145 近況報告
竜の一族が守る封印の宝玉の無事を確認し、カインに俺の新しい剣を打ってもらう約束をした。あとはフィオナへの報告か。それらがようやく終わり、俺たちは中立都市へと戻ってきた。
この後は基本的に古参悪魔討伐計画までやることはない。各自で修行をしたり、体を休めたりするだけだ。俺の場合はベルの魔人化の修行に付きっきりになるだろう。
でもその前に俺は一度カムノゴルに帰ることにした。最近帰ってなかったからアクア姉たちも心配しているだろうし、サーベラスの件も報告したかったから。
その話をみんなにしたらライナーも一緒に帰ることになった。まあこれは想定内。ただ意外なことにセレンも付いてくることになった。なんでもマリーさんに相談したいことがあるらしい。セレンが行くなら私もということでベルの同行も決定。
どうせならアリスも一緒に行かないかと誘ったんだけど、すぐに戻ってくるなら今回は待っていると断られた。それ以上無理に誘うことはしなかったけれど、一瞬悲し気な表情が見えたのは気のせいだろうか?
何はともあれカムノゴルの近場までみんなを連れて転移した。顔馴染みの警備兵と挨拶を交わして町の中へと入る。
するとなぜかセレンとベルの二人は興味深そうに街並みを見ていた。俺とライナーからすると慣れ親しんだところだけど、初めて来る二人にとってはなにか気になることでもあるのだろうか?
「ここが二人の故郷なのね」
「意外と、と言うと失礼かもしれませんが普通の町ですね。あなたたちや剣聖がいるのでもっとこう……」
口ごもるベルを促すように俺が相づちを打つ。
「もっと?」
「剣士がたくさん居て、至る所で試合や修行をしているものかと」
ベルが俺たちのことをどういう風に見ているのか少しわかった気がする。あと俺は必要だからやっているだけで特別修行が大好きってわけじゃない。ここはしっかりと否定しておこう。
「そんな修行ばかりやってるわけじゃないぞ」
「そうッスよ。それに道場とか訓練所以外で剣を抜いてたらただの危ない奴じゃないッスか」
「そうですよね。すみません」
俺たちの反論を受けてベルが謝った。ここで終われば良かったのになにを思ったのかライナーが余計なことを口走る。
「朝から晩まで道場にいるだけだって」
「なんだ、ベルが謝る必要なかったじゃない」
「そうですね。やっぱり想像通りでした」
「あっ……」
あきれ顔でセレンが肩をすくめ、ベルが神妙に頷く。ライナーは失敗したという感じで口を閉ざした。そんなライナーをみて二人がくすりと小さく笑う。
「ライナー、先に家帰って両親に顔見せて来いよ。二人は俺が案内するから。合流は俺の家でいいよな」
「えーっと、了解ッス。じゃあまた後で!」
俺が出した助け船に乗るようにしてライナーは勢いよく走り出し、あっという間に姿を消した。それなりに人通りの多い道だというのに誰ともぶつからないのは流石というべきかなんというか。町の人たちもライナーのことは昔から知っているのでこれぐらいでは騒いだりしない。
「あらら、行っちゃったわね。シヴァもライナーみたいに朝から晩まで道場にこもって修行してたの?」
「いや、俺はライナーほど剣だけに打ち込んでたわけじゃないよ。魔法の研究だったり、ここの警備兵たちに魔法を教えたりしてたから」
「研究? それに警備兵に魔法を教えたりってそんなこともしてたの?」
二人が興味深そうにこちらを見てくる。
「そういや話したことなかったっけ」
いまのペースで歩いていくなら教会に着くまでしばらく時間がかかる。ちょうどいい暇つぶしにはなるかと、俺はここ数年カムノゴルでやっていたあれこれを話すことにした。
「マリーさんいないな」
教会の中を探しても見当たらない。一体どこに行ったんだろう。時間的には昼食のために裏の家に帰った可能性が高い。でもそれなら休憩中と書かれた板を見えるところに置いておくはずなのに。
「ねえ、他にシスターはいないの?」
「いたこともあるけど、いまはマリーさん一人だけだよ」
「えっ?」
セレンが真顔のまま一瞬固まった。そんなに驚くことだろうか? ここみたいに小さい教会だとよくあることだと思うんだけど。
「マリーさんほどの人が部下を一人も持たないってそんなことありえるの?」
なるほど、そういうことか。セレンとベルの二人は聖教会の事件のときに会ったから、普段のマリーさんを知らないんだよな。あの時はバリバリ仕事のできる人って雰囲気……でもなかったような気がするけど、普段よりはしっかりしてたからな。
「そこはほら、マリーさん一人いればどうにかなるぐらい優秀ってことだろ」
「それで済ましていいのかしら? いやでも……ただマリーさんがいれば十人力って話だし……」
「十人力は流石に盛り過ぎじゃないか?」
マリーさんの戦闘力、治癒魔法の腕は聖教会でも上位に位置しているのはわかる。でもセレンが言ってるのはたぶん事務能力とかのことだよな。それが十人力?
「盛り過ぎじゃないわよ。聖教会でアンジェリカ様の仕事を手伝ってるところ見たんだから」
「そういえば前にも言ってたな」
あの人真面目に働いたら本当に優秀なんだ。いや俺だってマリーさんが仕事できない人だとは思っていないけど、普段のだらしない姿を知ってる身からするとな。本当によくわからない人だ。
「なにかの用事で出かけているなら、また後日あらためて出直しませんか」
「そうね。ここで待っていてもいつ帰ってくるかわからないわけだし」
ベルの提案をセレンが受け入れそうになったところで教会の扉が開く。鼻歌交じりにやって来たのは俺たちが探している人物だった。
「あら、シヴァくん。それにセレンちゃんとベルちゃんの二人も一緒なのね。こんにちは」
「こんにちは、マリーさん」
マリーさんは俺たちを認識するとすぐに柔和な笑みを浮かべた。それに答えるように俺は軽く手を上げ、セレンとベルの二人は小さな会釈を返した。互いに距離を詰めて教会の中央あたりで顔を合わせる。
「ずいぶんと機嫌が良さそうですけど、なにか良いことでもあったんですか?」
「ご機嫌ってほどでもないけど、マリンちゃんの相手をしてたからいい気分転換になったのよ。その流れでお昼もごちそうになっちゃったしね」
「ああそれで」
マリーさんはカイトとマリンのことを生まれたときから知ってる。しかもご近所だから自分の子どものように可愛がってるところがあった。
あと休憩中の板が出てなかった理由もこれでなんとなく想像がついた。おそらく教会の周りを掃除しているときに、突発的にマリンと遭遇してそのまま遊び相手をすることになったとかだろう。
「ところでこっちに来てるのは三人だけなの?」
「あとはライナーも来てますよ。ただあいつは家の方に帰ってますけど」
「あら、それだとアリスちゃんとサーベラスはどうしたの?」
マリーさんと別れたときには二人も一緒に行動していたからなんとなく確認したんだろう。本来なら他愛のない雑談として気軽に話が続けられる内容。だけど俺は少し躊躇いがちに答えた。
「俺たち、いまは中立都市で活動していてアリスはそこに残ってるんだ」
「そういえばみんなは中立都市にあるギルド本部を目指していたのよね。じゃあサーベラスもアリスちゃんと一緒にそこに残っているのかしら?」
「いや――」
すでに吹っ切れたとはいえ、いざサーベラスのことを伝えるってなると少しだけ胸が痛む。
俺の様子から続けられる言葉を察したのか、マリーさんの表情がこわばった。
「サーベラスは、あいつは少し前に死んだよ」
「……そうだったのね」
マリーさんはそう呟くと胸元で両手を握りしめ、しばらくの間瞳を閉じていた。涙を流したり悲しんだりすることなく、粛々と黙祷を捧げるように。
あまりにもあっさりとサーベラスの死を受け入れる姿は人によっては冷たいと思うかもしれないけど、俺はそうは思わない。
教会で働くマリーさんにとって死というのはそれだけ身近なものなんだろう。実際カムノゴルでも毎年少なくない人が亡くなって教会で弔われる。そのとき様々な手配をしてるのはマリーさんだからな。
「シヴァくんはサーベラスのこと、もう大丈夫なの?」
「さすがにあいつが死んだ直後は凹みましたけど、いまはもう大丈夫です」
「それならよかったわ」
湿っぽい話はこの辺りで終わらせて、当初の目的へと話を移す。
「それでセレンたちを連れてきた理由なんだけど、マリーさんに相談したいことがあるみたいなんだ」
「私に相談したいこと?」
マリーさんの視線がセレンへと移り、首をかしげた。
「はい。少し長くなるかもしれないのですがよろしいでしょうか」
「よくわからないけど聖女候補であるあなたの頼みであれば断れないわね。立ち話もなんだし、奥で話しましょうか」
「ありがとうございます」
よし、とりあえずこれでセレンたちをマリーさんのところへ連れてくるという役目は果たした。あとは俺がいなくても大丈夫だろう。
「時間かかりそうだし俺は家に帰ってるよ。話が終わったらすぐそこの、ここから見える孤児院に来てくれ。そこが俺の家だから」
そう言って俺は一人、教会を離れた。
久しぶりの実家、いつもならもっと気楽に帰ってこれるんだけど、今日ばかりは少しだけ気が重い。
「アクア姉、ただいま」
台所で食器の片付けをしている背中へ声をかけると、その手を止めてアクア姉がこちらへと振り返った。
「あら、おかえりなさい」
「みんなは?」
確認はしつつも大体の予想はついている。この時間帯なら師匠とレインは道場で働いてるはずだ。カイトはどこかに遊びに行ってて、マリンは上の階で昼寝だろう。
「レインは仕事、マリンは遊び疲れて寝てるわ。さっきまでマリーがこっちに来ててマリンの相手をしてくれてたのよ。歌を歌ってくれたり、ステラ様たちが登場する物語を読んでくれたりね」
「それならさっきマリーさんに会って聞いたよ。でも歌だけじゃなくて本まで読んでくれたんだ」
というかさらっとステラの名前が出てきてびっくりした。そういえばアクア姉たち一般の人にとってステラはただの善良な天使なんだよな。驚きが顔にでてなければいいけど。
「そうなのよ。それでカイトなんだけど、オリヴィアちゃんとシャルちゃんが魔物討伐に行くことになって、それについて行っちゃったのよ」
話ながら部屋の中まで進み、適当にイスを引いて腰掛ける。
「カイトのやつ迷惑かけてなきゃいいけど」
「帰ってきたら二人にお礼しないとね。あとはまあ無事に帰ってきてくれることを願うだけよ」
「あの二人が一緒なら問題ないだろ。それで師匠は?」
「あの人なら王都に行ってるわ。アルカーノの騎士団長様から依頼があったのよ」
「ギルバード団長から?」
「なんでもすごく強い悪魔を倒すのに協力してほしいってことらしいわ」
「へぇ、具体的な依頼内容は聞いてるの?」
「詳しくは聞いてないけどしばらく戻ってこないみたいよ」
師匠の協力が必要なほど強い悪魔って誰だ? パッと思いつく相手はグレイルぐらいしかいない。ああでもギルバード団長が古参悪魔討伐計画に参加するって話だから、その間王都の防衛のために師匠を頼ったとかかもな。
「まあ心配するだけ無駄か」
師匠も最近は道場での指導に注力していて現役を退いた感はあるけど、実力は依然として衰えちゃいない。誰が相手だろうと負けることはないだろう。
「それでそっちの方はどうなの? しばらく帰ってこなかったけど、いま何してるのよ」
食器などの片付けを終えたアクア姉がお茶を持って向かいの席に座った。俺の分のお茶も用意されており、受け取ったカップに口を付ける。さてなにから話したものか。
前回帰ってきたのが聖教会での戦いの後だから、中立都市でのできごとを中心に話せる範囲で伝えた。それからサーベラスが戦死した件。あとは近々大規模な悪魔の討伐作戦が計画されていて、それに参加するからまたすぐにカムノゴルを発つことも。
「…………そう、大変だったわね」
「まあ色々あったな。それでカイトとマリンにサーベラスのことを伝えようと思うんだけど」
「それなら私の方から折を見て話すわ」
「いいのか? マリンはサーベラスになついてたから思いっきり泣きそうなんだけど」
「いいもわるいも、私はあの子たちの母親なんだから任せなさい。しばらくぐずるかもしれないけど仕方ないわよ、こればっかりはね」
自分で伝えないとって考えていたから少し気が楽になった。正直カイトやマリンが悲しそうにするところはあまり見たくない。ここは素直に甘えさせてもらおう。
「ありがと。あと面倒な役回りを任せてごめん」
「いいのよ。それでまた中立都市に行くって話だけど、もう行っちゃうの?」
「いや、もう少しいるよ。みんなが集まるまでもうしばらくかかるだろうし」
「それならお昼食べていきなさい。まだ食べてないんでしょ?」
「じゃあお願いしようかな」
みんなには悪いけど一足先に昼食を頂くことにしよう。
片付けたばかりの台所に再び立つアクア姉の背中を見ながら、ぬるくなった残りのお茶をゆっくりと味わった。
その後中立都市に戻った俺たちはグレイルとの戦いに向けた修行と準備に追われ、あっという間に数日が経過した。
そして古参悪魔討伐計画の前日、ギルド長からの招集に応じて俺たちはギルド本部へと足を運んだ。