123 メイドアリス
「それってメイド服……だよな?」
「うん。これが私たちのためにソフィアちゃんが用意してくれたやつだよ」
俺が見たことあるメイドといえばカムノゴルの町長宅にいる人ぐらいだ。だけどその人の服はひざ下までの長いスカートで、全体的にシンプルかつ実用的なデザインだった。
だけどアリスがいま着ているメイド服はそういったものとは違う。実用性よりも見た目を重視しているというかなんというか。
エプロンやスカートの端、それにヘッドドレスなど、全体的にフリルが付いていて可愛らしさが増している。だからといって子どもっぽ過ぎることもなく、品も感じられる絶妙なバランスだ。
「なんていうか俺の知ってるメイド服と違う」
「うちのメイドが着てる服とも違うんだよね」
「やっぱり?」
「うん」
アリスはクスッと小さく笑って俺に同意してくれた。
そういえばアリスの家にはメイドがいるんだったな。
「それとね、この服のデザインってソフィアちゃんがしたんだって」
「え、あいつそんなこともできるの……」
これには素で驚いた。アリスに教えてもらわなかったら絶対気づかなかっただろうな。というか完全にプロの領域だろ。
「びっくりだよね。サイズの調整とかは必要だったみたいだけど、デザインと使う生地が決まってたからこの短期間で作れたんだって」
「なるほどなぁ」
もうソフィア一人でなんでもできるんじゃないか? 運動は苦手そうだけど、それ以外なら大抵のことはできそうな気がする。
「それで、その……どうかな?」
俺が全身をしっかりと見れるようにだろうか、アリスはスカートの端を指先でチョンと持って胸を張った。
部屋に入ったときと同じように、俺に感想を求めてくる。まあここは素直に思ったことを伝えよう。
「いつも着てる騎士の服もいいけど、こういった可愛らしい恰好もアリスは似合うな。可愛いよ」
褒められて嬉しかったのか、アリスは満足そうに目を細めて口元を緩ませている。
こうして見ると普通の女の子みたいだ。いまのアリスを見ても勇者だとか、悪魔と戦えるぐらい強いだなんて分からないだろう。
「ところで今日はなにしてたんだ?」
「うーんとね、造船所でソフィアちゃんのお手伝いを色々としたり」
「造船所?」
ソフィアは空飛ぶ船を作ってるみたいだからそれ関係かな。
「うん。たぶんシヴァも明日一緒にやろうってお願いされると思うよ。あとは一緒に遊んだり、ご飯を作ったりかな。あ、そうだ」
胸の前で両手をポンッと合わせたアリスは二つ並んだベットのうち、さっきまで俺が使っていた方のベットに向かった。
そのまま靴を脱いでベットに上がり、枕を横にどかしている。次にベットの頭側に背中を向けてから膝を折り、正座になった。最後にスカートの上から膝をポンポンと軽く叩いている。あれは一体なにをしてるんだろう?
「こっちきてここに頭乗せて」
「ああ、そういうことね。でもいきなりどうしたの?」
「いいからいいから」
俺も同じように靴を脱いでベットに上がり、言われるがままアリスの足に頭を乗せて仰向けに寝る体勢をとった。
本来なら枕の感触が返ってくるところだけどいまは違う。柔らかな太ももの感触と、人肌の温もりがスカート越しに感じられる。
俺のことを覗き込むアリスの顔がいつもと上下逆に見えるのもなんだか新鮮だ。目が合うとアリスは髪をかき上げてふんわりと優しく微笑んだ。
「寝ちゃダメだよ」
膝枕を堪能しようと目を閉じたら甘い口調で注意されてしまった。
「寝ないよ。でもこれ初めてしてもらったけどいいな」
「初めて? お母さんとかに……あ」
なんとも言えない顔でアリスが口ごもる。
俺が生まれてすぐに両親と離れ離れになったことはアリスには話してる。だからきっとそれを思い出したんだろう。
「気にしなくていいよ。ああでも俺が覚えてないだけで、アクア姉にはしてもらったことあるかもしれないな。でもどうして急に膝枕?」
「さっきまでソフィアちゃんにお願いされてやってたの。だからシヴァにもしたいなって思って」
「なるほど」
そういえばソフィアがアリスたちをメイドにしたのって、お姉ちゃんに甘えたいからとか言ってたな。
「あとね……じゃーん。これなにかわかる?」
アリスは何かを取り出して俺の目の前でゆっくりと左右に揺らしてる。
「なに、その木でできた細い棒?」
先っぽが少しだけクルッと丸まっている。なにかしらの道具だろうけど、どう使う物なのか想像がつかない。まさか武器ということはあるまい。
「わかんない?」
「うん。それなんなの?」
「耳かきに使う道具だよ」
「耳かき?」
言葉から察するにアリスが手に持っている細い棒で耳をかくんだろうけど、それに一体なんの意味が……もしかして耳垢を取るとか? いやでも耳の奥にあるのは取らなくても勝手に出てくるんじゃなかったっけ?
「説明するよりも実際に体験してみない? ソフィアちゃんからすごーく良かったってお墨付きをもらってるんだ」
「それならおねがいしようかな」
「うん、じゃあ横向いて」
言われるまま体を横向きに動かす。さっきまで後頭部あたりで感じていた太ももの柔らかさや温かさを、今度は顔の右側で感じる。
少し身じろぎすると、後頭部辺りをアリスにソッと抑えられた。
「動くと危ないからジッとしててね」
アリスが左耳を優しくなぞるように触れてきた。なんかちょっとゾクゾクするな。
細い棒が耳の入り口あたりでカサッと音を立てて、ゆっくりと耳の奥に入っていく。耳の中を丁寧にかかれるときにカリッカリッとも、ザッザッとも言い難い音が響く。
ボーっと壁を眺めていたけど、目を閉じて耳かきに集中する。
「痛くない?」
「くすぐったいような、ちょっと気持ちいいような、そんな感じだから大丈夫」
「よかった。じゃあこのまま続けるね」
耳のすぐ近くで囁くからアリスの息遣いまで感じとれる。それにアリスからほんのりと香る甘い匂いまでさっきよりも強くなった気がする。
耳の中を優しくかかれる気持ちよさと、膝枕の温もりが良い感じに組み合わさって、たしかにこれはちょっと、いやかなりいいかもしれない。ソフィアが良かったと言うだけのことはあるな。
いつの間にか気持ちよくて寝そうになっていたところで声がかかる。
「こんなところかな」
ああ、これで終わっちゃうのかと残念に思っていると、耳元で小さく息を吸い込む音が聞こえて――
「ふぅー」
「えっ、なに!?」
急に息を吹きかけられて、あまりのこそばゆさにビクッとなった。
「ごめんね、びっくりさせちゃった?」
「いや大丈夫。こっちこそ大げさに反応しちゃってごめん」
「ふふっ、それじゃあこっちの耳は終わり。反対側向いて」
今度は左側が下になるように体勢を入れ替えて、右耳も同じように耳かきをしてもらう。
「そういえば依頼はどうだったの?」
手を動かしながらアリスが話しかけてきた。
あとで伝えようと思っていたけど、丁度いいから今話しちゃおう。
「無事終わらせたよ。ただ向こうでアリスのお母さんに会った」
「え、お母さんに?」
「最初見たときはびっくりしたよ。アリスってクレアさんにかなり似てるんだね」
「どうかな? よく言われるけど、自分じゃあまり分からないんだよね」
「そういうものか。ああでもクレアさん見て長い髪もいいなってちょっと思った」
「シヴァって長い方が好きなの?」
「あんまり気にしたことなかったけど、アリスが髪を長くしたらこんな感じになるのかなって少しだけ想像した」
「お母さんぐらいかぁ……」
アリスはどこか悩まし気に言う。これはフォロー入れた方がいいかな?
「でもいまのアリスぐらいの長さも好きだよ」
「ふふっ、ありがと」
フォローが功を奏したのか、弾むような声が返ってきた。
「それでクレアさんから伝言。お母さんもお父さんも元気にしてるよって」
「伝えてくれてありがと。あれ? それじゃあもしかしてお父さんにも会ったの?」
「いや、会えなかった」
「そうなんだ」
近くには居たらしいからちゃんと探せば会えたんだろうけど、まだ心の準備ができてなかったから今回はね。
「ちなみにアリスのお父さんってどんな人?」
俺がそう聞くと、アリスは耳かきの棒を抜いて、少し考えるようにしてから答えた。
「うーん、見た目は結構筋肉質でガッチリしてるかな。自分の親だからピンとこないけど、よくカッコいいって言われる」
へぇ、筋肉質でカッコいいのか。
「それとお母さんといまでも仲が良くて優しいよ。あとちょっと私に甘いかも」
父親が娘に甘いのはどこも一緒か。師匠もマリンに甘いしな。
「ほかには?」
「ほか? 何かあったかな? あ、仕事場では親方って呼ばれてるみたいだよ」
親方ねぇ、どこかで聞いたような…………!?
「アリスのお父さんって親方って呼ばれてるの?」
嫌な汗をかきそうになりながら、念のため聞き直した。
「うん。お母さんに教えてもらったからたぶん本当のことだと思うよ」
まじか……あの人がアリスのお父さんだったのか。
「どうしたの?」
よっぽど変な顔をしていたんだろうな。アリスは手を止めて不思議そうにしてる。
「俺親方って呼ばれてる人に会ったんだよね。がっしりとした感じで、顔も渋めでカッコいい感じだったし、たぶんアリスのお父さんだと思う」
「ほんとに?」
「ほんと。あー……そうと分かってたらちゃんと挨拶したんだけどなぁ」
時既に遅し。だけどまあいいや、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。下手に悩みだすと泥沼になりそうだしな。
今度アリスへのプレゼントを受け取りに行くときにちゃんと挨拶しよう。
「よし! それじゃあ交代しようか」
「え?」
起き上がってそう言うと、アリスはポカンとした顔をしていた。
「俺ばっかりしてもらうのも悪いしさ」
それにいまちょっと無心で手を動かしたい気分。なんでだろう、不思議だなぁ。
「いいよ。私がやりたくてしたんだし」
「アリスが俺にしてくれたみたいに、俺もアリスにしてあげたいんだ。ダメ?」
半分ぐらいは現実逃避からの提案だったけど、アリスにも耳かきの気持ちよさを感じてもらいたい。きっとソフィアにしたときは、アリスが一方的にしただけだろうし。
「そう言われると、じゃあその……お願いします」
ヘッドドレスを外しながらアリスが照れくさそうに答える。
さっきとは立場を入れ替えて、今度は俺の膝にアリスの頭が乗っている。
「どう?」
「……なんだか安心する、かな」
リラックスした表情で頭をこすりつけるようにして甘えてくる。そっと髪の毛をすくように撫でると、アリスは気持ち良さそうに目を細めた。
「それじゃあ始めるよ。横向いて」
「はーい」
こうして久しぶりにアリスと夜遅くまでイチャイチャしたのだった。