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146 計画前日

 朝一番でギルドに向かった俺たちは、当然のように古参悪魔討伐計画に参加するメンバーの中で一番乗りだった。広い会議室に通され、そこで他の人たちがやってくるのを待つことになる。


 部屋の中央には大きな円卓があり、北側の席の近くにはデルキ大陸やエイクシー大陸が描かれた世界地図が壁に立てかけられていた。だが普通の地図と異なり魔力を感じる。魔石が埋め込まれた魔道具なのだろうけれど今回の作戦となにか関係があるのだろうか?


 他には特に気になるものはなく、俺たちはギルド職員に指示された席へと向かう。配置としては部屋の出入り口が南西側にあり、聖教会が南、アルカーノが東だ。まだ到着していないけれど北の帝国ヴィルダージュが西、ギルド関係者が北側に座るそうだ。


 今回は正式な場のため俺とライナーは座るセレンの後ろに並んで立ち、ベルと一緒に護衛として姿勢を正している。聖教会の実働部隊は明日俺が転移魔法で連れてくることになっているから、今日の打ち合わせに参加するのは俺たちだけだ。


 アリスはアルカーノの立場のため一人だけ離れることになった。


「もう少し遅く来てもよかったかもな」

「あたしは相手を待たせるほうが嫌だからこれぐらいで丁度いいわよ」

「そういうもんか」

「それよりもライナーの顔がまだゆるんでるみたいだから、あなたから注意してくれないかしら。会議が始まっても今のままじゃ困るんだけど」


 セレンが振り返り、あきれた様に目を細めてライナーを見る。


 名前を呼ばれたライナーはどこ吹く風で、エンシェントドラゴンの鱗から作られた籠手(こて)を嬉しそうに撫でていた。


 カムノゴルに帰ったあの日、俺の知らないところでライナーはレインと会っていて、そのときに籠手をもらったようだ。前にライナーがレインに髪飾りをプレゼントしたから、そのお返しらしい。


 指先がない手袋のようになっているのは、剣を握るときの感触が変わらないようにと気をつかったのだろう。そして手の甲、手首から肘までを守る部分にはエンシェントドラゴンの鱗がふんだんに使われていて、並の攻撃では傷一つ付かない強力な防具になっている。それでいて軽く柔軟性に富み、剣を振る際にじゃまにならないのは匠の技に他ならない。レインが師匠に相談して準備したんだろうなと容易に想像ができる代物だった。


 髪飾りのお返しにしては高価過ぎるからか、ライナーもさらなるお返しをどうしようかと悩んでいるみたいだが……まあそれは好きに悩ませておこう。


 だけどカムノゴルからこちらに戻ってきてからというもの、ライナーはもらった籠手を飽きもせず眺めては恍惚の笑みを浮かべている。一日ぐらいは仕方ないなと見逃していたけど、数日たっても変わらないとは。


「他の人たちがきたらしっかりしろよ」

「大丈夫、そしたらちゃんと真面目にやるから」


 返事が軽いな。まあ他の人が来ても変わらなかったら肘で小突くぐらいのことはしよう。


 それからしばらくして会議室に扉を叩く音が響いた。


「アルカーノ騎士団が到着いたしました」


 ギルド職員に案内されてやってきたのはギルバード団長と側付きの騎士が一人。予定では他にも参加する騎士や兵がいるはずだけど姿が見えない。おそらく会議に出る二人以外は別のところで待機しているか、あるいは明日改めて呼ばれるのだろう。


 ギルバード団長は以前会ったことがあるからいいとして、気になったのは側付きの騎士。こっちは初めて会うはずなのにどこかで見たことのある顔で――


 俺が騎士の正体に気づいたのと同じタイミングでライナーが声を上げた。


「師匠、そんな格好でなにしてんスか?」


 そう、側付きの騎士は師匠だった。アルカーノ騎士団の服を着ていて、しかもいつも生やしている無精ヒゲを綺麗に剃っていたから一瞬わからなかったけど。


「なにってこいつに頼まれて参加することになったんだ。この格好は単純にアルカーノの所属ってことがわかるようにしてるだけで、別に騎士になったわけじゃない。というかそれを言ったらお前たちこそ、いつ聖教会の騎士になったんだ?」


 そういえば前に師匠と会ったときはまだ騎士の格好をしてなかったっけ。


「あーいや、オイラたちも別に騎士になったわけじゃないんスけど……」


 答えに(きゅう)したライナーが頭をかいて明後日の方を向く。俺たちの立場を一から説明するとややこしいからな。


 だけど師匠だって別に詳細を知りたいわけでもないだろう。ここはライナーの代わりに俺が適当に答えるとしよう。


「俺とライナーも師匠と同じです。正式に騎士になったんじゃなくて、この格好の方が色々と都合がいいからしてるだけで」

「そうか」


 予想通り師匠の反応はあっさりとしたものだった。


 俺たちのやりとりを見ていたギルバード団長が少し不満そうに口を開く。


「なんだ、もっと驚くかと思ったんだが……まあいいか。今回の件、かなりヤバそうな予感がしてな。それでガイに協力してもらうことにしたんだよ」

「こいつの感はよく当たる、しかも嫌な感は特にだ。それで命を助けられたこともあった。今回はそのときの件を持ち出されて断れなかったんだよ」


 師匠が参加することになったのは意外だったけど、強力な助っ人が増えたことは素直に喜ぶべきだろう。というか戦力過多のような気もするけれど。


 顔見知りの俺たちが気安く話をしていると、セレンが少し気まずそうにしていた。


「ねえ、そろそろあたしに挨拶させてもらえないかしら」

「悪い。先に紹介しておくべきだったな」


 セレンがギルバード団長に挨拶をする前に俺やライナーが先に話してしまったのは護衛としてマズい対応だったかもしれない。まあそれをいったら師匠やギルバード団長もセレンを無視している時点で同罪か。


 俺は一度咳払いをしてから、仕切り直すようにセレンを紹介する。


「ギルバード団長、師匠。こちらは聖教会アレクサハリンの聖女候補であるセレン様です」


 俺の紹介に続けてセレンが立ち上がり、丁寧に頭を下げる。


「初めまして、今回聖教会アレクサハリンの代表を任されているセレンと申します」

「これは失礼しました。アルカーノ騎士団をまとめているギルバード・レクリシアと申します。先日は合同演習にご協力頂き感謝します」

「いえ、それに関してはこちらにも益のある行いでした。私の方からも感謝を伝えさせてください」


 久しぶりに見る猫かぶりのセレンは相変わらずの愛想の良さだった。もしかしなくても会議が終わるまでずっとこのままなんだろうか? 正直普段のセレンでも問題ないと思うんだけど。


 ギルバード団長とセレンがお互いに頭を下げ合い、簡単にではあるが代表同士の挨拶を済ませた。


 それからギルバード団長が席に着くとアリスと師匠がその後ろに並んだ。


 残りの参加者が到着するまでの間はセレンとギルバード団長のどこか外交じみた会話が続く。二人の会話を聞いていてわかったことだが、アルカーノ騎士団と聖教会の騎士団はそれなりに長い間合同演習をしていたらしい。時期的には俺たちが聖教会を離れた後ぐらいからだそうだ。


 しかも聖教会の協力があったおかげで本当に死にそうになるほどの地獄の特訓ができたと、ギルバード団長は笑いながら話していた。


 その甲斐あってか双方ともに何人かが覚醒まで至ったようだ。訓練の内容は俺やライナーですら思わず顔をしかめるようなもので、師匠のしごきがまだ優しいものだと思えるほどだった。


 それから話題は今回の作戦に参加するもう一国へと移る。


「しかし北の連中も参加するとは意外だったな」

「どういうことです?」


 ギルバード団長の呟きに真っ先に反応したのは俺だった。


 以前、ギルド長から北の帝国ヴィルダージュについてきな臭い話を聞かされていたから少し声が固くなっていたかもしれない。


「北はかなりの強国で他国と協力する必要性がないからな。あそこなら古参悪魔ですら返り討ちにできるんじゃないかといわれているぐらいだ」

「それほどなんですか?」

「ああ。あそこの王族はギルドでいうSランク、もしくはそれ以上の実力を持っているらしいんだが、いまのアスラ・ヴィルダージュ皇帝はその中でも歴代最強とまでいわれている。その皇帝が指揮する兵たちも相当なもので、これまで数々の悪魔を倒してきている。まあ実際に会ってその実力をみたわけじゃないからどれほどのものかはわからないけどな」

「たしかにそれだけ強ければ他国と協力する必要もなさそうだけど」


 今回支援という形で参加している国は小さなところが多い。つまり強力な悪魔に襲われたら自衛することが難しいところだ。そんな国は一刻も早くいつ襲われるかわからない恐怖から逃げたいだろう。だからこそギルド長の誘いに乗って協力してくれている。一国で倒せないのであればみんなで協力してというやつだ。


「でもそれを言ったらアルカーノも同じじゃないですか? ギルバード団長やアリスがいれば戦力としては問題なさそうですけど」


 他にもアルカーノの戦力として数えて良いかは微妙なところだけど俺や師匠だっている。


「うちの場合はデルキ大陸の国々に名前を売りたいってのがあるみたいだな。(まつりごと)には詳しくないが古参悪魔を倒せば色んなところが友好的にしてくれるそうだぞ」

「なるほど。それなら北も同じ理由かもしれないですね」

「そうだな。そうだといいんだが……」


 噂をすればなんとやら。北の帝国ヴィルダージュの到着を告げるノックが部屋に響いた。


 ギルド長、副ギルド長に連れられて入ってきたのは大柄で無骨な三人。階級の高そうな鎧とマントをきている人が一人いて、おそらくその人が北の代表だろう。残りの二人は代表に付き添うように一歩引いている感じだった。


 各自が所定の位置に座ったところでギルド長が場を仕切る。まず自身の挨拶から始まり、その後それぞれの代表者の紹介を行う流れとなった。ギルバード団長、セレンと続いて北の騎士団の番になる。


「最後に北の帝国ヴィルダージュから参加されるのは第二騎士団の皆様、そしてその代表を務めるウィリアム団長だ」

「うむ。今回の作戦、我々がついているからには必勝が約束されたようなものだ。大船に乗ったつもりで任せるがよい」


 ウィリアム団長から早々に威勢のいいセリフが飛び出す。これにはギルド長やギルバード団長も一瞬目を細めた。


 だが豪語するだけあって実力は相当なものだと感じる。並みの騎士や冒険者では勝負にならないだろう。それぐらいに強いのは確かだが、とはいえそれだけ。


 ノーブルが感じたという悪魔のような妙な力は、こうして顔を合わせても特になにも感じない。巧妙に隠しているのか、それともこの人たちは本当になにもないのか。もう少し様子を見る必要があるだろう。


 しかし仮に悪魔の力をもっていたとして、じゃあどうやってその力を手に入れたんだという疑問が生まれる。北が自らの手で俺の魔人化みたいな技術を開発したという可能性もあるけれど、最悪の場合はグレイルと裏で繋がっている可能性も考慮しなければいけない。悪魔球という禁断の果実は俺が子どもの頃から出回っていたのだ、もっと昔から存在していたとしても不思議じゃない。


 ただ、どれだけ可能性を考えたとしてもこちらから打てる手はないに等しい。明確な証拠がないのだ。怪しいからという理由だけで糾弾するなど、むしろ訴えた側の立場が悪くなる。だからこそこうして堂々としているのだろうが……


「厄介だな」


 自然と漏れた本音は隣のライナーにだけ届き、怪訝な顔をされた。


 各々の紹介が終わったところですぐに本題へと移る。まずはギルド長から作戦の概要が伝えられた。


 最初にギルドがグレイルの居場所を特定し、次に天使たちが転移封じの結界で逃亡を阻止。最後に総力をあげて討伐する。


 転移封じの結界を張った後の動きについてはそれぞれの戦力が衝突しないように役割を決めて、以降は各自の判断で動いてもらうこと。この場にはいないけれど、天使や名のある冒険者たちも参加することが告げられた。


 この辺りは事前に通達されていた内容のため特に口をはさむようなことはない。役割についてはグレイルの居場所を特定してから話し合うとのことで、必然的に話の焦点はどこにグレイルがいるのかに向けられる。


「さて、それでは今回討伐する対象”道化師”――グレイルの居場所について順を追って説明させて頂きます。まずはこちらの魔道具をご覧下さい。これはギルドが聖教会の結界を参考にして秘密裏に開発した”魔影探知器(まえいたんちき)”といいます」


 みんなの視線がこの部屋に最初から置かれていた地図へと集まる。


「詳細は伏せますがこれは人間以外の悪意や害意に反応する結界のようなものを張り、その効果範囲内において対象の居場所を特定、専用の地図上に描写します。これは世界中に点在するすべてのギルド支部が協力して行うことで、その範囲を世界全土へと拡張することができます。ただし世界中に効果を及ばすためには大量の魔力、つまり魔石を消費するため何度も連続で使用するようにはできていません」


 特定の場所に固執する悪魔は例外として、転移魔法が使える悪魔の居場所はなかなか掴めないし、逃げに徹されれば追跡は不可能だ。だがもしギルド長の説明が本当であればこちらから打って出ることができる。


 連続使用に難があるようだけれどそれはこれから改良していけばいいだけ。確実に悪魔討伐の歴史は変わる。


 俺は素直に感心してしまったが、セレンは気になることがあったようだ。


「聖教会の結界を参考にと仰いましたけれど、我々はギルドに協力した覚えはございません。そして当然ではありますが結界の技術は秘中の秘。どのようにしてそのような真似事を実現したのでしょうか?」


 場合によっては然るべき対応をさせてもらうぞと語気を強めてセレンが問い詰める。それはつまり言外に間諜を忍ばせていたのではないかと疑っているということだ。


 対するギルド長は言葉の裏を理解した上で、それでも問題なしと事の真実を明らかにした。


「安心してください。ギルドは聖教会にスパイなど送っておりません。これは結界を張った一人であるフィオナ様に助言を頂いて作成したのです」

「フィオナ様が?」

「ええ、しかしそれでも開発に十年以上かかっているのですが……」


 フィオナの名前を出されたことでセレンも矛を収めた。結界を張った張本人が協力しているのであれば、たしかにスパイなど必要ないだろう。しかしやはりというべきか、あの結界はフィオナが関係していたのか。


「細かいことはどうでもいい、実際に使っているところを見せてもらえないか?」


 じれたウィリアム団長がギルド長に魔道具を使うように催促する。他の人たちも声には出さないけれど、本当にこんなもので悪魔の居場所を特定できるのかと疑わし気な顔をしていた。


「そうですね、それではいまからグレイルの居場所を特定したいと思います」


 ギルド長が手元の魔法通信機を使って各ギルド支部へと指示を出す。少し待つと地図が光を帯び始めた。さらに変化は続き、表面上に赤い濃淡のまだら模様が浮かぶ。


「この様に世界地図の上に悪魔の位置を点描します。そして強力な悪魔ほど濃い赤色として現れる」


 地図の上には薄い赤の点が至る所に、色が濃くなるほどその数は減っていき、真っ黒に見えるほど濃いものが一つ存在していた。ギルド長の話が本当であればこの一番濃い点のところにグレイルがいるということになる。


 ギルドがグラードの討伐をどうやって確認したのか不明だったけれど、これを使ったのだろう。濃い点が二つから一つに減っていれば強力な悪魔が消えたという証拠に他ならない。


 しかしこれはどういった仕組みなんだ? 以前聖教会の結界の根幹をなす魔法陣を見たことはあるけれど、俺でも全部を理解するには至らなかった。


 パッと思いつくのは深淵の量での判断だ。悪魔は大なり小なり深淵を宿しているからこれが一番可能性としては高いだろう。ただしこれだと俺に反応していないことの説明がつかない。


 ああいや待て。前にフィオナから聞いた話を考慮すると人だからといって深淵をまったく宿していないわけでもないのか。そうなると人だけは無条件で結界を素通しにするという例外が働いている可能性もあるな。


 俺が魔道具の仕組みについて思考を巡らせ始めたところで、ギルバード団長の声が上がる。


「これは本当に正しいのか? 一番濃い点が海の上を指しているぞ」


 この指摘にギルド長もやや困惑気味の表情を浮かべた。


「過去の実績から正しく動いていることは保証します。ですが確かに海上、しかも陸地からだいぶ離れたところというのは変ですね」

「地図に描かれていないだけで未確認の島がある可能性は?」

「いえ、ここは”穢れの海”と呼ばれている場所で海上には何もなかったはずですが……」


 ”穢れの海”は俺たちも通ったことがあるけど、あそこに島などなかった。とすれば残るは海中かあるいは空の上? そんな突飛な考えが浮かんだとき、グラードが消え去るその直前に語った内容を思い出す。


「――空島か?」


 俺の小さな呟きは静かな部屋の中へと染みるように広がってみんなの耳へと届いていたらしい。何を言ってるんだとばかりの奇異の視線が向けられる。


 だけど俺は半ば確信していた、あいつは空の上にいると。

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