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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
戦国時代に平穏はない

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98 お絵かき

 本能寺の変フラグをへし折った俺は、今日は月谷和尚さまのところでお勉強だ。なぜかみっちゃんと熊とリーダー滝川がいるけどな。熊とリーダーは俺の護衛として来てるから分かるんだが、最近しれっとみっちゃんが仲間に混ざってきている気がするのは気のせいだろうか?


 確かにまだ信長兄上の家臣になったばっかりでやることが少ないとはいえ、こんなところに来てていいのか? 美濃の調略はどうした!?


 明智家が織田家に恭順を示したことで、東美濃は一気に織田家に傾いた。それ以前に、さらにその東を支配する遠山七頭と呼ばれる一族は、去年、武田陣営に飲み込まれている。


 これで中美濃か西美濃が崩せれば、一気に織田が有利になるんだがなぁ。西美濃は西美濃三人衆ががっちり抑えてるから、つけこむなら中美濃あたりか。


 義龍が家督相続でゴタゴしてる間に、一気に勢力を広げたいとこだよな。


 ところで、この遠山七頭と呼ばれる一族が治める東美濃は南信濃と隣接してるわけなんだが、信濃といえば、上杉謙信と武田信玄が覇権を争って戦った場所―――川中島があるところだな。


 上杉謙信かぁ。いわゆる軍神と呼ばれる、戦国時代でも信長兄上と人気ナンバーワンを争う有名武将だ。今まだ二十六歳で、名前も長尾景虎って言うらしい。


 最初は長尾景虎って聞いて、誰それ、って思ったんだが、川中島の戦いで武田信玄と戦ったっていうので分かった。それを言うなら、武田信玄もまだ出家してないから武田晴信って名前なんだけどな。

 長尾景虎と武田晴信が戦ったって聞いて、すぐに謙信と信玄だって分からないもんな。川中島、っていう両軍が戦った場所の名前がなければ今でも分からなかったかもしれんね。


 なんとなくイメージ的に、武田信玄には会いたくないけど上杉謙信には会ってみたいなぁ。なんだっけ、金毘羅さまの生まれ変わりだっけ? あ、毘沙門天か。


 っていうか、自分で自分のこと毘沙門天の生まれ変わりだって言っちゃうのって、凄いよな。現代で言う厨二病みたいなもんか。

 俺だったら、恥ずかしくてナントカの生まれ変わりなんて言えないけど、この時代だとイケてる感覚なのかねぇ。


 なんてくだらない事を考えていたら、リーダー滝川に声をかけられた。


「喜六郎様。それは一体……」

「ん? クレヨンもどきですよ」


 みっちゃんは月谷和尚さまとなんか調略に関する話を始めたし、熊は市姉さまに贈る歌がるたの製作を始めたんで、手持無沙汰な俺は、手習いの紙の裏に、お絵かきをしていたところだ。


 さっきは馬の花子の絵を描いたんだが、芸術的すぎて皆には理解されなかったんだよな。げせぬ……


 本当はハゼの実で蝋を作ってロウソクとかえんぴつモドキを大量生産する予定だったんだけど、圧搾機がまだ完成してないんで、残念ながらそれはまた今度だ。

 仕方がないから、去年拾って取っておいたハゼの実を熊が人力で潰して絞ってロウを作って、それに炭を混ぜてクレヨンもどきを作ってみたんだ。

 もちろん手が汚れるから、麻の布を細くして周りにぐるぐる巻いている。


 試作品として何本か作ってみたけど、絵を描くには最適だな。筆だと俺にはちょっと難しいんだよな。


「あ、いえ。そちらも素晴らしいものだとは思うのですが、その絵は一体……」

「ああ、日本地図です」

「地図、ですか?」


 ん? なんで皆一斉に俺の手元を見るんだ?

 あれ? 地図って珍しいものだっけ?


「喜六郎様」

「は、はい」

「こちらの紙にもう一度描いていただけますか?」

「え……」

「描いていただけますよね?」

「は、はい!」


 リーダーこええええ。

 黒リーダーが降臨したよ!


 俺は蛇に睨まれたカエル状態になりながら、新しい紙に日本地図を描いた。


 実は日本地図を見ないで描くっていうのは、俺の数少ない特技のうちの一つだったりする。といっても中学の時に仲間同士で誰が一番上手に描けるかって競い合ったから描けるんだけどな。

 ほら、中学生って妙な物に凝ったりするじゃないか。俺たちの場合ではそれが日本地図だったんだよ。

 いや、別にクラスの女子に「すごーい」って褒められたから調子に乗ったなんてことは断じてないけどな。


 日本地図を描く時に一番難しいのは北海道だ。大きさのバランスを取りにくいのと、形も描きにくいんだよな。あと九州も鹿児島の辺りとかが難しい。半島とかがあってギザギザしてるからな。


 沖縄……は、今はまだ琉球王朝だからいいか。

 よし。かんせーい。

 どやー。


 ドヤ顔で描いた日本地図を見せると、皆から拍手をもらった。

 うむうむ。そうだろう、そうだろう。よく描けていると思うだろう。えっへん。


「尾張はどの辺りですか?」

「えーと、ここですね」


 名古屋の辺りを丸く囲む。さすがに細かい都道府県の形までは覚えてないから適当だ。


「美濃は、では、この辺りでしょうか」

「そうですね。ここが三河で、こちらが今川かな。こっちが武田に北条。そしてここは、越後でしょうか。あとこの辺が島津ですね。ああ、毛利もありましたね」


 更に適当に地図の中に丸を描いていく。


「ふむ。ふむ。ではこちらが北畠に、六角に興福寺ですかな」

 

 横からひょいと覗き込んだ月谷和尚さまが、地図の中に名前を入れていく。みるみるうちに日本地図は名前で埋まって、なんとなく戦国時代勢力地図みたいなのができあがった。


 へ~。今ってこんな大名がいるのか~。東北は伊達以外、聞いたことないとこが多いな~。

 お、千葉に里見ってある。里見八犬伝の里見かな。

 これ、見てるだけでも楽しいな。


三河とか今川とか、地名と大名の名が混ざっているのは喜六がそう覚えているからです。

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