150 古城潜入
飛翔船が完全に停止すると甲板に残っていた人たちが次々と下船し始める。飛翔船に残るのは技師たちとその護衛のみで、その役目はギルド長と冒険者の一部が担うことになっている。
俺たちが出発した後でギルド長が主体となって飛翔船を丸ごと覆う強力な結界を張る予定だ。まだ魔物の殲滅が終わっていないため油断はできないが、結界を張るところまでいけばひとまず安心といったところだろう。
俺は一度前線から下がり、まだ甲板上にいるセレンたちと合流した。
「みんな無事か?」
「見ての通り無事よ。船内で何人か怪我人は出たけれど、それもすぐに治せる程度の軽傷だったわ」
「そうか」
飛翔船に目立った被害が出ていなかったから問題ないとは思っていたけど、こうして直接無事な姿を確認できてほっとした。
「それよりもあなた、魔人化していないのによくあのドラゴンを一撃で倒せたわね」
「ん? ああ、それはこの剣のおかげだよ。というか船の後ろ側にいたんじゃなかったのか?」
船よりも前の方で戦っていたから、後方に向かっていったセレンからだと見えないはずだが。
「魔導砲で倒せないドラゴンが出たってちょっとした騒ぎになってたのよ。それで様子を見に行ったら丁度あなたが倒してるところだったってわけ」
「なるほど」
たしかに魔導砲も耐えるし騎士たちの攻撃も効果が無かったもんな。戦い慣れていない技師たちが冷静さを失って騒いだとしても不思議じゃない。
「ところでそれ、アリスが使ってる”勇者の剣”と同じなのよね?」
「同じって言っていいのかな? 素材は一緒だけど形状はライナーが使ってる”黒金”に近いぞ。ほら」
抜きっぱなしだった剣をセレンたちに掲げて見せる。全体的に俺の魂を反映した漆黒になっているが、刃元に埋め込まれている精霊石だけは赤く輝いていた。
「ふーん、アリスはきれいな赤色だったけど……なんというか禍々しいわね」
「そこは放って置いてくれ」
「まあどんな見た目でも構わないわよ。強力な武器ってことに変わりないんだから」
「そう言ってくれると助かる」
「ところでアニキ、その剣ってなんて名前なんスか?」
ライナーの素朴な疑問に俺はすぐに答えることができなかった。なぜならカインから手渡されたときの事を思い返してみても、剣の名前を聞かされていないのだから。
「なんだろ?」
「え?」
「いや、この剣を受け取ったときに名前を聞いてなくてさ」
「ふーん、それならアニキが決めちゃえば?」
「俺が? そういうの苦手なんだけど」
そういえばグラードを倒した時に編み出した技、あれもまだ名前決めてなかったなとどうでもいいことを思い出した。あれ”アビス・ストライク”にしようかな? っていまは剣の名前を決めようって話だった。脱線しそうになった思考を元に戻す。
「そうだな……俺専用の剣だし”シルヴァリオの剣”とかでよくない?」
思い付きをそのまま口にしたらライナーとセレンがそれぞれなんとも言えない表情を浮かべた。ダメならダメって言ってほしいんだけど。
「アリスさんが持ってる”勇者の剣”と似た感じで”英雄の剣”とか、もしくは”黒金”の方に似せて”白銀”なんてどうッスか?」
「”英雄の剣”だと自分で自分のことを英雄だと思ってる痛い奴みたいにならないか?」
「あーそこまでは考えてなかったっスね」
「とりあえず”白銀”にしようかな」
時間もあまりないし、俺自身そこまでこだわりはないのでこれでいいだろう。それよりも今後の行動について話したい。
「それでここから先は作戦通りか?」
昨日の会議で打ち合わせた作戦の内容は大雑把にまとめるとこうなる。
空島に着いたらギルド勢力の半分が飛翔船に残って拠点とする。天使は転移を封じる結界を張っている仲間の下へ応援に行く。そして残りは東西南北に分かれて空島を探索する。グレイルを見つけ次第情報の共有を行い、全戦力を集結して討伐するといった流れだ。
だがこの作戦を根本から覆すものが空島の中央に建っていた。
「さっきギルド長から作戦の変更を伝えられたわ。ギルドの勢力がここを拠点にして、あたしたちは空島の探索をするって方針は変わらない。だけど空島全体を探索するんじゃなくて、中央にある建物の調査に注力することになったの」
やっぱりそうなったか。
「飛翔船の上からでもあの建物が見えたんだな」
「当然よ。ただ少し不思議なんだけれど、天使たちが偵察として先にここへ来ていたでしょ」
「それがどうしたんだ?」
「天使たちの報告にあの建物は無かったじゃない」
「……見落とすような大きさじゃないよな?」
実際に俺は空島に入ってすぐに気づいたし、セレンたちも飛翔船の上から見ている。偵察に向かった天使たちが見落とすとは思えない。
「報告漏れっていうのも考えにくいから建物自体を隠蔽していた可能性が高いけれど、それならどうしてあたしたちが来た段階で見えるようになっていたのか。そこが分からないのよね」
「それを言ったら魔物の集団も同じだよな」
「そうなのよね」
グレイルの立場になって考えるなら隠していた方が都合がいいはずだ。俺たちへの対応を考えるにしろ逃げるにしろそちらの方が時間を稼げる。
だがそうしないのは時間を稼ぐ必要がなくなったからとも考えられる。すでにここからグレイルが逃げているとか、あるいは魔王ステラを復活させる手順が整ったとか。でも魔王ステラ復活に関しては封印の宝玉を精霊の里とシャンディアで守っているから不可能だ。その二つがこの短期間の間に奪われたとは考えにくい。なによりそんな騒動があれば俺たちの耳に届いているだろう。
それ以外の可能性は――
「罠っていうのが一番わかりやすいけれど、誘われているのかしら?」
「あるいは単純に隠す必要がなくなったのかもしれない。どちらにしろあそこに行くって選択肢しかないんだ。気にしても仕方ないだろ」
「それもそうね」
セレンは想像すらしていないようだけど、建物や魔物が最初から隠されていなかったという可能性だってある。つまり天使の報告が信用できないということ。誰も彼をも疑いたくはないけど、こればっかりは性分だから仕方ない。
それから飛翔船を降りた俺たちは、アルカーノなどの他勢力と一緒に空島の中央にある古城を目指して駆け出した。途中、何度か魔物に襲われる場面もあったが、先頭を走っていた副ギルド長のアルバさんとギルバード団長、それに師匠が瞬殺していったため問題にはならなかった。
大して苦労せず古城の前へと到着した俺たちだったが、すぐに中へ入ることはできなかった。
「これどこから入ればいいんだ……?」
左右だけじゃなく上を見上げても入口らしいものがなかった。窓の一つでもあればそこから侵入できるんだけど、それすら見当たらない。
「入り口を探すだけでも大変そうッスね。いっそのこと壁を壊しちゃった方が早いんじゃないかな」
「中がどうなってるのかわからない状況で無理やり壊すのはちょっと怖いけど」
ありえないだろうが中に無関係な人がいたりしたらヤバいなんてもんじゃない。そうじゃなくても壊した瞬間中から魔物が大量に出てきたりしたら一気に乱戦になって混乱するだろう。
「ですが正規の入り口には罠があるんじゃないでしょうか」
「ベルの言う通りよ。どうせどこから入ろうが危険であることに変わりないんだからさっさと壊しましょう」
「セレンって結構思い切り良いよな」
「そうかしら?」
いや俺が慎重すぎるだけか。
俺たち以外の勢力も似たような結論に達したようで、ギルバード団長が代表して壁を壊すことになった。
ギルバード団長が壁に手を当ててコンコンと感触を確かめている。
「土というよりも金属に近いな。様子見がてら小さめの穴を開けるが、用心のため少し離れてろ」
俺たちが距離をとったのを確認してからギルバード団長は魔法で古城の壁を融かした。融けた壁はギルバード団長の足元を避けるように地面へと広がっていく。そうして大人が一人ギリギリ通れるぐらいの穴ができあがった。
「罠や待ち伏せはなさそうだ」
慎重に中を確認していたギルバード団長がそう結論づけて、さらに壁を融かして穴を広げた。今度は大人が十人は並んで通れるぐらいの大きさになった。その穴を通って順番に古城の中へと入る。
「もっと薄気味悪いところを想像してたけど、案外きれいだな」
魔法で周囲を照らすと天井、壁、そして床のすべてが漆黒の廊下だった。左右に延びている道の先は闇に包まれていてまったく見えない。
外から見た感じだと古城って感じだったのに照明や絨毯といった装飾類は一切なかった。人工的な建物なのに人間味が感じられず、どこかちぐはぐな印象を受ける。
「早速各勢力に分かれて城内を調査しよう」
副ギルド長がみんなに指示を出したが、俺はそれに待ったをかける。
「少しいいですか」
「シルヴァリオ殿、何か意見でも?」
「意見というか、ちょっと試してみたいことがあるんです。少し時間を下さい」
以前モルオレゴンの巣穴を調査したときのように風の魔法に自身の魔力を混ぜる。その風を城の中に向かって拡散させた。
「なにをしているんだ?」
「風の魔法に自分の魔力を混ぜて、それを魔力探知で確認することで城の構造を確認しているんです」
「そんなことができるのか?」
「完全に密閉されたところは確認できませんけど、ある程度隙間があれば扉を超えて部屋の中も調べられますよ」
副ギルド長に説明をしながらも城内の調査を続ける。かなり複雑に通路が入り組んでいて迷路のようだ。何も考えずに足を踏み入れたら確実に迷子になっていただろう。
覚醒前の俺だったらこの大きな古城全部を調べ上げるのはさすがに無理だった。でも覚醒して魔力の制御技術が格段に向上した今、それも不可能じゃない。
「地図を描きたいんですけど道具持ってる人いませんか?」
「それなら私たちがやります」
ギルドの冒険者たちが手を上げてくれた。彼らに協力してもらい城の地図を作成する。俺は地図作成に専念して、その間は他の人たちが周囲の警戒をしてくれた。
それからしばらくして、できあがった地図を副ギルド長に確認してもらう。
「こんなに細かく分かるものなのか」
「大したものだな、まったく」
副ギルド長、そして横から地図をのぞき込んでいたギルバード団長が感嘆の声を上げた。
「魔法を使えない俺にはいまいち凄さがわからないんだが、そんなに驚くことなのか?」
「魔力探知だけならそう難しくはない。だが魔力を広範囲に広げてそれを維持し続けるというのは相当に難しい。ちなみに俺は同じことをしろと言われてもできないぞ。おそらく一部屋分ぐらいの広さが限界だ」
「やってることは単純に思えるがそんなに難しいのか」
首をかしげる師匠にギルバード団長がざっくりと説明していた。
というか俺は意識したことなかったけど、これってそんな難しかったのか。
「シヴァって昔からすごかったけど、いつの間にこんな魔力の扱い上手くなったの?」
「覚醒したことで一気に魔力制御が上達した感じはあるんだけど、この手法自体はそれ以前から使ってたからいつって聞かれてもよく分かんないんだよな」
正直にアリスに答えると、セレンが会話に入ってきた。
「自分は当たり前にできるから、それが実は当たり前じゃないんだって中々気づけないのよね」
「そういうものか」
「そういうものよ。あなたはもっと自分の才能に自覚的になった方がいいわ」
魔力制御の才能か、個人的にはもっと剣の才能が欲しかったんだけど。師匠とライナーに一瞬視線を向けてから、誰にも気づかれないように小さくため息をついた。
「シルヴァリオ殿、魔力探知で何か引っかかったりはしなかったか?」
「城の中には魔物がうじゃうじゃいたけど、それ以外ってなると最上階の四隅にある大部屋が怪しいかな。詳細までは分からなかったけどそこに大きな魔力反応があった。それがグレイルかと言われるとあまり自信はないけど」
「最上階の四隅か」
地図を確認している副ギルド長に魔力探知で感じたことをそのまま伝えた。
一緒に地図を見ていたギルバード団長がある地点を指差す。
「一階の中央部分も怪しくないか? 地図に大きな空白がある。ここに隠し部屋があるかもしれない」
副ギルド長は顎に手を当てる姿でしばらく考え込んでから口を開いた。
「地図上の空白はいったん後回しにして、先に最上階の四隅にある大部屋を確認することにしよう。あとはここで退路の確保、ならびに遊撃の役を任せるチームを作りたい。状況次第では劣勢になっているところへ応援に向かってもらうことになるだろう」
「それならあたしたちが二手に分かれます」
「うちからも何人か出そう」
セレンとギルバード団長が話し合い、以前一緒に合同演習をしていた面子がここに残ることになった。
「それじゃあシンディ、こっちはお願いね」
「お任せください。セレン様もどうかお気をつけて」
最初シンディはセレンから離れることに難色を示していたが、セレンから直接頼まれると断れず、合同チームの指揮を任されることになった。
ヴィルダージュとギルドからも人を出すかで少し揉めたのだが、ただでさえ即席チーム、これ以上人が増えると統制が取れなくなる危険があったため遠慮してもらった。
役割分担を終え、それぞれが調査を担当する大部屋へと向かう。複製してもらった地図を見ながら城内を進むため迷うことはない。
邪魔な魔物を蹴散らし、いくつもの階段を駆け上り、廊下を走り抜けてようやく目的の場所に到着した。
「この先が大きな魔力反応があったっていう大部屋であってるかしら?」
「ああそうだ」
セレンが目配せをすると、二人の聖騎士が前に出て慎重に左右の扉を押し開く。できた扉の隙間から中を照らすと、部屋の中央に人影が浮かび上がった。
俺たちを出迎えるように部屋の中がパッと明るくなって、人影の正体が明らかになる。
天使と悪魔の翼が融合したかのような四対八枚の翼、灰色の長髪、そして顔にペイントを施し色とりどりの派手な衣装を身にまとう特徴的な姿。見間違えるはずがない。
「――っ、グレイル!」
「ここに来るまでもう少し時間がかかると思っていたのですけれど、想像以上に早い到着でびっくりですよ」
「やっぱり俺たちに気づいていたのか」
「当然です」
空島全体を転移封じの結界で覆っているんだ。招かれざる客が来ていることに気づいていたとしても不思議じゃない。
いつ戦闘が始まってもいいように全員が身構える中、グレイルだけが臨戦態勢をとらずに余裕の笑みを浮かべている。
「それよりも……ふふっ、また会えましたね――魔王シヴァ」
「魔王?」
セレンたちがどういうこと? といった疑問を込めた視線を送ってくる。一緒にいるのがセレン、ベル、ライナーの三人だけなら本当のことを打ち明けてもよかったが他にも人がいる。ここはすっとぼけさせてもらおう。
「気にするな。こっちの気を散らせる戯言だろ」
「おやおや? その様子だとまだお仲間に自分の正体を伝えていないみたいですねぇ。まったく困った人だ」
「よく口の回る悪魔だな。お前の冗談に付き合ってる暇はない。さっさと死ね」
相手のペースに巻き込まれないよう、こちらから先に打って出た。
一瞬で相手の懐まで潜り込み”白銀”で斬りかかる。だがその一撃はバチバチと音を立てて結界に拒まれた。
「あまり慌てないで下さいよ。せっかくこうして再会できたんですからもっと楽しみましょう」
ニチャと音がしそうな粘つく笑みを正面からにらみ返す。
この話しているだけで不愉快になる感じ。とても偽物とは思えない。
「あなたは副ギルド長たちにグレイルが出たと伝えて!」
「いえ、ですがしかし……」
「どうしたのよ?」
背後でセレンが連絡役の冒険者に指示を出しているのが聞こえたが、どうにも様子がおかしい。
「それがアルカーノ、ヴィルダージュ、それにギルドが向かった他の大部屋にもグレイルがいたと報告が届いているんです!」
「なんですって!?」
おいおいどういうことだ。
「お前四つ子だったのか?」
「さあどうでしょうね。タネも仕掛けもないびっくり仰天手品かもしれませんよ」
「手品だと? まあいいさ、すぐに見破ってやるから覚悟しろ」