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124 造船所

 メイド姿のアリスに癒された翌朝。


 俺はヴァイオレット家の一室で、ソフィアから渡された執事服に着替えていた。


 高級感のある黒ズボンを穿き、肌触りの良い(えり)の立った白シャツに袖を通したところまでは問題なかった。だがこの黒くて細い布……ネクタイを首に巻くのがどうも上手くいかない。


「なあこれどうやるんだ……?」

「それはこうやるんスよ」


 俺よりも一日先に執事服デビューを果たしていたライナーの手本を見ながらやり直して、どうにかそれっぽい形に整える。ちょっと曲がってる気もするけど、まあこれぐらいならいいか。


 ネクタイを着け終えた俺はシャツの上からさらに黒いジャケットを着る。これで見た目だけならいっぱしの執事になったはずだ。


 部屋から出てダイニングに戻ると、先に着替え終えていたアリスたちが一斉にこっちを向いた。


「お待たせ。自分じゃいまいちよく分かんないんだけど、ちゃんと執事っぽいか?」


 昨夜俺にメイド姿の感想を求めたアリスみたいに、俺もみんなの反応をうかがう。


「へぇー……悪くないじゃない」


 そう言うセレンはイスに座った状態でソフィアに髪を弄られていた。普段は腰まで伸びている綺麗な金色の髪が、いまは頭の右後ろから三つ編みが一本、体の前面に垂れている。ソフィアが左側の髪をいそいそと編みこんでいるから、きっと完成系は左右に三つ編みができる感じになるんだろう。


「そうですね。冒険者をやめて執事として働いてはどうですか?」


 ベルは本気なのか冗談なのか判断に困ることを真顔で言った。まあなんだかんだと付き合いも長くなってきたから、これがベルなりの冗談だというのは流石の俺でもわかるんだけどね。


 そのベルだけど、今日は髪留めを外して赤毛の髪を下ろしている。いつもは頭の後ろでまとめているから新鮮な感じがする。セレンほどではないけどベルも結構髪長いんだよな。


「んん~さっすが私、似合ってるわよ! クロスタイとネクタイで悩んだけどこっちで正解だわ!」


 メイド服だけじゃなくてこの執事服もデザインしたらしいソフィアは自画自賛している。まあこいつの才能は認めてるから否定はしないでおこう。


 そんなソフィアは初めて会ったときの恰好、油と染料でちょっと汚れている服を着ている。きっとこの後なにか作業をする気なんだろう。


「次は実戦向きの装備でも作ってみようかしら。フルアーマーだと動きずらいわよね。なにがいいかなぁ」


 ……なんか変なこと言い出したけど、これ下手に突っ込んだら俺に被害が及びそうな気がするから無視だ、無視。


 ここまで三人の感想を聞いた感じだと、俺の執事服姿は特に変なところはないらしい。これはまあ良かったと思っておこう。似合ってないとか言われたらさすがの俺でもちょっと気にしちゃいそうだし。


 アリスのメイド姿は昨夜見たけど、セレンとベルが着ているところを見るのは今日が初めてだ。サイズが違うだけでデザインはアリスが着ているのと同じみたいだな。


 俺だけ感想をもらうのは不公平だろうと思い、二人のメイド姿に対して一言感想を伝えることにした。


「セレンとベルもその恰好似合ってるよ」

「そう? ありがと」

「この姿が似合っていてもあまり嬉しくはないのですが……」


 セレンはすまし顔で、ベルは少し不服そうに答えた。


 アリスには似合ってるだけじゃなくて可愛いとも言ったけど、二人にはそこまで言う気はない。小柄なセレンがメイド服を着ると可愛く見えるし、ベルは普段とのギャップもあってさらに可愛く感じるんだけどさ。


 そういえばさっきからアリスの反応がないな。俺の事をボーっとした顔で見てるけどどうしたんだろう。


「アリス?」

「うん、すっごくすっごく似合ってるよ」


 名前を呼ぶと、ハッとした感じで感想を言ってくれた。


 なんかアリスにしては珍しい反応だったな。すっごくって二回言ったし。こういう格好が好きなのかな?


「あ、でもちょっと待って。ここ少し曲がってるよ」


 しかたないなぁという感じで目の前まで近づいてきたかと思えば、表情を楽しそうなものに変えて両手を首元に伸ばしてくる。


 一瞬遅れてふわっとアリスの甘い香りがかすかに鼻先をくすぐった。


 曲がっていたネクタイがアリスの手で真っ直ぐに整えられる。


「……うん、これで大丈夫かな」


 そう呟いてから一歩下がって俺の全身を確認すると、アリスは満足げな笑みを浮かべた。


「ありがと」

「どういたしまして」


 ジイッと見つめ合っていると、セレンからため息混じりのツッコミが入る。


「まったくなに朝っぱらからイチャついてるのよ」

「まあまあ、それじゃあ今日はお兄さんも一緒に造船所に来てもらおうかな」


 いつの間にかセレンの三つ編みを終えていたソフィアがそう切り出したので、俺たちはこの姿のまま家を出ることになった。




 軽快な足取りで町の中を歩いて行くソフィアは鼻歌を歌っていて機嫌が良さそうだ。


 さて、執事の格好をした男が二人、メイドの格好をした女が三人。そして先頭にはこの都市で有名なソフィアがいる。こんな集団が目立たないはずがない。


 すれ違う人たちが俺たちに視線を向けてくる。奇妙なものを見たといった感じの人や、ソフィアの姿を見て納得する人、それにメイド姿のアリスたちに目を奪われる男どももいる。あとなぜか俺やライナーを見てポーッと頬を赤らめてる女の人たちも。


 危害を加えてこようとするような変な視線は感じないので、あえてなにか俺たちがする必要はないんだけど、ちょっと気恥ずかしいな。


「見られてるな」

「そうッスね。まあ昨日もこんな感じだったんでオイラはもう慣れましたけど」


 ソフィアは最初から周りの目など気にしていないのかズンズンと進んで行く。アリスとセレンはライナー同様に慣れたのか、苦笑を返してきた。


 意外なことにベルは頬を赤らめて少し顔を伏せている。どうやらこういう視線は苦手らしい。


 歩いている途中、ソフィアの行き先がなんとなく読めてきた。たぶんだけどこれ、竜騎士の兵舎がある方に向かってるんじゃないかな。




「この中に造船所があるのか?」

「そうだよー」


 俺たちの目の前には竜騎士の兵舎を囲う壁がある。ここまでは俺の予想通りなんだけど、この前中を見たときには造船所みたいなところはなかったはずなんだが?


 ソフィアは見張りの人たちに軽く手を振ってそのまま中に入って行く。俺たちもソフィアの後に続くが、見張りの人に止められたりはしなかった。


 飛竜たちの小屋の前を通ってさらに奥へと入って行く。このまま竜騎士の兵舎まで行くのかと思いきや、途中で道を曲がった。


 そのまましばらく歩くと小屋とも呼べないほど小さな建物があった。頑丈そうな鉄の扉を開けるとすぐ目の前には地下へと降りる階段がある。ソフィアは躊躇(ちゅうちょ)なく階段を下りていくので俺たちもそれに続いた。


 五階分ぐらいはあっただろうか。階段を下りた先では細長い通路が都市の外壁側に向かって伸びている。通路を進むと奥の方から明かりが見えてきた。


 通路を抜けた先には、聖教会の地下にあった空洞に匹敵するぐらい、巨大な空間が広がっていた。


「ここが造船所?」

「そう、ここは造船所でもあり、私たちの秘密基地でもあるのだ!」


 魔石でできた照明が至る所に吊るされていて、壁や足元の石材を明るく照らしている。油や染料などの臭いが多少鼻につく感じはするが、まあそれは場所柄仕方ないことだろう。


 俺たちの視線の先には少し小ぶりで細長い船がある。だけど船体の横から水平に突き出た翼が、これが海ではなく空を泳ぐためのものだと主張しているかのようだ。船の中央から後ろにかけて広がっていく翼は、正面下から見て三角の形をしている。


「ソフィア、もしかしてこれが空飛ぶ船?」


 そうだよ! と元気に返事が返ってくると思ったら、ソフィアはどこか寂しそうに船を見ていた。


「……まあこれもそうなんだけどね。いま私たちが作ってるのはもうちょっと奥にあるんだ」


 よくよく船を観察すると、ところどころ凹んだり折れたりした跡が残っているし、綺麗に塗りなおしてはいるけど色にもムラがある。たぶん修復したんだろう。


「壊れてるのか?」


 尋ねるとソフィアは奥に進みながら教えてくれた。


「うん。どこまでスピードを出せるのか、どうすれば安定してスピードを出せるのか、それを検証するための船だったんだ。だけど限界速度を超えて飛び続けた結果、翼が折れて落ちちゃった。頑張って修復したけど、この子の後継機がほぼほぼ完成してるから……もうこの子が飛ぶことはないかもね」


 だからソフィアはさっき寂しそうにしていたのか。


「試作機か」

「そ、スカイドラグーン二世。それがこの子の名前」

「二世? ってことは一世も?」

「いたよー。そっちはちゃんと空を飛べるのかを検証するための船だったんだ。まあ一世は墜落したときの衝撃で直せないほど大破しちゃったから解体しちゃったんだけどね」

「これを飛ばす時にソフィアも乗ってたのか?」

「もっちろん!」

「墜落したって言ってたけどよく無事だったな」

「そこはまあ飛ぶときはお兄ちゃんが、その……守ってくれてたから」


 頬を指でかきながら、照れくさそうにソフィアは言った。


 なるほどね。なんだかんだでギルド長もソフィアのことちゃんとサポートしてるんだな。もちろんギルドとして空飛ぶ船に価値を見いだしているってのはあるんだろうけど、それだけじゃなくてたぶん兄として。


「なあ、あの辺にある馬車っぽいやつはなんだ?」


 造船所の中を歩いていてふと目にとまったものを指差す。


「馬がいなくても走れる馬車だよ」

「え、それはもう馬車ではないのでは……」


 昨日来ていたみんなも似たようなやり取りをしたのか、アリスたちは小さく笑ってる。


「魔力で動く魔道車って言うらしいッスよ」

「あれも試作機なのか?」

「ううん、あれは一応完成してるわ。ただ魔石を使うから大量に作るのに向いてないのよ。いまはそこをどうやって改良しようか悩んでるのよね」

「へぇ……ところでここってまだ中立都市の敷地内なのか?」


 地下に降りてから敷地外の方向にだいぶ歩いているから、そろそろ外に出た気はするんだよな。


「外壁の外だから敷地外かな。まあそんなに離れてないから気にしない、気にしない」

「やっぱり外には出てたのか……ってことはもしかして開いたりするのか?」


 天井を指差しながら確認すると、ソフィアはにんまりと楽しそうに笑う。


「へっへっへ。よくぞ気づいた! あの天井はバーンと開いて、船がドーンと空に向かって飛び立つんだよ!」


 バーンとかドーンって、もうちょっと言い方あるだろお前。


「それでこれがさっきの後継機?」


 造船所の端の方で足を止めて見上げると、そこには紫色に塗られた翼を持つ大きな船が鎮座していた。


「うん。二世ほどのスピードはでないけど、安定性が上がって小回りが利くようになったこれが――スカイドラグーン三世! 私を空島に連れて行ってくれる夢の船だよ!」

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