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139 竜の一族

 門番の案内で屋敷の中を進んで行くと中庭に面した廊下に出た。ザっと流し見たところ敷地面積のほとんどがこの中庭によるものだったと分かる。それほどまでに広い。どちらかというと中庭を囲うようにして屋敷を作ったという感じだろうか。


 ここまで広いところを中庭と呼んでいいのかわからないが、そこに複数の人影が見えた。それだけならすぐに視線をそらしただろうけど突如変化が起きた。人影がドラゴンへと姿を変えたのだ。


「あそこに居る人たちはなにをしてるんですか?」


 廊下を曲がって進む門番の背中に声をかけると、顔だけ振り返って教えてくれた。


「あれは竜の一族の若いやつらですよ。魔法の技術が未熟で完全な人に変身することがまだできないから練習してるんです」

「練習ですか」

「ええ、図体がでかいので外で練習する必要がありますから。あとは変身以外にも竜の姿で組み手をしたり休んだりしてるのもいますよ」

「それで中庭がこれだけ広いんですね」


 よくよく中庭を観察してみると竜の姿で寝てる者もいた。他種族と一緒に暮らしているから人の姿になることはあっても、基本的には竜の姿でいる方が楽なのかもしれない。


 屋敷よりも大きな背丈(せたけ)の竜がいても外から見えなかったのは、敷地の境界部分に視界を遮る結界でも張っているんだろう。


 まあそんなことはどうでもいいとして、少し気になることがある。中庭にいる竜は全員、体の大きい小さいといった違いはあるものの全身を鈍く光る黄金の鱗で(おお)われていた。つまり聖教会で戦ったエンシェントドラゴンと同じ見た目をしている。


 これはまさか……、念のため門番に確認してみるか。


「もしかして竜の一族というのは他の大陸でエンシェントドラゴンと呼ばれている種族なのでしょうか?」

「ええ、どうやら私たちの一族のことをよそではそう呼んでいるみたいですね」


 やっぱりそうだったのか。ということは聖教会で戦ったあいつもここの出身だったのかな? もしそうならちょっと気まずい。隣を歩くアリスも同じことを思ったのか苦笑いを浮かべていた。


 それにしても私たちってことはこの門番も竜の一族ってことだよな。見た目は人と遜色ないから全然気づかなかった。てっきりシャンディアの町から雇った人なんだとばかり思ってたよ。


 それから中庭を迂回するようにして奥に進むと横幅の広い廊下に出た。天井も高く、正面には通常の倍ぐらいの大きさの扉がある。扉は両開きの引き戸で、両側に黄金の竜が一匹ずつ描かれていた。きっとこの扉の奥に竜族の長とその娘がいるんだろう。


「フィオナ様の使いの者をお連れ致しました」


 そう言ってから門番が左右の扉を丁寧に開けると中の様子が確認できた。


 部屋の中央は一段底上げされたような造りになっていて、そこの床に直接足を崩して座る老人がこちらを鋭い眼差しで見ていた。老人の髪と髭は色が抜けたような白で床まで伸びている。少し着崩した着物は濃い紫で金の竜が刺繍されていた。


 その隣では正座をした麗人がにこやかな笑みを浮かべていた。彼女の金糸の様な髪は短く整えられていて、髪と同色の瞳は目尻がつり上がっていて強気そうな印象を受けた。こちらの着物は淡い紫色をしていて、シャンディアの町で見た薄桃色の花びらが散りばめられていた。


 麗人の鮮やかな紅が塗られた唇が開くと、女性にしてはやや低めの声が発せられた。


「どうぞ中へいらして下さい」


 招かれるまま俺たちは部屋の中へと進む。二人が床に座っているので俺たちも同じように床へと腰を下ろした。さすがに足を崩すわけにもいかないので麗人にならって正座をする。アリス、俺、セレンが横に並び、その後ろにライナーとベルといった配置だ。


「そなたは戻って良いぞ」

「はっ!」


 門番は短く返事をして頭を下げると、すぐに体を反転させて門の方へと引き返していった。


 これでこの部屋には俺たちと目の前の二人だけとなった。護衛とかいらないのかなと少し思ったけど、二人とも相当な実力者なのが肌で感じられる。たぶんそういうのは普段から気にしてないんだろう。


 さて、本来なら王族を相手にする様に片膝をついて(こうべ)を垂れるみたいな対応が必要な相手なんだろうけど、フィオナの使いと名乗っているので下手(したて)に出るのもマズい気がする。


 とはいえ礼儀を欠くわけにもいかないので、こちらから先に頭を下げた。


「お初にお目にかかります。フィオナ様の使いとして参りましたシルヴァリオと申します。そしてこちらは勇者アリスと、聖女候補のセレンとその護衛です」


 アリスとセレン、それと俺の位置からは見えないけどライナーとベルも同じように頭を下げた気配がある。


「わたくしはゼシア。シャンディアの町をカイン様と共に統治しています。そして――」


 ちらりとゼシアが隣に視線を向けると、老人がその言葉を受け継いだ。


(われ)はゼムア。竜の一族を統べる者なり。さて、互いに名乗り合ったところで、早速だが用件を聞かせてもらおうか」


 老いた見た目に反してしっかりとした重い声が部屋の中に響く。


「はい。単刀直入に申し上げます。竜の一族が守っている封印の宝玉の現状を確認させていただければと存じます」

「そうか。そうであるならば既に用は済んだな」


 どうしよう、ゼムアの言ってることが理解できない。用は済んだってなにを言ってるんだ? まだ会って挨拶を交わしただけだろうに。


「理解が及ばず申し訳ありません。それはどういうことでしょうか?」

「言葉のままだ。ようは封印の宝玉が無事かどうかを知りたいのであろう。我が生きている、それが証明だ」


 さっきの答えとたいして変わってないんだけど……


 いや、ゼムアが生きていると封印の宝玉が無事ってことは、逆にゼムアが死んだらマズいって事だよな。封印の宝玉はフィオナが守ってたものと同じ形状をしていると思い込んでいたけど、もしかしてゼムア自身に封印してるってことか?


「お父様、それでは説明が足りないかと。皆様が困惑されています」


 ゼシアがそう言うと、ゼムアはなぜだと言わんばかりに首をかしげた。


「わたくしが代わりに説明致します。簡単に言ってしまえば封印の宝玉はお父様の体内に取り込んでいるため、お父様が生きている限り宝玉に手を出すことは不可能です」


 つまり物理的に飲み込んだとか、体のどこかに埋め込んだとかそういう事か。


「理解致しました。ちなみにそれは取り出すことが可能なのでしょうか?」

「我が自分の意志で取り出すことは可能だが、第三者が取り出すことはできん。やるならばこの身を切り裂くしかなかろう。しかしこの事はフィオナ殿も知っているはず。フィオナ殿の使いであるそなたがこれを知らぬというのはどういうことだ」


 ゼムアの鋭い眼差しに睨まれる。


 こうなると怪しまれて当然か。ここで回答を間違えるとややこしいことになりそうだな。


 少し考える時間が欲しいところだけど黙ってるわけにもいかないから、話しながら考えるしかない。


「それはフィオナ様も急な襲撃を受けて焦っておられたのでしょう」

「襲撃だと。ゼシア、お前はこの話を聞いているか?」

「いえ、わたくしも初耳です」


 よし、二人ともフィオナが襲撃を受けたことを知らないみたいだな。それなら簡単に話を進められるかもしれない。


「今回訪れた主な理由は封印の宝玉の無事を確かめることですが、もう一つフィオナ様から指示を受けております。それがここ最近起きた事件について竜族の長であるゼムア様に現状の共有をすることです」

「続けろ」

「はい。実は聖教会が悪魔に襲われて三つある封印の宝玉の内、一つが賊の手に渡ってしまったのです。それだけではなく精霊の里にある封印の鍵ともいうべき宝玉も賊に狙われました」


 封印の宝玉が三つあること、その宝玉の内精霊の里にあるものが重要な意味を持つことを知ってるぞとアピール。これでフィオナやオーロラと繋がりがあるとわかってもらえるだろう。


「一度は賊を追い返しましたが、ふたたび襲ってこないとも限りません。そのため現在はフィオナ様が直接精霊の里に置かれた宝玉を守っています」

「そんなことがあったのか」

「聖教会、精霊の里と連続で襲撃がありましたので、ゼムア様の下にも賊がやってくる可能性があります。どうかご注意ください」


 さて、これで誤魔化せたかどうか。


「カイン様から話が回ってきてもよさそうな内容でしたけれど……」


 ゼシアは首をかしげたが、ゼムアは納得したように瞼を閉じて小さく頷いた。


「我々と天使は協力関係だが仲間というわけではない。情報の共有に多少の遅延や齟齬があるのは仕方なかろう。今の話を聞く限りお主がフィオナ殿の使いというのも嘘ではなさそうだ」


 とりあえず信じてもらえたみたいだな。


「ティナ様の口添えがあったので最初から疑う必要がないと思いますけど」


 そんなゼシアの小言を無視してゼムアが話を続ける。


「それで宝玉を奪った相手は特定できているのか?」

「賊はグレイルという古参悪魔です」

「なるほど、あやつがとうとう動き出したか」


 さすがに長く生きてるだけあってグレイルの事も知っていたか。


「あやつなら宝玉がどこにあるのか知っていてもおかしくはない。襲撃には気を付けよう。まあ我が負けるとは思わんが、フィオナ殿には礼を言っておいてくれ」

「かしこまりました」

「グレイルといえばギルドから討伐に協力してくれないかと依頼がきていましたね」


 ゼシアがふと思い出したかのように呟いた。


 ギルド長は竜の一族にも声をかけていたのか。あれ? でもこの前ギルド長から聞かされた話には竜の一族は出てこなかった気がするけど。


「ゼムア様たちも参加されるのですか?」

「我らが人と共に戦うにはいささか体格が違い過ぎる。千年前のような状況ならいざ知らず、今回の(いくさ)程度であれば我らが出る必要もあるまい。むしろ我らが参加すれば混乱を生むというものだ」


 今は人の姿をしてるけど本当は巨大なエンシェントドラゴンみたいだし、確かに一緒に戦うのは難しいか。二人とも戦力的にはかなり期待できそうなだけに残念だ。


 人の姿のままでとか、そこら辺の交渉はたぶんギルドがしてダメだったんだろうし、今更俺たちが頼んでも無理だろう。


 とりあえずここに来た目的、封印の宝玉の無事を確認できただけでも良しとするか。


「ところでお主、シルヴァリオといったか」


 そろそろ退席しようかというところで名指しで声がかかった。


「なんでしょうか」

「グロウリードの名に覚えはあるか?」


 また出てきたな。フィオナといい、ゼムアといい、そのグロウリードと一体なにがあったんだか。前はフィオナに気を使って確認しなかったけど、二回目となるとさすがに無視できない。


「いえ。以前フィオナ様にも同じことを聞かれたことはありますが、そのグロウリードというのは何者なのですか?」

「古い戦友と()むべき敵だ。お主の名を聞いてふとやつらのことを思い出した」


 フィオナは戦友としか言ってなかったけど、忌むべき敵? それにやつらってことは一人じゃないのか。


「封印の宝玉について知っているならば、そこに封印されているステラ殿についても聞いているな。ステラ殿は魔王になる以前は多くの信仰を集める立派な天使だった。それゆえに魔王と呼ばれるようになった後でも多くの人々がステラ殿を信仰し続け、天使たちも側に居続けた。そんな魔王ステラを信仰する者の中にグロウリードという貴族がいたのだ」


 ゼムアはそこで一呼吸おくと、かつての記憶を振り返るかのように瞳を閉じた。


「魔王となっても変わらずにステラ殿を信仰し続けたステラ信仰派をまとめ上げ、多くの争いと混乱を招いた男、シン・グロウリード。そしてその息子でありながら我らと共に最後まで魔王ステラと戦い続けた男、それがシルヴァリオ・グロウリードだ」

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