口をつぐんだ。


「誰かがやらないといけないことだ。気にするな」


 それからギルバードは未だ目を覚まさないシヴァを一瞥いちべつして小さく呟いた。


「それにあいつには借りがあるからな」

「借りだと?」

「部下たちと、それに愛する人を救ってもらった。だったら俺も命がけで助けないと釣り合わないだろ」


 それ以上は聞くなとばかりに、ギルバードはみんなに背を向けてアスラたちの方へと進み出た。


 遅れてガイが動いた。ライナーの側に近寄って何かを耳打ちしてから、ギルバードの隣に並ぶ。


 ギルバードはともに戦う意志を示してくれた戦友に感謝と申し訳なさを込めて軽口を叩いた。


「せっかく格好付けたってのにおまえってやつは」


 ガイはそれに答えず、ただ前を向いていた。ここでもしギルバードに不要だと言われても、ガイに引く気はない。


「……いいんだな」


 ギルバードは言外に死ぬかも知れないんだぞと念を押した。おまえには守るべき家族がいるだろうとも。


「俺とおまえの二人なら生きて帰れるかもしれないだろ。それに最初から死ぬ気はないさ」

「はっ、そりゃそうだ。俺だってここで死ぬ気はない」


 ギルバードは口の端を持ち上げるようにして笑った。


「という訳で引率は任せたぜアルバ殿。そいつら連れてさっさと逃げろ」


 ギルバードとガイがアスラとミツルギを牽制けんせいしている間に、アルバがセレンたちを連れて玉座の間から撤退した。その際に意識を失っているシヴァはライナーが、アリスはベルが肩に担いで連れて行った。


 玉座の間にギルバードとガイ、アスラとミツルギの四名だけが残された。


 一触即発の空気の中、ギルバードが時間稼ぎをするようにアスラへ話を振る。


「あいつらが撤退するのを待ってくれてたみたいだが、どういう風の吹き回しだ?」

「見逃した訳ではない。彼らを倒す算段はついている」

「なに?」

「そなたら二人がここに残る判断をしたのはこちらとしても好都合。彼らだけではウィリアムらを突破できまい」

「――っ!? そういうことか」


 すぐにギルバードはアスラの指示でウィリアムたちが古城攻略中に姿を消したのだと理解した。いますぐシヴァたちを助けに行きたいが、しかしそれを目の前の敵が許してくれるはずもない。


「あちらに意識が向くのも仕方ない事だが、いまはこちらに集中してはどうかな」


 そう言うとアスラは剣を持たない左手を二人へ向けて、一切の躊躇ちゅうちょなく爆破魔法を放った。




 玉座の間を脱したアルバたちは螺旋階段のある縦穴を飛行魔法を駆使して一気に駆け上る。空を飛べないライナーとセレンに関しては、アリスに協力しているシルフが面倒をみていた。


 縦穴を抜けた後は迷路のような古城を駆けていく。アルバが道筋を正確に覚えていたため、地図を確認することもなく一直線に出口へと向かう。その後ろにレイザー、シヴァを担いだライナー、アリスを担いだベルと続き、この中で一番足の遅いセレンが必死にみんなの背中を追いかけている。そんなセレンを応援するように、彼女の近くを四体の精霊が飛び回っていた。


「行きであれだけ倒したというのにまだ出てくるか」

「ザコがどれだけいたところで!」


 アルバとレイザーは足を止めることなく現れた魔物を次々とほふっていく。一撃で倒しきれない魔物もいたが、撤退を優先するため必要以上の追撃はしない。


 古城の入り口近くまで戻ってきたところで、レイザーが小さな異音を拾った。


「爆発の音か?」

「警戒を怠るなよ。おそらく近くで戦闘が起きている」


 アルバはみんなに注意を促して警戒を強めた。


 アルバたちが古城から出ると、すぐに音の正体が判明する。


 シンディ率いる聖教会とアルカーノの合同部隊と、ウィリアム率いるヴィルダージュの第二騎士団が戦闘を繰り広げていた。


 ヴィルダージュの騎士は総勢二十五人。アルバたちと別れてから一人も欠けていない。


 反対にシンディたちの方は連絡役の冒険者を含めて十名の部隊だったが、その内の半分が倒れて動けなくなっている。残る半数は未だ闘志を燃やして戦っているものの、すでに肉体は限界を迎えていて、いつ倒れてもおかしくない状況だった。


 アルバたちがなにも知らない状態でこの戦いを目の当たりにすれば、ウィリアムたちの暴挙に混乱していたであろう。あるいはなにかしら魅了や洗脳などの影響下にあるのではないかと疑ったかもしれない。


 しかしすでにヴィルダージュのトップであるアスラが世界征服をたくらみ、さらにグレイルと裏で手を組んでいたこともわかっているためすぐに状況を察することができた。


 アルバとレイザーが不意打ち気味にヴィルダージュの騎士へ攻撃を仕掛けて二人を仕留めた。そのまま近くの騎士へ襲いかかり、劣勢に陥っていたシンディたちを救い出す。


 突然割って入ってきた乱入者を警戒してヴィルダージュの騎士たちはシンディたちから距離をとった。


 アルバとレイザーがシンディたちを守るように間に立つ。


 両陣営に分かれてにらみ合う状況で、ウィリアムが前に出る。その顔には罠にかかった獲物を眺める狩人のような笑みが浮かんでいた。


「ようやく来たか。あまりに暇だったんで少し彼女たちと遊ばせてもらっていたよ」


 その物言いにセレンが静かにキレた。シンディたちを傷つけた理由が暇だったから遊んだだと? ふざけるなと怒りのままに叫んでその顔をぶん殴りたかった。しかしそんなことよりも先にするべきことがある。セレンはウィリアムたちへ殺意のこもった視線を送ってから、倒れた仲間たちの下へと走った。


「シンディ、状況を報告して」

「はい。ヴィルダージュが担当した大広間とその周辺を確認したのですが誰も見つけることができなかったため、こちらに戻ってきたのですが、そこで彼らに襲撃されました」

「襲撃された段階で報告がなかったのは……最初に狙われたのね」


 セレンは少し離れたところに転がっている連絡役を務めていた冒険者の死体を見つけて、シンディに尋ねるまでもなく答えに辿り着いた。同時にヴィルダージュに同行していた連絡役も同じように殺されているのだろうと考えた。シンディたちが調査して誰も見つけられなかったということは、おそらく死体は残っていない。


 こうして話しているシンディは頭から血を流し、体の至る所に裂傷があった。他の人たちの被害も似たようなもので、一息に殺さず意図的になぶられていたことがわかる。


 しかし治癒魔法を使える者が付いていながらこの惨状。セレンは嫌な予感を無視することができず、たまらずといった様子で尋ねた。


「もしかして治癒魔法が使えなかった?」


 まさにいま追加で報告しようとしていた内容を言い当てられ、シンディは少なからず驚きを覚えた。


「えっ? はい。ですがなぜそのことを?」

「あたしも使えなくなったから。回復薬の残りは?」

「ありません。全員使った後です」

「わかったわ。”リカバリー”なら問題なく使えるからそれで応急処置をするわ」


 セレンはその後、シンディたちに負傷者を一か所に集めるように指示を出した。


 ライナーとベルは担いでいたシヴァとアリスを、ヴィルダージュの騎士たちから離れたところに寝かせた。


「アニキとアリスさんのこと頼めるか?」


 ライナーがアリスに従う精霊たちに声をかけると、精霊たちは人間の言葉を理解しているような態度で頷きを返した。四体の精霊はシヴァとアリスを囲むように陣形をとる。


 ライナーはアルバの隣に並んで武器を構え、ベルはセレンの護衛に向かった。


 ウィリアムは相手方の行動を眺めて、呆れたようにため息をついた。


「どうして無駄なことをするんだろうね。この状況じゃあなにをしようと結果は変わらないだろうに」


 セレンたちに向いていたウィリアムの視線がアルバの方に移る。


「それであんたらも諦めずに最後まで戦うのか?」

「当たり前だ。そちらが数でまさっていようと、個々の実力ではこちらが上。あの様に死にたくなければ我らの前から消え失せるがいい」


 アルバは自らの手で殺したヴィルダージュの騎士を指差して凄んだ。


 たしかに一対一であればアルバたちの方に分があるかもしれないが、個の力ですべてを薙ぎ払うほど圧倒的というわけではない。それであれば人数差を生かして囲めば対処は可能。さらには動けない者たちを守りながらの戦いではまともに勝負になるはずもない。アルバが強がっているのは誰の目にも明らかで、ウィリアムはそれをバカにするように嗤った。


「ははっ、それは無理な相談だ。ギルドの副長アルバ、アルカーノ騎士団団長ギルバード、剣聖ガイ、次期聖女セレン、勇者アリス、そして魔王シヴァ。いま名前を挙げた連中が飛翔船に逃げ込むようであればそいつらを殺せと王命を授かっている。我々はただその命令を遂行するだけだ」

「退いてはくれぬか……」


 アルバもウィリアムたちとの衝突が避けられないことは最初から分かっていた。だからこそアルバはウィリアムと対峙たいじしてからすぐにノアと念話をつなぎ、裏でこちらの状況を伝えていた。


『――というような状況で、こちらに応援を出すことはできるか?』

『わかった。こちらも予想外の事があってすぐに人を出せる状況じゃないんだが、必ず迎えを出す。もうしばらく持ちこたえてくれ』

「みんな、もうしばらくすれば飛翔船から応援がやってくる。それまで耐えるんだ」


 戦意を失いかけている仲間たちを鼓舞するように、アルバが声を張り上げた。


 それを白けた目で見ていたウィリアムは面倒くさそうに自らの部隊へ指示を出した。


「遊びは終わりだ。おまえら、新型の使用制限を解除する。好きに暴れろ」


 ウィリアム並びにヴィルダージュの騎士たちが腰に下げた袋から漆黒の球体――悪魔球を取り出して、一切の躊躇なく握りつぶした。


 変化は瞬く間に起きた。悪魔球からあふれ出た黒い霧が使用者の体を飲み込み、そのまま使用者の体に染みこむようにして消えた。ヴィルダージュの騎士たちの素肌には複雑で禍々しい黒色の紋様が刻まれていた。


 かつてカムノゴルの道場でジルベールとダリウスが悪魔球を使ったときはやみくもに力を振りかざす理性なき獣が生まれた。しかしそれがいまでは力を暴走させることなく、使用者の意志の下に制御されているようにライナーには見えた。


 戦いに関して素人同然の二人が悪魔球を使っただけでとんでもなく強くなったのだ。それを優秀な騎士たちが使ったらどうなるのか。ライナーはそれを想像して背筋を凍らせた。


「やれ」


 ウィリアムが指揮棒を振るように剣先をアルバたちへ向けた。新型の悪魔球で強化されたヴィルダージュの騎士たちが一斉にアルバたちに襲いかかる。


 圧倒的な強化を果たしたヴィルダージュの騎士は、一対一の戦いですらアルバを上回る力を得ていた。膂力が、速度が、魔力量が、戦闘に必要とされるすべてが飛躍的に上昇している。それは覚醒、あるいは進化。外部から供給された悪魔由来の力で、人間という枠組を超える強さを手に入れていた。


 セレンの下で最低限の治療を受けたシンディは、このままでは応援がくるまで耐えることもできないのではないかと焦り、剣を握る手に力を込めた。


「もう大丈夫です。私も戦いに参加します」


 そう言ってシンディは戦場に向かって飛び出した。シンディの後を追うようにして、最後までヴィルダージュの騎士に抗っていた四人も戦線に復帰する。


 しかし彼女たちが参戦したからといって人数差が覆るわけではない。依然としてヴィルダージュ側の優勢は変わらない。


 ウィリアムはアルバたちの相手を部下に任せ、戦場から離れた地で治療を行っているセレンの下へ足を運んだ。


 それを阻むようにベルが立ちふさがる。


「おまえが俺の相手をしようってのか、笑わせる」


 ベルは直感に従って剣を盾にした。直後にベルは大きく横に吹き飛ばされる。


「見えてたって感じじゃなかったな。防げたのはたまたまか。次は殺す」


 ウィリアムはなにも難しいことはしていない。フェイントなど一切せず、ただ相手に近づいて剣を横薙ぎに振っただけ。しかしそれだけのことがベルにとってはあまりにも脅威だった。相手の姿を見失うほどの速さ、防御しても大きく吹き飛ばされるほどの膂力。


 ベルは強敵と対峙して感じた恐怖を無理やり抑え込み、毅然きぜんとした態度で相手に剣を向けた。


 ()()()()では勝てない。ベルはそれを認めた上で負ける訳にはいかないんだと、切り札を使う決心をした。


「ベル!?」


 心配そうな目で自身を見ているセレンに、ベルは優しい笑みを返した。


「安心してください、セレン様。私が必ずあなたを守ります」


 そう宣言した直後、ベルの足元に黄金色をした魔方陣が現れた。それは魔人化の魔法。シヴァから伝授してもらい、過酷な修練の果てに得たベルの新たな力。


 魔人化の影響を受けてベルの肉体が作り変えられる。背中からは大きな翼が服を突き破るようにして広がり、膨大な魔力が吹き荒れた。


「――っ、黒翼の天使だと!?」

「これ以上あなたの好きにはさせない!」


 驚愕きょうがくしているウィリアムに向かってベルが力強く啖呵たんかを切ってみせた。

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