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133 戦いの跡地

 グラードを倒した翌朝。俺はアリス、ライナー、セレン、ベルの四人に声をかけて宿の一室に集まってもらった。


 理由は二つ。一つ目は先日俺が一人で勝手に行動したことを謝るため。そしてもう一つはグラードとの戦いの中で覚醒したことを伝えるためだ。


 アリスには昨日の内にどちらも伝えてるけど、他の三人にはまだだったので改めて場を用意した。


 謝罪についてはサーベラスのことがあったんだから仕方ないと、みんなすんなりと受け入れてくれた。


「身近な人に危険が迫っていたのなら冷静でいられなくても仕方ないわよ。ただ、あなたがそうなったのは少し意外だったけれど」


 俺が謝ったことで場が重くならないようにと気を使ったのか、セレンが少し茶化すように言う。


「まあ俺も自分であんな風になるなんて思ってなかったからな」

「同じ立場だったらオイラも似たような風になってたかもしれないッスね。ところでアニキはどうやって”歪獣”を倒したんスか? アニキってまだ覚醒してないですよね?」

「それは私も気になっていました。あなたが強いのは知っていますけど、相手は”煉獄”よりも危険視されていた古参悪魔。一人で戦って勝てるような相手ではないはずです」


 ライナーはふと気になったという感じで軽く聞いてきた。ベルは少し疑うような眼差しで俺を見ている。


「それについても話すよ」


 二人が疑問に思うのは当然だろう。だから俺は覚醒したことと、いままでちゃんと話していなかった魔人化についても今回説明しようと思ってる。


 本当は俺が元魔王だって事もあわせて話したかったんだけど、それについてはもう少しだけ黙っていることにした。この辺りについては昨日アリスに相談して決めた。


 たぶんここにいるみんななら最終的には受け入れてくれるとは思うけど、それでも受け入れるまでには時間がかかるだろうと、俺とアリスで考えが一致した。


 古参悪魔討伐計画前に話してみんなの精神を不安定にさせるようなことはしたくない。それが原因で戦いの最中に集中できなくて大きな怪我をしたとか、そんなことになったら嫌だからな。だから少なくともグレイルとの戦いが終わるまではお預けだ。


「まずライナーが言った覚醒についてなんだけど、俺は昨日の戦いの中で覚醒したんだ」

「やっぱりそうなんスね」


 納得したという風にライナーが頷く。


「しかし、魔力の反応は以前と変わらない感じがします。隠しているのでしょうか?」


 ベルの疑問に俺は頷いてから答える。


「今ここで解除してもいいんだけど、それをやるとギルドの連中や天使たちが慌てて飛んできそうだからな」

「それほど強大な力を得たのですか?」

「……そうだな」


 魔人化をしていない状態でも、おそらく覚醒前の魔人化と同じぐらいの強さになっているはずだ。ただの上級悪魔ぐらいなら魔人化なしで瞬殺できるだろう。覚醒後に魔人化をすればどれぐらい強くなるのかはグラードとの戦いで確認済みだ。


 逆に言えばグラード相手だと覚醒しただけじゃ足りなかったともいえる。


「ただ覚醒してもそれだけじゃグラードには勝てなかったと思う。グラードと一人で戦って勝てたのはもう一つ理由があるんだ」

「どういうことなの、それ?」


 まだ何か隠しているのかと疑うようにセレンは眉をひそめた。


「アリスには見せたことがあるんだけど、魔人化っていう自分を強化する魔法を使ったんだ。ライナーには話した事あったっけ?」

「うーん、マリーさんからアニキが本気出すと姿が変わるって話は聞いたことあるッスよ。それをやるとどんな感じになるんスか?」

「今から見せるよ」


 まず下準備として、魔力が部屋の外に漏れないように厳重に結界を張っておく。


 隠していた魔力を解放してから一瞬で魔人化を終わらせる。


 セレンとベルの二人は目を大きく開いて固まっていた。急に増えた魔力量に驚いているのか、それとも変化した見た目に驚いているのかどっちだろう?


 ライナーはおそらく無意識にだろうけど、剣の柄に手を伸ばして俺から距離をとっていた。それからすぐに自分の行動に気づいて、気まずそうに元の位置に戻っている。


 唯一、魔人化を見た事のあるアリスだけが落ち着いていた。


「前よりもずっと強くなってるね。……あれ、肌の色変わった?」

「覚醒したらなんか変わったんだよ。昔、魔人化を開発したときにイメージしてた悪魔に近づいたっていうか」

「……ふーん」


 事情を知ってるアリスはこれで察してくれたようだ。


「ねえ、それ聖教会で戦ってるときには使ってなかったわよね。なにか使うための条件とかあるのかしら?」


 セレンから、魔人化を使っていたらもっと戦いが楽になっていたんじゃないの? と暗に責められているような気がする。まあ事情を知らなければそう考えても仕方ないよな。


「実はあのときは本調子じゃなくて、使いたくても使えなかったんだよ。船に乗って中立都市に移動してる最中にようやく調子が戻ったんだ」

「そうなの? あなたの戦いっぷりを見てたけど、あれでも調子が悪かったのね。あと昔開発したって、それってダリウスとジルベールが使っていたものとは違うのかしら?」


 俺からすれば違うんだけど、他の人からすればあんまり違いはないんだよな。


「似たようなものかな。カムノゴルであいつらが暴れたときに、それを参考にして開発したものだから」

「それなら悪魔の力を使っているってこと? 体に負担がかかったり、そういうのは大丈夫なの?」

「あー、それは……」


 これはちょっとマズいな。セレンの追求が止まらない気がする。魔人化の詳しい説明をするとボロが出そうだったので、適当なところで話を切り上げることにした。


 セレンとベルがもう少しちゃんと説明しろという感じの、非難するような目を向けてきていたけれど、こればかりは仕方ない。


 それから俺はギルド長との約束を果たすために一人でギルドへと向かった。


 断じて二人から逃げたわけじゃない。戦術的撤退というやつだ。




 約束通りギルド長たちを俺とグラードが戦っていた場所まで転移魔法で連れてきた。


 まさかギルド長が直々に調査をするとは思わなかったけど「古参悪魔の討伐に関する事は最優先事項だからな」と言われてしまえば断れない。


「ここでお前は”歪獣”と戦ったのか。凄まじいな……」


 破壊され尽くした街並みを見てギルド長が呟いた。一緒に連れてきた調査員たちは言葉を失っている。


 まともな形を保っている家は一つとして無く、半分近くの家が完全に倒壊している。戦いの形跡がそのまま残った大地はデコボコに波打っていたり、大きな穴が開いていたりと酷い有様だ。


 俺とグラードの戦い、町一つを滅ぼす激闘――それを想像するには十分な光景だったのだろう。


 以前、フィオナが”深淵”の残滓を見つけて俺を魔王だと特定したことがあった。だから今回はギルド長や調査員を連れてくる前にそういった痕跡を消してある。


 さて、ここまで連れてくれば俺の役目は終わりだ。帰りにもう一度転移魔法を使うけど、それまでは自由にしてていいんだよな?


「後は任せていいですか」

「ああ。最初だからそこまで大規模な調査はしない。そこまで時間はかからないだろう」

「それじゃあこっちでも少し調べさせてもらいますね」

「構わないが、なにか気になることでもあるのか?」


 サーベラスの報告だと、ここはグラードの住処だった可能性が高い。だったらグラードだけじゃなくて、グレイルに関わるなにかもあるんじゃないかと考えた。まああったらいいな程度の淡い期待だけど。


 そんなあやふやな感じなので、ギルド長にはちょっと曖昧に答える。


「具体的になにってわけじゃないんですけど、少し見て回ってみようかと」

「まあいいだろう。戻るときにはこちらから声をかける。それまでは好きにしていいぞ」

「ありがとうございます」


 ギルド長の許可を得たのでさっそく移動する。


 まずはグラードの住処を探さないといけないんだが、空の上から一番大きな屋敷を見つけるのが早いだろうか? でも家はほとんど倒壊してるから見た目じゃわかんない可能性もあるんだよな……


 大きな屋敷なら地下もきっとあるよな? 倒壊している地上から何かを探すのはさすがに厳しいだろうから、まずは地下のある家を探してみよう。


 モルオレゴンの巣穴を調査したときみたいに、魔力を風に乗せて広げる。覚醒したことで魔力操作の精度が上がったからだろう、以前よりもはっきりと地形を理解できるようになった。まあその分集中しないといけないんだけど。


 地下のある家は……結構あるな。まあダメで元々、近いところから……?


「なんだこれ?」


 魔力を遮断している感じの反応を見つけた。箱っぽい形をしていてるけど、なにか隠してるんだろうか?


 さっそく箱っぽいなにかがある所へと向かうことにした。


 場所的には町の中心近く。今は見る影もなく、二階の半分ほどが崩れて一階の部屋に直接日が当たっているような状態だけど、そこそこ立派な屋敷だったようだ。もしかしたら町長などの偉い人が住んでいたのかもな。


 瓦礫をどかしながら家の中を進んだ。地下に続く階段は半ば埋まっていたので、地下室の真上の部屋に移動する。魔法で人が通れるぐらいの穴を開けて飛び降りた。


 穴から入ってくる日の光だけでは薄暗かったので、手元に光を出して部屋の中を確認する。


「怪しい箱は……あれか」


 両手で抱えられるぐらいの大きさの箱が無造作にいくつも置かれていた。その中で魔力を通さない物は一つだけ。


 近くで見てもこれといって特徴がないただの木の箱。鍵穴も無いし、簡単に開きそうだ。


「魔力を通さない仕掛けは内側にあるのかな?」


 開けた瞬間、爆発したりしないよな……? そんな罠でやられたりはしないけど、すぐに結界を張れるように注意しながら蓋を開ける。


「普通に開いたな」


 中を覗き込むと、手の平に乗るぐらいの黒い球体が三つだけ入っていた。箱の大きさに対して中身が少ないな。そんなノンキな事を考えていたところで、球体から禍々しい魔力を感じた。


「……もしかして悪魔球?」


 昔、カムノゴルの道場で使われるのを一度見ただけだから記憶があいまいだけど、たぶん合ってるはず。これを隠すために魔力を遮断する仕掛けをしていたのか。


 というかこれ、ダリウスとジルベールが使ってたやつよりもずっと強力じゃないか? 何個も悪魔球を取り込んだら正気を失うって話だったけど、これは一つでもヤバい気がする。


 グレイルに関する何かがあればとは思っていたけど、どうしてこんなものがここにあるんだ?


 仮にこの屋敷をグラードが使っていたとして、悪魔球を保管していた理由がわからない。グラードが強くなるためにグレイルからもらったって線が有力だろうけど、でもあいつが今更こんなもの使っても意味ないだろうしなぁ。いくつか使ってみたけど効果が感じられなくて、そのまま使われずに残っていたのかもしれない。


 もしくはグレイルもここを拠点として利用していたとか。


 ここにあった理由はわかんないけど、問題はこれの扱いだ。やっぱり調査の一環としてそのままギルドに渡すべきだろうか。


「……本物かどうか確認してから考えよう」


 あとで聖教会に持っていって、ダリウスとジルベールの二人に確認だな。


 それからしばらくして調査が切り上げられた。


 俺の方の成果は悪魔球っぽいものだけ。ギルドの方は俺とグラードが戦っていたこの町のことを特定したらしい。


 町の名前も判明して教えてもらった。聞き覚えのある名前だなと思ったら、やっぱりというか、けっこう魔王城の近くにある町だったのを思い出した。


 俺が封印されたのと同時期ぐらいに悪魔や魔物の襲撃を受けて、住んでいた人たちは町を放棄して他のところへと逃げたらしい。ギルドではそれからずっと無人の町として扱っていたそうだ。


 町を特定したことで、次回の調査から俺が参加する必要はなくなった。なんでもノーブルや天使たちならここに転移できるとのこと。


 本格的な調査は明日以降行うことになり、俺たちはギルド本部へと転移魔法で戻った。




 ギルド長たちと別れてギルド本部を出た。外は日が暮れ始めており、ぼんやりとした灯りが町の中を照らしている。


 そんな中にベルの姿を見つけた。ギルド本部の近くにある建物に背中を預けて誰かを待っているような雰囲気だ。気になって近づいて見ると、向こうもこちらに気づいたようだ。


「少しいいでしょうか」

「別にかまわないけど、俺を待っていたのか?」

「ええ、付いて来てください」

「どこに行くんだ?」


 俺が聞いても返事はなく、ベルは人通りの少ない路地へと入っていった。


「……なんなんだ?」


 さっさと宿に戻ってゆっくり休もうと思っていたのに。だけどこのままベルを放って置くわけにもいかないので後を付いていく。


 完全に人気の途絶えた空き地までやってきたところで、ようやくベルが足を止めた。


 こちらに振り向いたベルの瞳は真剣味を帯びていて強い決意を感じる。


 明らかに普段と雰囲気が違うな。これはちょっと面倒なことになるかも。


「セレンの護衛はいいのか?」


 付いてくるとき周囲を確認したけど誰かが尾行しているような気配はなかった。実はセレン辺りが隠れているんじゃないかと疑っていたんだが、どうやら正真正銘俺とベルの二人だけらしい。


「ここでなにか事件が起きるとも思えませんし、なにより私よりもずっと強い人たちが側にいますから……」


 言いたい事はわかる。ギルド本部があって、さらに天使がいる中立都市に攻め込むような悪魔や魔物はいないだろう。聖教会という前例があるから絶対とは言えないけど、可能性としては低い。


 それになにかあってもアリスやライナーがいれば大抵のことはどうにかなる。おそらく今回はアリスに護衛の代わりを頼んだんだろう。


 ただ、セレンの護衛としてそれでいいんだろうか?


 あと真面目なベルが自分を卑下するような言い方が少し気になる。


「セレンを守るのはベルの役目じゃないのか。たしかにベルがずっと一緒にいるのは現実的じゃないから、俺たちがセレンの側にいることはあったけど、それはあくまで一時的にベルの代わりをしていただけだ。それなのに最初から俺たちを当てにするような発言はどうかと思うぞ」


 もちろんセレンになにかあったら全力で助けるし、そうならないように注意はするけど、それとベルの役目は別の話だ。


 少し強めに言うと、ベルは俺から視線をそらした。


「わかっています。ですが、今の私ではセレン様を守ることができない。この前の戦いでも全然役に立てなかった」


 精霊の里での戦いを思い出しているのか、ベルはきゅっと口元を引き結んでわずかにうつむいた。俺はベルの戦いを見てないから詳しくはわからないけど、この様子だと役に立てなかったことを相当気にしているんだろうな。


「……悪い。責めたいわけじゃないんだ。ちょっと言い方が気になったから。それでわざわざ人気のないところに移動してまで何の話だ?」

「今の話に関係することです」

「今の話に?」

「はい。以前から手合わせなどを通じて戦い方を教わっていましたけれど、それだけではあなたたちに追いつくことができない。だからお願いがあります」


 なんだろう、ちょっとイヤな予感がする。できれば今すぐ宿に戻りたい。だけどベルを相手にそんな逃げるような選択は意味がないからなぁ。


「……そのお願いっていうのは?」

「私に魔人化を伝授して頂けないでしょうか」


 ベルはそう言うと、きれいに腰を直角に折り曲げて頭を下げた。

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