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122 依頼完了の報告

 ギルド長からの依頼を終えた俺は、エドガーと飛竜を連れて中立都市――竜騎士の兵舎に転移した。


「本当に一瞬で戻ってこれるんですね」


 エドガーは周囲をグルっと見回すようにして驚きの声を上げ、飛竜はなにが起きたのか分からずに戸惑っている様に見える。


「転移魔法初めてだったのか?」

「はい。ノーブル様や天使の方々と一緒に行動する機会がありませんでしたから」

「そうだったのか」


 でもそうか、普通の人ってノーブルや天使と関わることってなさそうだもんな。


「これからギルド長に依頼達成の報告をしに行くけど、一緒に行くか?」

「いえ、私も上司への報告がありますから」

「わかった。今回は助かったよ。また何かあればよろしく頼む」


 エドガーとはその場で別れて、俺は竜騎士の兵舎を後にした。




 ギルドまでやって来た俺は、ギルド長に会うための手続きをいつもと同じように済ませ、受付嬢の案内で執務室に向かう。


 部屋に入ってギルド長と軽く挨拶を交わした俺は、すぐに報告に移った。


「モルオレゴン討伐の件、完了しました」


 アテナさんのサインが入っている依頼票を懐から取り出し、机越しに手渡す。


 それを受け取ったギルド長はサッと中身を見てから小さく頷いた。


「これで魔石の採掘を再開できるな。依頼を受けてくれて助かった」

「それでモルオレゴンが集めていた石なんですけど、その中には魔石もありました」

「やはりか。早めに対応して正解だったな」

「そうですね。それでどれぐらいの量があるかは確認するのに数日かかるとも言ってました。あと魔石以外は俺の好きにしていいってことだったので、宝石などは確認後にギルド経由で買い取ってもらうことにしましたけど問題ないですよね?」


 こっちに戻ってくる前に親方と話をつけていた内容を伝えた。


 ちなみに親方に頼んだカラーチェンジガーネットの加工料は、この買い取り額から引いてもらうことになっている。見積りをしてもらったところ、それで十分足りるらしい。


「それで問題ない」

「ああ、それとモルオレゴンなんですけど、なぜか特殊個体になってましたよ」

「どういうことだ?」

「図鑑に載っていた姿絵と違って鱗にトゲが生えてましたし、氷漬けにしても効果がなかったりで結構強かったです」

「よく無傷で倒せたな」

「まあ強いとはいっても古参悪魔と比べれば大したことなかったので」

「そいつらと比べられるお前は大したもんだよ、まったく」


 ギルド長は一つ仕事が片付いたとばかりに肩の力を抜いて椅子にもたれかかった。


 そんなギルド長に対して俺は、ほんの少しトゲを含ませた感じで尋ねる。


「そういえばどうしてアリスの両親がいることを教えてくれなかったんですか? 事前に教えてくれていたら心構えができていたのに……」

「その言い草だともしかしてアリスの両親に会ったことなかったのか?」

「……そのまさかですけど」


 なにが面白かったのか、ギルド長は少しだけ口元を歪ませて笑いをこらえるようにしている。


「それは悪いことをしたな。とっくに挨拶は済ませてるものだと思っていたから、別にあえて教える必要もないと思ったんだよ」


 そういう風に言われると言い返せない。というか別にギルド長は悪くないから完全に八つ当たりだよな。


「いえ、こちらこそすみません」

「まあ構わんよ。それにしても意外だったな。お前でもそういう風になるのか」

「そういう風って、俺の事をなんだと思ってるんですか?」

「そうだな……片腕失くしたのに全く動揺した様子もなかったから、こいつもしかしたらヤバい奴かもと心配してたんだけど、ちゃんと人間らしいところもあるんだなと少し親しみがわいたよ」


 ギルド長から見た俺ってそんなだったのか。


 こっちに戻ってきたときにはもう普段通りになっていたけど、一応あの戦いの後は俺だって落ち込んでたんだぞ。


「まあいいですけど」


 俺は頭を掻くようにしてそう呟いた。


「それじゃあ用事は済んだのでこれで失礼しますね」


 ギルド長に背中を向けて、部屋を出ようとしたところで声をかけられた。


「もう少し話せるか?」

「構いませんけど……どうしたんですか?」


 振り返ってみれば、ギルド長は表情を真剣なものへと変えている。


「お前たちが精霊の里に向かった直後に襲撃を受けたという件、あれについてどう考えている」

「どうって、たとえばどのような?」

「あまりにもタイミングが良すぎたとは思わなかったか?」

「それは……まあ」


 俺たちが精霊の里に行くために転移した、その直後に襲撃があった。しかも俺とアリスたちを分断するような形で。


 グレイルが封印の宝玉を奪いに行ったのと、俺たちが精霊の里に向かったのがたまたま重なった。そしてグレイルはグラードやケネスとたまたま一緒に行動していた。


 ――そんな偶然あるはずがない。


 おそらくは待ち伏せされていたんだろう。


 だけどなぜあそこだったのかがわからない。


 グレイルは封印の宝玉を奪うためと、俺の正体を確認するために。グラードも同じで俺の正体を確認したかっただけっぽいんだよな。ケネスの目的だけがわからないけど。


 グラードとケネスは一旦置いておいて、グレイル。あいつの第一の目的は封印の宝玉を奪うことだったはずだ。


 俺がグレイルの立場だったら、天使や勇者パーティーがいなくなるまで待ってから封印の宝玉を奪いに行っただろう。そのあとで改めて俺の正体を確認するために襲撃をかける。


 だからこそ違和感が拭えない。


 グレイルはあのとき俺の正体を確認する方を優先していたとでもいうのか?


 もしくは封印の宝玉の奪取は成功しても失敗してもどちらでもよかった……?


 俺が無言で考え込んでいたからだろう、ギルド長は気をつかうようにして話を切り上げた。


「急にこんな話を振っても困らせるだけだったな、悪い。だが俺も立場があるからいまの段階で誰が怪しいとハッキリ言うことはできないが、十分注意してくれ」

「わかりました」


 俺は小さく頷きを返した。


 ギルド長は転移魔法を使ってあの場所に俺たちを連れて行ったティナが怪しいと考えてるのかな?


 ただそれだけだとティナが悪魔たちと通じていると決めるには弱い。


 たとえば精霊の里に行く場合はあそこに転移するのが決まりになっていたのであれば、グレイルたちが待ち伏せすることだってできる。まあこの場合は俺たちが精霊の里に行くことをどうやって知ったのかが問題になるけど。


 だからこそギルド長は誰が怪しいと明言しなかったんだろう。


「そういえば古参悪魔討伐計画でしたっけ? そちらの準備は順調ですか?」

「悪くはない。北の帝国も乗り気になってくれたし、天使たちも参加する。もしかしたらもう少し増えるかもしれないんだが、現時点でも戦力としては十分だろう」

「なるほど」

「お前たちにも期待しているぞ」

「ええ、そのときがきたら頑張らせてもらいます」


 ギルド長との話が一段落したところで俺は部屋を出た。


 日が落ちて薄暗くなった廊下を進むと、前の方から誰かが歩いてくる。


 ぼんやりとしていた輪郭が徐々にはっきりしてくる。顔を合わせたのは一度だけだけど、あの特徴的な青みがかった白金の髪は覚えている。


 足を止めて小さく頭を下げると、エルザは俺の手前で立ち止まった。


「あなたはたしかシルヴァリオという名でしたね」

「エルザ様に名前を覚えていただけたとは、光栄です」


 本心では全く思ってないけど、天使を前にした一般人はこんなことを言うんじゃないかな? まあこれは俺の勝手な想像だけど。


「片腕を失ったと聞いていましたけれど、もう治療を終えたのですね」

「はい」


 ティナと違ってエルザは淡々としているから、会話の流れが掴みづらいな。いや別にエルザとは仲が良いわけでもないし、無理して会話を続ける必要もないか。


 この先はギルド長の部屋。なにか用があって来たんだろうし、邪魔するのも悪い。


 このまま黙っていればエルザはギルド長の部屋に向かうだろう。そう考えていたら――


「一つ質問をしてもいいでしょうか」


 意外なことにエルザは俺に聞きたい事があるらしい。


「なんでしょうか?」

「フィオナ様から天使全体に指示がありました。どのような状況でもあなたのことを信頼して協力するようにと。フィオナ様からの指示ですから従わざるをえないのですが、なぜあなたにという疑問が拭えません。どのようにしてフィオナ様の信頼を得たのですか?」


 質問っていうからなにかと思えばそういうことか。


 フィオナはちゃんと俺との約束通り、他の天使たちに話を通してくれたんだな。


「フィオナ様は”歪獣”と”道化師”の二人を同時に相手をして生き残った私の事を高く評価して下さったのです」

「そうですか……あなたがそう言うのであれば、そういうことにしておきましょう」


 この奥歯に物が挟まったような言い方、これ絶対納得してないだろ。


 変に突っかかっても面倒なことになりそうだし、この件はこのままでいいや。


 それよりもさっきギルド長から聞いた天使も古参悪魔討伐計画に参加するって話を振ってみるか。


「ところでエルザ様も古参悪魔討伐計画に参加されるのですか?」

「いえ、私は魔族領の監視があるため不参加となります。本当はフィオナ様が参加される予定だったのですけれど、いまは動けない状況ですから、代わりにティナが天使たちのリーダーを務めることになりました」

「ティナ様がですか?」

「ええ。あの子がリーダーというのは少々不安ですが」


 中立都市の天使をまとめてるのってたしかティナだよな。それなのにティナがリーダーをすることに不安って、ちょっと可哀想な評価だな。


「ただ……仮に私がリーダーを務めることになったとしても、フィオナ様の代わりには到底ならないのでどちらでも大差はないのですけれどね」

「そんなご謙遜を」

「事実ですよ。たとえば私とフィオナ様が戦えば、十中八九私が負けるでしょう。私がフィオナ様に勝つとしたら、それは不意を討てばあるいは……といったところです」


 ああなるほど。リーダーに不安があるってみんなをまとめるための統率力とかじゃなくて、腕っぷしの話だったのか。


 エルザやティナが戦ってるところを見た事がないから実際のところは分からないけど、そこまで差はないように思える。


 まあ第一天使であるフィオナを立てるためにあえて自分を低く言ったのかもしれないけど。




 エルザと別れて宿に戻ってきた俺は、部屋に備え付けの浴室で湯浴みをした。


 飛竜に乗っての旅、さらに採掘場での戦いで服も体も汚れていたからな。


 体をきれいにしてさっぱりとしたところで、ラフな部屋着に着替えてベットに寝転がる。


 宿にはまだ誰も帰ってきていない。まだヴァイオレット家にいるんだろうか?


 迎えに行くべきか。いや子どもじゃないんだから待っていればいいだろう。それよりも夕飯まだ食べてなかったからそっちを先に……一食ぐらい食べなくてもいいか。


 空の旅と戦闘で疲れていた体はすぐにでも寝たいと訴えかけている。


 目を閉じてウトウトしていると、カチャリと部屋の扉が開く音が聞こえた。


 体を起こして入り口を見ると、手提げ袋を持っているアリスがいた。


「おかえり」

「ただいま。シヴァも依頼終わって帰ってきてたんだね。おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


 そう言って笑顔を浮かべていたアリスは、手提げ袋をサッと背後に隠した――まるで俺から見えないようにするために。


「それなに?」

「なんのこと?」

「その背中に隠したやつ」

「な、なんでもないよ」


 その態度はなんでもなくないだろ。


「俺が見たらまずいものだったりするの? それなら遠慮するけど」


 アリスが嫌がるなら無理してまで確認しようとは思わない。だから引いてみたんだけど、そうしたらなぜかアリスは少し頬を赤らめて袋を胸に抱くように持ち替えた。


「……まずくはないんだけど、ちょっと恥ずかしいというかなんというか」

「恥ずかしい?」

「本当は置いてくるはずだったんだけどね、ソフィアちゃんが『きっと今日あたりにでもお兄さん帰ってくるはずだから、持っていきなさい』って無理矢理……」


 ソフィアの勘が当たったということか。あいつなかなかやるな。


 ただどうしよう、ぜんぜん話が見えてこない。結局その袋の中身はなんなんだろう?


「とりあえずソフィアがそう言ったってことは、俺が見てもいいものなんだよな?」

「そうなんだけど……シヴァは見たい?」


 よくわからないまま頷きを返した。


 なにが出てくるのかは不明だけど、きっと悪いものじゃないだろう。


「わかった。それじゃあ少しの間、部屋から出てもらえるかな」

「部屋を? まあいいけど」


 アリスとすれ違う形で俺は部屋を出た。


 入り口横の壁を背にしてしばらく待っていると、扉が小さく開かれる。


「入っていいよ」


 わずかにできた隙間から、アリスの小さな声と、扉から離れて行く足音が聞こえた。


 アリスが何をしていたのか分からないけど、とりあえず許可がでたので部屋に入る。


 入り口正面に立っていたアリスは、自分が着ている服を確認するようにして一度視線を落とした。それから照れたように、なにかを期待しているかのように微笑む。


「……どうかな?」


 俺は服を着替えたアリスを見て、そのあまりの可愛さに眠気が一瞬で吹っ飛んだ。


 アリスの頭の上には、艶のある黒髪と対照的な白いレースで装飾されたヘッドドレスがついている。服は丈の短い黒のワンピースと、フリルの付いた白いエプロンに変わっていた。


 視線を下げると、膝上まである長い白の靴下をはいている。そして黒のワンピースと白の靴下の間、そのわずかな隙間から素肌を覗かせていた。


 ああつまり――アリスはメイドの恰好をしていたんだ。

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