143 思い出の品
「精霊石持ってるかもってどういうことだ?」
「ちょっと待ってね」
アリスは腰のポーチから何かを取り出して、それを手の平に乗せて俺に見えるようにする。
「これ、なんだかわかる」
「魔石と赤い宝石……俺が昔プレゼントしたやつか?」
「うん」
アリスにプレゼントしたときはオリジナルのペンダントの形をしていたけれど、いまは魔石と宝石に別れている。どうやら精霊の里で魔石にシルフを宿した後に分解したらしい。
「私ね、魔石に魔力を込めるとき、こうやって宝石も一緒に握るようにしてたから」
そう言うとアリスは二つを両手で包みこむようにして握ってみせた。
たしかにこれなら宝石も魔力に晒されて影響があるかもしれない。
「いやでも、それで精霊石になるのか?」
「私も確証はないんだけど、精霊の里でオーロラが私の周りをグルグル回ってポーチを見てたでしょ」
思い返してみれば、たしかにアリスの近くでポーチ付近を見ていた気もする。
「……そういえばそんなこともあったな」
「あれ、今思うとこの精霊石のことだったんじゃないかなって思って」
アリスの言い分もわからなくない。だけどもしアリスの宝石が精霊石になっていたとしてもそれを確かめる方法がない。
そう思っていたらカインがあっさりとした口調で言う。
「とりあえず精霊石になっているか確認してみればいい」
「できるんですか?」
「ああ。以前オーロラ様に確認用の魔法を教わって、それを魔道具にしたものがある」
俺が白の隕鉄を取り出した時の様に、カインもどこかの空間と繋いで手の平よりも少し大きい円形の石版を取り出した。それを俺たちの前に静かに置く。
「これの上に宝石を置いて魔道具に魔力を流せばわかる」
石版の中央にはわずかなくぼみがあり、その周囲から放射状に魔法陣が刻まれていた。少し気になって解読してみようとしたけど、ほぼすべてが初めて見る文字や記号でお手上げ状態だ。おそらくオーロラが独自に開発したものなんだろう。
「この魔道具というか、魔法陣を知らないと精霊石かどうかの判断ってできないんですか?」
「そういうことになる。あとはオーロラ様に直接確認してもらうしかない。市場に精霊石が出回らないのはこのためだ。基本的に精霊石として売られているものは偽物だと考えていい」
「なるほど」
貴重な宝石と言われるわけだ。
「ここに置けばいいんですね」
さっそくアリスが石版の中央に宝石を置いて魔力を流すと、宝石は淡く光り出し、時間の経過とともに赤や青、緑や黄など様々な色へと変化する。
その様子をアリスが不思議そうに眺めていた。
「虹色に光ってる……?」
「ふむ、どうやら精霊石になっているようだな」
「カイン様、ちなみに普通の宝石を置くとどうなるんでしょうか?」
いきなり当たりの反応を見たから外れの場合との違いがわからず、興味本位で聞いてみる。
「ただの宝石だとなにも反応しないだけだ」
なるほど、光るか光らないかの二択ということか。
「わかりやすいですね」
「それでどうする、その精霊石を使うのか?」
「いや、それは……」
これを使えば勇者の剣に匹敵する武器ができるかもしれない。だけど強い武器を作りたいという俺のわがままのために使っていいものじゃないと、気持ちが一歩引いてしまった。
アリスはそんな俺の手を取り、精霊石になった赤い宝石を石版の上から俺の手の中へと移動させる。
言葉はなくてもそれがどういう意味かはわかる。
「これはアリスに贈ったものだ。俺のわがままで使うわけには――」
断ろうとすると、俺の言葉にかぶせるようにしてアリスが否定した。
「ううん、使ってほしいの。私、いつもシヴァからもらってばかりだから。それにシヴァは俺のわがままって言うけど、これは私のわがままでもあるんだよ」
「アリスの?」
アリスは俺の瞳を見つめながら続ける。
「そうだよ。いまのシヴァが負けるところなんて想像できないけど、それでも万が一があるかもしれない。もしそうなってから、あの時ああしてれば良かったって後悔したくないの。これはシヴァからもらった大切なものだけど、それよりもずっとずっとあなたの事が大切だから。だからシヴァが遠慮したとしても私が使ってほしいの」
迷いがない訳じゃない。だけどアリスにここまで言ってもらえて、それでも「やっぱり使えないよ」なんて断るのも違う気がする。いま俺がすべきは――
「ありがとう」
感謝の気持ちを伝えると、真剣な顔をしていたアリスの表情がやわらかいものに変わる。
俺はカインの方へと向き直り、精霊石を握った手を差し出した。
「これを使って最高の剣を打って下さい」
カインは俺とアリスのやりとりについては口を挟む気はないようで、ただ一言「わかった」とだけ呟いて精霊石を受け取った。
「これで必要な素材は揃った。あとは剣の形状についてだが、勇者の剣と同じ長剣でいいのか?」
「いえ、できれば剣神流が使う片手半剣にしていただきたいです」
「それなら形状は黒金に寄せて、それ以外に関してはこちらに任せてもらえないか。悪いようにはしない」
「はい。それでお願いします」
代金についてはやはり無料という訳にはいかないので、カインがこれまで作成した武器の最高額と同額を支払うことで納得してもらった。それから剣は出来次第、中立都市のギルドにまで届けてもらう約束をした。
カインへの依頼を終えて道場に戻ってくると、ちょうどライナーがヨミとヤミの二人を相手に手合わせをしているところだった。
「二人がかりとはいえライナーといい勝負か」
まあライナーは手加減をしてるみたいだけど、それでもヨミとヤミの実力は本物だろう。最初会ったときに感じていた印象よりもずっと強い。
もしかしたら双子ならではのコンビネーションが実力以上の戦いを可能にさせているのかもしれないな。
俺がヨミたちに感心していると、アリスは意外そうな顔で戦いを眺めていた。
「どうした?」
「ライナーが双剣で戦ってるところ初めて見たからちょっと驚いて」
「ああそれか。そういえばアリスは見たことなかったっけ」
ライナーは同時に攻めてくる二人を左右の木刀を使ってうまく捌いている。その技術は熟練の域に達していて、危なげなところは一切無い。たしかに初めて見るなら驚くかもな。
「剣神流って双剣もあるの?」
「主流ではないけど一応。昔双剣使いの剣聖がいて、その技術が残ってるって感じ」
主流じゃないのは扱いが難しいから。自分の武器同士をぶつけてしまったり、左右で別々の動きをしようとしても同じ動きになって単調な攻撃になってしまったりする。
剣が二本になれば手数が二倍、相手に与えるダメージも二倍みたいに単純な話じゃないのが難しいところだ。
他にも無理に連続で攻撃を繋げようとすれば腕の力だけで剣を振ることになって、体重の乗っていない軽い攻撃になってしまう。こうなると簡単に攻撃を防がれたり剣を弾き飛ばされたりして逆に隙ができてしまう。
とはいえライナーぐらいの技量になればそういった問題は解決している。長剣二つでの双剣も可能だった。
そしてライナーの場合、剣一本と二本のどっちが強いかと問われれば、実はそこまで差はなかったりする。俺としては双剣のライナーの方が戦いづらいと感じるけど、それは双剣を相手にする機会が少ないからだろう。
結局のところ片手剣、両手剣、双剣など戦い方は色々あるけれど、どれかが最強というのはなくて、自身の技量と戦う相手によって最適なものを選択すればいいだけのことだ。
「普段から双剣で戦わないのって黒金が一本しかないからなのかな?」
「それもあるだろうけど、黒金を継承する前からあまり双剣は使ってなかったから、たぶん師匠の影響じゃないかな。師匠も稽古のとき以外は双剣で戦わないから」
それ以外だと双剣の奥義がないっていうのが理由かもしれない。左右の剣で別々に奥義を発動させることは可能だけど、それを双剣の奥義と呼ぶのは違うだろう。
ただしライナーは黒金を通じて過去の剣聖たちの技術を継承している。当然双剣使いの剣聖の技術も。だから俺が知らないだけで双剣の剣聖奥義を使えるようになっていたとしても不思議じゃない。
ヨミとヤミは善戦したが、ライナーには及ばず二人の首筋に木刀がピタリとくっついたところで手合わせが終了した。互いに礼を交わした後、ライナーがこちらにやってくる。ヨミとヤミはその場で反省会を始めたみたいだ。
「アニキ、新しい剣は打ってもらえそうッスか?」
「ああ。ただ次の戦いまでに間に合うかどうかは微妙なところだ」
「時間がかかるのは仕方ないッスよ」
「そうだな。ところで剣聖奥義ってやつの中に双剣の技はあるのか?」
アリスと会話するなかで生まれた疑問を確認してみる。
「一応は。あ、でも技というよりかはひたすら止まらず攻撃を繰り出すための体さばきって言った方が正確かも? 相手が攻撃を躱したり防いだとしても体勢を崩さずに攻撃し続ける方法みたいな」
つまり連撃が基本ってことか。双剣としては妥当な気がするけど剣神流らしくはないな。とはいえ天地求道剣なんかと比べると実戦向きではある。あれは威力が高過ぎて使う場面が限られるからな。
「体さばきなら双剣じゃなくても活用できそうだ」
「そうッスね」
黒金に宿った剣聖たちから直接剣の指導を受けているとはいえ、ここ最近のライナーの成長は目を見張るものがある。これだけの実力があるのに未だ覚醒していないというのだから驚きだ。覚醒したら一体どれだけ強くなるんだろうか、こいつは。
「負けてられないな」
俺の小さな呟きは誰にも届くことなく消えていった。
それから俺とアリスも稽古に参加して、日が暮れるまでヨミたち鬼神流のみんなと交流を深めた。