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12 道場での戦い(後編)

「さっさとやっちまおうぜ、師匠だとあの魔物倒すのに時間かからないだろうしな」

「そうだな」


 ジルベールが促すとダリウスがそれに頷いた。


「おい、わざわざ魔物まで用意して何をする気だ?」


 いまの話だとガイを道場から遠ざけるために警備兵たちじゃ手に負えない魔物まで用意したように聞こえる。こいつらの目的は一体……


「何って? いや~この間は負けちゃったからね。ちょっとしたコネで魔道具を手に入れてさ、それを使ってそこのアリスって子に再戦を挑もうかと思って、ね? 卑怯とか言うなよ。色々調べたらそいつって勇者の加護持ちなんだってな。そんな卑怯な力持ってるんだから俺らが負けたのも仕方ないってもんだ。だからこっちもそれに対抗できるようにそれなりのものを用意したってだけさ」


 ダリウスが俺の問いに答える。その間に二人は何かを懐から取り出していた。


「おいジル、アリスは俺の得物だ。お前は他のやつらを適当に相手してろ」

「はいはい、じゃあ早速やりますかね」


 二人は懐から取り出した手のひらサイズの魔道具を口に咥えて……噛み砕いた。


 突如として二人の手元、より正確に言えば噛み砕いた魔道具を中心にして禍々しい魔法陣が空中に浮かび上がる。


 魔法陣からは黒い霧が噴き出して二人を包み込む。霧は外に広がることなく、むしろ内側に向かって密度を高めていき、二人の体に吸収されたかのように見えた。


「ガアァァァーーーー!」


 二重の咆哮(ほうこう)が道場内に(とどろ)いた。目障りな人間を殺し尽くそうとでもいうかのような狂喜の混じった産声。


 二人を中心にして魔力の奔流が衝撃となって拡がる。そこに現れたのは浅黒い肌に知性を失った瞳をした二体の悪魔。


 様子見をしていた門下生たちは恐怖に飲まれてその場で腰を抜かしている。


 ダリウスの面影を残す悪魔は腰に下げていた剣を抜き、視線をアリスへと向けた。


 もう一体、ジルベールの面影を残す悪魔も同様に剣を抜いていた。その視線はライナーの側に寄っていたレインへと――


「レイン!」


 叫ぶと同時、俺はレインに向かって飛び出していた。


 ジルベールは間近にいたレインへと間合いを詰めている。


 口元には弱者を甚振(いたぶ)ることに快楽を見出す加虐的(かぎゃくてき)な笑みを浮かべて、躊躇(ためら)うことなく凶刃を振り下ろした。


 恐怖に震えて身動きの取れないレインが切り裂かれる、その直前――俺は疾風となって駆け抜けた。


「くっ」


 短い苦悶の声を上げつつも、俺はレインを抱えてジルベールの前から飛び退いた。


 背中からわき腹にかけて鋭い痛みが走り、床には赤い鮮血がまばらに散っている。どうやらレインを助けた時に掠めていたらしい。まあこれぐらいなら戦うのに問題はないだろう。


 レインを助けるとき、ついでに蹴飛ばしたライナーは壁の方で転がっている。ちょっと扱いが雑になったのは申し訳ないけど、一応ジルベールの射程外へ逃がすことには成功しているな。


「グルアァ!」


 得物を取り上げられて腹を立てたのか、ジルベールはその怒りをむき出しにして俺に殺意を向けている。


 床に座らせたレインは恐怖に震えて身を縮こまらせている。俺はそんなレインの頭を優しく撫でて、安心させるように笑顔を向けた。


「レインが無事で良かった。安心しろ、直ぐに終わらせるから」


 俺は頭を撫でる手を止めて、レインを守るようにして悪魔と化したジルベールに向き合う。


 切られた背中は熱をもったように熱い。血だってまだ止まっていない。レインのことを身を(てい)して守るよりも先に、ジルベールをぶっ飛ばしていればこんな怪我しなくても済んだだろう。


 だけどもしそれでジルベールが止まらなかったら? もしそのままレインが切られていたら?


 そんな不安が俺に、自分が傷ついてでもより確実にレインを助ける選択を選ばせていた。俺が傷つく代わりにレインが助かるなら、それでいいと。


 人間になってできた妹。血は繋がっていないけど本当の家族のように日々を過ごしてきた。この子が血に染まらなくて良かったと、心の底から安堵している。


 これじゃまるで本当の人間みたいだなと、心の中で苦笑を漏らす。だけど今この時だけは自分が魔王だったことなど忘れて、ただレインの兄として戦おう。


 俺は魔法で出した土を手の中で圧縮させて密度を限界まで高め、鍔の無い褐色の剣を即席で作って構えた。


 さてジルベール、大切な妹を傷つけようとしたその報い、受けてもらうぞ。




 ジルベールがレインちゃんに襲いかかるのと同時に、ダリウスが私に向かって砲弾のような速さで飛びかかってきた。


 大きく持ち上げられた真剣が真っ直ぐ振り下ろされる。


 とっさに横に跳んで躱し、床に置いていた木剣を手に取ってダリウスに対峙する。


 私がさっきまでいたところは床が粉々に砕けていた。あんな攻撃、一回でも当たったらきっと死んじゃう。


 守ってちゃダメ、こっちから攻めないと。


 剣を振り下ろしたまま動かないダリウスに向かって、今度は私から攻撃をしかけた。


 背後に回っての頭を狙った一撃。だけどこれは振り向きざまの一閃で防がれた。しかも強度に劣る木剣が切り飛ばされて、半分の長さになってる。


 後ろに大きく跳んで一度距離をとった。


 ダリウスの動きが予想していたよりもずっと速い。見かけが変わっただけじゃなくて身体能力も上がってるみたいだし、どうしよう。


 私が迷っていると、ダリウスは高笑いしながら突っ込んできた。


 半分になった木剣を捨てて回避に集中する。他の門下生たちに被害が出ないように注意しながらダリウスの猛攻を何度も避け続けた。だけどいくつかは避けきれずに上着や袴が少しずつ切り裂かれて、段々と赤い染みが増えていく。


 ダリウスに注意しながら横目にシヴァの方を見ると、木剣に似た鍔の無い剣を構えてジルベールと向き合っていた。


 その二人が同時に踏み込んだところで――シヴァの姿を見失った。


 シヴァがいたところの床は爆発したみたいに破裂していて、砕けた真剣の欠片がキラキラと空中に浮いていて、ジルベールは床にめり込むようにして倒れている。その全ての音が混ざり合って同時に響いた。


 立っているのはシヴァ一人だけ。人の姿に戻ったジルベールはシヴァの足元で気を失っている。


 すごい、一瞬で倒しちゃった。私じゃあんな風にできない。


 まだシヴァみたいに魔法で真剣に匹敵する武器を作れないし、このままじゃ逃げてばかり。


 剣じゃダメだった。それなら今度は魔法で。


 ダリウスから大きく距離をとって、自分の周りに魔力を薄く広げる。それをどんどん霧のように変化させた。


 これが罠だと気づいていないダリウスは咆哮を上げながら突進してきた。


 魔力の霧をその場にとどめたまま、突進を躱して飛び退いた。


 お互いに濃霧に包まれた状態。視界を奪われたダリウスは私のことを見失っているはず。だけどこっちは自分で作った魔力の霧だから、どこに敵がいるのか分かってる。


 明後日の方向を見ているダリウスに向けて右手を突きだす。


 大空から落ちてくる光の剣をイメージしながら、右手に溜めた魔力を解き放つ。


 ――黄金の雷が道場の中を走り抜け、濃霧を吹き飛ばしてダリウスに直撃した。


 普通の人がこれを受けたらただじゃ済まないと思うけど、今のダリウスは強力な肉体をもつ悪魔。むしろこれぐらいじゃないと止まらないはず。


 予想通り雷を受けても倒れずに、体を一瞬しびれさせているだけだった。だけどそれで十分。


 その隙を逃さずに懐まで潜り込んで、全力を込めた右ストレートをお腹に打ち込んだ。


 ダリウスは体を折り曲げた状態で吹き飛んでいき、道場の壁を突き破って雨に濡れた地面に転がり落ちた。


 壁の穴に近づいて警戒しながら外を確認すると、ダリウスは人間の姿で気絶していた。




 俺がジルベールを倒したすぐ後に、アリスは一人でダリウスを倒していた。


 レインを優先する形になってしまったからアリス一人で大丈夫か心配だったんだけど、どうやら杞憂だったみたいだな。


 用済みになった剣を消してホッと一息つく。


 気が抜けたからだろうか、背中に鋭い痛みが走り、俺はその場に膝をついた。


「お兄ちゃん!」

「シヴァ!」


 レインとアリスが俺に駆け寄ってくる。


 レインは背に受けた傷を見てどうすればいいのかわからずに気が動転しているようだ。


 アリスは手が血で汚れることなど気にも留めずに、袖を破って作った即席の包帯で傷口を止血してくれる。


「アリス、ありがとう。悪い、誰か教会まで行ってシスター呼んできてくれないか」

「わ、分かったよ! オイラ、シスター呼んで来る!」


 俺がシスターを呼ぶように指示を出すと、さっきまで縮こまっていたライナーが我先にと反応して矢のような勢いで飛び出した。


 全力の強化を施した動きに耐えられず、体のあちこちが声にならない悲鳴を上げている。攻撃にだけ意識を集中していたため体にかかる負担を軽減する魔法にまで気が回っていなかった。悪魔の体ならこれくらいじゃどうってことないんだけど。


 ダリウスとジルベール、二人が使った魔道具の出所も気になるがそれよりも……魔人、か。人の身に悪魔の力を宿す魔法。二人は正気を失っていたようだが、仮に正気を保ったまま使えれば……試す価値はありそうだな。そう思いながら自分にできる範囲で治癒魔法をかけて、シスターがやってくるのを待つことにした。

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