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138 素材交換

 温泉から上がった俺は浴衣という服に着替えて借りた部屋の中でゆっくりとしていた。


 窓辺に置かれた椅子に座り、背もたれに体を預けるようにして外を眺める。三階にあるこの部屋からは薄桃色の花を咲かせる並木道も遠くに見えた。日が完全に落ちた今では薄桃色の花がぼんやりと白い影のように見える。


 夜風に当たりながら涼んでいると声がかかった。


「あれ、シヴァ一人?」


 部屋の入り口の方に顔を向けると、俺と同じように浴衣に着替えたアリスが部屋に入ってきたところだった。湯上がりのためか、髪を頭の後ろでお団子状にまとめている。


「ライナーなら旅館の外まで散歩に行ったよ。そっちこそセレンとベルはどうしたんだ?」

「二人はまだ温泉に入ってるよ。よっぽど気に入ったみたい。私はちょっとのぼせそうになっちゃったから先に出てきたの」


 アリスは小さな机を挟んだ対面の椅子に腰をかけて、俺と同じように外へと顔を向けた。


 星明りに照らされたアリスの横顔はほんのりと頬が赤く染まっている。どうやらのぼせそうになるまでお湯につかっていたというのは本当のようだ。


「なんか変な感じだよね。中立都市を出たときはまだ朝だったのに、こっちに来たら夕方になってたんだもん」

「東か西の方向に向かって長距離の転移をすると結構ずれるんだ。まあでも朝から夕方になったのは俺も初めてだったけど」

「そういうものなんだ。そういえばカインに剣を作ってもらうって言ってたけど、どんなものにするの? あ、もしかして聖教会で倒したエンシェントドラゴンの素材を使った剣とか?」


 前にノーブルと素材交換の話があったことはアリスに話していないし、俺が持っている武器にできそうな素材は限られている。だからアリスがそう考えるのはある意味当然ともいえる。


「いや、それは使わない予定」

「そうなの?」

「実はもっといい素材が手に入るかもしれないんだ。どんな剣にするかは明日のお楽しみってことで」


 ノーブルが”白の隕鉄”を売ったり他の人に譲渡していなければっていう前提はあるものの、前回交換の話をしたときの感じならそれも問題ないだろう。


「シヴァがそんな風に楽しそうに話してるってことはかなりすごい素材みたいだね」

「そんなに楽しそうにしてた?」

「うん。すっごいニコニコしてたよ」


 自分では自覚してなかったけどそんなに楽しそうにしてたのか。ちょっと恥ずかしいな。意識的に表情をキリッとさせて凜々しい顔を作った。


「ふふっ、無理してそんな顔しなくてもいいのに。さっきのシヴァ可愛かったよ」


 可愛いって言われるよりもかっこいいと言われたい。そんな男心があるんだよ。


 とはいえそれを言ったらからかわれそうなので、話題をアリスの方へとずらした。


「剣といえばアリスがもらった勇者の剣、あれすごかったな。刀身が透ける剣なんて初めて見たし、色が変わるのも驚いた」

「あれは私もびっくりしたよ。目の前で刀身の色が変わるんだもん」

「すごくきれいな赤色だったよな。アリスって結構炎の魔法を使う印象があるから似合ってるなって思った」

「ありがとう。もしシヴァが勇者の剣を持てたらどんな色になってたと思う?」

「俺か、俺はどうだろう」


 アリスにはまだ内緒だけど、ノーブルから”白の隕鉄”を交換してもらい、それを使ってカインに剣を作ってもらう予定だ。順調にいけば俺も勇者の剣と同等のものを手に入れることができるはず。そうなったら俺の魂の色も見れるんだよな。


「俺も赤だったらお揃いだな。アリスは何色だと思う?」

「そうだなぁ……お揃いは嬉しいけど、シヴァって赤色のイメージはないからちょっと違う気がするんだよね」

「赤じゃないとするとどんな色だろ?」

「赤じゃないんだけどね、あったかい色。例えば太陽の光みたいにキラキラした白色とかかな」


 アリスから見たときの俺のイメージってそんな感じなのか。


「白色か。自分ではどっちかというと暗めの色じゃないかなって思ってる」


 なんたって元魔王だし、なんなら深淵という闇を抱えてるし。


「元魔王だから?」

「……そういうこと」


 完全に思考を読まれてるなぁ。俺のぶっきらぼうな返答がおかしかったのか、アリスは口元に手を当てて小さく笑っている。


「でもさすがに太陽は大げさだろ」

「そうかな?」

「いや、どんなイメージを持つかは自由だけど……」

「白だとダメなの?」

「ダメというか、俺のイメージとは違うんじゃないかなって」


 まあ実際どんな色になるかは剣を作って貰えばわかることか。


 その後もアリスとの会話は弾み、穏やかな時間が過ぎていった。




 セレンとベル、それにライナーが部屋に戻ってきたところで俺はみんなと別行動をすることにした。


 カインに剣を打ってもらうためには”白の隕鉄”が必要だ。だけどその素材はノーブルと交換しないといけない。そんな訳で俺は素材交換をするため、一人で中立都市の宿まで戻ってきた。


「さて、ノーブルは家にいるかな?」


 俺たちが執事やメイドとしてソフィアの家にいた頃はずっと不在だったんだよな。今日はいるといいけど。


 宿を出て、人の賑わう道をのんびりと歩きながらソフィアの家を目指す。アリスたちと一緒に何度も(かよ)ったから慣れたものだ。


 家の前に到着してドアベルを鳴らす。しばらく待つとソフィアが顔を出した。


「あれ、お兄さんじゃん。どうしたの? というか今日は一人?」

「実はノーブルさんに用事があって一人で来たんだ。いるかな?」

「うん、いるよ。前に案内した地下の部屋覚えてるかな、今日はずっとそこにこもってる」

「あそこか。大丈夫、覚えてる」


 会話をしながら家の中に入れてもらう。


「お茶とかいる?」

「ありがとう。でもすぐに済むからいらないよ」

「じゃあ私は自分の部屋で研究してるから、帰るときも声かけなくて大丈夫だからね」

「わかった」


 ソフィアが二階へと上がって行くのを見送り、俺は一人でノーブルの部屋へと向かう。地下に降りて薄暗い通路を進み、扉の前で足を止めた。


「シルヴァリオです。少しお話したい事があって来ました」

「入れ」


 短い返事を受けて俺は部屋の中へと入った。相変わらず床に荷物が散乱している。というか前にも増して足の踏み場がないのはどういうことだ?


「何の用だ?」


 揺り椅子に座ったノーブルは酒を飲んでいたのか少し酔っぱらっているようだ。机の上にも飲みかけのグラスが置いてある。


 俺は床の荷物を避けるようにしてノーブルに近づき、二人きりになったので口調を崩して答えた。


「前に素材交換の話をしたの覚えてるか?」

「覚えとるよ。前は打ち手の知り合いがいないと断っていたが、当てができたのか?」

「そういうこと」

「なるほど。相手はどんなやつだ?」

「シャンディアにいるカインって天使だ」

「ほう。おぬしも会ったのか」


 ノーブルは目を少し大きくして意外そうな顔をした。


「おぬしもってことは前に言ってた知り合いってカインのことだったのか」

「まあの。儂はあの鉱石がなにかわからず、鑑定してもらうためにカインと会ったんじゃよ」

「そういうことだったのか」

「ま、そんな訳でおぬしが気にしていた”白の隕鉄”が本物かどうかについてだが、以前カインに確認してもらっておるから安心せい」

「そりゃよかった」


 鑑定したのが勇者の剣を打ったカイン本人なら間違いはないだろう。


 さっそくカムノゴルの自室と空間を繋げて”エンシェントドラゴンの角”を取り出した。


「じゃあ交換するってことでいいか?」

「そうじゃの。”白の隕鉄”はそこにあるから持っていけ。ああ、角はそこの床に置いとけばいい」

「床って、まあいいか」


 ”エンシェントドラゴンの角”は言われた通り床に置き、”白の隕鉄”が置いてある部屋の奥に移動する。その際に少し気になっていたことを聞いてみた。


「ところで最近ずっと家にいなかったけどなにしてたんだ?」

「古参悪魔討伐計画のために色々と飛び回っておったんじゃよ」

「一人で?」

「息子と二人でな」


 なるほど、それでソフィアのお父さんもずっといなかったのか。


「でもどうしてノーブルたちが?」

「儂も息子も無駄に顔だけは広いから、交渉役としてノアに選ばれたんじゃよ。格式を重んじる国なんかは通信だとダメだとか、そもそも通信機を持ってない国もあってな」

「それで直接出向いてたのか。大変だな」


 ノーブルは賢者、ソフィアのお父さんは勇者と一緒に旅してたって話だし、その経験を当てにされたんだろう。


 会話をしながら”白の隕鉄”を持ち上げる。それからもう一度カムノゴルの自室と繋げて、ゆっくりと自室の床に置いた。


 さて、これで素材交換も無事完了っと。あとはこれを使ってカインに剣を打ってもらうだけだな。


 振り返ってノーブルの方を向くと、なにやら真剣な顔をしてこっちを見ていた。


「ところでお前さんも参加するんじゃよな」

「それがどうかしたのか?」

「北の帝国には気を付けろ。あそこの騎士団は何かがおかしい」

「何かって、具体的には?」

「交渉で北にも足を運んだんじゃが、そのときに騎士団と少し話す機会があっての。巧妙に隠していたが妙な力を感じた。あれはどちらかというと悪魔に近い」


 前にサーベラスから北の騎士が怪しいって報告を受けたけど、ノーブルも同じ印象をもったってことか。二人が揃ってそう感じたってなるとさすがに無視はできないな。


「それってギルド長には報告したのか?」

「一応ノアに伝えはしたが、正面切って怪しいなどと問い詰められないから頭を抱えておったよ」

「そりゃ相手は大国なんだからそうなるだろ。まあこっちでも気にしてみるよ」


 それからノーブルに礼を言って部屋を出た俺は、シャンディアに戻って朝まで時間を潰した。




 朝食を美味しく頂いた後、部屋にやってきたヨミと一緒に宿を出る。道中ヨミから竜の一族について色々教えてもらったところ、どうやらシャンディアの町の中央に大きな屋敷を建てて、そこに一族全員で住んでいるらしい。


「で、ここに竜の一族が住んでるのか?」

「そうです」


 昨日の約束通りヨミに案内されて屋敷の前までやって来たわけだけど、外からでもめちゃめちゃ広いのがわかる。ただ敷地全体を高い石壁が囲っていて外からだと中の様子は全くわからない。たぶんだけど昨夜泊まった温泉宿の軽く十倍ぐらいはありそうだ。


 そんな敷地の入り口に近づくと、門を守るようにして腰に剣を携えた男が二人立っていた。俺たちに気づいた男たちは警戒するように少し威圧的な態度をとってみせる。


「ヨミと、そっちは見慣れない奴だな。何の用だ?」


 これには俺が一歩前に進んで答えた。


「私はシルヴァリオといいます。それとこちらは勇者アリスに、聖教会の聖女候補であるセレンとその護衛です。本日は天使の第一位であるフィオナ様の使いとして参りました。代表の方にお取次ぎ願えないでしょうか」


 いきなりやってきて代表に会わせろと言っても普通は無理だろう。だから今回はフィオナの名前を使わせてもらうことにした。カインがいるこの地ならフィオナのことも知ってるはず。それに本来の用件である封印の宝玉について話しても、門番じゃ何のことかわからないだろうしな。


「勇者アリスにフィオナ様の使い……」

「昨日ティナ様が言っていた者たちの名前と風貌に一致するな」


 男たちが顔を見合わせて同時に頷くと、片方が屋敷の中へと走っていった。


「確認してくる。しばらくそこで待て」

「わかりました」


 フィオナの名前を使っても断られる可能性があったけど、ありがたいことにティナが昨夜のうちに手を回しておいてくれたみたいだ。これなら問題なく偉い人に会えるだろう。


「それじゃあボクはカイン様のところに行きますね」

「ここまで案内してくれてありがろう。あとで道場の方に顔出すよ」

「はい、待ってます」


 ヨミとはその場で別れ、しばらくすると確認を終えた男が戻って来た。


「お待たせしました。ゼムア様とゼシア様がお会いになられるそうです。中へお入り下さい」


 よし、とりあえず代表と会うところまでは問題なさそうだ。


 ゼムアってのが竜の一族の長で千年以上前から生きてる一番古い竜。ゼシアがその娘で百歳ぐらいだったかな。なんでもシャンディアの人たちが直接話すのは基本的に娘の方らしく、実質的な代表はゼシアなんだとか。


 ここに来るまでの間にヨミから教えてもらった知識を思い出しながら、俺たちは門をくぐって敷地の中へと足を踏み入れた。

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