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106 君がくれた言葉

 うっすらと雪化粧をした街道。そこを犬や鳥などの姿をした魔物が徘徊している。人気(ひとけ)の失せた町の一番大きな屋敷で、古参悪魔の二人が顔を合わせていた。


「ケネスがやられたか」


 そう呟いたのはグラード。高級そうな革張りのソファに深く腰掛け、背もたれに寄りかかった。


「そうですねぇ……まあ彼はそのうち勝手に復活しますから、あまり気にする必要はないと思いますけど」

「そういう意味だとあいつが一番化け物だな。ははっ!」


 どうせその内また会えるだろうという確信があるからこそ、同じ古参悪魔であるケネスがいなくなっても、グラードは豪快に笑い飛ばした。


「でも当の本人はさっさと消滅したいみたいですけどね。世界の(ことわり)というのはかくも残酷なものです」


 グラードの正面に立って会話をしていたグレイルは、やれやれと肩をすくめてみせる。シヴァとの戦いで負った怪我は未だに血が滲んでいた。


「ところでてめぇの連れはどうしたんだ? ケネスが負けたってことはあいつらもどうせ負けただろ」

「おや意外ですね。グラードさんが人間に興味を持つなんて」

「ただの人間には興味ねぇよ。でもてめぇがわざわざ連れてきたんだ。何かしらあるんじゃねーかと思っただけだ」

「なるほど、なるほど。お気に入りの方はちゃんと回収しておいたので無事ですよ」


 グラードはいつの間にそんなことしてたんだと疑問に思うが、こいつなら何かしら方法があるんだろうと深くは突っ込まなかった。


「それでもう片方は?」

「さぁ?」

「さぁって、適当だな」


 グレイルは心底どうでもいいといった感じで、グラードの言葉をさらりと流した。


「いいんですよ、あっちは。でもジャックの方は運が良ければ天使を相手にして覚醒するかと思ったんですけど、ダメでしたね」

「人間を育てるなんて物好きだな、てめぇは」

「もうこれは半分趣味みたいなものですから」

「そうかい。それで……結局てめぇは何してたんだ? ずっと俺と一緒に魔王の観察してたけどよ、封印の宝玉が目当てじゃなかったのか?」

「うーん、簡単に説明するなら……そうですね、分身のようなものを使ったら返り討ちにあったって感じです」

「てめぇが失敗するなんてめずらしいな」

「そうでもないですよ。これでも失敗だらけです。ただまあ……今回に関しては失敗してもよかったので問題ないんですけどね」


 グラードは首をかしげて問いかける。


「どういうことだ?」

「さてどうでしょう……ふふっ。では私は野暮用があるので失礼しますね」

「野暮用?」

「せっかく魔王の片腕を奪えたのに、聖女が生きていたら元通りになってしまうでしょ。だから今から殺しに行こうかと思いまして」


 散歩に行くかのような気軽さで、グレイルは聖女抹殺を宣言した。


「あそこの結界を破れるのか? ロザリーのときみたいに内側からって方法はもうできないんだろ?」

「まあやってやれないことはないでしょう。かなり力技になりますし、もしかしたら途中で”焰”が来るかもしれませんが、それより先に終えればいいだけのことです」

「さっきてめぇが使ったあの魔法をぶつけたりってことか」

「そういうことです」


 グラードが納得したところで、グレイルはすぐに行動を開始しようとする。しかし、それを止める声が上がった。


「待て」

「どうしました?」

「聖女は殺すな。放っておけばあいつは腕を治しに行くんだろ」

「……正気ですか? わざわざ敵に塩を送る真似をするなんて」


 グレイルは咎めるように視線を鋭くした。


「いたって真面目だ。俺は完全な状態の魔王と戦いたいんだよ」

「イヤだと言ったら?」

「てめぇを殺して止める。たしかにてめぇの魔法の腕は認めてる。さっきのだって初めて見たし、何よりあれを受けたら俺でも死ぬかもしれない。だがよ、サシで戦ってる最中にあんな大魔法を使えるとは思ってねぇよな?」


 シヴァとの戦いで大魔法を使えたのは、自分が時間を稼いでいたからに過ぎないと、グラードは突き付ける。


「……そうですね。そういう意味だとやはり魔王の実力は抜きんでている。後出しで私の魔法を相殺してみせたのですから」

「ちげーねぇ」

「仕方ありません。私もあなたと戦ってまで聖女を殺そうという気はありませんから、ここは譲りましょう」


 そう言ってグレイルはグラードに背中を向けた。顔だけを肩越しから覗かせて会話を続ける。


「ですがあなたも私の邪魔はしないで下さいね」

「てめぇが何しようとしてるのかは知ってる。だがな、もしもあれが無いと俺の目的が果たせねー場合は勝手に奪うぞ」

「今更元の体に戻れるとは思えないですけど。でもまあ……私も私の目的のためにあれが必要なんです。奪うというなら、それこそ私も本気を出すだけです」


 グレイルの顔から笑みが消えた。ゾッとするほど不気味な気配に、グラードは気圧されて息を飲み込んだ。


「ふふっ、ではごきげんよう」


 グレイルがどこかへと転移していく。


 屋敷にはグラードだけが残った。


 グラードは魔王を封印したことをずっと後悔していた。自身の未熟から、倒すのではなく封印をして戦わない道を選んでしまったことを。


 最強と呼ばれるほど強くなっても、一度として勝てなかった相手が頭をちらついて離れなかったのだ。


 どれだけ強大な獲物を倒しても、どれだけ強くなっても、満たされない。本当に自分は最強と呼ばれるほど強くなったのか? 何度自分に問いかけても答えはでなかった。


 だがようやくチャンスが訪れた。姿も、種族すら変わってしまったが、”深淵”の魔王と呼ばれた最強に再び挑む機会が訪れたのだ。


「もしも偽物だったら勇者や天使を相手に憂さ晴らしでもと考えていたが……ようやく、ようやくだ。お前は俺の獲物だぜ。誰にも渡さねぇよ」


 力に魅入られたグラードの瞳には、先ほどまで戦っていたシヴァの幻影だけが映っている。




 暖かな陽光をまぶたの裏に感じて俺は目を覚ました。小鳥の鳴き声と小川のせせらぎが遠くから聞こえ、爽やかなそよ風が頬を撫でる。


 最初に映ったのはいくつもの太い枝と、大きな葉が重なり合ってできた天井。視線だけで左右を確認すると、周りはそこそこ太めの枝が、おそらく円を描きながら並んでいる。扉は見当たらないから、部屋と呼べるかは微妙なところだ。


 そして右手に感じる温もり。頭を少し浮かしてそっちを確認すると、俺の手を握ったままベットにうつ伏せて寝ているアリスがいた。


 たしかグレイルとグラードと戦って、それをどうにか追い返して…………思い出した。アリスと合流したところで気を失ったのか。


 上半身を起こそうとして体を動かすと、アリスが目を覚ました。


「ん……ん、あれ?」


 少し寝ぼけてるっぽいな。ぼーっとしていて、普段よりも若干幼く感じるけど、これはこれで可愛い。


「おはよう」

「……シヴァ?」


 寝た状態のままアリスと見つめ合う。だんだんと意識がはっきりしてきたのか、アリスの瞳が大きく開いて、次に安堵の笑みをみせてくれた。


「良かった……うん、おはようシヴァ」

「アリスがここまで運んでくれたのか?」

「ううん、それはフィオナの転移でだよ。服を着替えさせたり、顔とか体の汚れを拭いたりしたのは私だから安心して」


 言われて気づく。着ている服がいつもの装備から、麻でできた無地のものに変わっていた。どうやらアリスが甲斐甲斐しく世話をしてくれたみたいだ。


「その……ありがとう」


 感謝の気持ちと、申し訳なさと、若干恥ずかしいという思いが混ざって少し言葉につまった。


「ううん、気にしないで。それよりも気分が悪かったりどこか痛んだりしない?」

「気分も悪くないし、痛みも大丈夫だよ。あー……少し水貰えるかな」

「ちょっと待ってて」


 ベットの側にある机、そこに木製の水差しとコップがおいてあった。アリスがそこでコップに水を注いで持ってきてくれる。


「はい。体起こせる?」

「大丈夫だよ」


 ずっと寝ていたせいで多少体が固くなってるけど、それぐらいだ。痛みも傷跡も見当たらない。おそらくセレンが治してくれたんだろう。あとで礼を言わないとな。


 まあ吹っ飛んだ腕までは治せなかったみたいだけど、それは仕方ないだろう。四肢の欠損は聖女であるアンジェリカさんじゃないとできないって話だし。


 片腕だけで体を支えて、上半身を起こした。


 アリスがコップを口元に持ってきて手ずから飲ませようとしてくれる。ただそこまで世話になるわけにもいかない。


「えーっと、自分で飲めるよ?」


 少し残念そうにするアリスからコップを受け取る。ゆっくりと飲んでからコップを返した。


「ありがとう。ところでここは? それに他のみんなはどうしてる?」


 倒れた俺をこうして看病していたぐらいだから、ここが安全なところだというのはなんとなくわかる。


「ここは精霊の里の中。みんなは無事だよ。ここと似たような部屋で休んでる。ライナーが重傷で気を失ってたんだけど、それもセレンが治して昨日の内に目を覚ましてるから安心して」

「昨日の内にって、もしかしてあれから何日も経ってるのか?」

「慌てないで。まだ戦いから一日しか経ってないよ」


 ということは俺は丸一日寝てたってことか。


「俺はグレイルとグラードの二人と戦ってたけど、アリスたちはケネスと戦ってたのか?」

「うん。ケネスと、それに……ジャックとジルベールの二人も」


 グレイルが出てきた時点でジャックもいるとは思ってたけど、やっぱりアリスたちの方にいたのか。


「ジルベールってのは誰だ?」

「ふふっ、やっぱりシヴァも覚えてないんだ。私とライナーも実は忘れてたんだけどね。聖教会で捕まえたダリウスって、子どもの頃は道場で悪魔になって大変だったじゃない。あのときもう一人いたでしょ?」

「あー……あいつか」


 そういえばダリウスを捕まえた時にもう一人いるはずだって思ったんだよな。結局聖教会では見つからなかったけど、こんなところにいたとは。


「ジャックには逃げられちゃったけど、ジルベールはティナが聖教会に連れて行ったから、今頃ダリウスを捕まえたときと同じようにしてるんじゃないかな」


 つまり知ってることを吐かせて牢屋にぶち込んでいると。


「ケネスは倒したのか?」

「うん。ティナとライナーが頑張って時間を稼いでくれている間に、私が勇者の加護の力でオーロラと共鳴してどうにかね」

「……オーロラって誰?」


 アリスが共鳴を使えたことも驚きだけど、それよりもオーロラって人物が気になった。というか人の名前なんだろうか。


「えーっとね、なんて説明すればいいのかな。星の精霊を統べる女王で、精霊の里を管理してるというか。あ、人じゃなくて精霊なんだけどね」

「へぇ、そのオーロラっていう精霊と共鳴して倒したのか。すごいな」


 実際に戦ってるところを見てないから詳しくはわからないけど、ケネスを倒したって事実が、アリスの頑張りを教えてくれる。


「……()は全然だよ」


 謙遜なんかする必要ないと思うんだけどな。それこそもう俺なんか必要としないぐらい、アリスは強くなったってことなんだから。


「私よりもシヴァのほうがすごいよ。だって二人の古参悪魔を相手に一人で戦ってたんだから」

「いや、俺の方こそ全然だよ。結局倒せなかった。それに……」


 自分の左腕を見る。肘から先が長袖に隠れているけど、肝心の中身はない。


「これじゃあ負けたのと大差ない」


 しかも戦った後は気を失って、カッコ悪いところを見せてばかりだ。


 アリスが持っていたコップを机に置いてからベットに腰かけた。正面から俺を見つめて、ゆっくりと首を振る。


「そんなことないよ。シヴァは負けてなんかない。それにシヴァが頑張ってグレイルたちを抑えていてくれたから、私たちはこうして無事だったんだよ。もしも私たちの方にもう一人来ていたら、きっともっと大変なことになってたと思うの。それこそ万が一があったかもしれない」

「それは……」


 もしもなんて仮定に意味はない。実際あいつらはアリスたちの方じゃなくて俺のところに来ていたわけだし。でもそう言ってアリスを突き放すのは違う気がするし、そもそもなんでこんなこと考えてるんだろうな、俺。自分で自分がわからなくなる。


 目を伏せると、アリスは俺の手を包み込んだ。


「だからね……いつも助けてくれて、支えてくれてありがとう。シヴァが思ってるよりももっとたくさん、私たちは……私はいっぱい感謝してるんだよ」


 心の深いところでアリスの言葉がゆっくりと熱をもって広がる。


 ああそうかと、アリスに励まされてようやく気付く。俺は落ち込んでいたのか。グレイルたちを倒せなくて、片腕を失って、それなのにアリスたちはケネスを倒していて。自分はもう必要とされていないんじゃないかと。


 くすぶっていた不安がとけていくのがわかる。きっと今この瞬間だからこそ、こんなにも心に突き刺さるんだろうな。


「アリスってさ、心が読めたりするの?」

「どうしたの急に?」


 どうして不思議そうな顔をするのか。アリスだってこの前似たようなことを言っていたのに。


「なんでもない」


 落ち込んでるときに一緒にいてくれて、自分じゃ気付けなかった不安をとかしてくれた。それだけでもう十分だ。それなのに……


「でもね。もっと知りたいって、いつも思ってるよ」


 そう言って優しく微笑む姿に、どうしようもなく心を奪われる。


 見つめ合っていると、お互いに自然と顔を近づける。吐息が重なって、触れ合う直前で瞳を閉じた。


 離れたあとも見つめていると、アリスが先に視線をそらして照れくさそうに立ち上がった。


「そろそろみんなのところに行こっか。みんな心配してたから、無事なところ見せてあげよ」

「……ああ」


 本当はもう少し二人きりでゆっくりしたいんだけど、それはまた今度の機会にだな。


 差し出された手を掴んでベットから下りる。


 アリスが持ってきてくれた俺の装備に着替えてから部屋を出た。どうやらここは大きな樹木の上にできた部屋だったらしい。


「はぁー……なるほど、これが精霊の里か」


 目の前に広がる神秘的な光景に、思わず感嘆の声が漏れる。


 見上げるほど巨大な樹木を中心として広がる泉。空中や水面には様々な色の光が浮いていて、精霊と思わしき存在が無邪気に飛び回っている。陸地に目を向ければ、季節を無視して様々な色の花が咲き乱れていた。

第4章 完

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