101 襲撃
「さて、唐突で申し訳ありませんが質問させてください。私たちを見て反応したのはギルドあたりから情報を聞いていたからですか? それともあなたが”深淵”の魔王シヴァだからでしょうか?」
グレイルの問いに無言で応じる。さっきは反射的に反応してしまったけど、こいつらの目的が何なのか分からない以上、余計な情報は渡さない方がいいだろう。
「黙っちまったな。おいグレイル。本当にこいつがあのシヴァなのか?」
「さあ? あなたもケネスから話を聞いて、それを自分の目で確かめたくなったからこうしてわざわざ来たのでしょう? まあ十中八九当たってるとは思いますけどね」
二人だけじゃなくケネスまで絡んでるのか。だけどあいつの姿がどこにも見えない。来てないのか? いや、もしかしてアリスたちの方に?
不安と焦りが少しずつ大きくなっていく。そこへ狙いすましたかのようなタイミングでグレイルが口を開いた。
「ああそういえば、向こうにはケネスがいるのでもう勝負はついてるかもしれませんよ」
やっぱりケネスまで来てるのか。最悪だ、古参悪魔全員集まってるってことじゃないか。
アリスたちと合流するにはどうすれば――
「あの娘たちと合流するにはどうすればいいのか? そんなことを考えているのでしょう。まず一つ教えておくと、元の場所に行っても彼女たちはいませんよ。彼女たちも別の所に移動させましたのでね。ただ急ごしらえだったのであまり遠くにはとばせなかったんですけど」
俺が転移魔法を使える前提で合流できないように対処してきてるのか、厄介だな。
「おいグレイル。もう話はいいだろ」
「おやグラードさん。我慢の限界ですか?」
「本当にあの”深淵”の魔王だっていうなら、俺がこの手で叩きのめさないと気が済まねーんだ。悪いが邪魔するならお前でも殺すぞ」
「おー怖い怖い。まあ私も彼を殺すという目的は同じなので譲ってあげてもいいですけど……ただその前に彼が本物だという確証が欲しいんです。それまでは待ってくれませんか?」
「はんっ、もう待てるかよ!」
グラードが吼えたと認識したときには、反射的に真横に跳んでいた。
「オラッ!」
凄まじい衝撃が体を打つ。さっきまで立っていた場所が半球状に大きく抉れていた。
「殴っただけでこれか!?」
いや何を驚いてる。昔の俺ならこれぐらいじゃなんとも思わなかったはずだ。できて当たり前、むしろこれぐらいできない奴が俺に挑むなんて何を考えているんだと。
「こっちはまだ準備運動なんだ。早々に死んでくれるなよ」
「私も忘れないで下さいね」
グラードの猛攻に合わせてグレイルも不可視の風刃を放ってきた。二人は意思の疎通を図ってる素振りも見せずに完璧な連携を見せる。それらを半ば直感で躱し続けた。
あっという間に俺たちの周りには大量のクレーターが生まれ、木々は切り倒され、小さい村なら収まりそうな見晴らしのいい空間ができあがっていた。
致命傷は受けてない。だけど手足には切り傷が少しずつ増えていく。このままだと状況は悪くなる一方だ。
「おいおい、避けてばかりだな」
「ですが私たちの攻撃を受けて生き残っているのは評価すべきでしょう。普通であればもう死んでいてもおかしくないですよ」
「それはそうだが、お前さっき本物かどうか確かめるって言ってなかったか? 死んでたら確かめられねーだろ」
「私は魔王の力を信用しているんです。加減はしましたし、それでも死ぬようなら偽物でしょう」
「なるほど一理ある。だけど向こうの力を見るにはやっぱりあれだな……おい、一度攻撃を受けてやるからこい」
グラードが両腕を広げて仁王立ちの構えをとった。罠か? いや、あいつはそんな駆け引きを好まない。受けると言うからには避けもしないだろう。グレイルも上空に飛んでいき、どうやら静観するようだ。
「ほら、さっさとこい」
「言われるまでもない!」
余裕顔を浮かべるグラードに向かって距離を詰め、剣神流の必殺技――”天地求道剣”を放った。
グラードを守っている結界ごと袈裟斬りに断ち切る。二つに分かれた身体が左右にズレ落ちる。その様子を、時間が圧縮したかのようにゆっくりと時が流れる中で見続け、不意にグラードの口元がニヤリと歪んだ。
「――っ!?」
距離を詰めた勢いのままグラードの横を駆け抜けた。
その直後、閃光と衝撃を背中に受けて地面の上を転がった。すぐに体勢を立て直して震源地に剣を向ける。
「いきなり自爆かよ……」
「別に死んでないから自爆とは言わないだろ」
大爆発の中心にいたグラードが煙の中から出てきた。切ったはずの体は粘液状に変化してくっ付いていた。
「噂に聞いていた以上の化け物だな」
「噂ねぇ……まあいい。結界を突破して俺を切れるお前も中々だと思うがな。俺に怪我を負わせたのは最近だと北の奴ら以来の快挙だぜ」
称賛を受けてもまったく嬉しくもない。こうして会話をしている最中もグラードは再生を続け、すぐに元の姿に戻った。下半身に穿いていた甲冑だけが爆発の影響を受けてボロボロになっている。
今の俺でもダメージを負わせることができる。それが分かっただけも良しとしよう。グラードは魔力がある限り再生し続けるから、あとは再生できなくなるまで魔力を使わせればいい。
問題があるとすればあと何回倒せばいいかわからないってこと。今のこいつなら十や二十は復活しそうだが……
それにグラードだけを相手すればいいってわけでもない。グレイルは上空から俺たちを見下ろして動かない。なんというか口を開くとウザったいけど、黙っていられるとそれはそれで不気味だな。
魔人化で応じるか? いや、まだ本気を出していない相手にあれを出すわけにもいかない。それにどうやらグレイルたちは俺が本物かどうか確かめたいみたいだ。すでにバレているような気もするけど、あれをやれば俺が魔王シヴァだと自ら白状するようなものだ。
だけどこうして時間をかけてる間にもアリスたちが……くそっ、どうか無事でいてくれ。
「無限に再生できるわけじゃないんだろ? なら死ぬまで切り刻んでやるよ」
「いいねぇ。その目、その覇気、これならたとえ本物じゃなくても楽しめそうだ。ははっ!」
馬鹿正直に正面から突っ込んでくるグラードに、今度は避けずに正面から応じた。
「アニキー! いるなら返事してくださーい! アーニーキー! ……近くにはいないみたいですね」
ライナーが声を張り上げても答えは返ってこない。
転移魔法でどこかに飛ばされた後、すぐにシヴァがいないことに気づいた。ライナーも、セレンも、ベルも、ティナもいる。だけどシヴァだけがいなかった。
「ティナはここがどこだかわかる?」
瞳を閉じて周りの気配を探っているティナが、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「私たちは精霊の里がある島のどこかに移されたみたいだね。シルヴァリオって子がどこにいるのかは、戦闘でも始まれば察知できるかもしれないけど今はわかんないや」
「そう……」
「島といってもかなり広いから歩き回って探すのは止めた方がいいね。空の上から私が探してみるよ」
どうしてシヴァだけがいないのかとか、私たちまで移動してるのはなんでとか、疑問に思うことはある。だけど考えてもわからないことに時間を使っても仕方ない。だから私も行動しようと思った。
「それなら私も一緒に――」
「その必要はない」
幼い声音。だけど絶対に逆らってはいけない威厳を感じる。ゆっくりと前方から近づいてくる気配が只者じゃないと物語っていた。
すぐに剣を抜いて警戒を強める。ライナーとベルの二人がセレンを守って、私とティナは三人よりもさらに前へ出た。
ずっと明るい調子で話していたティナが、怖いぐらい冷たい声で木々の向こう側に語りかける。
「さっきまでなんの気配もしなかったのに……まさかこんなところで会うなんてね」
「えーっとティナだっけ? 君がいるなら自己紹介はいらないよね?」
木々の間から出てきたのはボロの布に包まれた子どもと、従者の様に控えている二人の騎士。
子どもがフードを取ると、燃えるようなオレンジ色の髪が現れた。柔らかく微笑んでいるのにむしろ怖いとすら感じる。
「あれってたしか……」
「ノア君たちから聞いてるよね。あれが古参悪魔の一人、”煉獄”のケネスだよ」
私の予想が当たっていたことをティナが教えてくれた。
それにケネスの後ろにいる騎士の片方には見覚えがあった。
「――ジャック」
私が名前を呼んでも一切反応してくれない。彼が騎士団の仲間を手にかけたという話は聞いて知ってる。だけどこうして目の当たりにするとどうしても彼とは戦いたくないと思ってしまった。覚悟していたつもりだった。だけど……本当にもう敵として戦うしかないの?
「自己紹介はいらないけど、私たちと一緒にいた男の子をどこにやったのかは教えて欲しいわ」
「彼のことが気になるの? 彼ならグレイルとグラードの相手をしているよ。もし本物だったらまだ生きてるかもしれないけど、あまり期待しないほうがいい」
グレイルっていうのはギルドで教えてもらった”道化師”という古参悪魔。だけどグラードっていうのは誰?
「そういえば君たちには”道化師”と”歪獣”って言わないと伝わらないんだっけ?」
”歪獣”ってたしかギルドが一番警戒してる古参悪魔。
「シヴァがその二人を相手してるってこと? どうして……」
「どうしてって、そんなのわざわざ答える必要ないだろ」
当たり前のように私の質問には答えてくれない。私も素直に教えてくれるとは思ってなかったからそれはいい。
だけど、一人相手にするだけでも大変な古参悪魔を二人同時だなんて。……シヴァが強いのは私が一番よく知ってる。それでも何かあったらって怖くなる。
今すぐにでも彼の下に駆けつけたい。そう願っても目の前の敵はそれを許してくれなかった。
「勇者の相手は俺がするから、残りはこいつと一緒に適当に任せる」
「了解しました。構えろジルベール」
「はい! 俺はダリウスと違うってところを見せてやりますよ!」
ケネスが片手を掲げると、その指先から空に向かって魔法陣が浮かび上がった。強い風が吹き荒れる中、さなぎの様なものが現れる。さなぎがひび割れ、中から出てきたのは人間の女性に近い見た目をした巨大な羽をもつ蝶。全体的に薄っすらと輝き、体も透き通っていて、こんな時じゃなければその幻想的な雰囲気に目を奪われていたかもしれないほどきれいだった。
「シルフね。厄介なやつを……」
「シルフって風の精霊の?」
「そうよ。見た目に騙されがちだけど、四大精霊と呼ばれるだけあってかなり強いわ」
「でも精霊って私たちの味方じゃないの?」
私自身に宿ってる加護にも精霊のものがある。それにギルドは精霊の里と協力体制をとっているって話だったから、精霊は人の味方なんだと思っていた。
「それは……」
口ごもるティナ。代わりに敵であるはずのケネスが私の疑問に答えた。
「知らないのかい? 大半の精霊は中立で気まぐれだ。その証拠にこうして俺たちに協力してくれる個体だってそれなりにいる。まあそんな話はどうでもいいか。シルフ、黒髪の女以外は好きにしていいぞ」
それが号令となってジャックがティナに、シルフともう一人の騎士がライナーたちに向かって襲いかかるのが見えた。そしてケネスは私に向かって一歩、また一歩と近づいてくる。
不死身の悪魔……そんな相手に勝てるの? ううん、戦う前から弱気になってちゃダメ。
周囲で戦いが繰り広げられる中、私はケネスに集中していた――はずだった。
不意に小さな影が足元から飛び出してくる。反射的に後ろに跳ぶと目の前を掌底が通り過ぎた。
まばたきの瞬間を狙われた? 人間の達人のような動きに驚きを隠せない。剣の間合いに入られたまま殴打と蹴りの攻撃が続く。これもただ身体能力任せに動いてるんじゃない、洗礼された動き。ギリギリのところでどうにか防いでいるけどこのままじゃダメ。一度距離をとらないと。
跳躍のために強く踏み込んだ。そのわずかな隙を狙われて、お腹に重い一撃を受けてしまう。
大きく吹き飛ばされて地面を何度も転がった。追撃に備えてすぐに態勢を立て直したけど、どうしても息が荒くなる。
「はぁ、はぁ」
近接戦もこんなにできるなんて思わなかった。距離をとって魔法で戦うべきなのかな? でも魔法を一通り使えるってギルドで教えてもらった。そんな相手に魔法戦を挑むのは分が悪いよね。
シヴァならどうするだろう?
「もう少し強いと思ってたけど、聖教会でロザリーを倒せたのは彼がいたからってことなのかな」
「――っ、それは……」
挑発ですらない、ただの事実確認のような呟き。そしてそれは真実で。
シヴァがいなかったらきっと私たちは全滅してた。倒せなかった。いつも頼ってばかりで、でもそれじゃダメ。私が、私だって、もっと強くならないと。
胸元に手を当てて、服の上からギュッと握り締める。力を求めて――