141 鬼人流
ゼムアたちとの会談について仲間内で意見を交わしながら、俺たちはカインの家の前までやってきた。
昨日はカインの家の中から道場に入ったけど、本当の入り口は別にあるらしい。その入り口が家の裏手側にあると聞いていたのでそちらへと向かう。
歩いていると大きなかけ声と武器を打ち合う鈍い音が聞こえてきた。道場内の気配を探ると二、三十人は軽くいそうだ。
裏手に回るとすぐに道場の入り口を見つけることができた。両開きの引き戸は最初から開けられていて、道場内の様子が外からでも確認できた。
「一人一人の技量が高いな」
カムノゴルの道場に通う門下生たちもここ数年の間でだいぶ強くなってきた。だけどここの人たちはそれよりもずっと練度が高いように感じる。
俺やライナーぐらいのやつは流石にいないみたいだけど、オリヴィアやシャルに匹敵しそうな人はごろごろいる。
ライナーが腕を組んで俺の隣までやってくると、真剣な眼差しで道場内を見て呟いた。
「オイラたちの道場よりも全体的に一段か二段ぐらい上って感じッスね」
どうやらライナーも似たような感想を抱いたようだ。
「ヨミが言ってたけど、ここは数百年前から続いてる由緒ある道場みたいだから仕方ないんじゃないか」
「それはそうなんスけどね。まあうちは最近になってようやく師匠が道場やってるって事を知った剣士が尋ねてくるようになったぐらいだしなぁ」
俺とライナーの会話に興味をもったのか、セレンが横から顔を出した。
「意外ね、剣聖が開いている道場なら遠くからでもたくさん人が来そうなものだけど」
「師匠が道場開いたのってアクア姉と結婚してあまり遠出できなくなったからで、道場開いてからまだ十数年ってところなんだよ。最初のうちは偽物だろって変な言いがかりをするやつもいたぐらいだし」
「そうだったの?」
俺とライナーは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
「なかなかちゃんとした情報が広まらなくてな。噂は尾ひれ背びれがついて原型を留めない場合もあるし。師匠はそこまで積極的に人を集めないから、俺たちがいくつかの冒険者ギルドに張り紙を貼ってようやくって感じ」
「それでようやくカムノゴルに居る剣聖は本物だって認知されてきたんスよ。それまでは町の衛兵や子どもたちを相手に剣を教えてたぐらいで。まあオイラもその子どもの一人だったんスけど」
「そういうことだったのね」
俺たちと会話をしつつ、道場の中を眺めていたセレンが首をかしげた。
「ここの人たちが使ってる剣、なんだか変じゃない?」
ここの人たちが使ってる剣は剣神流がよく使う片手半剣よりも刃先が手の平一つ分ぐらい短く、びっくりするぐらい薄い。しかも片刃と共通点がほとんどなかった。
「変というか、すぐに折れそうだな。シャンディアだとあの形状の剣が主流なのか?」
「どうかしら。でもこの道場だとみんな同じ剣を使ってるわよ」
たしかにセレンの言うとおり、道場内の人たちはみんな細くて片刃の剣を使っていた。
そうやって道場内を見回していると、道着姿で稽古しているヨミを見つけた。
「あそこにいるのってヨミじゃないか。ヨミ、来たぞー」
軽く手を振りながら、他の人の稽古の邪魔にならない程度の大きさで声をかける。
俺たちに気づいたヨミは一度こちらを見ると、稽古を止めてそれからなにもなかったかのように奥の部屋へと消えていった。
「あれ、無視された? こっち見たから聞こえてなかったってことはないだろうけど」
「何か用事でもあったんじゃないの」
「それでもヨミならなにかしら反応しそうだけど……」
さっきの呼びかけで他の人からも注目を浴びてしまった。
ヨミがいない状態で道場に入るのはさすがに気が引ける。さて、どうしようか。
そんなことを考えていると、道場の屋根の上に小さな気配が現れて、それから俺たちの背後に音もなく飛び降りてきた。
「ヨミのこと呼びましたか?」
「っ!?」
セレンが声にならない悲鳴を上げてビクッと体を震わせた。他のメンバーは近づいてくる気配に気づいていたから特に驚くこともない。
そんなセレンが少し気まずげに髪をいじりながらヨミに答える。
「呼んだけど、どうして驚かせるようなことするのよ」
「驚くかなーって思ったのに、お姉さん以外には気づかれちゃいました。残念」
「あなたそんな性格だったかしら?」
「こんな性格ですよ。でもヨミはワタシと違って素直で可愛いです」
「ワタシと違って?」
俺たちが混乱してると、比較的俺たちの近くで稽古をしていたおじさんがやってきて助け船を出してくれた。
「ヤミちゃん、お客さん混乱してるからその辺りにしときな」
「……はーい」
「ヨミじゃなくてヤミ? どういうことだ?」
「ヨミはワタシの双子の兄です」
「ああ、なるほど」
このヤミちゃんと呼ばれている子はヨミの妹らしい。それにしても見た目も声も完全にヨミと同じで見分けがまったくつかない。みんなはどうやって見分けてるんだろう?
この疑問に対する答えはさっき助け船を出してくれたおじさんがくれた。
「そのヤミちゃんとお兄ちゃんのヨミくん、角の模様が少しだけ違うんだよ。慣れないうちは見分けがつかないだろうけどね。昔はお互いの真似をして、よく入れ替わって大人をからかって大変だったんだよ。まあ可愛い子供の遊びだからなんだかんだみんな笑って許してたけど。そこのお姉ちゃんも許してやってくれ」
そう言うだけ言っておじさんは稽古に戻っていった。
「……別に怒ってるわけじゃないから許すも何もないけど。それでヤミちゃん、ヨミくんはいるかしら。あたしたち彼と約束してここに来たのよ」
「ん、ちょっと待ってて」
ヨミは一瞬で屋根の上に登り、あっという間に視界から消えた。わざわざ屋根の上に登る理由がわからないけど、なんというかちょっと不思議な子だな。
それからしばらくして道場の中からヨミとヤミが現れた。なんかメチャメチャ二人の距離が近いというか、たぶんヤミがヨミの背中に抱きついてるのかな?
「みなさんお待たせしてすみません」
申し訳なさそうな顔でヨミがあやまる。だけどそんなことよりいまの状況が気になって仕方ない。
「いや、それは全然かまわないんだけど、それどういう状況?」
「よくわからないんですけど急にヤミが甘えてきて」
「違う、修行」
「これぐらいじゃ修行にならないでしょ……」
そう言いつつも仕方ないなぁといった感じでヨミは俺たちの方に向き直る。
「まあヤミのことは無視してください。それよりもゼムア様たちとのお話はうまくいきましたか?」
「ああ、うまくいったよ。協力してくれてありがとな」
お礼を言うと、ヨミがにっこりと笑った。それに対してヤミはおもしろくなさそうに頬を膨らませた。自分のことを無視されてふて腐れてるのかな?
そうこうしていると道場の一番奥で稽古をつけていた男性が俺たちの方にやってくる。
「二人とも、そちらの方は?」
「昨日おにいが言ってた人たちだと思う」
ヤミがヨミの背中から離れて、どこか投げやり気味に言った。
「そうなのかい、ヨミ?」
「はい。ボクがみなさんを誘ったんです。あ、こちらはボクたちのお父様で、鬼人流の師範です」
ヨミがお父様と紹介した男性にみんなの注目が集まる。
無駄な肉をそぎ落としたように体は細く引き絞られていて、見上げるほどの長身。それにヨミたちよりも立派な角が頭についてるせいでより背が高く見える。だけど優しい印象を受ける顔立ちのせいか、長身の割に威圧的な感じはしない。
剣を教えてて、さらに子どもがいるという共通点があるからか、どことなく雰囲気が師匠に似ている気がする。
だからだろうか、あまり気を張らずに対応することができた。
「どうも初めましてシルヴァリオといいます。こっちは剣神流の師範代のライナー、勇者のアリス、聖女のセレンとその護衛のベルです」
こっちに来てから何度目かという自己紹介をする。これはもう完全に俺の役目になりつつあるな。対外的には俺とライナーもセレンの護衛という立場だけど、今回はそこまで説明しなくていいだろう。
「カイン様が仰っていたのはあなた方のことでしたか。私はここの道場を預かるヨルといいます。正確にはカイン様からお借りしているという形ですけれど。みなさんから見てうちの道場はどうでしょうか」
「実はさっきその話をしていて、門下生の質が平均して高いなと感心していました。ただ、こちらで使っている剣が初めてみる形でして、あれはどういったものなのでしょうか?」
そう尋ねると、ヨルさんは腰にさしていた剣を抜いて俺たちに見えるようにかざしてくれた。
「これは刀といって、カイン様がこの地で作り出したものです」
「攻撃するときはいいとして、こんなに薄いとすぐに折れちゃいそうッスね」
ライナーの懸念は俺も同じだ。刃の部分があまりにも薄すぎる。
「そうですね。基本的に相手の攻撃は正面から受け止めずに受け流すか、躱す必要があります。そのかわり斬ることにかけてはこれ以上の武器はないでしょう」
受けることよりも攻めに特化した武器ってことか。鬼人流は剣神流よりも繊細な剣捌き、体捌きがもとめられそうだな。
「ところでライナーさんは剣神流の師範代とのことですが、もしやガイさんの教え子ではありませんか?」
「たしかにオイラたちの師匠はガイっていいますけど、知り合いなんですか?」
こんなカムノゴルから離れたところで師匠を知ってる人がいるとは思わず、俺とライナーは顔を見合わせて首をかしげた。
「ずいぶんと昔の事ですけれど、当時の剣聖とその弟子であったガイさんがこちらに来ていたんですよ」
「師匠と、その師匠がここにいたのか……」
「ええ。当時の剣聖はずいぶんとご高齢な方でしたから今はもう亡くなられておりますが。たしかこちらの温泉が気に入ったとかで長い間滞在されていたんです。そのときに少し交流がありました」
師匠から聞いたことのない話が出てきて興味が湧いてきた。
「へぇ、そんな過去があったんですね」
「その様子だとガイさんから鬼人流や鬼神について聞いてなさそうですね」
「鬼神ですか?」
ずいぶんと前に、鬼神って名前だけは聞いたことがあるような気がするんだけどなんだったかな。
「鬼人流には代々黒曜という宝刀が受け継がれてきていたのですが、これがずいぶんと癖のあるものでして。黒曜に鬼神という意識が宿っていて、そいつが剣神流を滅ぼすために所有者の意識を乗っ取ろうとするんです」
「剣神流を滅ぼす、ですか……」
なんだか急に雲行きが怪しくなってきたぞ。
「おや、ヨミから聞いていませんか。鬼人流は元々剣神流を倒すために生まれた流派なんですよ」
「いえ聞いてません」
「そうでしたか。それでは少しばかり昔話を」
ヨルさんは一度小さく咳払いをしてから、ゆったりとした口調で語り出した。
「遙か昔、剣神流を学ぶ一人の男がいました。しかしその男は修行の過酷さから命を落としてしまったのです。その男には息子がいました。鬼の血を引く息子は、父親の命を奪った剣神流に復讐すべく、血の滲むような修行をするのです。数十年の修行の果て、彼は当時剣聖を名乗っていた男を殺害することに成功しました。ですがその執念は剣聖を殺すだけでは収まらず、いつしかすべての剣神流の使い手を滅ぼすことが目標になってしまったのです。そしてこの者はいつしか鬼神と呼ばれ恐れられるようになりました」
どうでしたかといった感じでヨルさんが俺たちの顔を見る。
「いくつか気になることが」
「どうぞ」
「鬼の血を引くというのは?」
「そのままの意味ですよ。我々の先祖と考えて頂ければ」
つまり鬼人流は血縁者の間で流派を受け継いできたということか。
「すべての剣神流の使い手を滅ぼすというのは?」
「これもそのままの意味ですよ。剣神流を滅ぼすという目標が鬼神から子孫へと代々受け継がれてきました」
「……ヨルさんも剣神流を滅ぼそうと考えているんですか?」
ずいぶんと間抜けな問いをしてる気がするけど、もしそうだと答えられたら俺とライナーは全力でここから逃げないといけない。場合によってはアリスとベルも危ないかも。
「いいえ、そんなことしませんよ」
ヨルさんはあっさりと否定した。
俺はほっと胸をなで下ろす。近くで話を聞いていたみんなも緊張を緩めたようだ。
「直接私や家族がなにかされたというならわかりませんが、数百年前の先祖の復讐を今を生きてる私たちが気にしても仕方ないでしょう。私たちの代でそういった考えを断ち切りたいのですけれど、黒曜に鬼神が宿っているかぎり難しいかもしれません」
武器に意識が宿ってるっていうと黒金に似てるな。
「その黒曜という宝刀、もしかして黒の隕鉄って素材から作られてませんか?」
「さすがですね、仰るとおり黒曜は黒の隕鉄というもので作った武器で、鬼神の執念が呪いのように溜まっているんです。幼い頃からそれに慣れさせている私たちならある程度耐性もありますけれど、そうでない者では扱えない代物です」
やっぱり黒金と同じだったか。どんなものか興味あるけど、宝刀っていうぐらいだから簡単には見せてくれないよな。ただ断られる前提で一度頼んでみるのはありか。
「その黒曜という刀、実物を見せてもらうことはできますか?」
「かまいませんよ。元は鬼人流の宝刀でしたけれど、いまはガイさんから預かっているものですからね」
いまは師匠から預かってるってどういうことだ?