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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
家督争い

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81 稲生の戦い

 俺が内心で焦っていると、林のジジイの後ろから、凛とした声が聞こえた。信行兄ちゃんだ。


「喜六。そなたの心根はよく分かった。だがもう遅いのじゃ。これよりここは戦場となる。危ないゆえ、末森に帰っておるが良い」

「嫌です! 私はお二人が矛を収めるまで、ここを動きません!」


 座敷牢から脱走してやっとここまで来たんだぞ。はいそうですかって帰れるもんか。

 それに俺がここで手を引いたら兄弟で殺し合うのが分かってるのに、なんで俺が帰れると思うんだ。


「駄々をこねるでない。ここは兵たちが命を賭けて戦う場所じゃ。お主のような子供の来るところではない」

「では私も命を賭ければ良いのでしょうか。兄上、我が命を賭してお願い申し上げます。これ以上の争いはお止めください。聞き入れられないというのであれば、この命を奪いなされ!」


 ずっと考えてた。俺に何ができるのか。

 特別な力があるわけじゃない。特別な才能があるわけでもない。歴史に名の残る偉大な人物ってわけでもない。


 そんな俺が賭けの代償として差し出せる物は、この身一つ、この命一つしかないんだよ。


 なに。多分、一度死んでるんだ。

 だからこのおまけの人生で、ここぞという時に命を賭けたっていいじゃないか。


「何をばかなことを」

「私は信長兄上が好きです。信行兄上も好きです。その大好きな二人が争うのを、この目で見たくはありません。この戦で、信長兄上が勝てば信長兄上を、信行兄上が勝てば信行兄上を、私はお恨み申し上げるでしょう。でも、私はどちらもお恨みしたくないのです。そうなるくらいならば、私はこの地で果ててしまいたい」

「喜六……」

「信行兄上、お願いでございます。私に免じて、どうか、どうかここはお引きください」


 再びポツリポツリと雨が降ってきた。

 しかもゴロゴロと空の上で雷が鳴り始めている。

 このまま豪雨になれば、戦が中止にならないだろうか。


「でないと私は……無念のまま死んで、祟りを引き寄せてしまいそうなのです」


 近くにいる信長兄上の旗下の足軽たちは「祟り」っていう単語に、明らかに畏れおののいている。

 一応俺は、巷では神仏の加護を受けている有難い子供って噂されてるらしいからな。死んだら本当に祟られると思ってるんだろう。


「喜六! 織田の子が無駄死になど許しはせぬぞ!」


 右手から信長兄上の声がかかる。


 信長兄上の場合、凄く分かり辛いんだけど、無駄死にするな=死んではだめだ=戦をやめてやろう、ってことかな。


 つまり、俺の命を担保に、信長兄上は戦を止めてくれるらしい。

 ほっ。良かった。


 信行兄ちゃんは、どうだ……?


「……それは、できぬ。たとえ喜六がその命を賭けようと、わしがここで戦を止めることはできぬのだ……それでは正道が行われぬ……」


 信行兄ちゃんは、苦渋に満ちた声でそう言った。


 ちょっと待て。正道が行われない? 

 それは、どういう意味だ?


「まったく、ほんに嘆かわしいことですな。わざわざ戦場まで来て世迷い事を申すとは。信長めのうつけが移ったに違いありませぬ。ささ、殿。喜六郎様はお身内とはいえ、信長に組する裏切り者にございます。成敗なさるがよろしいでしょう」

「……そこまではせずとも良い。喜六はわしの実の弟ゆえな」

「仕方ありません。では生け捕らせましょう」

「待てい! それがしがいて、喜六郎様にそのような事を許すはずはなかろう!」


 林のジジイの言葉に、それまで黙って控えていた熊が吠えた。


「柴田殿か。猪突猛進の猪侍が、なんとも偉そうな口を叩くわ。さ、殿は後ろの本陣にて指揮をなさってくだされ。わしはこの無礼な猪を退治してまいります」

「しかし―――」

「殿。すべては織田の御為おんためにござりまするぞ」

「……あい分かった」


 信行兄ちゃんは一度俺を見ると、次に俺の後ろに見える信長兄上に視線を向けた。そして何かを振り切るように首を振り、そのまま自軍の本陣へと戻っていった。


 信行兄ちゃんの様子がどうもおかしい。これは、どういう事だ……?


「柴田殿も愚かでござるなぁ。せっかく殿の宿老としてお傍に仕えていたというのに、そのような大言壮語を吐く子供のお守りなどになってしまって」

「はっ。貴様などに喜六郎様の素晴らしさが分からないのも仕方あるまい。お前のような俗物に、この方の高貴さが分かってたまるか」

「おのれ柴田! わしを愚弄するか!」

「真実を述べただけよ」


 かっかっかと豪快に笑う熊に、林は忌々しそうな目を向けた。


「ええい。者ども、柴田は殺しても構わぬ! 喜六郎様を生け捕りにしろ!」


 林の号令に、信行兄ちゃん方の足軽がこっちに向かってきた。

 それを見て、信長兄上も激を飛ばす。


「喜六を渡すな! 勝家を援護せよ!」


 熊は近くにいた足軽から槍を貸してもらって、それを構えた。……って、お前、秀吉じゃないか!?

 なんでこんなとこに、って……ああ、まだ足軽だったっけ。


 秀吉から槍を借りた熊は俺に伏せるように言うと、槍をぶんぶんと振り回した。そして槍を構えたまま、信長兄上の本陣へと向かう。


 追ってくる信行兄ちゃんの兵が、信長兄上の兵と激突する。


 その間に、熊は俺を信長兄上の元へ連れてきた。いつの間にか、滝川殿が信長兄上の隣にいる。


「この馬鹿者が! こんなところへのこのこと来るのではないわ!」


 再び降り始めた雨の中、信長兄上は俺を怒鳴りつけた。

 返す言葉もない俺は、黙ってうなだれた。


 俺は……戦を止めたかったんだよ。

 だけど、何の力もない俺には、戦を止められなかったんだよ。

 命を賭けても、止められなかったんだよ……。


「まあよい。全てはこの戦に勝ってからじゃ」

「兄上! 必ず……必ず勝ってください!」


 必死にそう言うと、信長兄上はきつい眼差しをふっと緩めて笑った。


「当然だ。誰に物を言っておる。喜六は安心して清須で待っておれ。一益、喜六を頼むぞ。勝家は槍働きをせよ! 皆の者、行くぞ!」

「おう!」


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