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13 兄妹

 ライナーがシスターを呼ぶために道場を出てから少し経った頃、ガイが玄関から飛び込んできた。


 肩にはライナーとシスターを担いでいる。二人の顔はガイの背中に隠れて見えないが、ぐったりとしている様に感じる。おそらく相当なスピードを出して走ってきたのだろう。


「シヴァ、怪我をしたと聞いたが大丈夫か?」


 ガイは服から滴る雨水や靴に付いた泥が床を汚すのも構わずに、土足のまま俺のところまでシスターを連れてくる。


「師匠、靴脱がないと床が汚れますよ」

「床なんか後で掃除すればいいだろう。まったく、その様子ならわざわざ走って来なくても大丈夫だったか?」

「いえ、ありがとうございます」


 ガイは担いでいた二人を下ろすと、ぐるりと道場内を見回していた。


 俺の近くには陥没した床があり、放射状に亀裂が入っている。道場の隅に目を向けると、巨大なドラゴンの爪で裂かれたかのような複数の破壊の跡があった。玄関の横の壁は人が通れるぐらいには大きな穴が開いている。


 無残に変わり果てた道場を見たからだろう、ガイはため息をついていた。


「話は後で聞こう。マリーさん、こいつの怪我を見てやってくれ」

「分かりました。ただ、ガイさん。もう少しお手柔らかに運んで頂けると嬉しかったのですけれど……」

「師匠、オイラも同感ッス。速過ぎて目が回るぅ……」

「急いでいたんだから仕方ないだろう。あれでも気を遣っていたんだぞ」


 シスターはガイへの愚痴を言いながらも俺の側までやってきて、アリスと入れ替わるようにして(ひざまず)く。雨に濡れていたベールを脱ぎ捨てると、長い金色の髪を両手を使って背後へと振り払った。


 シスターは俺の傷口に当てられていた布地を取って怪我の具合を確かめると、両手をそこへ添えて呟いた。


「これぐらいなら直ぐに治せそうね。――”ヒーリング”」


 傷口の周りが淡く光り輝く。すると瞬く間に傷口が塞がった。


「ありがとうございます。相変わらずマリーさんの治癒魔法はすごいですね」


 俺は素直に感謝と賞賛を送った。


 いつぞや指導中に腕を切られた時も「あら、大変!」と言っておきながら慌てた素振(そぶ)りも見せずにあっという間に治してしまった。冒険者の回復役も顔負けの技量だ。


「あら、あなたも怪我してるじゃない。はい、”ヒーリング”」

「えっと、ありがとうございます」


 全身に裂傷を受けていたアリスの傷も一発で治癒してしまった。


「いえいえ。お礼は結構……と言いたいところですけど、ガイさんから既に貰っているようなものなので気にしないで下さい」

「どういうことですか?」

「ああ、そんな話もありましたね」


 アリスは知らないだろうけど、ガイとマリーさんの間では契約が結ばれている。修行には、というか鬼殺しコースには怪我が付き物。従って俺が怪我をしたら直ぐに治してもらえるようにと依頼しているのだ。特に真剣を使った修行では必ずマリーさんが側に控えている。


 ちなみに治療行為はシスターとしてではなくマリーさんが個人的にやっている仕事らしい。


 アクア姉に免じて授業料は免除してもらっているが、こっちは出世払いで返すことになっている。合計でいくらかかっているのか……


 気を取り直して町の外に出現した魔物について尋ねてみる。


「師匠。町の外に出たっていう魔物はどうなったんですか?」

「Cランク相当の魔狼がいて、そいつ自体はすぐに倒したんだが出所が分からなくてな。調査に時間がかかってたんだ」

「それならダリウスとジルベールが用意したみたいですよ。今は気絶してるので後で確認してみて下さい。他にも悪魔の力を得る魔道具を使っていました」

「らしいな。ライナーから聞いたよ。調査を一旦止めて引き上げてる途中でライナーと会ってな。そのままマリーさんを連れてきたんだが……まぁひどい状況だ。こりゃ当分は休館だな」


 やれやれといった感じでガイが肩をすくめた。


「俺はダリウスとジルベールを連れて一度町長のところまで行ってくる。魔物や魔道具まで用意したってなると道場の問題だけじゃ済まなそうだ。悪いがみんなは帰宅してくれ。今後のことは追って連絡する。マリーさんは一緒に来てくれ」

「はい、わかりました」


 ガイが床で気絶しているジルベールを肩に乗せて外へ出て行った。そのまま外で転がっているダリウスのことも回収するのだろう。


 マリーさんは脱いでいたベールを被りなおしてからガイの後を追って外に出た。


 隅のほうで固まって不安そうにしていた門下生たちは、俺たちに遠慮するように静かに隣の部屋へと入って行った。


「俺たちはみんなが着替え終わるまで待ってようか」


 俺は傷が治ったため気兼ね無く仰向けに寝そべった。


「お兄ちゃん。もう、怪我大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。マリーさんが治してくれたからね」


 俺の顔を横から覗き込んできたレインの頭に手を伸ばして優しく撫でる。そうするとレインはじわっと瞳の端に涙を浮かべて、静かに泣き始めた。


「……ぅ……ぐ。…………ひっぐ」


 俺とアリスはそんなレインを温かい眼差しで見守る。ライナーは泣き出したレインを見てオロオロしているが無視しておこう。


 アリスは流石勇者と言うべきか、普段から修行をしているだけあって化け物相手でもしっかりと向き合い、戦えていた。


 だけどレインはまだ九歳の普通の女の子だ。そんな子があんな化け物みたいな奴に襲われて怖くないわけがない。


 戦いが終わって。ガイが元凶のダリウスとジルベールを連れて行って。俺とアリスの怪我が治って。そこでやっと安心できて。いままで泣かずに我慢していたものが急に押し寄せてきたんだろうな。


 俺は寝そべるのを止めて起き上がり、レインの体を正面から抱えるようにして座り直した。


 そうするとレインは小さな嗚咽を漏らしながら胸元に額を擦り付けるようにして抱きついてきた。ゆっくりと頭を撫で、背中をさする。


 泣いているレインをあやすのはいつ振りだろうか。今よりもさらに小さかった頃の事を思い出しながら、レインが泣き止むのを静かに待った。




 俺とアリスはレインが泣き止むのを待っていたので、道場を出るのは一番最後だった。きっとライナーや他の門下生たちはすでに家に到着している頃だろう。


 外に出るといつの間にか雨はやんでいた。少しぬかるんだ道をレインの手を引きながらゆっくりと歩く。


 いつもよりだいぶ時間はかかったけど、孤児院まで帰ってきた。


 出迎えてくれたアクア姉は、俺たちを見るとひどく驚いた顔になった。


 結局面倒がって服を着替えなかった俺と、それに付き合う形になったアリスの服は血で汚れているし、レインも泣き腫らした目をしている。


 これで何もなかったと思うほうがおかしいか。


 簡単に経緯を説明したら、アクア姉は膝をついて俺たち三人をまとめてガバッと抱きしめてきた。


「大事に至らなくて良かったわ。まったく、あの人は肝心なときに側にいないんだから」

「師匠も町の外に現れた魔物の対処があったんだから仕方ないよ」

「はぁ、シヴァは大人ねぇ。まぁいいわ。順番に湯浴みして汚れを落としてきちゃいなさい」


 アクア姉の言う通りに俺達は順番に湯浴みをした。


 その後、腹の音が鳴って初めて昼食を食べ損なっていたことに気づき、俺とアリスの分をアクア姉に作り直してもらった。




 星の光が窓から見える薄暗い部屋の中、俺はベットの上に寝転がりながらさっきまでしていたことを思い返す。


 院長の部屋にある本の中から、ダリウスとジルベールが使っていた悪魔に変身する魔法について書かれたものがないかを調べていた。


 小さな本の樹海とでもいうべきあの部屋で、あるかも分からない一冊を探す。それは砂漠の中で金の一粒を探すかの如く……は流石に言いすぎだけど、中々骨が折れる作業だった。とりあえずタイトルだけは全部確認してみたんだけど、残念ながらそれらしいものは無かった。


 あそこならもしかしたら一冊ぐらいはあるんじゃないかと、淡い期待を込めていたんだけどな。


「まあそもそも最初から無い可能性のほうが高かったんだけど」


 こうなると魔道書と呼べるもので悪魔に変身する魔法――魔人化に関するものを調べたければ王都にでも出向かないと無いだろう。いや、もしかしたら王都にも無いかもしれない。魔法の効果からすると完全に禁術扱いだろうし。


 仕方ない、本から知識を得るのはあきらめて別の道を探すかな。


「お兄ちゃん……」


 思考の海を漂っていたらレインが扉の隙間から声をかけてきた。


「扉を開ける前にノックするようにアクア姉に言われているだろ」

「ごめんなさい」

「まあいいよ。部屋に入らないのか?」


 そう促すと、レインは遠慮気味に入ってきた。背中に枕を隠しているみたいだが、はみ出ていて隠しきれていない。


 なるほど。昼の出来事があったから一人で寝るのが怖くなったのか。


「おいで」


 子供二人が並んで寝れるぐらいにはベットも大きい。俺は壁際に寄ってレインが入ってこれるようにスペースを空ける。


 レインはトコトコっと寄ってきて枕を並べると、そのままベットに潜り込んできた。


「ありがと、お兄ちゃん」

「今日だけだぞ」

「うん」


 横になって並ぶと、レインは安心しきった顔で甘えてくる。


 というか俺は抱き枕じゃないんだからそんなギュッと抱き着いてくるなよ。甘えられること自体は嫌じゃないんだけど、これだと俺が眠れない。


「ごめん、一緒に寝てもいいからもうちょっと離れて……」

「むぅ」

「ほら手出して。レインが寝るまで繋いでるから」


 そう言って俺から手を繋ぐと、レインは渋々といった感じだけど離れてくれた。


「ずっと繋いでてね。離しちゃやだよ」

「大丈夫だよ。こうやってちゃんと握ってるから」

「……うん。おやすみなさい、お兄ちゃん」

「おやすみ、レイン」


 それから目を閉じてしばらくすると、隣からは早くもすー、すーと規則正しい寝息が聞こえてきた。

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