151 タネ明かし
「他のところにもグレイルがいるという情報が入っているけれど、目の前にいる敵が本物だという意識で各自行動しなさい」
セレンのかけ声を機に、部屋の中央にいるグレイルを味方が取り囲むように散開した。
俺は攻撃の手を緩めずに相手の様子を観察する。はたして目の前の敵は本物なのか、それとも偽物なのか。
まず最初に考えるべきはグレイルが複数人いる説。だがこれはギルドが新しく作った”魔影探知器”という魔道具の存在によって否定できるはずだ。古参悪魔として知られるグレイルに匹敵する反応が複数あればギルド長が黙っているはずがない。
つまり四体のうちどれか、あるいはまったく別のところに本物がいて残りは偽物と考えるのが妥当だろう。見た目は魔法でいくらでも誤魔化すことができるから、ここで問題になるのは外見ではなく中身。
こちらの攻撃を防ぐ技量、体捌き、結界の強度、それらはどれをとっても本物といって遜色ないレベルだった。多少見劣りする感じもするが、相手がまだ本気をだしていないだけの可能性もある。
「シヴァは一度あたしのところまで下がって。シヴァが抜けた穴は他の人たちでカバーするように」
セレンの指示を受けて俺は大きく後退し、代わりに仲間が前に出た。ライナーを中心に聖騎士たちが連携をとってグレイルの防御を突破しようと攻勢に出ている。
後方で待機している聖神官たちは味方へ強化魔法をかけたり、グレイルの反撃でダメージを受けた人の治療をしたりとその役目を果たしていた。
グレイルから視線を外さず、俺を呼び戻した本人へと声をかける。
「どうして下がらせた?」
俺はまだ怪我もしていなければ疲労も溜まっていない。普通なら後ろに下げる理由はないはずだが。
「魔王シヴァって呼ばれたあたりからちょっと冷静じゃない感じに見えたから。普段のあなたならいきなり一人で突っ込まないと思ったし。まああたしの気のせいかもしれないけれど」
「それは……」
たしかにセレンの言うように少し冷静さが欠けていたかもしれない。一度大きく息を吐いて気持ちを切り替える。
「もう大丈夫だ」
「そう。それでちょっと確認なんだけど、以前見せてもらった魔人化を使えば倒せる?」
「可能性は十分あると思ってる。ただ全力を出すなら俺一人で戦うぞ」
二重覚醒後の魔人化で全力を出した戦いといえばグラードとの対決だ。あの時は広い荒野を自由自在に駆け回るようにして戦った。周囲の被害も考えず、最大出力で技と魔法を放った。
もしあの時のように戦ったらどうなるか? おそらくこの大部屋は崩壊し、周りにいる仲間を傷つける結果になるだろう。そうなるとどうしても周囲に被害が及ばないように気を配る必要がある。
それはつまり周りに仲間がいる状態では全力を出すのが難しいということだ。純粋な剣技や体術だけでグレイルを倒せればよいが、流石にそこまで楽な相手ではない。
セレンは鋭い洞察力で俺が言葉にしなかった本音を読み取ったのか、どこか寂しげに「アリスならあなたと一緒に戦えるのかしら」とかすかな呟きをこぼした。
「あなたに頼らないで倒せればいいんだけど、最悪の場合はお願いね」
「わかった」
「それで手品のタネを見破ってやるなんて威勢良く言ってたけど、なにか目星はついたかしら?」
「いいやまだだ。そっちでなにか気づいたことはないか?」
セレンは小さく肩をすくめて否定する。
「残念ながら。というかあたし実物を見るの初めてだから本物か偽物かの判断なんてできないわよ」
「それもそうか」
俺とセレンがこうして話してる間もライナーたちの攻撃は続いている。
グレイルは巧みな体捌きで苛烈な攻めを紙一重で躱し続けていた。どうしても避けれないものは結界を使って防いでいる。
基本的にグレイルは防戦一方。こちらの方が数で勝っているのだから別におかしくはないのだが、どうにも腑に落ちない。
わざわざ俺たちを待ち構えていたんだ。このまま何もないとは考えにくいのだが。
「他のところの状況はどうなってる」
「はい。まだ目標を倒すことはできていませんが、概ね優勢とのことです」
連絡担当の冒険者に尋ねるとすぐに返事が返ってきた。簡潔な内容ではあるが他もこことそう変わらない状況であることが読み取れる。
どこか一カ所でも劣勢のところがあればそこに本物がいると怪しむことができるのだが、それは空振りに終わった。こうなると四人とも偽物と考えるべきだろうか?
「いまだ!」
ライナーの渾身の一撃がグレイルの結界を切り裂いた。一瞬の好機、その瞬間を逃さず聖騎士たちの攻撃がグレイルを直撃した。
「ふふっ、さすがにここまでやってくるだけあって皆さん手練れですね。ですがこの程度ではやられませんよ」
体のあちこちに深い裂傷を刻まれたというのにグレイルは余裕の笑みを崩さない。いや、むしろ嘲笑をいっそう深めていた。
そんなグレイルの不気味な様子に気圧されたのか、攻めていたはずのライナーたちが一歩退いている。
「なにかおかしくないか?」
「血がでていないぞ」
「化け物め……」
誰が言ったのか、その小さな呟きは不思議と耳に届いた。
グレイルの傷口から血が流れず、さらに時間が巻き戻るかのように元通りになった。
「治癒魔法を使った様子もないのにどうなってるのよ」
ライナーたちが再び攻勢に出る中、セレンが戸惑いの声を上げた。
どれだけ攻撃してもすぐに再生するというのであれば攻め方を考え直さないといけない。
例えばグラードはどれだけ攻撃を受けてもすぐに肉体を再生させ、擬似的な不死を実現していた。当然魔力が尽きれば再生できずに死ぬという制限はあったけど、それでも破格の耐久力があったことに変わりない。
俺が知らないだけでグレイルもグラードと同じタイプなのか? もしそうであれば手間ではあるが、魔力が尽きるまで何度も倒せばいい。
「だけどあいつみたいに魔力を消費して再生している感じじゃなさそうなんだよな……」
ライナーの好手でグレイルの腕が切り飛ばされるが、やはり時間を巻き戻しているかのようにして腕がくっついた。
「アニキ! こいつケネスと同じ方法で再生してる!」
「どういうことだ?」
「前にケネスと戦って腕を切り飛ばしたとき、相手の腕が治癒魔法を使わず勝手にくっついたんスよ。”黒金”が言うにはケネスは精霊に近いんじゃないかって」
ライナーが剣先でグレイルを牽制しつつ、大きな声で伝えてくれた。
「精霊に近い――っ、そういうことか」
ライナーの話を聞いて俺の中で一つの仮説が生まれた。
「なにか気づいたの?」
「ああ。目の前のグレイルは本物であり、そして偽物だ」
「本物であり偽物? どういうこと? 全然わからないんだけど」
「たぶんグレイルは協力関係にある精霊と共鳴しているんだ」
以前、精霊の里でケネスがシルフを呼び出してライナーと戦わせたことがあった。同じようにグレイルにも協力関係の精霊がいるのだろう。その精霊とグレイルが共鳴すれば、グレイルの実力を持ちつつ精霊の特性をもったグレイルの分身とでも呼ぶべき存在ができあがるはずだ。
「精霊と共鳴ってアリスとオーロラ様がしていたみたいに? でもそれだと四人いる理由にはならないんじゃないの?」
「どうやってるのかは分からないけど複数の精霊と同時に共鳴してると考えれば矛盾は生じない。見た目は魔法でいくらでも変えれるからな」
セレンに俺の考えを伝え終えると、大きな拍手がゆっくりと部屋の中に響いた。戦いの場でそんな酔狂なことをする人物など一人しかない。
「正解ってことでいいのか?」
「ええ、さすがですね」
「それはこっちのセリフだ。共鳴魔法は一対一の関係でしか使えないと思っていたが、まさか複数同時にできるとはな」
こればっかりは素直に相手の技量に感心した。魔法の知識や技量については他の人よりも優れている自負があったけれど、こいつはさらにその先を行っていた。だてに千年も生きてないってことか。
「とある条件をクリアすれば複数同時共鳴が可能というだけで、あなたの認識も間違いじゃないですよ」
「とある条件だと?」
得意げに語るその姿は見ていて腹立たしいが、自分からベラベラと知識を開示してくれそうな雰囲気なのでいまは我慢して聞きに徹することにしよう。
「ええ、自らを精霊と同じ性質に変化させる魔法を使えばよいのですよ。実は私以外にも使える人が一人だけいるんですけど分かりませんか?」
「お前以外に使える人物がいるのか?」
「ヒントはあなたの親しい人ですよ」
真っ先に思いついたのはオーロラ。精霊の長であれば使えてもおかしくない。しかしオーロラ自身が精霊のため自らの性質を精霊に変えるなんて無駄なことはしないだろう。なにより親しいかと言われると違う、俺とオーロラの関係はよくて顔見知りといったところだ。
そうなると候補は一人だけに絞られる。
「……精霊の加護を持つ勇者、つまりアリスか」
「そういうことです。共鳴魔法は人同士で使っても片方が動けなくなる不完全な魔法ですが、どちらかあるいは両方が精霊であれば違う。まず人と精霊で共鳴すると片方が動けなくなるといった制限がなくなり、そして精霊あるいは精霊に性質を変化させた者同士であれば複数同時に共鳴することも可能なんですよ。ですが複数同時共鳴は意識が分散されるので個々の戦闘力が下がってしまうのが難点ですね。まあその分動かせる手足が増えると考えれば使い道はいくらでもあるんですけれど」
シャルとオリヴィアが共鳴魔法を使っても片方しか動けなかったのは二人の実力が不足していたんじゃなくて、それが人同士で共鳴する場合の限界だったってことか。そして精霊に性質を変化させる手順を踏めば、複数の精霊と同時に共鳴できるようになると。
「わざわざ自分からタネを明かすなんてずいぶんと余裕だな」
「それでこちらが不利になることはありませんからね。タネを知っていてもどうしようもないでしょう?」
たしかにグレイルが言うように原理を理解したところで防ぎようがない。対処方法はグレイルが精霊と共鳴する前にどちらかを始末するぐらいだが、これだって今回のように事前に共鳴されていたら意味がない。
「…………それで本物はどこにいる? こんな手の込んだことをしてなにが目的だ?」
古城の四隅にある大部屋に共鳴した状態の精霊を配置するなんて面倒なこと、なんの目的もなくやるとは思えない。なにかしら理由があるはずだ。
「なにが目的かと問われれば、それはひとえにあなたたちがステラ様復活の儀式に参加する資格があるかどうか、その確認をしているのですよ。つまり選別です」
「選別だと?」
「ええそうですとも。今後世界を支配するステラ様の威光を知らしめるには丁度よい場だと思いましてね。しかし有象無象の凡夫ではステラ様のお姿を見ただけで気を失いかねません。ステラ様の御前でそんなみっともない姿をさらされては困ります。ですからある程度のふるいが必要なんですよ」
ステラ復活の話が出たことで仲間たちに動揺が走った。ここにいるのは聖教会に属する人たちのため、ステラといえば始まりの天使というイメージが強いのだろう。自分たちが信仰している天使をグレイルが復活させようとしているとなれば無理もない。
しかも千年前に始まりの天使ステラが魔王になって、それが現状では封印されているということを知っているのはフィオナや俺たちといったごく一部の人たちだけだ。そういった知識のない人からすればグレイルの発言は全くもって意味が分からないだろう。
「さて、それでは仕上げにかかりましょうか。この一撃を受けてそれでも立っていられた方のみステラ様復活の儀式に参加する権利を与えましょう」
そう言い残し、グレイルは全魔力を消費して盛大に自爆した。
俺はとっさに張った結界で自分の身を守った。隣ではベルがセレンの前に飛び出て、同じように結界を張っている。
圧縮された嵐が解放され大部屋の天井と壁を吹き飛ばし、外に向かって何百という落雷が駆け抜けた。吹き荒れる暴風はかまいたちを孕んでいて、嵐に身をさらせばすぐにでも死の刃に体中を切り刻まれることになるだろう。
嵐は一瞬にして大部屋の様子を書き換えた。壁や床などに亀裂や穴ができていて、いつこの部屋自体が崩壊してもおかしくない。
無傷で立っているのは俺、セレン、ベル、それにセレンの近くにいてベルの結界の恩恵にあずかれた連絡役の冒険者だけ。
多くの仲間がグレイルの自爆に巻き込まれて部屋の中で倒れ伏している。部屋の外を見れば吹き飛ばされた仲間が頭から地面に落ちていくところだった。
「――っ、間に合え!」
意識を失っているであろう者が見えてるだけでも数名、視界外を含めるともっといるはず。
俺はすぐさま魔力探知で周囲の仲間の位置を特定、飛行魔法で彼らを空中に留めることに成功した。古城の地図を作成したときの要領で周囲の地形を確認してから、ゆっくりと負傷者を地面に降ろす。
「これでひとまず転落死は回避できたな」
あとはセレンたちに治療してもらうだけだ。
「ありがとう。あたしとベルじゃどうやっても助けられなかったわ」
「気にするな。仲間を助けただけだ」
「あたしは負傷者の手当てをするわ。ベルはあたしの手伝い、シヴァとそこのあなたは部屋の外に飛ばされた人たちを一か所に集めておいて」
「わかった。ここの人たちの手当てが終わったらすぐに来てくれ」
俺は連絡役の冒険者と一緒に部屋から飛び出した。
負傷者を保護して古城の近くに集めていると、ライナーが怪我人に肩を貸すようにしてこっちに近づいてきた。ライナー自身も怪我を負っているようで多少血を流していたが、足取りもしっかりしていて元気そうだ。
「無事でよかった。部屋の中にいなかったから心配したんだぞ」
「”燐光散華”である程度は防げたんスけど飛ばされちゃって。それよりここに怪我人を集めればいいッスか?」
俺たちが負傷者を一か所に集めているのを見てすぐに協力を申し出てくれた。ありがたいが、ここは別の役目を任せたい。
「いや、魔物が襲ってくるかもしれないから、ライナーはここで負傷者を守っててくれ」
「了解ッス」
それから大部屋での治療を終えたセレンとベルが地上に降りてきて、俺たちが集めた負傷者の手当てをした。
負傷者の治療が一段落したため次の行動について話し合う。
「動けるのは半分か。どうする?」
「いつ意識が戻るかわからない人たちを戦場に置いておくわけにもいかないでしょ。あたしとしては彼らを飛翔船に連れていきたいわ」
幸いにして死者はでなかった。怪我もセレンや聖神官たちのおかげで完全に治っている。だがいまだ意識が戻らない状態の人がほとんどで、このままでは作戦の遂行に影響が出る。
「一度副ギルド長に確認してみるか」
「そうね。他のところがどうなっているのかも気になるし」
「他のところってまだ偽グレイルと戦ってるのか?」
連絡役の冒険者に尋ねると、他のところの状況を教えてくれた。
「ギルド、アルカーノのところも敵の自爆で戦いが終わりました。こちらと同じように負傷者の手当てをしているとのことです。ヴィルダージュのところは連絡がとれず状況がつかめません」
「ヴィルダージュのところがどうなってるのか気になるけど、まずは副ギルド長に相談だな」
封印の宝玉が無事な状況でグレイルがステラを復活させようとしているということは、不完全な状態での復活に踏み切った可能性が高い。一刻も早くグレイルの居場所を突き止めて復活の儀式を阻止しなければ。