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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
家督争い

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83 稲生の奇跡

 その立ちすくんだままの信行兄ちゃんに、信長兄上が静かな声で語り掛ける。


「もう良いであろう、信行。俺に降れ。うるさいのがいるからな、命までは取らぬ」


 信行兄ちゃんは泥のついた兜と頬当てを外して、じっと信長兄上を見つめた。それから倒れている兵を見て、最後に俺を見た。

 そしてゆっくりと首を振った。


「それは……できませぬ。私は織田の正当な血筋として、全てを正さねばならぬからです」

「どういう意味だ?」

「兄上は……織田の正当な嫡子ではありませぬ。ですからその家督を認める訳にはいかないのです」


 えええええっ。

 な、なんだってぇ!?


 どういう意味だ? 信長兄上を生んだのは、母上だよな。ってことは、母上が不倫したってことか!?

 それか俺が知らないだけで、母上も斎藤道三とこみたいに、誰かの奥さんだったのを嫁にもらったからどっちの子供か分からないってパターンかね。


 いや、でも、なあ……


「ほう。では俺は誰の子だ」

「……分かりませぬ」


 信行兄ちゃんの突然の爆弾発言に、信長兄上の馬廻りの人たちもびっくりして言葉を失っている。まあ、そうだよな。いきなり自分の主が正当な血筋じゃないなんて言われたら、誰だってびっくりするよな。

 この時代じゃ、血筋の重さが現代とは全然違うからな。


「で? そのような戯言たわごとを、誰が言っている。林兄弟か?」


 腕を組んでそう聞く信長兄上は、転がったままの鎧武者を、顎でしゃくって示した。


 うげっ。もしかしてあれって、林のジジイか!? ピクリとも動かないけど、死んだのか? 一体何があったんだ。


 林のジジイらしき鎧姿の武士は、地面にうつ伏せて動かない。その周りにも、同じように倒れている鎧を着た兵たちがいた。


 雨が止んだからか、もわっとした空気と共に、すえたような臭いが漂ってくる。

 雨のにおい、土のにおい、汗のにおい、そして……それに混ざる血のにおい。

 更に……これは、焦げた臭い、……か?


 え……。もしかしてさっきの光って……


 俺がその可能性に思い至って顔を上げると、信行兄ちゃんと目があった。


「喜六。通具が雷に打たれたのは、まことに天罰であろうか」


 うっわー。やっぱりさっきのって雷だったのか。ずっとゴロゴロ空が鳴ってたもんな。そんな危ない状態で槍を天に掲げたら、そりゃあ雷が落ちてくるだろうよ。


 って、つまり林のジジイは、落雷で死んだのか!?

 あんまり実感わかないけど、じゃああそこで倒れてるのがそうなのか!?


 っていうか、凄いタイミングで雷が落ちたんだな。これはもう、天罰でいいんじゃないかな?


「今までの悪行をかんがみれば、おのずと答えは明らかになりましょう」


 でも、ここではっきり肯定すると、また神仏の遣いだなんだとうるさく言われそうだしな。ここは言葉を濁して、どうとでも取れるようにしておこう。


 うん。これでフラグ破壊は、ばっちりだ。


「そうか……では天意は兄上にあるということか……。では、わしは……何のために……」


 信行兄ちゃんは膝をつくと、そのまましばらく動かなかった。


「まったく……与太話に騙されおって……」


 吐き捨てるように信長兄上が毒づく。

 それにしても、いったい誰がそんな嘘を―――

 って、まさか……


「もしかして、母上が?」


 信行兄ちゃんはそれに答えない。でも、応えないのが答えみたいなもんだった。


「でも、なぜ信行兄上はそれを信じたのですか? よく考えればそれが真実ではないと分かったでしょうに」

「兄上は……父上にも母上にも似ておらぬゆえな……」

「えっ!? 父上にそっくりではないですか」

「そっくりだと?」


 ぬかるんだ地面に膝をついたままの信行兄ちゃんは、泥で汚れた顔を俺の方へ向けた。

 む……。顔に泥がついててもイケメンとか、反則だな!


「ええ。確かに顔はあまり似ておりませんが、声はそっくりですよ。目をつぶって聞いたら、父上の声と間違えてしまうくらいです」

「声、か……」


 特に怒ってるときの声なんてそっくりだ。たまに父上に怒られてるのか、って気分になる。

 信長兄上に怒られて、ちょっとだけ懐かしい気持ちになるのは内緒だ。


「確かに、父上の声だな……では……それならばわしは……ついてきてくれた皆は……」


 信行兄ちゃんにかける言葉が見つからない。

 だってさ、なんていう風に言われたか分からないけど、実の母親に兄が実子じゃないって言われたんだもんな。信じるなって言う方が無理だよ。


 はあ。まったく……あの人は、どこまで俺たち兄弟の仲を引っ掻き回せば気が済むんだ。


 俺はゆっくりと信行兄ちゃんに近づいた。滝川殿と、いつの間にか俺の横に来た熊がお供してくれている。


「信行兄上、間違いを認めるのは、とても勇気のいることだと思います。特にその間違いを妄信していたのなら、なおさら認めがたいでしょう。でも兄上。生きていれば、何度でもやり直すことができるのです。私は信行兄上を許します。信長兄上も許してくれることでしょう。ですから、一緒にがんばりましょう?」


 さっき、信長兄上は信行兄ちゃんの命までは取らないって言ってたからな。

 ケジメをつけるために、出家して髪は剃らないといけないかもしれんけど、死ぬよりはマシだ。


 だから、兄ちゃん。俺も一緒にゴメンナサイってしてやるからさ。

 もう一度、やり直そうよ。



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