136 勇者の剣
ティナの道案内で並木道を通り過ぎ、人の住むところまでやってきた。
「へぇ、忘れ里って言うからもっとひっそりとしたところだと思ってたけど、意外と活気があるな」
二階建ての木造の家が立ち並び、そんな街中を人々が行き交う様子は立派な町だ。カムノゴルと比べても遜色ないように感じた。
「ここはカイン様と竜族がいるところだから他よりも人が多いのよ。とはいっても王都や中立都市なんかと比べると全然だけどね。ここから少し離れるとあっという間に田んぼと畑ばっかりになるわよ」
そう言うティナはズンズンと周りに見向きもせず真っ直ぐカインがいるところを目指している。ティナにしてみれば何度も来ている場所だから目新しいものはないんだろうけど、初めてやってきた俺たちは違う。みんなからはぐれないように注意しつつ、周りの様子を確かめた。
すれ違う人たちの中には頭に角を生やした人や、背中に翼を生やした人もいる。それだけじゃない、獣のような耳や尻尾の生えた人もいる。ティナが言っていたようにここは色々な種族が人々の中に溶け込んでいるんだな。
彼らが着ている服はゆったりとしたものが多く、腰に帯を巻いているようなものもある。俺やライナーが道場で着る上着と袴に似ているな。もしかしたらこっちが本場なのではと思わせるほど、ほとんどの人が同じ様な服を着ていた。
夕日に照らされた家からは夕食時の美味しそうな香りが漂ってくる。この匂いはなんだろう? 船の上で散々焼いて食べたから、魚を焼いてる匂いは分かる。他にも色々と混ざってるんだけど、パンを焼く時の香ばしい感じじゃないし。うーん、あとで食事処でも探してみようかな。
それからしばらく町の中を歩いて回り、他よりも少し大きな家の前でティナが立ち止まった。
「ここがカイン様の家よ」
もっと立派な屋敷を想像していたけど、外から見える範囲じゃただの二階建て。天使の第二位が住んでいるというわりには普通だ。もしかしたら奥に向かって広いのかな? あえて他と違うところをあげるとするなら隣接している家がないってことか。
「カイン様ー! アリスちゃんを連れてきましたよー!」
ティナが大きな声で呼びかけても反応がない。
「…………反応がありませんね。いないのでしょうか?」
「さすがに向こうから呼び出しておいていないってことはないと思うんだけど、って来たわね」
扉の奥からとてとてと軽い足音が近づいてくる。
ガラガラっと扉が横に開いて現れたのは十歳前後の子ども。短く切りそろえられた髪は特徴的な薄桃色で、頭の左右にそれぞれ一本ずつ小さな角が生えている。どうやら鬼人族の子どものようだ。顔立ちは中性的で男の子なのか、それとも女の子なのか判断に迷うな。
「おまたせして申し訳ありません、ティナ様」
「こんばんは。えーっと、ヨミくんの方かな? カイン様はいる?」
「はい。そちらの方がアリス様でしょうか?」
ヨミくんと呼ばれた子が、ティナの横に立っていたアリスへと視線を移して首をかしげる。
「そうよ。他の子も一緒だけどいいかしら?」
「ティナ様がお連れになられた方であれば問題ないと思います。どうぞ上がってください」
最初にティナが玄関へと入り、靴を脱いで廊下へと上がった。俺たちもそれにならって順番に家の中に入っていく。
ヨミを先頭にして廊下を進むと、階段の横を通り過ぎたところでティナが声をあげた。
「ねえヨミくん、二階に行かないってことはもしかしてカイン様、日課の鍛錬中?」
「そうですね。毎日やらないと落ち着かないとおっしゃって」
「もう、人を呼び出しておいて何してるんだか、まったく」
ティナは一言不満を漏らすだけで、それ以降は口を閉ざした。
それにしても奥に広いんじゃないかとは予想していたけど、普通の家にこんな長い廊下が必要だろうか? そんな俺の疑問はすぐに解消された。
廊下の突き当りにある扉をヨミが横に引いて開けると、明らかに家とは異なる広さの空間が見えた。ヨミに続いて扉の奥に入ると、カムノゴルで見慣れた道場とほとんど同じ造り、大きさの広間だった。
なるほど、家の裏に道場があって直接繋がってたのか。
そんな広間の中央で、槍を持った金髪の男性が演武を舞っていた。
「ティナ様たちがお見えになられました」
ヨミに声をかけられると男性は演武を中断してこっちを向いた。
少し距離があるから正確なところは分からないけど、かなり長身で体格もしっかりとしている。顔立ちは男から見てもかっこいいと思えるほど整っている。
千年近く生きているはずなのに二十台前半位に若く見えるのは、カインだけに限った話じゃなくて天使全般に言えることだな。
「来たか。ヨミはそこで待っていろ」
「わかりました」
カインは乱れた道着を整えると壁の方に歩いて行き、持っていた槍を立てかけた。その背中に向かってティナが声をかける。
「カイン様、言われた通りアリスちゃんを連れてきましたよ」
カインの方が立場は上のはずなんだけど、気負った感じもなく軽い調子でティナが報告をした。まあエルザへの対応も似たようなものだったし、ティナは誰が相手でも変わらないのかも。
呼ばれたカインは切れ長の碧い瞳で俺たちを一瞥する。
「他にもいるみたいだが?」
「アリスちゃんの仲間ですよ。丁度一緒にいたので連れてきちゃいました」
「……まあいい。そこの黒髪の娘がアリスだな」
「はい」
アリスが返事とともに一歩前に出る。カインも壁から離れて俺たちの方にやってきた。
「私の名はカイン。天使の第二位で、ここシャンディアの地を竜の一族と共に管理している。今回呼び出したのはフィオナからアルフレドが使っていた剣を鍛え直してアリスに手渡してほしいと頼まれたからだ」
カインは目を細めて品定めするかのようにアリスを上から下へと見た。
「ところで勇者の紋章を自らの意志で出せるようになったのは確かか?」
「はい。精霊の里で”煉獄”と戦った後から自分の意志で出せるようになりました」
「そうか、それにしては……」
そう短く答えたカインは深く息を吐いて目を閉じた。
まるで期待外れだとでも言わんばかりのその態度に、俺は少なからずいらだちを覚えた。
アリスは自分になにか問題があったのかと不安に思ったのか、カインに問いかける。
「あの……なにか問題でもありましたか?」
「いや、大したことではない。フィオナが大丈夫と言うからには問題なかろう」
カインは自らを納得させるようにそう言うと、自分の目の前に歪んだ空間を作り出した。
あれは遠くにある物を取り出す時に使う転移魔法の応用だな。俺も使うから分かったけど、アリスたちはなにが起きるのか分からず緊張しているみたいだ。
カインが歪みに両手を入れてすぐに戻すという動作をすると、さっきまでなにも持っていなかった両手には剣が握られていた。
話の流れからするとあれが勇者の剣だよな。純白の鞘に収まっているから柄の部分しか見えてないけど、特別すごいって感じはしない。
「これがアルフレドが使っていた剣だ。持ってみろ」
アリスはカインの前まで近づくと、恐る恐るといった感じで剣を受け取った。
「抜いてみろ」
「はい」
俺たちが見守る中、アリスがゆっくりと剣を抜いて頭上にかかげた。
形状としては剣神流が好んで使う片手半剣と比べてやや細く、短い。柄の部分はそれなりの長さがあるから両手でも扱えるだろう。これだけなら至って普通の長剣だ。だけど鞘から出てきた刀身は俺の知っているどの剣とも違った。
光の透ける半透明な純白の刀身。その見た目に思わず引き込まれた。魅了されたと言ってもいい。
俺だけじゃない、ライナーやベル、それに剣にさほど詳しいわけではないセレンも見入っている。
「へぇ、これがアルフレドの使っていた剣、ずいぶんと綺麗ね」
「感心するのはまだ早いぞ。この剣の真価はこれからだ」
ティナが腕を組んで感心したように呟くと、カインがすぐに否定した。それと同時、刃元に埋め込まれている宝石のような物が赤く光った。その光が剣の中を浸透するように刃先の方まで広がっていく。あっという間に純白の剣が燃えるような赤に様変わりした。
驚き過ぎて言葉が出てこない。
そういえばノーブルが言ってたな。勇者の剣は”白の隕鉄”を使っていて、それは魂を映すって。ということはあの赤色がアリスの魂の色ってことなのか?
「カイン様、これは一体……?」
ティナの疑問にカインが答える。
「剣の素材に使っている”白の隕鉄”の特性だ。”白の隕鉄”は魂を反映、増幅させる。今見えている赤い光がアリスの魂の色だと思っておけばいい」
「……これが私の色?」
アリスはしっかりと確認するように剣を顔の近くに寄せて、小さく声を漏らした。
どうやら俺の予想は合っていたようだ。気になることがあるとすれば、ティナに答えた時のカインの表情。眉をひそめて難しい顔をしていた。あれはなにを考えていたんだろうか?
俺がカインのことを考えている傍らで、ライナーが勇者の剣を見ながら目をキラキラさせて手を上げた。
「これってアリスさん以外の、たとえばオイラとかが持っても魂の色って見れるんですか?」
「いや、それはできない。これは他の者が持っても反応しないようにできている。勇者専用の装備といったところか」
「あ、そうなんスね……」
ライナーが残念そうに顔をうつむかせ、手をダランと下げた。自分の魂がどんな色か見てみたかったんだろうな。まあ俺も興味はあるし、なんならライナーが言わなかったら俺が同じことを聞いていた気がする。
「さて、フィオナから頼まれていた件はこれで終わりだ」
カインがそう締めくくると、アリスは剣を鞘にしまって胸に抱えるようにして持った。
「それじゃあ私はやることあるから中立都市に戻るわね。アリスちゃんたちはどうする? グレイルの討伐までまだ時間もあることだし、少しこっちでゆっくりしてみるってのもありかと思うんだけど。戻りはシヴァくんがいれば問題ないんでしょ?」
「そうですね……」
俺が転移魔法を使えるってティナにまでバレてるのか。まあこの前ギルド長たちを連れてグラードとの戦地に飛んだりしたから、その辺りで広まったんだろうな。今後は転移魔法については基本的にバレてると思っておこう。
アリスが俺たちの方に向き直って小さく首をかしげる。
「みんな、どうする?」
「一日、二日ぐらいならこっちでゆっくりしてもいいと思う。俺は竜の一族と、カイン様に用事があるからどちらにしろ残るよ」
「竜の一族とカインに?」
「竜の一族の方は封印の宝玉がどうなっているのか一度確認しておきたいんだ。カイン様の方は……ちょっと個人的に剣を打ってほしくて」
まあその前に一度ノーブルと素材交換の話をしないといけないんだけど。
チラッとカインの方に目を向ける。
「剣を打ってほしいというが、具体的には?」
「実は持ち込みの素材で作って欲しいんですけど、その素材が今は手持ちにないので明日改めて相談させていただけないでしょうか」
「……まあいいだろう。作るかどうかは別にして話は聞いてやる」
「ありがとうございます」
お礼と同時に頭を下げる。よし、打ってくれるかどうかはまだわからないけど、とりあえず望みはできた。
「それと竜の一族に会うなら朝にした方がいいぞ。夜に会いに行っても門前払いされるだけだ」
「わかりました」
「じゃあアリスちゃんたちはヨミくんの家に泊まるといいよ。この里で有名な宿で、料理も美味しいし温泉も気持ちいいよ。それで明日の朝にヨミくんの案内で竜の一族に会いに行けばいいんじゃないかな」
ティナの提案に、俺たちは顔を合わせて頷いた。