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147 乗船

「空島か。にわかには信じがたいが、いやしかし」

「そんなもの子どもの絵空事であろう。考慮するに値しない」

「だがこの魔道具の反応が正しいならその可能性もあるんじゃないか。まずは人を出して確認するのが先だろう」


 副ギルド長、北のウィリアム団長、そしてギルバード団長それぞれが異なる反応をみせた。


 意外だったのはギルバード団長だ。一笑に付すものかと思っていたけれど、こちらの意見を真剣に検討すべきではないかと擁護してくれた。


 黙ったままでいるのがギルド長。普段からソフィアの空島に対する熱い想いを聞いているだけに複雑そうにしている。


「静かに。まずは当初の予定通り、そこにグレイルが居ると仮定して話を進めます。空島に関してはティナ様に現状を報告して天使の中から斥候を出して頂きましょう」

「だがギルド長よ、空島が仮にあったとしてどうやってそこまで行くというのだ。天使の転移魔法というのは特定の地点を指して行うものだと聞き及んでいる。空島が空の上で止まっていればよいが、動いていた場合は転移できぬのではないか?」


 元々各国に伝えられていた作戦では天使の転移魔法で一気に行軍する予定だった。けれどウィリアム団長が懸念しているように目標地点が動くようであればこの作戦は使えない。なにかしらの方法で空島が同じ位置に留まっていれば問題ないけれどその保証がないからな。


 航海している船の上に転移できないように、動く空島の上に転移することはできない。もし無理矢理転移したらどうなるか? 足場がなくてみんな海の上に真っ逆さまといったところだろう。


 一応空島が動いていても転移で行く方法はある。それは空島に行った者が転移で中立都市に戻る、その後すぐに同じ地点へ転移し直すといった連続転移だ。これなら多少足場が動いていようとほぼ同じ所に転移できるだろう。


 この方法の問題点は行きではなく帰り。もし転移魔法を使える全員が死んだり意識を失った場合、空島から帰ってこれなくなるということ。空島というある意味監獄のようなところに囚われることになる。


 ギルド長であればこういった最悪の可能性も当然考慮しているだろう。


「ウィリアム団長の懸念は理解できますが、空島が動いていようと止まっていようとどちらでも問題ありません。ギルドには空を旅するための翼があります」


 ギルド長が翼と呼んだもの。おそらくというかほぼ確実にあれだろう。ソフィアがスカイなんちゃら三世と呼んでいた空飛ぶ船。


「ほう、それはなんとも心強い返事よな。いったいどのような翼であるか?」

「必要であれば明日お見せしましょう。ですがそれは空島があった場合の話です。まずは本作線で天使たちをまとめる立場にあるティナ様に相談させてください」


 ギルド長が副ギルド長に小声で指示を出すと、副ギルド長が部屋を出て行った。


「さて、それでは空島があると仮定して話を進めさせていただきます。まずそれぞれの勢力に担当していただく役割についてですが――」


 それから空島にいるグレイルをどのようにして討伐するかの話し合いは日が暮れるまで続いた。




 翌朝。転移魔法で聖教会に向かい、作戦に参加する戦力をギルド本部にある聖教会の待機室まで連れてきた。


 その後はすぐに会議室へと足を運ぶ。部屋に入るとすでに他の面々は昨日と同じ席で会議が始まるのを待っていた。


 しばらくしてからギルド長、副ギルド長、そしてティナが真剣な顔つきで入室してきた。


「お待たせして申し訳ありません。挨拶は抜きにしてすぐに本題へと移らせて頂きます」


 ギルド長は開口一番にそう言うと、ギルド支部へと連絡をいれて魔道具を起動した。しばらくすると地図上に赤いまだら模様が浮かぶ。昨日と多少模様が異なって見えるのは悪魔たちが移動をしたからだろう。だけど俺たちが注目するのはただ一点。


「対象は昨日の地点から動いていないようですね」

「それで空島は本当にあったのか?」


 グレイルの居場所を再確認したところでウィリアム団長が急かすように問う。これに答えたのはギルド長ではなくティナだった。


「それは私から説明しよう。昨日私の部下たちが現場に向かったところ、巧妙に隠された空に浮かぶ島のようなものを見つけた。以降はこれを空島と呼称する。空島は特殊な結界に覆われていて外部からは視認することができず、結界を通り抜けないと全貌を見ることができなかった。大きさについては目測でこの中立都市が入る程度。そして昨日の段階では討伐対象を発見することはできなかった」


 実際に空島があったことが判明して場の空気が変わった。これから戦いに赴く場所がどんなところなのか想像を巡らせているのだろう。


 ティナの報告が終わってすぐにギルバード団長が作戦の状況について確認する。


「この都市と同じぐらいってなると相当な大きさだが、転移封じの結界は張れたのか?」

「そちらについては問題ない。予定通り部下たちが空島全体を覆うように結界を張っている」


 ひとまず作戦の第一段階は達成できたということか。


「昨日の会議で話した通り、ギルドが保有する翼で空島へ向かいます。さっそくですが皆様をそちらへ案内したいと思います」


 別の部屋に待機させていた各勢力の騎士たちと合流してギルド本部の地下へと潜った。それから地下通路を通って以前俺たちが足を運んだことのある造船所の方へと向かっている。わかっていたことだけどやはり空飛ぶ船を使って空島に向かうらしい。


 造船所に到着して空飛ぶ船を見た人たちの反応は二通りに別れた。純粋に驚く人たち、そしてもう片方は船の脅威を理解して表情をゆがめる人たち。


 そんな中でギルバード団長はやれやれといった感じでため息をついていた。


「これが各国で造られるようになったら保有する船の数がそのまま戦力の差に繋がりかねない。なんてものを造ってるんだギルドは」

「アルカーノでは造れないのか?」


 師匠の疑問にギルバード団長は首を横に振って答えた。


「実験はしてるみたいだが実用にはほど遠い。おそらく他の国も同じ感じだろう。だというのにこうもあっさり完成品を見せられるとな」


 冷静に考えれば空飛ぶ船を軍事利用しようとすればその価値は計り知れない。物資の運搬効率の向上は当然のこととして、それ以外にも空の上から爆弾を落としたり、大規模魔法を撃つというだけで相手からすれば厄介だろう。


 実際には空中戦のできる者や上空まで届く魔法があるためそこまで一方的にはならないと思うが、それでも空飛ぶ船のあるなしでは大違いだ。


「技術については詳しい方ではないが、今回の機会を無駄にせず盗めるところは盗むとしよう。ギルドもそこは分かった上で公開したのだろうからな」

「難しいことはわからないが、アルカーノが他国に出し抜かれないように頑張ってくれ」

「人ごとだと思って簡単に言ってくれる」


 師匠とギルバード団長がそんなやりとりをしながら乗船していった。その後ろにアリスやアルカーノの騎士たちが続く。


 そしてヴィルダージュの一団が乗船しているのを横目に自分たちの番を待っていると、前方からソフィアが手を大きく振って近づいてきた。


「やっほー」

「ソフィア、もしかしてお前も乗るのか?」

「もちろん! 空島に行くってんならとーぜん私も付いていくよ!」

「気持ちはわかるけど遊びに行くんじゃないんだぞ」

「わかってるって。そこはお兄ちゃんと話し合って、船の見える範囲から離れないのを条件に許可とったから! それにこの()を飛ばすなら技師は必要でしょ。私以外にも何人か乗るし」


 その建前の裏にただただ空島に行ってみたいという本音が隠れていることを俺は知っている。


 とはいえギルド長がいいって言ってるなら俺が口を挟むことじゃないのも確かだ。


 でもなあ。ソフィアの頭脳は超一流だけど肉体的には見たまんま貧弱、戦いは素人同然。ほぼ間違いなく魔物に出会ったら逃げることもできずに終わる。本当に大丈夫だろうか?


「魔物が船のところまできて襲われたらどうするんだ?」


 当然船や技師を守るためにそれぞれの勢力から護衛を残すことになるだろうけど、だからといって安全が保障されるわけじゃない。


「そのときは魔導砲で返り討ちにしてやるからだーいじょーぶ!」

「魔導砲?」

「大砲みたいなものだよ。詳しくは話せないけど魔石を使って強力な魔法の弾を発射する感じ」

「魔石でってなると、その大きさとか込める魔力で威力が変わったりするのかしら?」


 近くで俺たちの会話を聞いていたセレンが興味本位で首を突っ込んできた。


「もちろん! 船に乗せてる魔石だとせいぜいCからBランクぐらいの魔物を倒せるぐらいの威力だけど、理論上その破壊力に上限はないんだよ! 夢と魔石と大砲は大きければ大きいほどいい! 巨大な魔石を使えば山だって崩せるかもしれないんだから!」


 また変なスイッチ入ったなぁ。


「まあそんな強力な一撃を放てば砲台の方が耐えられなくて壊れるだろうけどね」


 ふふんと鼻を鳴らすソフィア。腕を組んで自信満々の笑みを浮かべている。


 こいつはなんでこんな自信満々なんだろう? 俺なんかはその一発を外したり避けられたらどうするんだよとか思ってしまうけど。一体どこから突っ込めばいいのやら。


「それ、兵器として問題があると思うのだけれど……」


 おそらくこの場にいる全員が思ったことをセレンが代弁してくれた。


 もちろん一撃で戦況を覆す使い捨ての兵器と割り切れば使い道もあるだろう。だけど、おそらく、ほぼ確実にソフィアはそんな事考えていないはずだ。じゃあどういう事かといえばつまり――


「一撃にかけるからこそロマンがあるってことだろ」

「お兄さんも分かってきたね。そう、これは兵器なんかじゃない、ロマン砲だ!」

「バカかお前は。あれはれっきとした兵器だろうが」


 ソフィアの背後に現れたギルド長が大きなため息をつくのと同時、げんこつが落ちた。


「ちょ、いったぁ……」


 大げさに頭を抱えてうずくまっているソフィアを無視してギルド長が俺の前にやってくる。


「俺に何か用ですか?」

「ああ。といっても用事があるのは俺じゃない。あそこを見ろ」


 ギルド長が向けた視線の先は造船所の入り口付近。そこに悠然と佇む男性がいた。少し距離があって顔の判別が難しかったけれど、確かに俺の知っている相手だった。


「あれはカイン様ですか」

「そうだ。お前に用があるらしい。全員が乗船したらすぐに発進するから手短に頼む」

「わかりました」


 カインが俺に会いに来るなんて理由は一つしかない。間に合わなかった場合に備えて、聖教会の騎士が使っている剣を用意していたけど無駄になったな。俺ははやる気持ちを抑えてカインの下へと駆け寄った。


「お待たせしました。俺に用があると聞いたのですが」

「約束の品を持ってきた。受け取れ」


 カインは簡潔に用件だけを告げ、虚空に手を伸ばして空間に開けた穴から一振りの剣を取り出した。


 俺のために打ってもらった剣。それを受け取り、さっそく抜いてみる。


 刀身の色は勇者の剣と同じで光の透ける半透明な純白。形状は剣神流でなじみのある両刃の片手半剣。同じ剣神流の剣である黒金と異なる点をあげるなら刃の厚さだろうか? いままで扱ってきたどの剣よりも薄い。シャンディアで見た刀を彷彿とさせるほどだ。


「薄いですね。簡単に折れそうで少し怖いような……」

「刀の技法を取り込んでいるからな。見た目は薄くて不安になるだろうが、素材に”白の隕鉄”を使っているから強度面での問題はない。これまでと同じように扱えるはずだ」


 戦いの場で剣が折れるかも、なんて不安を抱えて戦うことはできない。ここはカインの言葉を信じよう。


「わかりました。ところでこれ、いつになったら色が変わるんでしょうか?」


 アリスは剣を抜いてすぐに刀身の色が鮮やかな赤へと変わったというのに、まったくその兆しがない。


「まだ主の登録を済ませていないから当然だ。といっても特に難しいことをする必要はない。ありったけの魔力を込めるだけでいい。壊れるかもなんて心配する必要はないぞ」

「わかりました。やってみます」


 こんなところで魔力を解放すればいらない騒ぎを起こすのは間違いない。周囲へ魔力を遮断する結界を張ってから、一度深く深呼吸をして意識を集中する。そして眼前にかかげた剣へと一気に魔力を流し込んだ。


 変化はゆっくりと表れ、根元から刃先へ侵食するかのように暗い闇色が広がっていった。


 その黒い色を見てああやっぱりかと思うところはあったものの、予想通りでもあるため気落ちするほどじゃない。


 カインも俺の魂の色について言及する気はないようで、主の登録とやらが無事に終わったのを見て安心したように頷いていた。


「問題なさそうだな」

「そうですね」


 これで勇者の剣に匹敵する自分だけの武器が手に入った。あとはこれをいま身につけている聖教会の剣と取り替えればいい。それはカインと別れたあとにでもしよう。


 剣を鞘に納めてから改めてカインに感謝を伝える。


「俺のために剣を打っていただきありがとうございます」

「対価はすでにもらってる。それに礼を言うならこちらの方だ。前にも言ったが”白の隕鉄”を扱える機会はそうそう訪れない。いい経験ができた」


 カインは目を細めてどこか機嫌が良さそうに見える。これはもしかして笑みを浮かべているのだろうか? なんとも分かりづらい。


「用は済んだ。ではな」


 そう言い残してカインはギルド本部に繋がっている地下通路の奥へと姿を消した。


 その背を見送ってからふと思い出す。


「そういえば主の登録ってやつ、アリスはやってないよな?」


 アリスが以前に済ませていたというのは考えられない。それなのに剣はアリスを主と認めていた。そこから導き出される答えはつまり――


「以前の持ち主である勇者とアリスの魂が同じってことか」


 前からもしかしてとは思っていたけどこれでほぼ確実だろう。まあだからといってアリスに対する態度を変えるなんてことはしないが。


 踵を返して船の方を向くと、俺以外の人たちの乗船が終わっていた。船上からこちらを見ているギルド長に注意される前に俺も乗り込むとしよう。

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