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153 二人の思惑

 王者の風格とでもいうべきか、ただそこに存在するだけで他を圧倒する覇気に、俺を含めた誰もが飲み込まれる。


 世界の王になる。誇大妄想にも聞こえる宣言だが、アスラ皇帝はそうなる未来が訪れると確信しているようだった。


 しかし俺が気になったのは世界の王になるという宣言ではなく、それよりも前の名乗りにあった。


「グロウリードだと?」


 それはフィオナとゼムアから聞いた昔話に登場する人物。シルヴァリオ・グロウリード、そしてかつて魔王ステラ側についたというシン・グロウリードと同じもの。


 シルヴァリオ・グロウリードは戦死し、グロウリード家は粛正された。生き残っているのは行方知らずのシン・グロウリードのみ。つまりこいつはその末裔だとでもいうのだろうか?


「アスラ皇帝、あなたの隣にいるのは我々が討伐するべき敵だ。そのように一緒にいられると、その……」


 副ギルド長が続きを言い辛そうに口ごもるが、アスラ皇帝はこともなげに言い放つ。


「仲間のように見えるか。そんな温かみのある関係ではないのだが、しかしその認識でも間違いではない。いまの段階ではな」

「なっ!?」


 あまりに衝撃を受けたのか、副ギルド長は石像のように固まってしまった。アスラ皇帝のことを知っているギルバード団長とセレンも普段は見せない困惑の表情を浮かべている。それぞれのリーダーが動かないため、アリスたちも様子見をしている感じだ。


 このままアスラ皇帝とグレイルの両方を相手に戦いを始めることは簡単だ。だけどアスラ皇帝に刃を向けるということは、そのままヴィルダージュという国を敵に回すことと同義だ。悪魔や魔物を相手にするのとは訳が違う。


 ギルバード団長が苛立たしげにしながらも武器を取らないのはそういうことだろう。俺たちはグレイルを倒したいのであって、ヴィルダージュと戦争をしたいわけじゃない。


 アスラ皇帝はグレイルの仲間と言ったが、その後で「いまの段階では」と条件を付けていた。つまり将来的には仲間ではなくなるとも受け取れる。アスラ皇帝がグレイルと一緒にいる背景がわかれば戦わずに済むかもしれない。ついでにグロウリードの血筋かどうかの確認もしておこう。


「アスラ皇帝、あなたがグレイルと行動を共にしている理由はなんだ?」


 アスラ皇帝の鋭い眼光に気圧されないよう、強い意志を込めてにらみ返す。


「余がグレイルと共にしている理由は先に宣言した通り、世界の王となるためだ」


 世界の王。アスラ皇帝の中でそれがどういった定義なのかは分からない。言葉から想像できるのは世界征服を成し遂げた者だろうか。だがこれには大きな問題がある。


「それは、つまり……世界中の国々を敵に回すと言っているのか?」

「そう受け取ってもらって構わない。そう遠くない未来に、すべての国々は余の手中に収まることだろう。世界の覇者となるのはそこのグレイルでも、これから復活する魔王ステラでもない。余こそが世界を統べる覇王となる」


 いまの発言は全世界に対する宣戦布告と同じ意味をもつ。


 副ギルド長は口をあけて絶句していた。逆にギルバード団長はアスラ皇帝と戦う覚悟を決めたのか、迷いのない目をしていた。


 俺はといえば混乱している。魔王ステラは世界を破滅へと導く存在。その復活を望むグレイルと世界征服を目指すアスラ皇帝。この二人の願いは絶対に相容れないものだと断言できる。それなのにどうして一緒に行動しているんだ?


「シン・グロウリードの末裔なら魔王ステラの復活、世界の破滅を願うんじゃないのか? それなのに世界征服が願いだと?」


 疑問はそのまま声に出ていた。


「ほう、シン・グロウリードを知っているか。グレイル、教えたのはそなたか?」

「いいえ、私は話してないですよ」

「となれば教えたのは千年前から生きている天使か竜になるが、まあどちらでもよいか。そなたの推測通り、余はシン・グロウリードの末裔だ。普段はアスラ・ヴィルダージュと名乗っているが、本来はアスラ・グロウリード・ヴィルダージュという」


 グロウリードの名前を初めて聞いたであろう副ギルド長たちは明らかに困惑している。そして俺に向かって、どうしてお前はそんなことを知っているんだとかそういった類いの視線を送ってくる。だけどこの場でみんなに説明している余裕はない。


「グロウリードの末裔なら魔王ステラがどういう存在か知っているはずだ。グレイルはそれを復活させようとしているんだぞ。世界を破滅させたいのか!?」


 本当ならもっと王族を相手にするような丁寧な口調で話すべきなんだろうけど、自然と語調が荒くなっていく。


「魔王ステラがどういった存在かは当然知っているとも。なにせグロウリードの血筋は、この肉体は、その依り代となるべくグレイルに鍛え上げられたのだから」

「依り代だと?」

「そうだ。魔王シヴァの肉体がなければ余が魔王ステラの依り代になっていたということだ。まあ素直に依り代になる気などなかったが、今の段階でグレイルと戦う必要がなくなったのは素直に喜ぶべきこと。そなたのおかげだ、礼を言うぞ」


 何も隠すことなど無いとばかりに新情報が明かされた。


 グレイルは最初からグロウリードの血筋を使って魔王ステラの復活を狙っていたということになる。ずいぶんと気の長い話だが、千年前から計画していたことなのだろう。そしてアスラ皇帝はその計画の要であり、完成体ということか。そこから推測するに、アスラ皇帝の肉体は封印された俺の肉体と同等程度の強さを持っている可能性がある。


 そして俺の肉体がなければグレイルと戦っていたという発言から、アスラ皇帝とグレイルの関係は単純な仲間という訳ではないといえるだろう。場合によってはアスラ皇帝はグレイル、魔王ステラとも敵対するのではないだろうか。


 そうやって思考を巡らせていると、レイザーが声を大にして叫んだ。


「おいおい、シルヴァリオのおかげってどういうことだ?」

「なんだ、そなたたちはその男の正体を知らないのか」

「こいつの正体だと?」


 仲間たちの視線が俺へと向けられる。これまで一緒に旅をしてきたアリスたちや付き合いの長い師匠と、それ以外の人たちとではそこに込められている感情が明らかに異なっていた。


 レイザーは疑念が顔に出ていて分かりやすい。俺とアスラ皇帝が裏で繋がっているかもと疑っているんだろうな。


 だけど俺とアスラ皇帝はこれが初対面。裏で繋がるなんてことはありえない。だというのに向こうは俺のことを知っているようだ。情報源は十中八九グレイルだろう。そしてあの口ぶりからして俺が元魔王だということもバレているな。


「いまは人間の姿をしているが、そやつは魔王シヴァの生まれ変わりだ」


 やはりというべきか、アスラ皇帝の口から俺の秘密が明かされた。


 アリスを除く全員がなんらかの反応を示し、そのほとんどが驚きや困惑の表情を浮かべるというものだったけれど、セレンだけは納得顔で小さく頷いていた。


「今度は否定しないのね」

「……事実だからな」


 さっき大広間でグレイルから魔王シヴァと呼ばれたときと違って今回は誤魔化せそうもない。こういうのは誰が言ったかが重要で、ただの敵であるグレイルの発言であれば適当に流せた。けれど今回の発言者は北の帝国、そのトップであるアスラ皇帝だ。立場は向こうの方が圧倒的に上。そんな人の発言を戯言だと流すのは厳しい。


「セレンはあんまり驚いてない感じだな」

「あたしだって少しは驚いたわよ。でもシヴァって戦いに関すること以外は別に普通の人と変わらないじゃない。だからなんていうか拒否感とかはないのよね。それにアリスは知ってたんでしょ?」

「うん。その……黙っててごめんね」

「この戦いが終わったらセレンたちには打ち明けようってアリスと話をしてたんだけど……今更だな」


 どう言葉を重ねようと言い訳にしか聞こえないだろう。それでもセレンたちには伝える気でいたという事を知って欲しかった。


「近いうちに話してくれる気でいたのなら、あたしはそれで十分よ。ベルとライナーだってそうでしょ?」


 話を振られたベルが短くも信頼の籠った声で、ライナーが軽い調子で答える。


「そうですね」

「前世とか難しいことは分かんないけど、オイラにとってアニキはアニキっスから」


 その様子を見ていた師匠から「いい仲間を持ったな」というような温かい眼差しを向けられ、多少の気恥ずかしさを感じる。


 俺の正体について、セレンたちのように受け入れてくれる人はたぶん少数派だろう。実際あまり俺と関わりのない副ギルド長とレイザー、それにライオットは俺への対応を決めあぐねているように見える。


 だからこそ受け入れてくれた事を嬉しく思う。以前、ノーブルが奥さんに自分のことを打ち明けられなかったっていう話を聞いていたからなおさらだ。


 アスラ皇帝は少し意外そうな顔で俺たちのやりとりを眺めていた。グレイルはつまらなさそうに唇をとがらせている。こいつは俺たちがもっと仲違いするのを期待していたのかもしれない。


 緊迫していた空気がわずかに緩む。それを再び引き締めるようにギルバード団長が声を張り上げた。


「こいつが魔王の生まれ変わりだとしてそれがどうした。話を逸らすな。いま問題なのはアスラ皇帝、あんただろ。魔王ステラを復活させようとしているグレイルの片棒を担いでいる。それだけでも冗談じゃないってのに世界征服まで企んでいるときたもんだ。お前ら一体何が目的でこんなことをしている!?」


 ギルバード団長の言葉は問いなどという生易しいものではなく、糾弾と呼べるものだった。そこには明確な敵意と殺意が込められていた。


「なるほど。たしかに世界の王になるというのは結果でしかなく、それだけ聞いても納得はできないか」

「そう難しい話でもないんですけどねぇ」


 そう言ってアスラ皇帝とグレイルは視線を交わして頷いた。


「余は元々魔王ステラの依り代となるべく、グレイルに育てられた。余だけではない。グロウリードの血筋はそうしたものだった。それがグロウリード家の宿願であり千年前からの願い。父も、祖父もグレイルの傀儡かいらいだった。しかし余はグレイルの思惑もグロウリードの宿願もどうでもよかった。依り代になる気など最初からなかったのだよ。そして余には果たすべき王の役目がある。つまり余の肉体を狙うグレイルは本質的に邪魔な存在で、いずれ殺す必要があった」

「私の長年の願い。それを叶えるための研究。アスラ皇帝は最高の逸材でした。常人であれば発狂して廃人となるような実験を何度も、何度も何度も何度も繰り返し、私が望む水準を遥かに超えて魔王に匹敵する肉体へと進化した。これならばステラ様の器に相応しいと、そう確信するほどに。だからあとは殺すだけ」


 こちらの理解など最初から求めていないかのように、アスラ皇帝とグレイルは代わる代わる自らの主張を続けた。


「余とグレイルは水面下で互いに殺す機会をうかがっていた。そんな中で転機が訪れる。魔王シヴァの封印された肉体が手に入ったのだよ。しかもその肉体には魂が入っていないという情報がもたらされた」

「つまりそれを依り代にすることで、私とアスラ皇帝が殺し合う必要もなくなった」

「王の役目、それは多岐にわたるが余がもっとも重要だと考えるのは自国を富ますこと。資源に乏しいヴィルダージュでは他国との貿易で懐を潤すにも限度がある。そしてすでに自国の資源は枯渇する寸前。もはや手段を選んでいられる段階ではないのだ。無いならば有るところから奪い取る。古今東西、いつの時代も強者こそがすべてを手に入れてきた。それこそが真理。ならばこそ使えるものはすべて使う。それが堕ちた天使だろうとも、深淵の魔王だろうとも」

「器が用意できたのであれば次にすべきはステラ様を崇め、称える、そんな世界の創造。そのためにはそれを主導する国が必要なのです。ええつまり、ヴィルダージュが世界征服をすることは私にとっても利のあること。ゆえに私とアスラ皇帝は協力関係を結んだ」

「とはいえグレイルと魔王ステラが危険な存在であることは明白。後顧の憂いを断つためにも、世界をこの手に収めた暁には余が二人を討ち取る」

「はははっ! あなたがどれだけ強くてもステラ様を倒せるわけがないんですけどね。仮に天照(てんしょう)の英雄になったとしても不可能ですよ」


 高笑うグレイルの横で、アスラ皇帝は目をつむり唇の端をつり上げた。それはグレイルと魔王ステラを相手取ったとしても負けはしないという自信の表れのようにも見える。


 二人の主張は長々と続いたが、簡単にまとめるとこんな感じだろうか。


 グレイルは魔王ステラを復活させたい。そのために昔から色々と手を回していた。グロウリード家を影から支援して王族にしたり、人体実験をしたりと。そして魔王ステラを復活させた後のことも考えていた。世界中の人たちに魔王ステラを崇拝させたい。そのためにアスラ皇帝とヴィルダージュを利用しようとしている。


 アスラ皇帝はといえば世界征服を望んでいる。それは自国を富ませるために他国を支配するというもの。後世に危険な魔王ステラ、それとグレイルを残すわけにはいかないため、いずれは二人を倒す気でいる。


 完全に理解できたわけじゃないし、間違っているかもしれない。それに全部を全部俺たちに話したわけではないだろう。だけど二人の背後関係やなにを考えているのかを知ることができたのは収穫だ。


 アスラ皇帝の言い分については、武力に訴える前に自国でできることがきっとあるはずだ。資源がなくても例えばソフィアみたいに何かを発明してそれを売るとか。ああでもあれはソフィアが天才だからこそできる芸当で、凡人をいくら集めたところで同じ結果にはならないな。それに俺がいま思いつくことなんて既に検討したり試しているだろう。


 もしアスラ皇帝をここで止めなければヴィルダージュはアルカーノや中立都市などと戦争を起こすことだろう。当然カムノゴルも危険に晒される。そんなこと許していいはずがない。


 対話でどうにかできればそれが最善だったけれど望みは薄そうだ。結局のところ戦わないとダメなのかもしれない。


 しかしそうなったとき、俺はアスラ皇帝と戦えるのか? 国のトップと戦い、打ち倒す。それには言葉にできないほどの重い責任が伴う。アスラ皇帝を倒した後のヴィルダージュという国、そこに生きる人々を背負う覚悟が。


 一介の冒険者が気にすることじゃないのかもしれない。だけどどうしても二の足を踏んでしまう。


 俺はどうするべきなんだろうか? 答えの出ない問いに迷い、身動きが取れなくなっていた。


 アリスとベルも俺と同じように悩んでいるように見える。ライナーとレイザー、ライオットはそこまで想像できていない感じだろうか。残りの副ギルド長、ギルバード団長、師匠、それにセレンは戦う覚悟を決めた様子だった。


 特にギルバード団長の変化は顕著で、それは行動に現れていた。抜剣してその切っ先をアスラ皇帝へと向けている。


「王の役目と大層なことを言っているが、要はお前が世界を支配したいというだけだろう。ヴィルダージュは俺たちが面倒みてやるから、安心してお前はここで死ね」


 ギルバード団長は静かな怒りを湛えて玉座へと踏み込み、アスラ皇帝の頭部目がけて刃を走らせる。


 対するアスラ皇帝は玉座に座ったまま身じろぎ一つしない。代わりに割って入ったのはグレイルだ。


 玉座の前に出たグレイルが腕を振るうと、不可視の突風がギルバード団長を遥か彼方へと吹き飛ばした。ギルバード団長が空中で姿勢を整えているところへ幾筋もの稲妻が襲いかかり、爆発的な轟きが開戦を告げる。


 ギルバード団長は流石というべきか、グレイルの攻撃を無傷で防ぎ切り、すぐに次の行動へと移っていた。


 師匠がギルバード団長をアシストするようにグレイルへと斬りかかる。二人は事前の打ち合わせもなく阿吽の呼吸で前後、左右、あるいは上下からの挟撃でグレイルを追い詰める。


 俺たちが援護をする隙間なんてまるでない。むしろ下手に割り込んだら二人の連携を邪魔してしまう恐れがあった。


 あっという間にグレイルの防御を突破して師匠の斬撃が胸部を浅く切り裂き、剣の軌跡に沿って鮮血が宙を舞った。


 精霊共鳴による偽グレイルはいくらダメージを与えても血が出なかったが、こいつは違う。


 本物だという確信を得た二人の攻撃がさらに苛烈になる。グレイルの体術は神がかっていて敵ながら感心するほどの回避を見せるが、防戦一方では結果は見えている。


「これで終わりだ」


 ギルバード団長の神速の突きがグレイルの心臓に向かって一直線に吸い込まれていく。紛れもなく必殺、どうあって躱しようがない。


 このままあっさりと勝負が着くんじゃないかと思ったが予想外の結果に終わった。グレイルが二人の目の前から一瞬で消えて、少し離れたところに姿を現したのだ。


「さすがにいまのは危なかったですよ」


 言葉とは裏腹にグレイルは余裕そうだ。


「ちっ、逃したか」

「だがなぜ転移魔法を使える?」


 師匠が疑問に思うのも当然だ。今回の作戦では天使たちの協力を得て空島全体に転移封じの結界を張っている。だから空島にいる限り転移魔法は使えない。


 それなのに転移魔法が使えるということはその前提が崩れた事を意味している。つまり結界を張っている天使たちになにかあったのだ。


「天使たちはどうしたんだよ!」

「ダメだ、ティナ様に繋がらん」


 真っ先にレイザーが声を上げ、ティナと連絡を取ろうとした副ギルド長が答えた。


「このままじゃ逃げられるじゃねえか!」


 レイザーの言う通りだ。せっかくグレイルと戦う場を整えたというのに、逃げられてしまってはまた最初からやり直しになる。


 俺たちからすれば当然避けるべき事態。逆にグレイルからすれば願ってもない展開だろう。


 しかし、意外なことにグレイルはそれを真っ向から否定した。


「逃げる? まさかそんなことしませんよ。どれだけこの日を待ち望んでいたと思っているのです、この私が! 永遠にも思える時を乗り越えてようやくたどり着いたのですよ、この祝福すべき日を!」


 グレイルから発せられる魔力が物理的な圧力を感じるほどに高まる。その狂気的とさえいえる迫力に、思わず後ずさってしまうほどだ。


 俺たちがよりいっそう警戒を強めたところで、グレイルの横に空間の歪みが現れる。あれは転移魔法を使った際に現れるもの。言葉とは裏腹に、やはり逃げの一手を選んだのだろうか?


 しかし俺の予想は外れ、次の瞬間に二人、それに人の背丈の三倍はありそうな物体が転移してきた。


 一人はグレイルと同じ見た目をした人物、というよりも精霊共鳴による偽グレイルだな。転移魔法を使ったのはこいつだろう。


 そしてもう一人は古めかしい道着を着た老剣士。背筋はピンと伸びているが、白く染まった髪や髭、顔に刻まれた深い皺などから七十や八十は超えているように見える。ただし老人と侮ることはできない。研ぎ澄まされた刃のような気配を感じる。


「グレイル殿。これがそなたの望んでいたものか?」


 枯れ木を思わせるしわがれた声で老剣士が話かける。


 グレイルは視線の先にある巨大なドラゴンの生首を見て満面の笑みを浮かべた。


 床に広がった血で靴が汚れるのを気にする様子もなく、グレイルはドラゴンの生首へと駆け寄る。


「ええ、ええ! よくぞ討ち取ってくれました!」

「そなたの頼みだから引き受けたが、今回のような不意を突くような真似は二度とせんぞ」

「わかっていますよ、あなたの性格はちゃんと理解しています。今回のようなお願いはもうしません。する必要もありませんしね」


 グレイルは床を軽く蹴ってドラゴンの鼻先に飛び乗った。そしてドラゴンの額に腕を半分ほど突っ込み、探るように血肉を掻き分けて何かを取り出した。それを天に掲げて恍惚とした表情を浮かべる。


「これで二つ目。あと一つ、あと一つで私の願いが叶う」


 血で汚れたそれを愛おしそうに頬ずりする姿はあまりにも狂気に満ちていた。


 だが、いまのグレイルの発言で、俺は最悪の事態に気づいてしまった。


「まさかそのドラゴン――」

「ようやく気づきましたか。そうです、この生首は竜の一族の当主ゼムア。そして私の手にあるこれが竜の一族が長年守り続けていた封印の宝玉ですよ」

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