118 ギルド長からの依頼
アリスたちがソフィアの下でメイドとして働くことになったため、今日は朝早くからみんなでヴァイオレット家に向かった。
そうしたら俺だけソフィアに連れられて服屋に行くことに。どうやら本当に俺の分も執事服を作る気らしい。
俺一人だったら入らないような、オシャレな店の前でソフィアが足を止めた。
「ここだよ」
「閉店の看板でてるけど」
「大丈夫、大丈夫、裏口から入るから」
言うが早いか、ソフィアは細い脇道に入った。その背中を追って俺も店の裏手に回る。
ソフィアがドアベルを鳴らしてしばらくすると、ギィと音を立てて扉が開かれた。扉の奥からはどこか疲れた様子の女性が出てきた。
「どちら様で……ソフィア様?」
「店長、朝早くから悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「ソフィア様。昨日依頼をいただきました商品は、どれだけ早くとも明後日のお渡しになるとご説明させて頂いたと思うのですが」
「うん、それはわかってるよ。だから今日来たのは別件、ってわけでもないか」
「どのようなご用件でしょうか?」
「昨日頼んだ執事服、こっちのお兄さんの分も追加でお願いします。ちゃんと料金は上乗せするから安心して」
ソフィアの対応をしていた店長は俺の方をちらっと見てから、
「……かしこまりました。どうぞ中にお入りください」
なにかを諦めたかのような表情で依頼を引き受けたのだった。
採寸を終えて裏口から店を出たところで、ソフィアが急に声を上げた。
「あ! お兄さん、私ちょっと用事思い出したから、悪いんだけど先に戻っててもらえるかな?」
「俺も一緒に行こうか」
「ううん、一人で大丈夫だよ。ギルド行ったり他にも何か所か寄らないといけないから、それにちょっと時間かかるかもしれないし。お昼には戻ると思うから」
「わかった。じゃあ先に戻ってアリスたちに伝えておくよ」
「よろしくー!」
元気に駆けていくソフィアの背中を見送り、俺は一人でヴァイオレット家に向かった。
ちょうど玄関の扉に手をかけたところで背後からコツ、コツと足音が聞こる。振り返るとギルド長が眠そうな顔で立っていた。
「シルヴァリオか」
「おはようございます」
扉にかけていた手を離してギルド長の方に体を向ける。
「ああ、おはよう。こんな朝っぱらから家に何の用だ?」
「アリスたちと一緒にソフィアのお世話係みたいなことをやってるんですよ。ソフィアから聞いてませんか?」
「アリスたちのことは昨日相談を受けていたんだが、お前も巻き込まれたのか」
「そんな感じです」
「そうか、まあ頑張れ」
ぶっきらぼうな形だけの声援に俺は苦笑いを返した。
「その件でいえば馬車の技術をよそに出しちゃってよかったんですか?」
開発はソフィアがしたものだけど、実際に部品や馬車を作っているのはギルドらしい。だからギルド長がどう考えてるのかちょっとだけ気になった。
「特に問題ない。ギルドとしてもメリットはある」
「メリットですか?」
「ソフィアを通じてアリス、セレンとの間に繋がりができたことだ。特にセレン……というよりも聖教会とギルドは繋がりが弱いからな。今回の件で関係を強めていければと考えている」
「そういうことでしたか」
「だから馬車の件はお前が気にする必要はない。それよりも昨日の今日でどうしてお前の腕が治ってるんだ?」
やべ、ギルド長には転移魔法使えること言ってないし、しかも昨日船で戻るって話してたんだった。
ノーブルや天使たちに協力してもらったって嘘をつくか? でも後で嘘がバレた時に面倒だ。だったら実は転移魔法使えるんですって打ち明けた方がいいだろう。
人間でも転移魔法が使えるってのはノーブルという前例があるわけだし、そこまで怪しまれないと思う。まあそのノーブルも実は元悪魔なんだけど。
「あまり大っぴらにはしていないんですけど、実は転移魔法を使えるんですよ」
「それは本当か?」
ギルド長は少しだけ目を見開いて、俺に念押しで聞いてくる。
「はい。なんなら実演しましょうか」
「……いや信じよう。以前から怪しい報告が上がってきていたから、むしろ納得だ」
怪しい報告ってなんだろう? あるとすればカムノゴルのギルドからなにか伝わってたとかかな。地竜の運搬で転移魔法使ったことあるし、ギルドの職員が怪しんでた可能性はありそうだ。
「それに使えるなら都合がいいしな」
「都合がいい? 一度行ったことのある場所にしか転移できませんけど」
目視できる範囲への近距離転移もできるけど、きっとそれはいま求められているものじゃないだろう。
「それで問題ない。往復の準備より片道のほうが荷物が少なくて楽ができるって話だ」
「いまの話しぶりだとどこか遠くに行くんですか?」
それで帰りの旅をすっ飛ばすために一緒に来てくれって感じかな。いやでも俺がここにいることは知らなかったんだよな。
「俺が行くというよりも、アリスに指名依頼を出そうとしていたんだ。ちょうどこっちに来てることだしな」
「アリスにですか?」
それにちょうどこっちに来てるってどういう意味だ?
「ああ、最悪じいさんにでも頼もうかと思っていたんだが、いまは別件で色々と動いてもらってる最中だからな」
指名依頼か。しかもギルド長がわざわざ自分で足を運んできてるって、割と重要そうな案件だよな。
「なるほど。でもアリスはいまソフィアと契約しているのでその期間は受けれないと思いますよ」
ギルド長も相談を受けたんだから知ってるはずなんだが。
「そこはソフィアと交渉する気だった」
「あー……ソフィアなら用事があるからってさっきギルドに向かったばかりですね」
「すれ違ったか。ちなみにシルヴァリオ、お前はソフィアと契約していないのか?」
「そうですね。アリスたちと違って契約はしてないです。あくまでアリスたちの手伝いとして来てるので」
「そうか。それならお前に頼んでもいいか? さっきも言ったが転移魔法が使えるのなら帰りのことを気にしなくていいから準備も少なくて済むだろうし、それに現場でも必要になる可能性が高いからな」
正直面倒そうだから受けたくない。でも俺が受けなかったらアリスに話がいくんだよな。受けるにしろ、受けないにしろ依頼の内容を聞かないと判断できないから、まずそれの確認か。
「それは依頼の内容を聞いてからじゃないと答えられません」
「当然だな。それについては中で話そう」
「わかりました」
家の中へと入り、昨日みんなで食事をとったダイニングでギルド長と向かい合う形で座った。
「ところでアリスたちを見かけないが、なにをしてるんだ?」
「ソフィアの部屋の片付けをしてますよ」
いまも二階の方からバタバタと音が聞こえている。
「あの魔境を掃除か。それは大変だな」
「そんなにヤバいんですか?」
「たしかじいさんの部屋には入ったことあるんだよな。あれよりひどいぞ。ただ汚いというよりかは、単純によくわからんモノで溢れかえってるだけなんだが。そういえば庭もキレイになってたな。もしかしてあれもアリスたちがやったのか?」
「どうですかね。俺が昨日来たときにはいまの状態でしたから」
「まあ誰がやったのかはどうでもいいか。それじゃあ依頼についての説明を始める」
姿勢を正してしっかりと話を聞く態勢をとった。
「やってほしいことは単純だ。とある採掘場に行って魔物を退治してほしい」
「……それだけですか?」
なんていうかわざわざギルド長が直々に動くようなものじゃないと思うんだけど。
「意外か?」
「まあそうですね」
「実はこの依頼には条件があってな」
「どんな条件ですか?」
「魔物自体が強いというか面倒くさいのと、戦う場所の問題もあって火の魔法は使えないし、大規模な魔法や技もダメだ。土系と氷系の魔法が使えるのが理想的だが必須ではない。こういった観点からAランク以上の実力が必要だと考えている」
「まあ土も氷も使えますけど」
そこまで口にしたところでふと思い出した。
「もしかしてギルド本部の依頼ボードに張ってたやつですか?」
「見ていたのか。結構前から張っていたんだが誰も受けるやつがいなくてな。さあどうしようかと困っていたんだ」
「条件にあう人物がいなかったんですね」
「そういうことだ。あとはボードに張ったときから状況が変わっていて、口の固い奴じゃないと任せられなくなった」
「それはどんな理由で?」
「魔物が魔石の採掘場に移動したんだ。別のところだったら実力さえあれば誰に任せても良かったんだが」
「魔石の採掘場……ですか」
なんだそれは。魔石って特殊個体からしか取れないんじゃないのか?
「これが口の固い奴じゃないと任せられない理由だ。魔石は特殊個体からしか集められないというのが常識だが、むかしは採掘するものだったらしい。まあこれは俺もエルザ様から教えてもらって知ったんだがな。だが最近になって、とはいえ二十年ぐらい前なんだが、ギルドで管理してる土地から魔石が採れることがわかったんだ」
「なるほど」
「この情報はギルドでは機密事項として扱っているから口外しないようにしてくれ。採掘できる場所が広まると悪いことを考える奴らが出ないとも限らない。盗掘なんかされたら流通量と価格にも影響がでてくる」
「わかりました」
中立都市で魔法を封じ込める魔石を作ってるって話を竜騎士のエドガーから聞いた時は不思議だった。どこからそんなに魔石を集めてるんだってな。でもこれで納得だ。
「でもどうして魔物は魔石が採れる場所に移動したんでしょうね」
「今回討伐してもらいたい魔物はモルオレゴンというんだが、こいつは鉱石や宝石を食べるんだ。いままでは鉄が少々とれる程度の場所にいたんだが、おそらく単純に食べるものが減って移動したといったところだろう」
「へぇ。鉱石とかを食べる魔物がいるんですか」
「ああ、恐らくは魔石も食べるんじゃないかと危惧している」
だから優先度が上がってすぐにでも討伐しないといけないって判断になったのか。
「そのモルオレゴンってどんな魔物なんですか?」
「簡単に説明するなら馬や牛ほどに大きいモグラだ」
「モグラですか」
「そうだ。まあ現場に行けば一発で分かるだろうが、不安ならギルドに行って魔物の情報を確認しておいてくれ」
「了解です」
「それとモルオレゴンは巣穴に食料を蓄える習性がある。倒したら巣穴の確認をしてほしい」
「鉱石とかを回収すればいいんですか?」
「いや、鉱石と宝石は不要だ。もし魔石があれば回収しておいてくれ。それ以外はお前の好きにしていい。依頼達成時の報酬は依頼ボードに張っていた時の倍払う」
条件としては受けてもいい。あと気になるとすれば日数だよな。
「ちなみに片道どれぐらいかかりますか?」
「馬車を使うと山を越えないといけないからかなりかかるんだが、今回は竜騎士に頼む。だから大体二、三日といったところか。早ければ明後日の夕方前には着くはずだ」
あまり長い間みんなと離れるようだったらどうしようかと悩んでいただろうけど、それぐらいであれば問題ないか。
「その依頼お受けします」
「助かる。竜騎士への依頼文を少し書き直すから、その間にアリスたちへの説明を済ませておいてくれ」
「わかりました」
すぐに二階に上がってアリスたちにギルド長から依頼を受けたことの説明をした。それとソフィアが昼ぐらいに戻ってくることも忘れずに伝える。
ギルド長からの依頼については、私たちもソフィアちゃんの下で働かないといけないから、数日で終わる依頼なら気にせず受けていいよと了解をもらった。
ちなみにソフィアの部屋はほとんど片付いていたから、ギルド長が言っていた魔境ってのがどんなものかはわからなかった。元々部屋に置いていた荷物がどこに消えたのか尋ねると、地下に大きな物置があって、そこに移動させたんだと教えてくれた。昨日庭をキレイにするときにもそこに突っ込んだらしい。
「アリスたちに数日離れると説明しましたけど、特に問題なかったです」
「こっちも書き終えたところだ。竜騎士の兵舎に行ったらこれを渡してくれ」
ギルド長から手紙を預かった。それをポーチにしまうと、さらにもう一通の手紙を渡される。
「これは?」
「採掘場に俺の母親がいるから渡してほしい。今回の依頼について書いてある」
「わかりました」
母親は外に働きに出てるってソフィアが言ってたけど採掘場だったのか。