152 最深部
連絡役の冒険者を経由して副ギルド長と話し合い、シンディたちが守っている古城の入り口で集合することになった。
魔物たちの目を盗むようにして古城の外を移動する。気配を消しての行動が功を奏したのか無駄な戦闘は避けられた。
壁面にある穴をくぐって古城内に入り、仲間たちとの合流を果たす。
「シンディ、こっちは大丈夫だった?」
「はい、セレン様。魔物の襲撃はありましたけれど、すべて問題なく撃退しました」
そう言ってシンディは少し離れたところに視線を送った。そこには雷蛇や黒鳥、他にもさまざまな魔物の死体が積み上げられている。
「それよりもセレン様の方は……」
「ご覧の有様よ。シヴァがいなかったらもっと酷い事になっていたでしょうね」
シンディは俺たちの後方、意識の無い味方を担いでいる騎士たちを見て状況を察したようだ。
セレンは先に到着していたギルドとアルカーノの方に視線を向けながら尋ねる。
「あっちの状況は聞いてる?」
「どちらも意識不明者多数、それに死者も出たみたいです」
そう聞いてすぐに俺は周囲を見回してアリスの無事な姿を探していた。アリスほどの実力者が簡単にやられたりはしないと思うが、それでも万が一がある。
だが俺の心配は杞憂に終わった。すぐにアリスの無事な姿を見つけることができたのだ。彼女は負傷者の介抱を手伝っているのか忙しそうに動き回っている。
俺がアリスの無事を確認している間も二人の会話は続いていた。
「負傷者の手当は?」
「重傷者は既に対応済みです。ギルド製の回復薬も役に立ちました。軽傷者はそれぞれの陣営にいる治癒魔法の使い手が対応しているところです」
「それならあたしたちが手伝う必要はなさそうね。この後の動きについて副ギルド長に確認したいんだけれど……ああ、あそこね。シヴァ行くわよ」
集団から少し離れたところに副ギルド長、ギルバード団長、師匠がいるのを確認し、俺とセレンはそこへ足を運んだ。
「来たか。適当に座ってくれ」
副ギルド長、ギルバード団長、師匠、セレン、俺の五人が土の魔法で作った即席の椅子に腰掛けて顔を突き合わせる。
「まずはそれぞれの被害状況の確認をさせてくれ。ギルドは意識不明者が六人、死者が五人、私を含めて動けるのは十四人。それとは別に連絡役の冒険者が四人無事で、ヴィルダージュと行動を共にしている一人が生死不明だ」
「アルカーノは意識不明が六、死者が二、動けるのは十三と合同部隊にいる四」
「あたしたちの方は意識を失ってる人が七名、死者はでなかったわ。動けるのが十三名とシンディたち合同部隊が五名よ」
副ギルド長から始まり、ギルバード団長、セレンが順番に報告する。
古城に突入した時点ではギルド、アルカーノ、聖教会、ヴィルダージュそれぞれ二十五人ずつと、連絡役の冒険者が五人。総勢百五人いた。それが偽グレイルとの戦闘で意識不明が十九人、死者が七人、生死不明が二十六人。戦力としては約半減だ。
「古参悪魔を相手にするからには全員無事で済むとは思っていなかったが、こうも被害を出してしまうとは……」
副ギルド長はやり切れないといった感じで顔を伏せた。もしかしたら戦力を分けて大部屋四か所を同時に攻略しようと指示した自身を責めているのかもしれない。
その様子を見て思ってしまった。もし俺が古城の地図を作らなかったら偽グレイルとの戦闘は起きなかったんじゃないかと。今回の被害はむしろ俺に責任があるかもしれないと自己嫌悪に陥りそうになったところで師匠から声がかかった。
「そう暗い顔をするな」
「えっ?」
「どうせ自分が地図を作ったから大部屋を発見してしまって、そこに居たグレイルの偽物との戦いで被害が出てしまったとかそんな事を考えてるんだろう。だがそんなのはまるで見当違いだ。最初から魔物との戦闘で被害が出る可能性はあったし、地図がなくても大部屋にたどり着いて同じ結末を辿った可能性もある。それに地図がなければ古城の中で迷子になっていたかもしれない。なにより一階にある空白地帯に気づくことはできなかっただろう。お前がやったことは探索の時短以上の意味はない。一人で背負い込もうとするな」
「俺、そんなに分かりやすい顔してた?」
「いや。だがこっちはお前が小さい頃からずっと見ているんだ。なんとなく分かるさ」
表情には出さないようにしていたつもりだけど、どうやら師匠にはお見通しだったみたいだ。
「そっか。そう、だよな……少し気持ちが楽になった気がする。ありがと」
「気にするな。それでアルバさん、この後はどうするんだ?」
副ギルド長は気合を入れなおすように両頬を叩いてから顔を上げた。
「いつまでも落ち込んでる訳にはいかんな。この後の動きだが意識の無い者たち、それに遺体をここに残しておくわけにはいかない。彼らを飛翔船に戻したい」
「その意見には賛成なのですけれど、それには運搬役と護衛が必要です。連絡の取れないヴィルダージュも無視する訳にはいかないと思いますし、分担はどうしますか?」
「まずヴィルダージュのところにはシンディ殿たち聖教会とアルカーノの合同部隊で向かってほしい。運搬役は一人が二人を肩に担げば十三人で足りるだろう。あとはグレイル討伐と護衛をどう分けるかだが、うむ……」
「護衛が少なければ道中で魔物に襲われたときに全滅する恐れもありますし、難しいですね。あまり得策とは言えませんが、一度全員で戻るという案もあるのではないでしょうか」
副ギルド長とセレンが頭を悩ませているところにギルバード団長が割って入った。
「それはダメだ。やつは魔王ステラを復活させるために色々と動いているらしい。しかも復活の儀式はあと少しで発動させられる状況と言っていた。魔王ステラがどんな化け物かは知らないが急いだ方がいいだろう」
「アルカーノが向かった先でも同じ話があったのか」
「ということはそっちでも似た話を聞いてるってことだな」
ギルバード団長と副ギルド長の二人がセレンに視線を向けた。話の流れからなにを聞きたいのかは言葉にしなくてもわかる。
「詳細は異なるかも知れませんけれど、こちらでも同じ話がありました」
「なるほど。ステラといえば聖教会で信仰してる天使の名前と被るが、なにか関係があるのだろうか?」
「それは……」
副ギルド長からの当然ともいえる問いにセレンは言葉を詰まらせた。
「ふむ、なにか知っているという反応だな」
セレンは失敗したという感じで小さくため息をついた。
「あたしもフィオナ様から聞いた範囲でしか知りませんけれど――」
そう前置きをしてから、セレンはフィオナから教えてもらった内容を副ギルド長たちに伝えた。
「魔王復活の件は聖教会の事件のときに聞いていたが、まさかその魔王が始まりの天使だったとはな」
「あたしたちも初めて話を聞いたときは驚きました」
「魔王の正体についてはどうでもいいが、今の話が本当なら封印の宝玉が三つ揃わないと完全な復活にはならないんだろ。それならグレイルがやろうとしてるのは不完全な復活だが、そんなことするのか?」
ギルバード団長の疑問に答えられる人はここには誰もいない。その答えを知っているのは魔王ステラを復活させようとしているグレイルただ一人だけだ。
「わからん。だがやつが復活させると言ってるんだ。なにかしら勝算があるんだろう」
「それに関してはいくらこっちで考えても仕方ないか。話を戻すが、魔王復活の件があるから全員で戻る案はなしだ。どうやら俺たちに魔王が復活するところを見せたいらしいが、それについても相手の気分次第だ。あまり時間はないと思った方がいいだろう」
ギルバード団長の言う通り、グレイルの発言をそのまま素直に受け取るわけにはいかない。いまは魔王復活の瞬間を見せようと考えていたとしても、いつまで経っても俺たちが現れなければ待ちきれずに復活の儀式とやらを実行するかもしれない。
副ギルド長とセレンも同じ懸念を抱いているのか否定の声は上がらなかった。
「そこで護衛を何人にするかじゃなく、グレイル討伐に誰が向かうかで考えないか。残ったやつらを護衛に回せばいい。どうせ中途半端な実力じゃ偽グレイルとの戦いみたいに犠牲が増えるだけだ。それなら少数精鋭でいこう。アルカーノからは俺とガイ、それにアリスが討伐に向かう」
「しかしそれは…………いや、そうだな。それでいこう」
副ギルド長は少し悩んでからギルバード団長の提案を受け入れた。
元々の作戦から方針を変えることになるため、副ギルド長は飛翔船にいるギルド長に連絡を入れて、被害状況なども含めて現状の報告をした。
「作戦変更の件については合意を得た。ギルドからは私と部下二人が行くことにしよう」
「聖教会からはあたしとベル、それにシヴァとライナーの四名が向かいます」
「それでは残りを護衛に回す。我々は引き続きグレイルの探索、ならびに討伐を目標として行動する。次の目的地はここだ」
副ギルド長は地図上の空白部分を力強く指差した。
方針が決まったのでそれに合わせて行動を開始する。
大半が飛翔船に戻り、シンディたち合同部隊はヴィルダージュ部隊の探索に向かった。
ここに残っているのはグレイルの探索・討伐を続行するメンバーで、ほとんど俺の仲間というか知り合いで構成されていた。ただしその中でも副ギルド長の部下二人とは初めて顔を合わせる。
「手前の槍使いがレイザー、奥の戦斧使いがライオットだ。この二人は古参悪魔の討伐経験もある実力者で、いずれはギルドの幹部にと目をかけている」
「よろしく」
副ギルド長の紹介を受けて槍使いのレイザーが軽い調子で手を上げ、戦斧使いのライオットは黙ったまま軽く頭を下げた。
「あんたがシルヴァリオだろ。噂は聞いてるぜ」
「噂?」
「一人で古参悪魔を倒したんだろ、しかもあの”歪獣”を。スゲーよな。俺たちも古参悪魔を倒したことはあるけど、その時はがっつり十人パーティー組んでようやくだったんだぜ。しかも可愛い女の子たちとパーティー組んでるんだろ。いいなぁ、俺が今まで組んできたやつら全員男だぜ。羨ましい」
なんというか良く言えば陽気な、悪く言えば馴れ馴れしい人だな。しかしこれどう答えればいいんだろう……?
俺が困っているとライオットと呼ばれていた大男がレイザーの肩を掴んで止めてくれた。
「お前は初対面の相手に遠慮がなさすぎだ。困っているだろう」
「そうか? 悪い悪い、許してくれ。ちょっとノリが軽いだけで悪気はないんだ」
「いや、大丈夫だ。厳しい戦いになるだろうけど、よろしく頼む」
「ああこちらこそ頼んだぜ」
ちょっと面食らってしまったけど、ずっと気を張っていたから良い意味で肩の力が抜けた気がする。
顔合わせを済ましてすぐに目的地へと向かう。先頭は副ギルド長とレイザー、ライオットの三人。その後ろにギルバード団長、師匠、アリス、セレン、ベルと続き、最後尾に俺とライナーがいる。
古城の中を魔物を倒しながら駆け抜けていく。とはいえ戦っているのは基本的に副ギルド長一人。その剛腕でほとんどの魔物を一撃で倒していた。打ち漏らしはレイザーとライオットの二人が仕留めている。そのため俺たちが戦う場面はなく、しばらく暇な時間が続いた。だからだろうか、ライナーが雑談をするような軽い調子で話しかけてきた。
「ちょっと思ったんスけど、最初からここにいるメンバーだけで来れば良かったんじゃないッスか?」
「言いたいことは分かるけど、たぶん無理じゃないかな。今回のように大々的にグレイルの討伐計画を立てたからこそ副ギルド長やギルバード団長、それに師匠といった人たちが前に出てこれたんだ。もし最初からこのメンバーだけを集めようとしてもできなかったと思うぞ」
「たしかに師匠とか基本的にカムノゴルから出ないしなぁ」
「そういうことだ」
そんな話をしていると、前を走っていた副ギルド長たちが何もない壁の前で足を止めた。どうやら目的地に着いたようだ。
「ここで合っているはずだが。古城に入ったときと同じ方法で道を作れるか?」
副ギルド長は地図に視線を落としたまま隣に立つギルバード団長へと声をかけた。
「同じ素材なら大丈夫だと思うが正直分からん。とりあえずやってみるさ」
ギルバード団長が軽い調子で請け負う。そこから先は古城に入ったときと同じ光景の繰り返しだった。壁が融けて大人が数人横並びで通れるぐらいの穴ができる。
「もっと手間取ると思ったんだが、まあいいか」
副ギルド長を先頭にして、順番で壁の向こう側へと侵入する。
壁の内側は相変わらず真っ暗だった。魔法の光で周囲を照らしながらさらに奥へと進もうとするが、すぐに足を止めることになった。
「なんて大きさの縦穴だ……」
「それに深い。一体どこまで続いているんでしょうね」
副ギルド長とレイザーが膝を折って縦穴をのぞき込んでいる。俺も二人の隣に立って縦穴を見下ろしてみるが、全く底が見えなかった。
「一応、縦穴の壁面に螺旋状の階段はあるみたいだが、飛んで降りた方が早そうだな」
「いやいやアルバさん。さすがに底が見えないのに飛び降りるのはちょっと」
「……俺は階段を使わせてもらう」
「お前飛行魔法使えないもんな。それなら俺もそっちに付き合うわ」
そう言ってレイザーとライオットの二人が螺旋状の階段を凄まじい勢いで駆け下りて行く。
副ギルド長は最初に自分で言ったとおり縦穴の底に向かって勢いよく飛び降りた。ギルバード団長とアリスがそれに続く。
師匠が階段を無視して壁蹴りの要領でギザギザの軌跡を描くようにして落ちていくと、ライナーも少し遅れてから同じ軌跡を辿った。
縦穴の上に残されたのはセレンとベル、そして俺の三人。この中で飛行魔法が使えないのはセレンだけだ。俺がセレンごと飛行魔法で降りるのがいいかなと思ったところで、ベルが先に動いた。
「セレン様、失礼します」
一言断ってから、ベルがセレンを横向きに抱え上げた。
「ちょっと待ってベル、さすがにここを飛び降りるのは怖いんだけど――」
「大丈夫です。しっかり掴まっていて下さい」
少し慌てるようにしてセレンがベルの首に手を回すのと、ベルが飛び降りるのはほぼ同時だった。俺も二人に遅れないように飛び降りる。
途中に横穴があって魔物が飛び出てくるんじゃないか。そんな予想は良い意味で裏切られ、誰に邪魔されることもなくどんどん深みへと落ちていく。
これだけ地上から離れているなら魔力探知で見つけられなかったのも仕方がないだろう。正確なところは分からないけど、百から二百階ぐらいの深さを落ちたところで縦穴の底にたどり着いた。
「セレン大丈夫か?」
「大丈夫よ。ただこのまま空島の底を抜けて海まで落ちるんじゃないかと思ったわ」
セレンがベルから離れて愚痴るように言う。
「底は抜けなかったけど、それでも近いところまでは来てるだろうな」
「ええ。それに――ここで間違いなさそうね」
俺たちの眼前には神聖さと邪悪さが交り合ったかのような意匠の大きな扉があった。
扉を開ける前からこの奥に尋常ではない存在がいるのを感じる。それが封印されている魔王ステラなのか、それとも全く別の存在なのかまでは判断つかないが……
「レイザー、ライオット」
「りょーかい」
「任された」
副ギルド長に名前を呼ばれた二人は両開きの扉の前に立ち、両腕を前に出して力を込める。ギギギッと鈍い音を響かせながら左右に開いていき、最後にガコッと大きな音を鳴らして扉の動きが止まった。
扉の奥は光に溢れていた。ここまで続いていた漆黒の闇とは異なる、聖堂を思わせる白亜の世界。そしてそこは玉座の間だった。
扉をくぐって中に入り、そいつらと対峙する。
グレイルは玉座の横で従者のように控えていた。まるで自分は影で主役は別にいるとでもいうかのように。あるいはそう演じているだけなのかもしれないが、口の端をゆがめて笑うその表情からは真意を掴めない。
そしてもう一人、玉座に腰掛けているのは黄金の髪をもつ偉丈夫。華美な装飾を取り払った実質剛健な鎧とマントを身に着け、傍らには一目で業物と分かる剣が立てかけられている。扉の前で感じた存在はこいつだと一目見て直感した。
「なぜあなたが」
「これは面倒なことになったな」
「見間違いじゃないわよね」
副ギルド長、ギルバード団長、セレンの三人は玉座に座っている男を知っているのか呆然と立ち尽くしている。
グレイルと玉座の男の関係がどういったものかは知らない。一緒にいるからには俺たちの敵なのだろう。そう思う反面、副ギルド長たち三人が玉座の男とは争いたくなさそうな雰囲気を出しているのが気がかりだった。
俺はみんなの前に出て玉座を睨み付ける。いつでも剣を抜けるようにと心構えをして、鮮血を思わせる真紅の瞳をもつ男へ問いかけた。
「お前は一体、何者だ……?」
「余はアスラ・グロウリード・ヴィルダージュ。いずれ世界の王となる者だ」