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155 抗えぬ存在

 姿を変えたステラを見てすぐにこいつとは戦いにすらならないと直感が告げていた。まともに戦えばまず間違いなく全滅すると。


 ミツルギと相対した時のように抗おうという気すらおきない。


 千年前、フィオナたちがどうやってこの怪物を封印したのか甚だ疑問ではあるけれど、その答えはこの場を無事に切り抜けた後にでも当事者に確認すればいい。


 この段階に至ってはグレイルやアスラ皇帝を倒そうと躍起になってもあまり意味がない。なによりステラがいない状態でも苦戦していたのだ。現状の戦力差は明白で、これ以上戦いを続けても無駄に命を落とすだけ。


 であるならば俺たちがすべきはまず生き延びること。そして次にここで起きた出来事を正しくギルド長や他国に伝えることだろう。


 幸いにして転移魔法を使えば逃げることは簡単だと、そう思えれば少しは気が楽になったのだが実際は厳しいと言わざるをえない。


 ミツルギと戦っている最中に気づいたのだが、いつのまにか転移魔法が封じられていた。タイミングから考えるとミツルギとエルザを迎えた後に転移封じの結界を張ったのだろう。やったのはグレイルだろうがその範囲が玉座の間だけなのか、それとも古城全体なのかはわからない。


 俺を逃がさないようにと先に逃げ道をふさいだのか、あるいはフィオナやティナの割り込みを警戒してのことかもしれない。抜け目のないやつだ。


 とにかく転移魔法なしで逃げなければならない。強力な敵を前にして果たしてそれが可能かどうか。


「なんだよ、こいつは……」


 あまりにも強大な存在を前にして腰が抜けたのか、レイザーが尻餅をついていた。その傍らに立っているライオットは顔面を蒼白にして体を震わせている。


 ライナー、ベル、セレンの三人はステラの存在感に飲まれたかのように、ただただ立ち尽くしていた。


 師匠とギルバード団長、それに副ギルド長は強大な敵を前にしても戦う姿勢を崩していないのはさすがといったところだけれど、顔に浮かぶ苦渋の色から虚勢を張っているようにも思える。


 隣に目を向ければアリスが床に手と膝を突き、顔を伏せていた。


「間に合わなかった……、これじゃあまたあの時みたいに…………」

「あの時?」


 アリスもステラの復活で動揺しているのか? 言葉の意味がよくわからない。


 味方の大半が戦意を喪失しているような状況で、無事に逃げられるだろうか……


 対して敵であるグレイル、アスラ皇帝、ミツルギの三人は俺たちとは違い余裕の態度でステラを迎えていた。


 グレイルは恍惚とした表情でステラを仰ぎ見ている。アスラ皇帝とミツルギは興味深そうにステラを観察していた。


「ここは……?」


 いまだ微睡みの中にいるかのような、ぼんやりとした声が玉座の間に響く。


 ステラの側に控えていたグレイルが真っ先に反応を示した。


「ステラ様。封印からのお目覚め、大変喜ばしく感じております」


 ステラはグレイルの方へと顔を向け、首をわずかにかしげた。


「……あなたは?」

「はっ、わたくしはステラ様の忠実なるしもべ、グレイルと申します」

「グレイル……?」


 すぐに思い至らなかったのか、ステラは何度か確認するようにグレイルの名を繰り返し呟いた。


「グレイル、グレイル、グレイル……ああ、そういえばそんな名前の天使もいたわね。どっちつかずの優柔不断な天使が。そんなあなたが忠実なる僕?」

「ええ、もちろんでございます。わたくしのことはステラ様の手足として自由にお使いください」

「まあいいわ。封印を解いたのもあなた?」


 グレイルはしかりと頷きを返した。


「そう。礼を言うわ」

「もったいなきお言葉」

「私が眠りについてからどれぐらいの時がたつの?」

「おおよそ千年でございます。その間にステラ様をたてまつる国をご用意いたしました。まずはそちらでごゆっくりとお休みください。目覚めたばかりでお体の調子も万全とはいえないはず」

「そう。あれから千年も……その間に人はこんなにも増えてしまったのね。忌々しい」


 ステラは大地に生きる人々を知覚しているのか、足元を睨みつけていた。


「こんなにもたくさんいるんだもの。世界の半分ぐらいなら消えても構わないわよね」


 いきなり何を言ってるんだこいつは? 善悪の区別が付かない子どもみたいに、ただ自分がそうしたいからという理由だけで人類の半分を殺そうとでもいうのか?


「なにをバカなことを言っている!」


 当然そんなことを見過ごせるはずもなく、副ギルド長が声を荒げた。


 そこで初めてステラが俺たちの方に視線を向けた。


「ところで、ねえグレイル。ここにいる人間たちは私を崇める信者かしら? それとも殺しても構わない有象無象かしら?」

「あちらにいる二名はわたくしの協力者ゆえお目こぼしを。それ以外の者であればステラ様の御心のままに」

「協力者ね、まあいいわ。――来たれ深海、すべてを水底みなぞこへと沈めよ」


 ステラが詠唱のように言霊を紡ぎ、高く掲げた左手を地面へ振り下ろした。


 たったそれだけで玉座の間の環境が激変した。


 体の上にはなにも乗っていないのに重圧で押しつぶされ、さっきまで普通に息をしていたはずなのに地上で溺れるという理解不能の現象に襲われた。


 床に倒れ伏し、体中がミシミシと内側につぶれていく感覚。息ができずに意識がだんだんと遠のいていく。


 周りを確認すると、仲間たちは一人残らず地面に倒れて苦しんでいた。グレイルとアスラ皇帝、ミツルギは効果の範囲から外れているらしい。


 この隙を突かれたらどうしようもないのだが、グレイルたちは動かない。俺たちの処遇はステラに一任すると、そういうことだろうか?


 ステラが唱えた内容からなにが起きているのかは容易に想像することができた。深海環境の再現。一言でいえばそれに尽きる現象だ。


 目に見えない不可視の攻撃。しかも奇襲を警戒して周囲に結界を張っていたのにこの有り様だ。ふざけるのもいい加減にしろと声を大にして訴えたい。


 玉座の間に大量の水が現れた訳ではないので、おそらくは玉座の間に満ちていたステラの魔力に水の性質を付与したということなのだろう。


 そこから逆算して付与した水の性質を取り除くか、ステラの魔力を自らの魔力で押し返せばどうにかなるか?


 確かな自信があった訳じゃないけれど、他にできることがないためやってみるしかない。


 即興で水の性質付与を逆算するのは厳しい。古城の地図を作ったときのように魔力を周囲に展開していく。ステラの魔力に押し返される感覚があるが、負けないように魔力の密度を高めていく。球体状が一番安定したため、その形で魔力を形成する。


 どうにか立て直すことに成功した。膝を立てて息を深く吸う。


 対処方法がわかったので、次はみんなを助ける番だ。不意打ちで水の中に沈められたようなもの、いつまでみんなの息が持つかわからない。


 さっそく行動に移ろうと横に視線を移してみれば、アリスの隣に水の精霊が現れていた。


「お願いウンディーンネ、みんなを助けて!」


 アリスの願いを聞いたウンディーンネが頷きを返した。ウンディーネを中心に水色の光が玉座の間に広がった。光に触れたところから正常な空間に戻っていく。


 やっているのはおそらく俺が断念した水の性質付与の解除。水の精霊というだけあってこういった事態への対処はお手の物ということか。


「いまので死んでいればいいものを」


 ステラは不機嫌さを一切隠さず、苛立たしげに次の攻撃を放った。


 大小さまざまな氷柱つららがステラの背後に生み出されては撃ち出される。同時に放たれる氷柱の数は百を軽く超えていた。


「みんな逃げて!」


 アリスが残りの三精霊を呼び出してステラの攻撃を可能な限り相殺する。だけどそれだけではすべての攻撃を相殺しきれず、とうとう致命的な被害が出てしまった。


 レイザーに氷柱が直撃する寸前にライオットが横から割り込んだ。レイザーはライオットに突き飛ばされて体勢を崩すが、そのおかげで氷柱の射線上から外れる。その代わりにライオットの胴体に人間大の氷柱が突き刺さり、壁面へと縫い止められる。氷柱の嵐はさらに勢いを増してライオットの足を、腕を、頭蓋を串刺しにした。


「ライオット!?」


 仲間の死を目の当たりにしてレイザーが叫んだ。


 その隣ではセレンの張った結界を氷柱が突き破っていた。そのまま勢いの止まらない氷柱がセレンに刺さる――その直前にベルが自分の体を氷柱とセレンの間に割り込ませた。


 ベルの腕や肩、太ももに氷柱が刺さり、血しぶきが上がる。


「ベル!?」


 氷柱の嵐は止まらない。追加の攻撃がセレンとベルの下へ殺到する。


「させるか!」


 俺はセレンとベルを背後に守る位置についた。氷柱を真っ向から受けては破られる可能性があるため、結界を流線型に張って氷柱を上下左右へ受け流すようにして防いだ。


 レイザーの方はライナーがカバーに入った。”燐光散華”で正面から襲い来る氷柱の嵐を粉々に粉砕している。


 師匠とギルバード団長、それに副ギルド長の三人は氷柱の嵐を相殺しながらステラに近づこうと試みていたが、近づくほどに氷柱の密度が上がるため一定の距離までしか詰められていない。


「――嘘、なんで使えないの」


 後ろからセレンの震えた声が聞こえた。振り返ってみると、セレンは自分の両手を見つめた状態で顔色を蒼白くさせていた。そのセレンの目の前でベルが痛みに耐えるように顔を歪ませている。刺さった氷柱はすでに抜いてあり、あとは治癒魔法で回復させるだけのはずだが。


「セレン、なにがあった!?」

「治癒魔法が使えないのよ! どうして? いままでこんなこと一度もなかったのに……」

「治癒魔法が使えないだと!?」


 セレンから聞いた内容は衝撃的で、少なからず動揺してしまった。


 治癒魔法が使えない。つまり一度でも致命傷を受けたら、それが死に直結するということだ。治癒魔法をあてにしたむちゃな攻め方ができなくなる。


 それだけじゃない。普段ならあまり気にしない傷でも、場合によっては危険だろう。さっきの副ギルド長みたいに腕が切られでもしたら、二度と元に戻らない可能性が高い。ギルド製の回復薬は優秀ではあるけれど、四肢の欠損を治すほどじゃないからな。


「”リカバリー”も使えないのか?」

「――っ、すぐに試すわ」


 ”ヒーリング”が使えなくて焦っていたのか、”リカバリー”のことが頭から抜けていたらしい。


 以前セレンに教えた”リカバリー”は”ステラの洗礼”とは異なる治癒魔法だ。だからこそ”ヒーリング”や”エクスヒーリング”が使えなくても、もしかしたら”リカバリー”なら使えるんじゃないか。そんな期待があった。


「これなら大丈夫。だけど……」


 セレンはベルの傷口が少しずつ治っていくのを見て安堵あんどの表情を浮かべたが、すぐに目を細めて首を横に振った。


 言葉には出していないが、セレンが言いたいことは想像できる。回復量、回復速度、治せるけがの種類、どれをとっても”リカバリー”は”ヒーリング”の下位互換だ。使えないよりはマシだけれど、それでも焼け石に水といったところだろう。


 セレンは”リカバリー”ではらちが明かないと判断したのか、手持ちの回復薬をベルに飲ませた。回復薬の効果はすぐに現れて、ベルのけががあっという間に治った。


 しかし回復薬は有限だ。このまま戦闘を続ければすぐに底を突くことになるだろう。


 俺たちが防戦一方になっているなか、アリスが攻勢に打って出た。


「サラマンダー、シルフ。力を貸して!」


 アリスが呼びかけると二体の精霊は炎熱の暴風を作りだし、氷柱の嵐を消し飛ばした。


 氷柱の嵐が止んだ瞬間を見逃さず、師匠とギルバード団長、副ギルド長の三人が一気に距離を詰めてステラへ攻撃を仕掛ける。


 ステラの手足が千切れ、胴体は左肩から右脇下へ裂け、顔の半分が消滅した。


 人であらば間違いなく死んでいる傷を負っても、ステラは問題ないとばかりに新たに作った氷柱で三人を壁際まで吹き飛ばした。


 時間が巻き戻るようにステラの傷が再生していく。


「ノーム、ステラの動きを止めて!」


 床がうごめき、金属の光沢を放つツタのようなものがステラの足元から生えた。一瞬のうちにツタがステラの手足を拘束する。


 蒼い光をまとったアリスが光の翼を広げてステラに突撃した。


 アリスが一瞬で距離を詰める。剣先がステラの胸元を貫いた。


 星が生まれる瞬間を目撃したかのようなまばゆい光が玉座の間を照らした。その輝きがステラに向かって収束し、人間大の光の球が生まれた。その球の中で暴力的なまでの魔力が連鎖的に爆発を引き起こす。


 逃げ場のない破壊の力が、ステラの肉体を一片すら残さず消滅させた。


「やったのか……?」


 仲間たちもステラ消滅をの当たりにしてにわかに沸き立つ。


 剣を突き出す姿勢で固まっていたアリスが膝を折って、剣を杖代わりのように床に刺して頭を左右に振った。


「ダメ、逃げて。ステ……死な……い…………」

「アリス!?」


 倒れたアリスの側に駆け寄って抱き上げる。意識を失っているけれどそれだけだ。いまの攻撃で魔力を使い切ってその反動で倒れたのだろう。


「グレイルよ。貴様が必死になって復活させた魔王ステラだが、いまので死んだのではないか?」

「あははっ、まさかまさか。肉体がなくなった? それぐらいでステラ様が死ぬはずないでしょう」


 なぜそんな簡単なことがわからないのかとアスラ皇帝をバカにするかのように、グレイルは腹を抱えて笑っている。


「魂に刻まれた器の記憶を消さない限り、ステラ様は何度でも蘇りますよ。ええ何度でも」


 グレイルの発言を肯定するかのようにそれは起きた。


 透き通る青い光が視界いっぱいに溢れる。その光が人型を形作り、直視できないほどの真っ白い光を放った。


 アリスとアリスの剣を抱えて人型の光から距離をとった。


 俺はこれに似た光景を見たことがある。あれはそう、アンジェリカさんに腕を治してもらったときと同じで。


「――っ、”エクスヒーリング”か」


 光が収まると、そこには無傷のステラが立っていた。ご丁寧に服装までしっかりと修復している。


 肉体がなくなった状態から完全復活を果たしたステラを見て、仲間たちの雰囲気が一変した。さっきまではまだ勝てるのではないかという希望があった。だけどいまの光景を見てそれが不可能だとはっきりとわかってしまったのだろう。


 不死身の肉体といえばグラードも似たようなものだったが、あいつの場合は再生するのに体の一部を必ず必要としていた。それに肉体を再生するのに魔力を消費するから、実際には魔力の残量がそのまま不死身の限界でもあった。


 だけどステラは全く違う。肉体がない状態からでも復活することができて、魔力の総量に関しては底が見えない。


 これじゃあグラードのときのような魔力切れは期待できそうもない。こっちが先に息切れを起こすのは明白だ。こんな化け物、どうやって倒せっていうんだよ。


 というかセレンが”ヒーリング”を使えなくなったのにステラは同系統の魔法を使えるって理不尽すぎやしないか。


 いや待て。もしかして逆なのか? もともとセレンや他の人間が治癒魔法を使えることの方が間違いだとすれば? 本当ならステラ以外には扱えない魔法で、”ステラの洗礼”という形でその力を借りていただけの可能性は?


 いろいろと疑問は出てくるけれど、復活したステラが次の行動に移っているため、深く考えている時間はない。


「……不愉快だな。死ぬことがないとはいえ痛みはある。貴様ら死をもってあがなえ」


 ステラの右手に膨大な魔力が集中する。一切の光を通さない闇色の球体が手のひらの上に生まれ、それがだんだんと大きくなっていく。


 ステラが何をしようとしているのかを察して血の気が引いた。あれをこんな閉鎖空間で撃つとか冗談じゃない。


 ステラが右手を俺たちに向けると漆黒の魔法陣が浮かび上がった。


「みんな、俺の後ろに下がれ!」


 アリスを床に寝かして、すぐに俺も左手をステラに向けて魔力を集中させる。


 間に合うか? いや、間に合わせる。でないとみんなが――


「「”アビス・ブレイク”」」


 俺とステラの声が重なった。


 その直後に闇色の噴煙ふんえん同士のせめぎ合いが発生した。


 やや俺が押されているだろうか? だけど俺が押し負ける前に、このままじゃ逃げ場のないエネルギーが玉座の間を蹂躙じゅうりんする。そうなったらみんなただじゃ済まない。


 俺は左手で”アビス・ブレイク”を放ちながら、右手に持った剣先を誰も居ない真横へと向けた。”白の隕鉄”で作られた”白銀”で俺の魔力を増幅させる。重要なのは貫通力、玉座の間に穴を開けられればそれでいい。


 漆黒の魔力に指向性を持たせて一気に放出する。見よう見まねで放った”ブレイブ・グローリー”は、俺の目論見通り玉座の間の壁面に大きな横穴を作った。


 水が上から下へと流れるように、俺の作った横穴に向かって”アビス・ブレイク”同士の衝突エネルギーが流れ込んだ。これで玉座の間にいる仲間たちへのダメージを大幅に減らせるはずだ。


 黒いもやのようなものが視界を遮っていて何も見えない。仲間たちの魔力反応を感じることができるから無事だとは思うけど、この目で確認するまでは安心できない。


 以前”アビス・ブレイク”を放ったときは片腕を失ったが、今回はそういったことは起きなかった。二重覚醒で肉体の強度が上がったからだろう。


 だが二つの大技を同時に放ったせいか、一気に疲労感がやってきた。意識が遠のきそうになるのを奥歯をかみしめてどうにか耐える。


 その一瞬にも満たないわずかな隙を突くようにして、黒い閃光が俺の胸を貫いた。


「うそ、だろ……?」


 ”アビス・ブレイク”と”ブレイブ・グローリー”を放った直後に張り直していた結界はあっさりと破られた。


 油断をしていたつもりは欠片もない。結界に回していた魔力も十分足りていたはずだ。


 だからこれは、ステラの一撃が俺の想定をはるかに超えていたというだけのこと。


 おそらくは”アビス・ブレイク”の二連発。一発目と違い、二発目は確実に俺を仕留めるために威力を一点集中させたのだろう。


 黒い靄が横穴の方へと流れていき、だんだんと視界がはっきりしてくる。


「そなたなら一人で逃げることもできたであろうに。みなを救おうと欲張るからそうなる」


 ステラが腕を真っすぐ俺の方へと向けたまま、愚かな人間へこの世の真理を教えるかのように告げた。


 俺はそれになにも言い返すことができなかった。いや、それどころではないというべきか。


 口から血を吐き、まともに呼吸もできない。胸に空いた穴は大きく、心臓や肺といった重要な臓器がダメになっているのだろう。体中から力が抜けて膝から崩れ落ちた。


 晴れた視界の中、仲間の無事な姿が瞳に映る。さっきの攻撃からみんなを守ることができた。それを確認できて少しだけ安心した。


 ステラとグレイルたちが健在のためみんなが無事に生きて帰れる保証はないけれど、師匠やギルバード団長がいればなんとかなるんじゃないだろうか。


 あまりにも希望的観測がすぎるけれど、もう俺にはそれを望むことぐらいしかできなかった。


 ライナーたちが俺に向かって何か叫んでいる。だけどもう何も聞こえない。


 隣で眠るアリスの方へと手を伸ばし、指先が頬に触れる寸前のところで俺の意識は深い暗闇の底へと沈んでいった。

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