149 空島上陸
空島上陸に先立ってギルドの関係者が船の中からいくつもの木箱を運んできて甲板に並べた。蓋が外された箱の中には携帯食料や魔石、装備品の数々が入っている。
「食料や装備品等が必要な場合はここから持っていくように。ただし回復薬については事前に配布した分のみとなる」
ギルド長の呼びかけに応じて各勢力が順番に補給を受け取っていく。ただし余計な荷物は邪魔になるため、みんな取っていくのは最低限の量だ。
俺も食料と魔石をいくつかもらい腰のポーチに詰めた。装備品までは必要ないけれど、ギルドが用意したものがどんなものか興味があって覗いてみる。適当につかみ取ったのはガントレット。ライナーがレインからもらった篭手にどこか似ている気がする。もしかして同じ素材から作られているのだろうか?
「これエンシェントドラゴンの素材で作ってるのか?」
隣に立つギルド長に確認すると、肯定の声が返ってきた。
「そうだ。以前お前たちが倒したやつの素材を聖教会から買い取って加工したものになる。ちなみにお前が持ってるのはアルバが装備してるものと同じやつだ」
「へぇ」
副ギルド長は見た目通り近接戦闘が得意なタイプか。今回副ギルド長がギルド関係者を率いて前線に出ることになっているから、戦っているところを見る機会もあるだろう。
「こんな物まで支給品にするなんてギルドは太っ腹だな」
「そうはいっても装備品まで持っていくやつはなかなかいない。皆、自分の使い慣れたものの方がよいのだろう」
「というか一人だけ装備を変えたらどうみても浮くだろ」
「たしかに、それはそうだな」
俺のツッコミを受けてギルド長は軽く笑い飛ばした。
アルカーノや聖教会、ヴィルダージュは所属ごとに装備品を統一しているから基本的にみんな同じ見た目をしてる。ここで自分だけ装備を変えるというのはなかなか難しい選択だろう。
そのためこれら装備品を受け取っているのは所属を気にする必要のない、ギルドが呼んだ冒険者ぐらいだった。
支給品を受け取る人たちがいなくなったタイミングを見計らい、声をひそめてギルド長に話しかける。
「なあ、以前北の騎士たちから変な気配を感じるって話があっただろ。今回参加しているやつらはどうなんだ?」
「それならすでにじいさんに確認してもらってる。今回作戦に参加している者たちからは何も感じなかったそうだ」
「怪しい気配を隠せるほどの実力者なのか、本当に何も無いのか。どっちだと思う?」
「どちらでも構わん。何もないならそれに越したことはないし、何かあれば正式に北に対して抗議するだけだ。今回それぞれの勢力にギルドから連絡と監視をかねた者を付けるから、怪しい行動をとったのならすぐに全員の耳に届く」
「泳がせるのか?」
「そういうことだ。どうしても後手に回ることになるが、不利は承知の上だ」
もし戦闘中に裏切ってきたらって考えるとたまらないな。背後にも気を付けないといけないとは。とはいえ現状だと監視をつけるので精一杯。どうしたものか。
「疑心暗鬼になる気持ちもわかる。だがいまは目の前のことに集中してくれ」
「わかってる」
北の問題については今回の件が終わってから改めて考えることにしよう。
こうして話してる間も飛翔船はどんどん進んでいる。いまは雷雲に突っ込む手前といったところまで来ており、着陸準備の一環として少しずつ速度を落とし始めていた。
何もなければこのまま雷雲を突破して空島に着陸するだけなのだが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。
「おい、なにか飛んでくるぞ!?」
甲板上で着陸準備をしていたギルドの技師たちが騒ぎだす。
「ちっ、魔物の集団だ! 迎撃準備!」
ギルド長の指示を受けた技師たちが、甲板上に設置してある大砲のようなものを操作し始めた。おそらくあれがソフィアの言っていた魔導砲だろう。話に聞いた通りの威力ならある程度の牽制にはなるはずだが、それもどこまで通用するか。
技師たちが騒がしく声を上げている中で、ギルバード団長と師匠の冷静な声が耳に届いた。
「黒く見えてたのは黒鳥の群れ、雷雲は雷蛇の群れが作ったものだったのか」
「その群れの奥にドラゴンもそれなりにいるぞ。どいつもこいつもAランク以上の面倒なやつばかりじゃないか、一体どうなってる?」
「偵察の天使から報告がなかったんだ、どこかに隠れていたんだろうさ。それにしても数が多い。このままだと船が落とされる」
ギルバード団長が言うように敵は多く、手前に見えてるだけでざっと百はいる。総数だと軽く千を超えるかもしれない。
昨日の会議の中で移動中に襲われた場合についても話し合いが行われていた。そのためそれぞれが迅速に次の行動へと移っていく。
「作戦通り俺は空を飛べるやつらを率いて船の周りを護衛する。ガイは残りのやつらと一緒に船の上からできることをしてくれ」
ギルバード団長はそう指示をだすと数名の騎士を連れて船から離れていった。師匠も残りの騎士を連れて船の前方へと向かっていく。
その様子を見ていたヴィルダージュの連中もアルカーノと同じように二手に分かれて行動し始めた。
俺たちも遅れるわけにはいかない。セレンに視線を向けると力強い頷きが返ってきた。
「シヴァはアルカーノの騎士たちと一緒に迎撃に出て。残りはベル、シンディをリーダーとして二手に分かれ、船の側面を守りつつ後方にも気を配るように」
指示が出てすぐに聖教会の面々は船の左右に向かっていった。それに対して一人だけ指示の無かったライナーが視線を彷徨わせている。
「オイラはどうすればいい?」
「あたしの護衛よ、一緒に船の後方にきて。進行方向と逆だからそこまで人はいらないだろうけど、回り込んでくる魔物がいるかもしれないから結界を張れる人がいた方が安心でしょ」
「なるほど、了解ッス」
これでアルカーノ、ヴィルダージュ、聖教会がそれぞれ船を守るべく行動を開始したことになる。残ってるのはギルドと天使たちだけど、まあそっちも勝手にやるだろう。
「じゃあ俺も行ってくる」
「気をつけて」
「こっちはオイラたちに任せな」
二人へ頷きを返してすぐに俺は甲板から飛び出した。飛翔船の斜め前方を飛んでいるアルカーノの一団に追いついてアリスやギルバード団長たちに並ぶ。
以前ソフィアに頼まれて船の周囲に張る結界の魔法陣を解析したことがあった。そのときに詳細を知ったのだが、この結界は防御用じゃなくて飛行時の空気抵抗を減らすためだけにある。
つまり特別強力な結界というわけじゃない。だから出たり入ったりするのは簡単だ。まあ無理矢理突破する形になるから結界に穴ができるけど、それもすぐに塞がる。
逆にいえばそれは船を襲う敵にも当てはまる。俺たちの迎撃が間に合わなかったら魔物たちが簡単に船にとりついてしまうということだ。
俺たちはそうならないように船を守らなければいけない。しかしあまりにも数が違い過ぎる。本格的に交戦する前に大技で敵の数を減らすべきだろう。
俺と同じ考えに至ったのか、ギルバード団長の力強い指示が飛ぶ。
「アリス、まずは数を減らしたい。一発でかいの決めてこい」
「了解です!」
アリスは集団から一人先行する形で前方に飛び出して剣を抜いた。頭上に掲げた赤い剣から強烈な魔力が放たれる。
「はぁぁ――、”ブレイブ・グローリー”!」
横薙ぎに振るわれた剣先から真紅に輝く光の波涛が迸り、前面に出ていた魔物の集団が消し飛んだ。
「でかいの決めろとは言ったが、なんちゅー威力してんだよ」
周囲の騎士たちは感嘆の声をあげ、ギルバード団長は呆れ半分賞賛半分といった感じの感想を漏らしていた。
これに関しては全くもって同意だ。”ブレイブ・グローリー”は何度か見たことがあるけれど、ここまで強力ではなかった。”白の隕鉄”で出来た勇者の剣の影響で威力が大きく上昇しているのだろう。
いまので百から二百程度の敵は倒せただろうけど残りはまだまだいる。全体からすると一割ぐらいしか減っていない。
しかもアリスの攻撃後、敵が上下左右に大きく散開した。こうなるともう一度同じ技を出しても先ほどと同じだけの成果は見込めないだろう。
それに敵の進行速度がかなり速く、すでに向こうの攻撃がこちらに届き始めていた。雷の魔法や黒いかまいたちのような魔法を躱したり結界で防ぎながら、こちらも魔法で応戦する。
早くも混戦状態、こうなると大規模な技や魔法は味方を巻き込むため使えない。
「思ったより敵の対応が速いな。アリスは船の上側を守れ、俺は底側を守る。他はヴィルダージュの連中と協力しながら船の進行方向の敵を追い払え」
ギルバード団長の指示でアルカーノ騎士団も前に出て魔物と交戦し始めた。
俺は魔法で敵を牽制しつつ、全体を見渡してどこから攻めるか、あるいは守るべきか考える。
戦力的にはやはりアリスとギルバード団長が突出している。というかギルバード団長が魔法を駆使するタイプだったのはちょっと意外だ。いまも高威力の魔法をバンバン使って敵を倒している。
こうなると船の守りは二人に任せて俺は前に出た方がいいかもしれない。
「魔導砲の準備ができた! 船の前方を飛んでるやつらはどいてくれ!」
魔法で拡張されたギルド長の声が戦闘空域にまで響くと、飛翔船の前方で戦っていた人たちが慌てて左右に退避していく。当然守りに穴ができるため、そこに魔物たちが流れ込んだ。
「主砲並びに副砲、最大火力で放て!」
飛翔船の先端部から極太の光線が発射された。光線は魔物たちを焼き払いながらも減衰することなく直進し続け、敵陣後方のドラゴンに当たって大爆発を巻き起こした。
さらに複数の砲台から光の弾が連続で放たれ、魔物を次々と打ち落としていく。こちらはさきほどの光線に比べると威力は低いが、その代わりに連射性能が高いようだ。
ソフィアが魔石の大きさで威力が上がるって説明していたけど、現時点で十分過ぎるほど強力に思える。
「ドラゴンを一撃か。ちょっと見くびってたかも」
そう関心していたら主砲に耐えるドラゴンがいた。そいつは他のドラゴンよりも二回り以上大きく、明らかに強力な個体に見える。もしかしたら特殊個体なのかもしれない。
アルカーノの騎士たちが協力してそのドラゴンを相手にしているが防戦一方になっている。どうにも火力が足りないみたいだ。
「あいつをやるか」
鞘から剣を抜き放ち眼前で構えた。瞬時に刀身が漆黒に染まる。カインに打ってもらったこの剣がどれほどのものかここで試させてもらおう。
一気に加速して特殊個体と思われるドラゴンの目の前に飛び込んだ。相手は大きく口を開けて灼熱のブレスを吐いてきたが、俺は敵の頭上をとるようにして避け、すぐに真下に向かって墜落した。すれ違いざまに放った”流星剣”の一撃がドラゴンの首を切り飛ばす。
「マジかよ、結界ごと切り裂いたのか」
「俺たちの攻撃でビクともしなかったのにああも簡単に……」
アルカーノの騎士たちが驚きの声を上げているが、正直俺も驚いた。今の一撃は以前エンシェントドラゴンの腕を切った時の”天地求道剣”と同じぐらいの威力があったと思う。
俺も覚醒を果たして強くなっているのは確かだが、それだけじゃ説明できない。言うまでもなく新しい剣のおかげだろう。どうやら俺の想像以上にすごいものを打ってもらったみたいだ。
「ほかにも今みたいなのがいるかもしれない。気を付けてくれ」
アルカーノの騎士たちに声をかけてから俺は敵の集団に向かって突っ込んだ。縦横無尽に飛び回り、なるべく強力な個体を優先しながらどんどん倒していく。
そうこうしながら飛翔船よりも先行する形で空島に近づくと、その全貌が段々と見えてきた。
偵察から報告のあった通り、空島は大きな街一つ分程度の広さがあった。外周部は見晴らしの良い草原。そして中心部に近づくにつれて木々が増えて中央は深い森になっている。だがそんな自然風景の中で明らかに人工的な建物がある。深い森の中に黒くて巨大な城の様なものが建っていた。
他にめぼしい所もないのでグレイルが隠れているとしたらあそこだろう。
「ん、あれは?」
全体を俯瞰して見ていると空島の四方に魔物たちが集まっていた。遠くて詳細まではわからないけれど、何者かと戦っているように見える。
「もしかして転移封じの結界を張ってる天使たちか?」
いまはまだ耐えているみたいだけど、結界を維持しながら戦うとなれば数に押される可能性がある。助けに行きたいが、しかしそれは俺の役割じゃない。飛翔船に乗ってきた天使の一部が援軍に向かう予定なのでどうかそれまで耐えてくれ。
後方に目を向けると飛翔船が雷雲と魔物の集団を突破して着陸姿勢に入っていた。高度を落とし、船底が地面とこすれて草原に直線の跡が出来上がる。
このまま停止したらバランスを崩して転倒するんじゃないか? そう危惧していたところで飛翔船の側面から足の様なものが勢いよく飛び出した。それは左右合わせて八本有り、地面をガッチリと掴んで転倒を防いだ。
「なんというか蜘蛛みたいな見た目だな」
だけどこれでひとまずは空島への上陸に成功だ。