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135 剣の在処

 ベルとの修行を開始してから数日が経過して、セレンから少し怪しまれだした頃。


「お兄さん、ベルさんやっほー!」

「おはよう。お前は朝から元気だな」

「おはようございます」


 今日も一日ベルの修行に付き合うため、朝一で宿を出たところをソフィアに捕まった。


「私はいつだって元気だよ! ところでお兄さんは……その、もう大丈夫なの?」

「ああ、もう大丈夫だ。この前は心配かけて悪かったな」

「いいのいいの。気にしないで」

「それで今日はどうしたんだ? もしかしてまたアリスたちにメイドの仕事をして欲しいとか?」

「それができるならまたお願いしたいぐらいだよー……ってそうじゃなくって、今日はお兄ちゃんから伝言を預かってきました!」


 ソフィアはベルに期待の眼差しを向けたかと思えば、急に額に片手を付けてビシッと姿勢を正した。


「伝言?」

「そうだよ。『古参悪魔討伐計画の日程が決まった。それについて話がしたいからギルドまで来て欲しい』だってさ」

「……わかった、伝えてくれてありがとう」

「いえいえ。それじゃあ確かに伝えたからねー。私は家に帰るよ。バイバイ」


 ソフィアは頭の後ろでまとめた髪を左右に振るようにして駆けていった。


 その背中を見送ってから隣のベルに声をかける。


「悪いけど先にギルド長との用事を済ませておきたい」

「わかりました。セレン様たちも一緒に聞いた方がいいでしょうから伝えてきます」

「たのむ」


 ベルが宿の中に戻っていく。俺は宿の入り口近くで壁に背中を預けた。


「どうなるかな……」


 残る古参悪魔はグレイルのみ。仮にグレイルがグラードと同等以上の実力を隠し持っていたとしても、いまの俺やアリスたち、それにギルドなどの実力者が揃えば負けることはないだろう。転移で逃げられたりしなければ問題なく討伐できるはずだ。


 懸念があるとすれば千年前の魔王、始まりの天使ステラを復活させようとしている件か。ただこれはフィオナが精霊の里で封印の宝玉を守っている間は大丈夫だと思うんだけど……




 それから俺たちはギルド本部へと足を運んだ。


 慣れたやり取りで会議室へと通され、後からやってきたギルド長と軽く挨拶を交わしてすぐに古参悪魔討伐計画の話題へと移った。


「十日後?」

「そうだ。十日後に”道化師”――グレイルの討伐を行う」


 十日だとベルの魔人化が使い物になるかどうかギリギリのタイミングだな。


「前日に討伐メンバーの顔合わせと作戦のすり合わせを行う。アリスはアルカーノ、セレンたちは聖教会の立場で参加だ」


 普段一緒に行動している俺たちだけど、顔合わせのときはそれぞれの立場に別れて参加しろってことか。


「作戦ってどんな感じになるんですか?」

「まずグレイルの居場所をギルドが特定してから天使たちがそこに向かう。そこで天使が転移封じの結界を発動させてグレイルの逃亡を阻止する。あとは総力をあげて討伐する。大筋はこんなところだ」


 もっと細かく作戦を練っていると思ってたんだが、ずいぶんざっくりしているな。


「一応複数の状況を想定して作戦を考えてはいるんだが、グレイルがどこにいるかはその日になってみないとわからない。戦う場所が定まらない以上、まずは戦力を整えることを重視した。それに国を跨いだ連携は難しい。最初に役割分担をしてからは基本的にその場での判断を優先してもらうことになるだろう」


 なるほど、たしかに国家間で協力しあうのは言うほど簡単じゃないか。それにいざ連携するとなっても、国としての力関係とかでどっちが上だ下だとか色々面倒なこともあるだろうしな。


 まあこっちとしてはガチガチに指示を出されるよりも、ある程度任せてくれた方がやりやすいから問題はない。


 俺たちの反応を見ながらギルド長が話を続ける。


「まずアルカーノだが、王が騎士たちを派遣してくださると約束してくださった。騎士が数名、兵士が十数名ほど。それを指揮するのはギルバード団長だと聞いている」

「団長が参加するんですか!?」

「そうだ。数は多いとは言えないが、彼がくるのであれば戦力としては十分だろう」


 アリスが驚くのも無理はない。ギルバード団長はアルカーノ騎士団の最高戦力だ。それを出陣させるなんてずいぶん思い切ったことをしたもんだ。


 というかアルカーノの防衛は大丈夫なのか? アルカーノの王と交渉したというギルド長に思わず訊ねる。


「戦力としては十分過ぎるけど、それだとギルバード団長がいない間、王都の守りが薄くなりませんか?」

「それに関しては一応こちらでも確認をしたんだが、アルカーノの王からは問題ないと言われた。そう返事をされると、こちらが心配したら逆に失礼になるから突っ込んでは聞いていないが、お前たちが気にする必要はないだろう。それに移動は転移を使える天使が協力してくれることになっている。王都を空けるといっても数日程度ならば影響は少ないだろう」


 数日か、それなら大丈夫だとは思うけど、万が一その間に上級悪魔が王都を襲ったらって考えるとな。以前、上級悪魔と戦っていたときは騎士が数人がかりで負けてたから少し心配だ。


「大丈夫だよ。ナナリーが言ってたんだけど、団長にしごかれてみんなすごく強くなってるって。だからそこまで心配いらないんじゃないかな」


 俺の不安が顔に出ていたのか、アリスが安心させるように教えてくれた。


 アリスは時々アルカーノ騎士団に報告を入れているから、そのときにナナリーさんから色々と話を聞いているんだろう。


 まだ納得はしていないけど、これ以上この件で話を止めるのも悪い。ギルド長に目配せをして続きを促した。


「他の参加国だが、アルカーノ以外だと北の帝国ヴィルダージュだけだ。ヴィルダージュからも騎士団がくる予定で、人数はアルカーノと同じぐらいになるよう調整している」

「アルカーノと北の帝国だけなんですか?」

「前線に出るのはな。本当なら他にも参加してくれるところはいたんだが、”歪獣”の被害にあってそれどころじゃなくなった」

「なるほど」


 グラードに襲われた国が参加を取りやめたのか。


「あとはシルヴァリオ、お前が原因だ」

「え、俺のせい?」


 俺が原因で参加する国が減ったって言われても思い当たる節がないんだけど。


「最強と言われていた古参悪魔を一人で倒したんだ。そんなやつがいるならわざわざ危険をおかしてまで自国の戦力を送る必要はないだろうと、ようはそんな感じだ。ここまでハッキリ言われたわけじゃないが思惑としては間違っちゃいないだろう」

「それはなんというか……」


 他の人からすれば俺一人いればグレイルも倒せるだろってことか。まあ納得できなくもないけど、なんだかなぁ。


「一応代わりに後方支援として色々と物資を送ってもらったり資金を融通してもらってはいるが、名目として参加だけしておきたいって魂胆が丸見えだな」

「そういえばグラード討伐の確認ってどうなったんですか? 死体が残ってないから確認のしようがないと思ってたんですけど」


 いまの話しぶりからすると討伐の確認は終えてるっぽいんだが。


「すでに終えている。たしかにグラードの討伐はなされていた」

「それってどうやって確認したんですか?」


 倒したことは俺自身が一番よくわかってる。だけどそれを客観的に示すことは難しいと思ってた。それなのにギルド長はどうやってそれを判断したんだろうか?


「討伐前に行う会議で他の参加者にも説明するからそれまで待ってくれ。”道化師”の現在位置を特定するのと同じ方法だからな」


 別にいますぐ説明してほしいってわけでもないからそれでいいか。


「わかりました。それじゃあそのときに説明してもらうってことで」

「話を戻すと討伐に参加するのはアルカーノと北の帝国、あとはギルドとお前たちだ。ギルドからは実力のあるチームに声をかけて色よい返事をもらってる。そっちはどうだ?」


 ギルド長からの目配せを受けてセレンが姿勢を正し、ここ数日聖教会と連絡をとって調整していた内容を伝えた。


「聖教会で討伐に向かうのはここにいる四名。あとは後方支援として上級の聖神官と護衛の騎士合わせて十名を予定しています。また、現場で対応できない重傷者が出た場合には聖女アンジェリカが聖教会にて対応致します」

「了解した。君たちの出番がないに超したことはないが、万が一のときはよろしく頼む。一応こちらでも治癒薬を用意しているんだが、治癒魔法に比べると効果はいまいちだからな」


 治癒薬って前にギルド長が俺に見せてくれたやつか。まあセレンがいれば大抵の傷は治せるだろうし、治癒薬の出番はないかもな。


「さて、俺からの話は以上なんだが、ティナ様から君たちに話があるらしい。悪いがここで待っててくれ」


 ギルド長はそう言い残して部屋から出て行った。


「ティナ様の話ってなにかしら?」

「ギルド長も聞いてなさそうだったよね」


 セレンとアリスが話す傍らで、俺は面倒なことにならなければいいなと思いながら、小さくため息をついた。


 それから待つことしばらく、勢いよく扉が開かれてティナが部屋に入ってきた。


「待たせちゃってごめんね。私が直接宿に行っても良かったんだけど、ノア君から今日みんなを呼び出すって聞いてたから」

「いえ、それよりも私たちに用事というのは?」


 みんなを代表してアリスが会話に応じる。


「君たちっていうか用があるのはアリスちゃんだけなんだよね」

「私ですか?」

「そそ、実はカイン様からアリスちゃんを連れてこいって連絡が急にきたのよ。私だって忙しいってのに使いっ走りにして」


 ティナは頬を膨らませてイライラを露わにしている。これにはアリスとセレンも苦笑いを浮かべていた。


 まあそれはいいとして、カインって誰だったかな? 前にティナが話してたような気がするんだけど。


「カイン様はたしかフィオナ様と同じぐらい古い天使ですよね。以前、ティナ様が話して下さったときに竜の一族などと交流を持っているとお聞きしましたけれど」


 さすがセレン、俺がすっかり忘れていたことを完璧に覚えていた。


 ティナも感心したように口調をやわらげてセレンのことを褒める。


「よく覚えていたわね」

「これぐらい大したことではありません。ですがどうしてアリスを?」

「なんでも渡したい物があるらしいのよ。わざわざ呼び出さないで自分が来ればいいのに、まったく」


 ティナとセレンのやり取りを聞いていたアリスが「あっ」と小さく声を漏らした。


 アリスの隣に座っていたセレンもその声に気づいたようで、すぐにアリスに確認している。


「なにか思い当たるの?」

「たぶん前にフィオナが言ってた事だと思う」

「フィオナ様が?」

「うん。精霊の里で会ったときにいまの私なら扱えるだろうからって」

「扱えるってなにを?」

「――勇者の(つるぎ)

「それってアルフレドが使ってた武器のことか?」


 思わず二人の会話に割り込む形でアリスに訊ねた。


「うん、そうだよ。封印を解いて研ぎ直しするから使えるようになるまで少し時間がかかるってフィオナは言ってたんだけど、それが終わったんだと思う」

「な、なるほど……?」


 まさかこのタイミングで伝説の武器の在処(ありか)が判明するとは思ってもみなかった。というかフィオナたちが隠し持っていたのか。


 話を持ってきたティナも詳しいことは聞いてなかったのか、少し驚いているみたいだ。


「ねえティナ、カインがいるところまではティナが連れて行ってくれるの?」

「え? ええ、そういうことになるわね。問題がなければいますぐ向かうけど大丈夫?」

「いいかな?」


 アリスが俺たちの方を見て確認する。


 俺は頷きを返して、セレンたちもそれぞれ大丈夫と返事をした。


「みんなも一緒でいい?」

「アリスちゃんを連れてこいとは言われたけど、他の人はダメって言われてないから大丈夫でしょ、たぶん」


 そんな適当でいいのか? まあアリスだけを行かせるのは少し心配だからあえて指摘はしないけど。


 前にティナに連れられて精霊の里に転移したときは大変なことになったからな。警戒するに超したことはないだろう。




 ティナに連れられて開けた場所にやってきた。


 転移直後になにかあるかもしれないと警戒していたけど特に何も起きない。気にし過ぎだったか。


「きれい……」


 罠を警戒していた俺とは違い、アリスたちは周囲の景色に心を奪われているようだった。


 周りを見渡せば薄桃色の小さな花びらを咲かせる木々が生い茂っている。夕日を背景に、風に吹かれて花びらが舞う様子はどこか幻想的で、アリスたちがこれに見惚れてしまうのもわからなくはない。


 ティナを先頭にして並木道を進んで行く。多少デコボコ道ではあるものの、ちゃんと人の手で整備されている感じだ。この先に町や村があるんだろうか?


「この先にカインがいるの?」

「そうよ。とは言っても少し歩くんだけどね。直接カイン様のところに出るわけにもいかないから近くの広場に転移したのよ」

「町中に転移しちゃいけないとか、そういうやつね。ちなみにここってどういうところなの? このきれいな花を咲かせる木、初めて見た」


 アリスは話をしながら、舞い落ちてくる花びらをお皿のようにした両手で受け止めた。その花びらを指先でつまんで日に透かすようにしてかざしている。


 問われたティナは足を止めて体ごと振り返り、教師然とした態度で答えた。


「見たことないのは当然ね。この木はここにしか生息していないから。これから向かう先はエイクシー大陸の東にある島の中心、人だけじゃなくて竜の一族や鬼人族といった異種族が集まってできた忘れ里――シャンディアよ」

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